第32話 違反(1)
本作は「魔術が当たり前の世界」で、ただ一人そこから外れた少年の物語です。
静かに歪み始める学院の日常と、気づいてはいけなかった違和感をお楽しみください。
指定区域の境界は、夜になるほど曖昧になる。
光も印もないのに、そこに「越えてはいけない意味」だけが張り付いている。
その外側で担がれてきた青年は、呼吸が浅く、唇は紫に変わり始めていた。
治癒魔術が必要だ。
それは誰の目にも明らかだった。
だが同時に、ここが指定区域の外であることも、誰もが理解している。
人々は声を上げない。
ただ、自然と視線が一箇所に集まる。
基準。
助けられる存在。
助けることができる存在。
ノクスの声は低く、感情を含まない。
「指定区域外です。ここで関与すれば、任務外行動――違反になります」
ゼルは頷いた。
理解している。
指定とは、世界が作った線だ。
それを越えれば、制度は必ず反応する。
それでも、青年の呼吸は刻一刻と弱くなっていく。
助けなければ死ぬ。
助ければ、線が崩れる。
違反とは、反抗ではない。
秩序を壊す意思でもない。
選択肢が一つしか残らなかった結果だ。
ゼルは、一歩、境界へ向かった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
善意や好奇心が、必ずしも優しさにならない世界を描いています。
続きもゆっくりと深まっていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
第32話 違反(2)へ続く




