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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(12)称号、第一級管理者

作者: 刻田みのり

 マリコーに大実験の準備を命じられた少年ギロックたちが一斉に左手を上げる。


「イエス、マム」

「コールオブギロック、ヨロシク」

「ヨロシク!」

「コールオブギロック、ヨロシク」

「ヨロシク!」

「メメント・モリ、起動シークエンス、リスタート」


 六人の少年ギロックたちが円陣を組み、それぞれが自分の隣にいる他のギロックたちと手を繋いだ。


 全員、青白い光に包まれる。


 少年ギロックたちの円陣の内側に魔方陣が浮かび上がった。そちらも同じように青白い光を帯びている。


「エレメンタルコアとのリンクを確認。ワールドワイドネットに接続」

「接続を確認しました」

「ケテルからゲブラーへルート開放。魔力増幅開始」

「ゲブラーからマルクトへルート接続しました」

「魔力変換装置作動。ゲブラーからケセドおよびビナーに変換済みの魔力を注入します」

「ディストーションフィールド発生装置、準備完了しました」

「確認しました」

「メメント・モリ、ドレイン係数を再設定します」

「ドレイン係数を95に設定。ゼロゴー、確認をお願いします」

「確認しました」


 少年ギロックたちが淡々とメメント・モリの起動シークエンスを進めている。


 大実験に必要な機器は破壊されているはずなのに彼らは全く意に介していない様子だった。


 つーか、無くても平気?


 少年ギロックたちは両隣の少年ギロックと手を繋いだまま微動だにしない。まるで彼ら自身がメメント・モリ大実験のための機器や装置であるかのようだ。


「……くっ」


 それにしても、やばい。


 俺は呼吸したくてもできない辛さに悶えた。我慢しようとしても身体が息をしたくて堪らず無意識にもがいてしまう。


 正直、少年ギロックたちの言葉の半分も耳に入っていない。


「マム、初期予定の実験結果を求めるには機器が足りません。範囲指定の縮小を要請します」

「いいわ。サンジュウの起動に必要とする分だけ最優先で確保します。ゼロヨン、最適な範囲に変更」

「イエス、マム。人口・魔力量・エーテル含有率を元に範囲を変更。大陸西部中央のオイノーリ神国が適当と判定しそちらを今回の実験対象地域とします」

「メメント・モリ、エンヴァイロメントフェイズを完了。データフェイズに移行」

「座標固定。ゼロゴー、確認をお願いします」

「座標、確認しました。魔力吸収効率向上のため範囲の外周にディストーションフィールドを展開します」

「サンジュウのカプセルへの魔力供給準備。供給ケーブル、接続しました」

「マム、現空間と実験対象地域およびサンジュウの研究室の空間が異なるため魔力吸収に想定以上の誤差が生じます」

「、仕方ないわね。ドレイン係数を95から100に変えなさい」

「イエス、マム」

「やれやれねぇ、ドレイン係数が100だと本当に世界滅亡しちゃうじゃない。これじゃ、みーんな死んじゃうわね」

「マム、ドレイン係数を100に決めたのはマムです」

「そういうのはいちいち指摘しないのがお作法なのよ。以後気をつけなさい」

「イエス、マム」

「マム、今回の範囲は国レベルです世界滅亡はしません」

「それもそうね。なら、気にしなくてもいいかしら?」

「イエス、マム」


 くっ、意識が飛びそうだ。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 俺の中で「それ」が喚いているがそれどころじゃない。


