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人生二度目は、性悪聖女で




「フレッド、お茶がぬるいわ。片付けてちょうだい」


 ティーカップを持ち、笑顔で後ろを振り返る。

 床にお茶を零して、斜め後ろに控えていた聖騎士フレッドにティーカップを渡した。ちゃんと床を拭いてね、と付け加えて。


「っ…………かしこまりました」


 臣下の礼を執ったフレッドが、ティーカップとソーサーを受け取り、近くのティーワゴンに置いた。その足で壁に控えていた使用人の一人から雑巾をもらうと、床に跪き零れたお茶を拭いていく。


「聖女様! 聖騎士様をそのようにお使いになるのは……」

「そのようにって、なぁに?」

「聖騎士は騎士たちの頂点で、聖女の護衛として誇り高き――――」

「つまり、私の召使いでしょう?」


 傲慢に見えるよう、金色の長い髪を後ろに払いながら、優雅に足を組み替えて、会議場にいる全員を睥睨した。

 ついでとばかりに、直ぐ側の床を拭いていたフレッドの頭を撫でる。焦げ茶色の髪は少し硬い。


 聖女候補や聖女協会のジジイたちは、私が聖女として認定されている限り、これ以上強く出られないのは分かりきっている。

 前回の生でもそうだったから。


「そんなことより、来月は貴方たちが待ちに待った聖女選定の儀でしょ? 私の力を越えられるよう心の清らかさは保てているの?」

「っ!」

「うふふふ。性悪聖女と呼ばれている私に勝てなかったら、無様過ぎて涙が出ちゃうわね?」


 クスクスと笑いながら、フレッドの頭を撫で続けた。

 



「ハァ。セーラ、他の者の前だけでもいい、聖女らしい行動はできないのか?」


 会議場から部屋に戻ってすぐ、フレッドが両サイドを短く刈り上げた焦げ茶色の髪をわしわしとかき混ぜながらため息を吐いた。


「私に不満があるのなら、聖騎士を辞めたら?」

「っ……そういう話がしたいんじゃない」


 フレッドに辞められたら困るくせに。彼が辞めないと分かっているからこそ、つい言ってしまう。

 彼が抱えている病弱な家族、彼の出身地の安全、それらを人質に取っているのは私なのだから。


「ねぇ、聖女らしい行動ってなに? 神に祈って、心を清らかにして、聖属性の魔力を高めて、人々が溜め込んだ黒い感情を浄化すること?」

「それもだが、人々の規範になるような行動を――――」

「行動が聖女を決めるの? 違うでしょ? 聖属性の魔力だけが決め手でしょ? だから私がここに君臨してるじゃないの。私の魔力は群を抜いているし、障気を払う魔道具だって人々のためになっているでしょう? 人々の規範になる行動ってなに? そんなもので人々が救われるの?」


 フレッドにそう返すと、彼が体の横で拳を握りしめた。苛立ちに耐えているのだろう。

 騎士たちの中で剣術も魔法も群を抜いている者、それが聖女の聖騎士だ。騎士の頂点と言っても過言ではない。それなのにやらされていることは、聖女の召使い。

 彼にとってこれほど屈辱的なことはないだろう。

 

