1-1 落下する炎
1-1 落下する炎
やわらかな光が揺れる高み――「慈光の門」と呼ばれる霊界の中層に、ひとりの小さな旅人が立っていた。
名前は ムッちゃん。
胸の奥に、まだ灯りきらない小さな炎をもって生まれた子。
その炎は、怒りにも、やさしさにも、どちらにも変わり得る「こころの火」。
彼は今日、初めて霊界を出て、人間界での修行へと向かう日だった。
門番の光のゆらぎが、静かに彼へ語りかける。
「ムッちゃん。これから君が降りるのは 怒りの谷。
そこは、人々の心がすぐに燃え上がり、言葉が刺のようになる場所じゃ。
そこで、君の火がどちらへ揺れるか……それを学ぶのだ。」
ムッちゃんは唇を少し噛んだ。
「……ぼく、本当にできるかな。」
「できるかどうかではない。」
光はやわらかく、けれど真っすぐだった。
「選び続けることが、こころの修行じゃ。」
その言葉を聞いた瞬間、
――ごぉん。
門が静かに開いた。
足元に大きな風が巻き起こり、ムッちゃんの身体は、光の渦に吸い込まれるようにして落ちていった。
落下は、まるでゆっくりとした夢の中のようだった。
空は赤く、地は黒く、どこまでも霞んでいる。
炎のような感情の波が、下から立ち昇ってくる。
怒り、嫉妬、悲しみ、焦り、うらみ――
様々な心の声が、遠く近くで重なり合う。
「どうしてわかってくれないんだ!」
「おれだってがんばってるんだよ!」
「誰も気づいてくれない……」
「もう嫌だ!」
人の心の叫びが、風になり、大地を焦がしていた。
ムッちゃんは胸の中で、小さな火がひらめくのを感じた。
それは、
人の痛みに反応して揺れる、共鳴の灯。
けれど同時に、
その火は、同じ怒りに呑まれれば一瞬で燃え上がる危うさをもっていた。
「……ここが、ぼくの修行の場所。」
そう呟いたとき、
ムッちゃんの足は 怒りの谷 の地面にそっと着いた。
乾いた土が、かすかに熱を帯びていた。
どこかで、風がうなり、誰かが泣いている。
ここから、ムッちゃんの旅がはじまる。
心を燃やすのか。
心を照らすのか。
炎は、まだ小さい。
つづく → 1-2「谷の子どもたち」