 胸を掻きむしりたい衝動さえあった。呼吸できるものなら喉から胸まで掻っ捌いて酸素を取り込みたいくらいだ。


 マリコーがニコニコ顔で俺を見下ろした。その後ろにはまるで装置の一部にでもなったかのような少年ギロックたちが円陣を組んだまま動かずにいる。


 少年ギロックたちの動作はないが声がするのでとても異様だ。


「ふふっ、案外頑張るのね。どう? まだまだ堪えられそう?」

「……」


 俺はマリコーを睨んだ。


 実際に睨んだ目になっていたかはわからないがそういうつもりではいた。


 少年ギロックたちが何か喚き、彼らの円陣の内側にあった魔方陣から光が伸びる。


 その光が視界を真っ白にした。


 マリコーの声がする。


「ゼロイチたちは予備の機器となるよう作られた技術タイプなの。ねっ、凄いでしょ? 凄いわよね? 凄いって私のことを讃えていいのよ?」

「……」


 俺にそんな余裕ある訳ないだろ。


 こいつ馬鹿なのか?


 ああ、そうか。馬鹿じゃなくて狂ってるんだったな。


 ……にしても、きつい。


 あ、やべ。


 マジで限界かも。


 ぐおん。


 突然、激しい重低音が轟いた。


 石床が震えている。


 何だ?


 何が起こって……。



 薄れていく俺の意識が天の声を感じていた。



『確認しました』


『女神プログラムによって規定された特殊条件を満たしたためジェイ・ハミルトンの装備した二つの「マジンガの腕輪」のスペシャルパワーを同時解放します』



 左右のマジンガの腕輪が急に熱くなった。


 その熱に刺激されたかのように俺の意識が覚醒していく。


 俺の奥で「それ」が叫んでいた。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 体内の魔力が「それ」に吸い上げられていく。マナドレインキャンセラーを無視して急激に失われていく魔力と反比例するように「それ」が力を増していった。


 俺の身体が俺の物ではなくなっていく。


 だが、俺の焦りを嘲笑うように「それ」が喚いた。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 ああ、そうか。