「フレッドは、甘ちゃんね」

「それでも、俺は…………」


 フレッドが俯き悔しそうな表情を隠そうとしているけれど、座っている私からは丸見えだった。

 心の底では、申し訳ないと思っている。

 でも、私には成し遂げなければならないことがある。どんなに苦しくても、つらくても、愛しい人を傷つけてでも、絶対に諦めない――――。


『セーラ、すまない……最後まで護って…………やれなかった』

『いやっ! いやよ、フレッド! 貴方を死なせはしないわ!』

『セー……ラ…………愛し……』


「っ、いゃぁぁぁぁぁ…………っ、あ…………ゆめ……?」


 ガタガタと震える身体を自分で抱きしめる。じっとりと汗をかいているのに身体は冷え切っていて寒くさえある。


 一年前、私は目の前で恋人だった聖騎士を失い、聖女見習いの一人に刺し殺され、時を跨いだ――――。



◆◆◆



 前世での私は、聖女として三年間を過ごした。


 聖女としての任務は、月初に王城地下にある国のコアと呼ばれる三メートルほどの樹木型の魔石に聖属性の魔力を注ぎ、国の防御壁を強化すること。

 各地を巡り瘴気の溜まりやすい場所で祈りを捧げ、瘴気を払うこと。

 そして、何よりも大切なのが、心を清く美しく保つために神に祈ること。それが聖属性の魔力の根源だから。

 誰もが聖属性の魔力を持てるわけではないし、持っていたからといって、聖女になれるわけではない。

 聖女選定の儀に参加出来るのは、聖女協会が認めた聖女見習いで二十歳に達している者のみ。


 その年、認定の儀に参加した聖女は私を含め六人。

 認定の儀は、国のコアの前で行われる。

 コアに聖属性の魔力をのせた祈りを捧げると、その中で一番清らで聖女の資格がある者に、コアから金色の光が伸びていく。そして身体が薄っすらと金色のヴェールに包まれた状態になる。それが聖女として認められた者の証。

 このヴェールには防御の加護があり、ある程度の瘴気に晒されても耐えうる。だからこそ、各地を巡り瘴気を払う任務がある。

 

 前世の私はそれが誇らしかった。

 コアの正体や聖女見習いたちの嫉妬や野望など知りもせず、聖騎士であるフレッドとこの国を護るのだと、ただ前だけを見ていた。

 

 二年目もコアから聖女認定され、各地で巡礼を行っていた。異様に障気が溜るのが早いとは思っていたが、私の魔力でそれらを払うのが簡単だったせいで、作為的なものに気付くのが遅れた。


 三年目の終わりに差し掛かったころ、瘴気溜まりが全く違う場所で発生していることに違和感を覚えた。周囲の瘴気を払う前に、瘴気の中に飛び込んだ。普通であればそれだけで人は皮膚が爛れたようになり、やがては血を吐き死に至る。だけど私は聖女であり、コアのヴェールがあるから平気だった。フレッドに止められても気にせず瘴気の中を突き進み見つけたのは、国のコアの欠片。それから瘴気が湧き出ていた。

 

 国のコアは枝を大きく広げた樹木の形をしている。枝の一本が折れていても誰も気が付かないかもしれない。

 初めはただ木の枝のような形をした魔石だと思いたかったが、魔石は基本的に丸型で、国のコアだけが特殊だった。フレッドと間違いなくコアの欠片だろうという結論に至った。


 王城に戻り国王や聖女協会に訴え出ると、なぜか私が疑われ謹慎を言い渡された。

 何かが可怪しいとフレッドとこっそりと調べて、聖女協会が禁止されているはずの献金を受け取り、払った者たちの領地を優先的に浄化するように順路を組んでいた。また、支払いを渋った者の地には私たちを向かわせないようにしていた。

 

 協会がこれだけ裏で動いているのに国が何も言わないのは怪しい。もう誰が味方か分からない状態だった。

 そんな状況下で聖女見習いたちは、私たちの謹慎に心を痛めてくれていた。

 日替わりで皆が花やお菓子などの差し入れをくれていた。


 そして、事件が起きた。

 聖女見習いの一人から送られて来た見舞いの品を開いた瞬間、部屋に瘴気が溢れ出たのだ。

 あまりにもいきなりだったため、浄化が間に合わなかった。

 そのせいで、フレッドを含む部屋にいた使用人たちがバタバタと倒れ、次々に死んでいった。

 死なないで、置いていかないで、とフレッドを抱きしめていたら「あら、まだ生き残っていたの? 聖騎士ってしぶといのね」と後ろから女の声が聞こえてきた。

 次の瞬間、フレッドは口を僅かに動かし、事切れた。

 嫌だと泣き叫んでもフレッドの閉じた瞼は開かなかった。

 

 後ろから聞こえる嘲笑い。振り返るとそこには聖女見習いのエリザがいた。この女が元凶だったのかと知った。


「なぜ、こんなことを……」

「なぜ? バカみたい綺麗事ばかり並べるアンタが嫌いだからだよ!」 

 

