第36話 救済の代償(3)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
ゼルは、老人のそばに立った。
力は使わない。
詠唱もしない。
ただ、基準として、そこに在る。
世界が、切り替わる。
若い治癒師の詠唱が通り、
術式が成立する。
老人の顔色が、ゆっくりと戻っていった。
助かった。
その瞬間、背後で足音が止まる。
「……確認した」
ハルバートの声は、低い。
だが、そこに失望はなかった。
「捕獲を開始する」
逃走は、ここで終わる。
それを、ゼルは理解していた。
村人たちが、頭を下げる。
感謝の言葉が飛ぶ。
だがゼルの胸に残ったのは、
達成感ではない。
次に救えない誰かの影だ。
救済は、無料ではない。
善意でも、奇跡でもない。
基準が動くたび、
世界は、必ず何かを奪う。
ハルバートが、一歩近づいた。
「……これが、代償だ」
ゼルは頷く。
分かっていて、選んだ。
だからこそ、
この先に進まなければならない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
第37話 捕獲(1)へ続く。