 俺は狂戦士になるんだな。


 この状況だ。これまでと違って俺を引き戻してくれる者はいない。


 今度こそ「それ」に魂を喰い尽くされるな。


 お嬢様、申し訳ありません。


 俺はここまでのようです。


 でも、せめてあいつらだけは道連れにしてやります。


 俺が……狂戦士となった俺がメメント・モリ大実験を止めてみせます。


 さようなら。


「……」


 けど、やっぱり最後はお嬢様に……。



『もう、ジェイは仕方ないですねぇ』



 天の声……ではなくお嬢様の声が聞こえた。



 しかし、それは気のせいだったようだ。


 すぐにまた天の声が聞こえてきた。



『エーテルコアとのリンクを強制解除。怒りの精霊の浸蝕を全面停止します』


『エレメンタルコアによる魔力循環強制介入を開始。マナブースターおよびマナコンバーター作動』


『女神プログラムの特別ルールによりディメンションコアとの接続を承認』


『ジェイ・ハミルトンの「マジンガの腕輪」を「魔神化の腕輪」に転送変換します』


『なお「魔神化の腕輪」は一定時間経過後その効果を終了し「マジンガの腕輪」に戻ります』


『魔神化の腕輪の効果発動」


『一時的に「第一級管理者」の権限を獲得します』



『ジェイ、あなたはもっと強くなってくださいね』


『そう、私を倒せるくらいに強く……』



『お知らせします』


 天の声が報告してくる。


 お嬢様の声ではなく、あの中性的な声だ。



『ジェイ・ハミルトンに称号「第一級管理者」が授与されました』


『なお、この称号は後で取り消されます』


 また、この情報は秘匿されます。



「……」


 俺は目を醒ました。


 マリコーは俺に背を向けており、立ったまま動かない少年ギロックたちを見ている。


 青白い光に包まれた少年ギロックたちの円陣の内側に魔方陣が展開しており少年ギロックたちと同じ青白い光を輝かせていた。


 キラキラと光が魔方陣の上で舞っている。一つや二つではない無数の光だ。


 それが次第に魔方陣の中心に集まっていき一つの大きな光と化していった。大きさは俺の拳より二回り大きいくらいか。


 キラキラと輝く光は何だか普通ではない。まあこんな大実験の最中に現れた光なのだから普通である訳がないか。


 そんなことを思いながら俺が立ち上がるとマリコーに振り向かれた。


 その顔があまりにもぎょっとしていて思わず鼻で笑ってしまう。


 おいおい、そんな幽霊にでも会ったみたいな顔するなよ。


 すげぇ変な顔。ぷぷっ。


「ななな何でまだ生きてるのよッ!」


 マリコーが唾を飛ばしてきた。汚いな。


「もう意識を失ってから二十分は経っているのよ。大人しく死になさいよ!」

「そんなこと言われてもなあ」


 俺は軽く拳を握った。


 どこか自分の物ではないような違和感があるがこの身体が俺の物だと実感する。戸惑いもあるがまあそのうち慣れるだろう。


 きっと起き抜けみたいなものなんだろうしな。


 マリコーがまだ言い足りなさそうに口を開きかけ、止める。


 代わりに彼女はにいっと笑んだ。


「まあいいわ。どうせ私には勝てないんだし。今度はどんな実験で楽しもうかしら? あなたの身体で沸点と融点でも調べてみる?」

「……」

「それとも身体中の水分を抜くとか? 逆にどれだけ水を摂取できるか試すのも楽しいかもしれないわね。ねぇ、何がいいかしら? 要望とかあるなら受け付けるわよ。まあ、楽しくないのは却下だけど」


 マリコーは実に楽しそうだ。


 俺はそれを見ながらさらに拳を握った。


 囁くように煽ってくる「それ」の声は聞こえてこない。


 だが、俺の中で静かに怒りが満ちていた。


 それは俺本来の感情からくるものであって「それ」に煽られて生じたものではない。


「そうだ、あの二人をあなたの実験に加えてあげるというのも楽しそうね。いつまでもアーマードアースドレイクや私の分身体と戦わせるのもつまらないでしょうし」

「……」


 俺は拳を構えた。


 使い慣れた能力を発動する。


「ダーティワーク」


 両拳に黒い光のグローブが発現した。だが、これまでとは違い脈打つようなことはない。


 それでも身体強化の効果を感じることはできた。俺の中の「それ」が妙に静かだがひとまずそれは脇に置く。


 つーか、確か天の声が浸蝕を止めたようなことを言ってたよな。それと関係があるのかもしれない。


 ……などと考えているとマリコーが喚いた。


「な、何でそれを出せるのよっ!」


 俺の拳を包む黒い光のグローブを指しているマリコーの指が震えている。


「私の管理者の権限であなたの能力を全て封じ手いるのよ。それなのに、どうしてそれを出せるのよ!」


「さあな」


 俺は短く応え、マリコーとの間合いを詰めた。


 一歩が軽い。


 俺の動きに慌てたのかマリコーが小さな悲鳴を発しながら指を振った。すぐに見えない壁が俺とマリコーの間に発生する。


 構わず俺は拳を放った。


 このくらいの防御は余裕でぶち壊せると何故かわかっていた。


 拳が見えない壁に当たり、あっけなく粉砕する。


 キラキラした光の粒子となって見えない壁が消えていく。その向こうには信じられないものを見たかのような表情のマリコー。


「さて」


 俺は言った。


「俺も実験だ。これからこの拳であんたを殴ったらどうなるかな?」

「きょ、虚像化……え、何で? 何で私の権限が使えないのよ」

「……」


 マリコーが何かしようとして失敗したようだ。


 虚像化というのはシュナが攻撃した時に姿を歪ませたあれかな?