 エリザがそう叫んだ次の瞬間、なぜか今度は悲鳴を上げた。そして、まるで私がフレッドたちを殺したようなことを叫び、懐から出したナイフで私の胸を突き刺した。


 嵌められた。


 私は恨んだ。

 世界を、神を、人々を。

 私からフレッドを奪ったエリザや国王や聖女協会の者どもを。


 私は後悔した。

 なにを間違ったのだろうかと。

 もう少し考えて行動すれば、敵をちゃんと見定めていれば結末は違ったのではないのかと。


 そして意識を手放した――――。



◇◇◇



「まさか、初めて参加した認定の儀の瞬間に戻るなんてね」

「…………ん? 何か言ったか?」


 今朝の夢を思い出して独り言ちていたら、少し離れたところで紅茶を用意していたフレッドがこちらを振り返った。


「何でもないわ。ハチミツをたっぷり入れてちょうだいね?」

「あぁ、分かっている」


 フレッドの後ろ姿を見つめる。しっかりとした体格。私に召使いのように扱われ、騎士らしい仕事など与えられない現状でも、訓練は怠らず身体を鍛えている。

 きっちりと刈り上げられた両サイドの髪は、前回の生でも同じだった。

 青い瞳に宿る正義感も前回の生と一緒。

 

 違うのは、私に向けてくる悲しそうな視線と、厳しい言葉。


「少し熱いぞ、気をつけろ」

「ありがとう」


 こういう気遣いも前のまま。だから、手放せない。安全なところに逃がせばいいのに。

 それと同時に、この世界に本当に安全な場所はあるのだろうかという疑問も湧き出る。

 

「ハァ。午後から認定の儀ね。どうせ私が聖女を継続するんだし、やる意味あるのかしらね?」

「セーラ、そういう傲慢なことを言うのはよくない。国のために、国民のためにと祈っている聖女見習いたちがいる。頑張っている騎士たちがいる。彼らの努力を――――」

「祈って何があるの? そんなものでお腹は満たされないわ。頑張ったところで、絶対的な安全なんて確約されないわ」


 そもそも、障気を発生させているのは人間だ。心が濁れば、障気が発生する。エリザはそれをコアの欠片に溜めただけだった。

 聖属性の魔力は清い心などと言われているが、結局は人の想いの強さだ。

 光が眩く輝けば、自ずと影が濃くなる。

 エリザは人を呪い、心の奥底でその思いに魔力を纏わせ続け、闇属性の魔力を手に入れたのだろう。闇属性は禁忌の魔力。それを使って自分の思い通りの世界にしようとしている。

 

 元凶を叩き、この制度をどうにかしない限り、人は障気に悩まされ続ける。聖女という存在に依存し続ける。


「本当に悪いヤツらはね、甘言を押し付けてくるのよ」


 聖女協会はその最たるものだろう。聖女を持ち上げ、人々に依存心を植え付けている。禁止されているはずの献金も受け取っていることは前世でも調べがついていた。


「貴方のためだなんて嘘くさい笑顔で言うのよ」


 そうして、たんまりと受け取ったお金で、浄化の優先度を決めていた。協会に指定されていた順路は全てそういうこと。

 エリザの思惑と協会の思惑は全く別のところにあったことに気が付けなかった。


「…………セーラのことのように聞こえるが?」

「ええ、そうよ。私も、彼らと同類よ。だけど、こうして障気は抑えられているわ」


 今世では逆手を取った。

 ヤツらがやっていたことを、私がやればいい。


 コアの欠片に聖属性の魔力を大量に込め、宝石のように加工し各地の領主や町長たちに売った。聖女の加護石として。

 それを持っていれば、ある程度の障気は浄化出来る。力が弱まったら、王城へ持ってこさせ、献金と引き換えに魔力の補充をした。

 このシステムのおかげで、私はずっと王城にある聖女の間で優雅に過ごせている。

 ずっとここにいれば、他の聖女見習いや聖女協会のジジイどもの監視が出来るし、フレッドのそばに居続けることも出来る。


 コアは少し欠けたくらいでは、何の影響もないことが分かった。防御壁のために魔力を込めた時に、折った枝が復活したのだ。

 きっといままでも欠けることがあったのだろう。

 コアのある地下室は聖女見習いたちが清掃に入っているし、祈りを捧げるのもこの場所だ。

 エリザはきっとそこで知ったのだろう。

 元は事故だったのかもしれない。清掃中に枝を折ってしまったとかで。きっとそこから狂っていったのだろう。

 私が聖女になってからまずやったことは、コアのある地下室に鍵を付け、私しか入れないようにすることだった。

 祈りを捧げたい時は、私に申請するように伝えている。コアのある地下室の一角に寛ぐスペースを用意し、聖女見習いたちが祈りを捧げる間はそこでのんびりと過ごすだけでいい。


「そんなんだから、性悪聖女と呼ばれるんだ…………」

「あら、いい名前じゃない。私に相応しいわね」 


 微笑みそう返すと、なぜかフレッドがクシャリと顔を歪めた。まるで泣いているかのように。

 

 ――――なぜ、そんな表情をするの?