 確かにあれをやられたら攻撃が効かなくなるな。


 ま、使えないならどうでもいいが。


「ま、待って」


 マリコーがじりじりと後退る。


「ちょ、ちょっと調子に乗ってはしゃいじゃっただけなのよ。ほら、私って外資だけどマイナーな企業の研究室にいたじゃない。そこでつまんない実験ばっかりやらされていたからストレスが溜まっていたの。わかるでしょ? 抑圧された環境でさして楽しくない実験をやらされるのよ」

「……」


 おやおや、パニックになって妙なこと言いだしたぞ。


「それがある日突然変な光に包まれたと思ったら知らない部屋に飛ばされたの。私がラノベ読んだことがあったから良かったけどラノベ未読者だったら完全に訳がわからなくなっていたわよ。だって、リビリシアの意思(ウィル)を名乗る存在から異世界に転移したなんて言われたんだから」

「リビリシアの意思(ウィル)?」

「詳しくは知らないわ。でも、きっとこの世界で一番偉い存在ね。創造神とか大神とかそんな感じの」

「つまりあれか、あんたはそのリビリシアの意思(ウィル)によってこの世界に転移してきたって言いたいのか?」

「そ、そうよ」


 マリコーがちょい胸を張った。おい。


「きっと優秀な私が不遇な扱いを受けて沢山たーくさん苦労したから助けてくれたのね。私、世界の管理者として権限と能力を授かったし転移後のスタート地点もかつて魔法大国だった国の隠された研究所だったの」

「……」


 おいおい、誰だよこんな奴を優遇したのは。


 あーはいはいそういやリビリシアの意思(ウィル)だったね。どうかしてるぞこん畜生!


 その後もマリコーが何か言っていたけど、もう効く気が失せた。


 うん、殴ろう。


 そう思って拳を振り上げた時、足下の石床が割れた。


 勢い良く吹き出した魔力に俺は仰け反る。うわっ、危ねぇ。


 マリコーが俺を指差して笑った。


「あはは、いい気味! ここの地下深くの魔力は時々そうやって勝手に噴出するのよ。凄いのだと地上まで突き抜けて大森林の上空を飛ぶフォレストワイヴァーンを仕留めたりするんだから」

「……」


 俺はあることを思い出していた。


 これ、もしや……。


「先日も高速で大森林の上を飛んでいた大きな鳥が魔力噴出で撃墜されたって報告があったわ。私も大実験の準備がなければその鳥をギロックたちに回収させたんだけど」

「……」


 俺はぐっと拳を握り直した。


 俺とイアナ嬢を乗せたポゥを襲った奴の正体も判明したことだし、もうこれ以上この大森林にいる必要はないな。


 さっさとマリコーをぶちのめして終わりにしよう。


「な、何よその顔」


 マリコーが声を上擦らせる。


「ここここんなに怯えた女性をあなたは殴れるの? それに実験とか言ってたけど嫌がってる相手に無理強いするのってどうなのかしら?」

「……」

「それと、私はリビリシアの意思(ウィル)に選ばれた管理者なのよ。そんな私に手を出すなんて大いなる存在に対して不敬じゃない?」

「……言いたいことはそれだけか?」

「え?」


 マリコーがきょとんとする。


 あ、こいつわかってないな。


 俺はもうぶちのめすって決めているんだよ。


「それじゃ、実験開始といくか」

「ひっ……わ、私は管理者なのよっ! たとえ第二級でも管理者なのよっ! そんなことしてただで済むと……」

「やれやれだな」


 こいつに被験体にされた奴らだって命乞いをしただろうに。


 だが、こいつは聞き入れなかったはずだ。確認しなくてもそれくらい俺にもわかる。


 つーことで実験続行。



 俺は殴った。



「ウダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……ウダァッ!」



 **



 俺の連打でズタボロになったマリコーが断末魔の叫びを上げながら吹っ飛んでいく。


 マリコーは円陣を組んで動かない少年ギロックたちの数人を巻き込んで倒れた。それと同時に少年ギロックたちを包んでいた光が止む。


 中心に光を失った半透明の球を残し魔方陣が消えた。それを見届けたかのようにマリコーが空間に溶けていく。


 ……て、あれ?


 これって倒せたんだよな?


「……」


 俺は念のために警戒を解かずにあたりを見回した。


 ふっ、とマリコーによって異層空間に転移させられた時のような違和感を感じる。それが元の空間に戻って来れた感覚なのだと直感的にわかった。


 それを肯定するように天の声が聞こえてくる。



『お知らせします』


『マリコー・ギロックによる空間維持が途切れたため異層空間が隣接する空間と同化しました』


『なお、女神プログラムにより多重空間のジレンマ等の齟齬の解消がされています。詳細は(ピーッと雑音が入る)にて確認してください』



「……」


 うん。


 とにかく元の空間に戻れたんだしそれで良しとしておこう。


 あんまり深く考えたら負けだ。


 あと、天の声がああ言ってるってことはマリコーが倒されたってことだよな?


 それにまだ生きているのならそろそろ再出現してもおかしくないし。


 うん、あのマリコーは討伐完了ってことで。


 そう判断して他の二人の方を見ると、シュナがもう一人のマリコーに突進しながら聖剣ハースニールを構え直したところだった。


 真っ直ぐマリコーへと剣先を向けて駆けるシュナが叫ぶ。


「トゥルーライトニングラストアタック!」

「えっ、何で? 虚像化しないっ、そんな……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 放電する聖剣ハースニールを胸元に突き立てられたマリコーが苦悶に呻きながら感電する。


 バチバチとスパークするがシュナは全くのノーダメージだ。さすがご都合主義ウェポン。


「こんなっ、私が……管理者のこの私がぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「これが君の運命(シナリオ)だ。たとえどんなに相手が強くても聖剣ハースニールは敵を討つ!」


 マリコーが空間に溶けるように消えていく。


 やっぱりなーんかすっきりしないがとにかくこれでマリコーはいなくなった。


 で、ウサミミ少女と巨大モグラの戦いなのだが。


「ウサギーキックだぴょん!」


 巨大モグラの脳天に右足を赤く発光させたウサミミ少女の蹴りがめり込む。全身鎧を装備している巨大モグラは頭部も兜で守っているのだがそんなのガン無視の威力である。


 仰け反るように巨大モグラが倒れた。


 ウサギーキックを決めたウサミミ少女が飛び跳ねて巨大モグラから離れる。


 着地したウサミミ少女が片膝をつき息を荒く乱す。そのことからかなり苦戦したであろうことが推察できた。


 ズズーン。


 巨大モグラが白煙と光の粒子を撒き散らしながら消滅した。どうやら討伐完了したらしい。


 おおっ、ウサミミ少女強いな。


 あの巨大モグラ、マリコーのとっておきだったんだろ? 確か次の大実験でどうたらって言ってたし。


 うん、凄い凄い。


 俺はぱちぱちと拍手してウサミミ少女を讃えた。まあせっかくだからシュナも褒めてやろう。


 ウサミミ少女の戦いを見ていたファミマがこちらに気づき、飛んできた。


「わぁ、ジェイ無事だったんだねっ。良かったぁ」

「……」


 ん?


 俺は俺の無事を喜ぶファミマに違和感を覚えた。


 そんな俺の違和感を他所にファミマが距離を詰めてくる。


「マリコーを倒したんだねっ♪ ジェイてば本当に凄いよ。最高!」

「……」


 ウサミミ少女は大分お疲れちゃんだ。


 つーか、あんな化け物と戦って勝てるんだから実力は相当なものだな。俺の親父やテレンスさんがいたらライドナウ公爵家の使用人軍団にスカウトしたかもしれない。まあ俺はお薦めしないけど。めっちゃハードな職場だからね。


 ……じゃなくて!