◇◇◇



 聖女になって、三年目。

 フレッドと私が死んだ年になった。

 今年の聖女認定の儀も無事終了。コアに選ばれたのは私、性悪聖女。

 時を渡り、運命を変えられたと思っていても、あの日のあの時間になるまでは絶対に油断できない。

 だから、今年も全力で祈りを捧げた。祈りを捧げると言っても、やっていることは毎月の魔力補充と変わりない。

 

 コアのヴェールに薄く包まれ、淡く金色に輝く手を見てホッとしていると、すぐ隣からピリピリとした闇属性の魔力を感知した。


 ――――瘴気と変わらないわね。

 

「セ、セーラ様、おめでとうございます。きっと、セーラ様がまた聖女認定されると思っていました」

「ありがとう、エリザ」

「セーラ様、お願いがあります」

「なぁに?」


 上目遣いで瞳を潤ませ、コアに祈りを捧げる時間を自由にさせてほしい、他の者たちも望んでいると懇願された。

 聖女の地位を狙っているのではなく、ただ純粋に人々の平和を願っているのだと。

 自身の純粋さや可憐さ、無害さをアピールするエリザを睥睨し、嘲笑う。


「か弱い赤髪の子リスちゃん――――」


 エリザの顎を人差し指で持ち上げて頬にキスをし、耳元で囁く。


「その薄汚れた魂に私が気付かないとでも?」

「っ!?」

「貴女は狡賢い娘。でも、足りないわ」


 エリザの犯行は、よく調べていればすぐに分かるような、酷く杜撰なものだった。それに騙されていた自分が悔しいまでもある。

 だから、今世では存分に暴れようと決めた。


「もっと踊って魅せなさいよ。貴女なら出来るわよね?」


 わなわなと震えるエリザに心から微笑みかける。

 もっともっと怒り、感情のままに行動してもらいたいのよね。

 そして、決定的な証拠を私にちょうだいね?

 そうじゃないと、許せそうにもないの。私から大切なものを奪った過去は消えたかもしれないけれど。私、二度目の人生は、性悪聖女でって決めたのよね。

 私たちが死ぬ過去を変えても、エリザの罪はそのままにしたいの。

 性悪聖女だもの、これくらいのワガママ許してくれるわよね?



□□□



 覚えているのは、聖女見習いの誰かから贈られた小箱を開けた瞬間に噴き出した瘴気。

 朦朧とする中で見たのは、金色の瞳から透明な雫を流し、シルクのような黄金の髪を振り乱す愛しい人――セーラの姿。

 そして、死んだこと。


 なのに、目覚めた。

 王城地下のコアの間にいて、目の前では聖女認定の儀が始まろうとしていた。

 初めはさっきまでのことは何かの幻覚だろうかと思った。それか今見ているのは走馬灯かもしれないと。

 

 オドオドと辺りを見回しているセーラを見て、懐かしいなと思った。そうだ、セーラが初めて聖女に認定された日もそうだった。二十歳になったばかりで、初めての儀式。右も左も分からないといった感じで、辺りを見回していた――――は?