「おい」


 俺はファミマを睨んだ。


「お前誰だ?」

「はい?」


 ファミマが俺の正面で止まった。飛んでいるからか目線は向こうの方が上だ。


「俺の知るファミマは誰よりもウサミミ少女を大切にしているし優先している。あんな疲れきったウサミミ少女を放置して俺に近づこうとするなんてあり得ないんだよ」

「……」


 ファミマが押し黙った。


「それにちょいと気にはなっていたんだ。本物のファミマは転移をできなくされていたのにいつの間にか転移できるようになっていた。もしかしたら場所によって転移の可不可があるのかもしれないと思ったんだがそれにしたって都合良く転移できたりできなかったりし過ぎだ。そう考えるとできるできないではなく状況に応じてできないふりをしているんじゃないかと思えてきた」

「……ねぇ」

「?」

「よく気づいたわねぇ。私、すっごく上手に化けたつもりだったんだけど」

「!」


 ファミマの声が変わっていた。ついでに口調も。


 ゆっくりとファミマの姿がぼやけながら大きくなっていく。


 再び鮮明になった時にはファミマの姿ではなくマリコー・ギロックの姿になっていた。


 そして、聞こえてくる天の声。



『警告! 警告!』


『これよりワールドクエストボス「マリコー・ギロック(本体)」戦を開始します』


『勝利条件 マリコー・ギロックの撃破』

『完全勝利条件 全ての分身体を倒した上でのマリコー・ギロックの撃破』

『敗北条件 ジェイ・ハミルトン、勇者シュナ、シスター仮面二号(アンゴラ)の全滅』



「……ここで天の声ってことはこいつが本物かよ」

「正解♪」


 マリコーがにやつきながら中空に指を走らせる。


 瞬間、あちこちの空間から黒い槍が出現して俺目掛けて飛んできた。


 俺はマリコーの動きに注意しつつ迎撃する。


 探知をフル活用して黒い槍の位置を把握しながら拳の有効範囲に入った物から順に破壊した。


 マジックパンチを連射した方が楽だがチャージしている暇がなかった。これは後で対策をしないと駄目だな。


「ふふっ」


 俺が全ての黒い槍を壊したというのにマリコーは愉快げだ。


 訝しく思っていると「ピピピ」と音が鳴った。


 魔神化の腕輪からだ。しかも何だか赤く点滅してるし。


 え。


 何これ?


「あーなるほど、急に私の権限が弱まったり分身体の権限が使えなくなったと思ったらそういうことなのね」


 マリコーが俺の腕輪を指差した。


「その腕輪、魔神化の腕輪よね。いわゆるトラップアイテム。使用すると一定時間無敵になれるけど確か使い過ぎるとバッドエンドを迎えるはめになるっていう」

「……え」

「あら、知らないで使ったの? そうね、どうせあなたはモブなんだしどうなったっていいわよね。勇者シュナとかだったら使用を控えるように忠告してあげるところだけど」

「……」

「そして、どうやらその魔神化の腕輪のせいで私の権限は制限されてその影響で分身の方は権限を使えなくなったようね。逆にあなたは私の権限の影響を受けなくなって自身の能力を使えるようになった……ま、それももうじき時間切れになるみたいだけど」

「え……と」


 マジか。


 この腕輪、そんな効果があるのか。


 いや腕輪の効果というより腕輪の効果で管理者の称号を得たことによる副次的な能力と思った方がいいんじゃないか? 正直俺の理解の範疇外なのだが。


 つーか、時間切れ?


 やばいじゃん!


「ジェイ、ぼやっとしちゃ駄目だよっ。というかもう一人マリコーがいたのか」


 シュナが聖剣ハースニールを構えて走ってきた。


「食らえっ、トゥルーライトニングボルト!」


 剣先から稲妻が放たれる。ちょい遅れて雷鳴が轟いた。


 げっ、シュナの奴俺がいるのに撃ちやがった。


 と思った時には稲妻が俺とマリコーを避けて明後日の方向に飛んでいた。


「分身体は負けちゃったけど」


 マリコーが指をくるりと回した。


「本体である私はそう簡単には殺られないわよ」

「おばさんがファミマ様に化けていたのなら」


 ふらふらとしながらウサミミ少女が立ち上がる。


「本物のファミマ様はどこぴょん」

「さぁ? どこかしらねぇ?」


 マリコーが挑戦的に笑い指を走らせる。


 俺の足下の石床が割れた。


 一気に吹き出してくる魔力。うわっ、相変わらず怖いなこれ。


「分身体だけでどこまでやれるか実験してたんだけど、やられちゃったんじゃ仕方ないわよね。まあ、第二級管理者の権限で作れる分身体の強さは本体の半分ほどになってしまうからそんなものと言えばそんなものなのかもしれないけど」