 セーラがオドオドしていたのは一瞬だった。

 こちらをチラリと見て、コアを見て、何かを覚悟したように笑った。深く、強く、靭やかに。

 そこからは怒涛のような展開だった。

 数年だが、聖女認定の儀に参加したことがあった。そのどれとも違う流れ。

 儀式を開始して五秒も経たない内に、コアから金色の光が伸びてセーラを包み込んだ。それと同時に聖女のヴェールが消え、セーラが新たな聖女と認定された。


 新聖女の誕生に、国中が沸いた。

 先代の聖女は聖騎士とともに引退するのが通例。

 そして、セーラの新しい聖騎士として俺が選ばれた。


 聖騎士にも候補生がいる。

 みな剣技も魔法も最高レベルまで磨き上げた者たちだ。そこから聖騎士として選ばれる一番の要因は、魔力の相性の良さ。

 俺とセーラの魔力の相性は八十パーセント程度。…………の、はずだった。確かに、八十パーセントだったんだ。だが、魔力鑑定装置が指したのは百パーセント。


 ――――なんだこれは。


 知っている過去とも違うし、夢や幻とも思えない。

 もしかして、時間が巻き戻っているのではないかと思っていた。だが、なぜこうも違うことばかりなのか。

 わけが分からないままに、新たな聖女と新たな聖騎士の誕生を祝われた。

 セーラに挨拶をすると、ジッとこちらを見つめてきた。もしかしたら、彼女も…………と一瞬期待した。


「よろしくね」


 スッと視線を逸らされた。

 俺の知っているセーラなら、春の花が開くようにふわりと微笑んでくれる。だが、このセーラは違った。

 何か強い怒りを抱いているような表情が多かった。そして、前世では考えられなかったようなことばかり行う。

 コアの枝を折って加工したり、聖女見習いや聖女協会の者たちに傲慢に振る舞ったり厳しく当たったり、とことん他人を遠ざけもしていた。

 

 セーラの側にいるのは俺だけだった。

 前世とは違うのだと分かっていても、あの頃のセーラが忘れられずに、色々と言った。もっと聖女らしくしてほしいことや、人々のことを思ってほしいこと。心の清廉さを保ってほしいこと。

 

 どんなに訴えても、セーラには響いていないようだった。

 各地の領主たちから金を巻き上げたり、聖女見習いたちがコアに祈りを捧げる時間を制限したりと、やりたい放題だった。

 そして、いつの間にか『性悪聖女』と呼ばれるようになっていた。

 セーラはその呼び名が気に入ったようで、彼女の暴走は更に加速していった。


 もうあの頃のセーラとは違うのだと分かっていても、諦められない。心から愛した相手なのだ。

 前世で死ぬ直前に見た、泣きじゃくり叫ぶセーラの顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。

 口では酷いことを言う今世のセーラだが、国民たちが苦しむようなことだけはしなかった。領主たちから金を巻き上げてはいるが、領民たちの税金などを増やすことを禁じる書類にサインをさせていた。


 セーラは、セーラなのだ。

 離れてしまえば、傷付き泣いても抱きしめてやれない。そんなのは嫌だと思った。

 それに、あの頃のように不正や裏切りなどに悩まされ心を痛めずに済んでいるのだから、むしろこれはセーラに取って良いことなのかもしれないと思うようにもなっている。


 ときおり向けられる柔らかな微笑みに、胸が締め付けられることがある。

 それと同時に、性悪聖女として笑っている姿も、なんだか可愛いと思ってしまう。


 俺は気付いた。

 どんなセーラだって愛しているのだと。

 性悪聖女と呼ばれようと、俺の中ではいつだって金色に輝いた清廉な聖女セーラなのだから――――。


 

◇◇◇



「セーラ」


 三度目の聖女認定の儀を無事に終え、部屋に戻りソファに座った瞬間だった。フレッドがいつもより妙に低い声を出した。


「なぁに?」

「あの女…………エリザをあまり煽るな。アレは人を殺…………っ、殺せそうな目をしている、気がするんだ。もっと聖女らしく対応してくれ。頼むから」


 その言葉で気が付いた。フレッドは前世を覚えているのだと。

 きっと彼は命の灯火が消える直前、エリザを見て、声を聞いてしまったのだろう。


 嬉しかった。

 彼が覚えていてくれたことが。

 泣いて喜んで、抱きついて、キスしたかった。

 逢いたかったと。奇跡が起きたと。


 でも、それは今じゃない。

 まだ何も片付いていない。

 今は三年目が始まったばかり。

 私たちの命が奪われたのは、三年目の終わり。

 まだ、油断は出来ない。

 

 いつか、全てが片付いたら教えてあげよう。私の本当の気持ち。

 それまでは私の鳥籠の中にいてね、フレッド。

 私、もう二度と貴方を失いたくないのよ。


 エリザたちを地獄に落とすまでは、性悪聖女でいさせてね――――?




 ―― おわり ――




読んでいただきありがとうございます。

ブクマや評価などいただけますと、モチベ爆上がりして小躍りしますです!


昨日の短編に引き続き「お前、また……!」と言われそうなこのパターン……|彡サッ←

はい。今回も感想欄でちゃんと受け止めます、はいっ。

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― 新着の感想 ―
全員前回の記憶持ち。これは相手からの攻撃もまた過激になりそうな予感も。 ダークなのも良いですね。 誰から読むのが一番面白いかな……。ここは、両方を見られる別の第三者視点も希望したい!←鬼 本当にいろ…
続きではなくエリザさんサイドのお話で読みたいかも
これはこれで余韻があっていいと思います なんか3パターンくらいはその後を思い浮かべられそうな感じ
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