「分身体に戦わせて自分は見物かよ。随分なご身分だな」


 俺はまたマリコーに能力を封じられるかもしれないと考えながら腕輪に魔力を流した。


 チャージ……できてるな。


 逆流とかもない。お、これはいけるか?


 俺はマリコーに左拳を向けた。


「ウダァッ!」


 何の問題もなくマジックパンチが発射される。


「ひっ」


 短い悲鳴とともにマリコーが見えない壁を張った。


 マジックパンチが接触し、爆発。しかし、左拳は壊れることなく無事こちらに戻ってくる。


「……」


 マジックパンチは撃てた。


 てことは少なくとも今はこの能力を使えるってことだ。


 とりあえず、時間切れになるまでにマリコーを倒せばいいんだよな?


「トゥルーライトニングラストアタック!」

「ウサギーキックだぴょん!」


 マリコーの左右からシュナとウサミミ少女が同時に攻める。おおっ、これもいけるか?


「うふふ、無駄よ。無駄無駄無駄無駄……」


 マリコーを守るように見えない壁ができて二人の攻撃を阻む。


 シュナが聖剣ハースニールを、ウサミミ少女が赤く発光する右足を押し込もうとするが爆発とともに吹き飛ばされる。


 シュナはご都合主義ウェポンによってダメージを防いだようだがウサミミ少女は火傷と打撲を負ったようだ。石床に転がり苦しそうに呻いている。


 あ、俺フリフリ持ってた。


 回復させようとしたがそれより先に違和感を感じた。


「……」


 あれ、なーんか今までと違う感じだったような?


 マリコーが嘲った。


「全員纏めて実験台にしてあげるわ! 酸素濃度低下ッ!」

「くっ」


 あの攻撃、いや実験?


 ああ、どっちでもいいや。とにかくやばい!


 慌てて聖剣ハースニールを構えたシュナが顔を歪めた。


 それでも呼吸を止めて飛び上がる。バチバチと放電する聖剣ハースニールを振り上げたシュナが叫ぶ。


「トゥルーライトニングフォール!」

「お・馬・鹿・さ・ん♪」


 マリコーのまわりに黒い槍が何本も現れシュナへと飛んでいく。空中でまともに動けないシュナは完全に不利だ。


 だが、マリコーがシュナに意識を向けているこのタイミングなら……。


 俺は腕輪に魔力を……。


 違和感。


「!」


 視界が灰色に染まっていた。


 ダンディーな声と生意気そうな少年の声がする。


「どうだ、吾輩の力は? これで遂に到着だぞ?」

「フン、態度は気に入らぬが認めてやろう。これで敵の親玉は討ち取ったも同然」

「仮の主よ。油断は禁物だぞ」

「油断? そんな言葉は俺にはない」


 斬。


 突然、禍々しいオーラを放つ大剣を持った少年が現れマリコーを両断した。


 その大剣を握っている人物を目にした俺はつい拳を握ってしまう。


「クソ王子」


 生意気そうな顔をした長身の少年、カール第一王子が黒いライオンもどきな悪魔の傲慢のラ・バンバとともにそこにいた。



 **



 クソ王子の持つ大剣がマリコーを一刀両断にした。


 斬られたマリコーが声を発することなくキラキラと光の粒子と化していく。


 そして、大剣に喰われるかのように刀身に吸い込まれていった。


 虚空にダンディーな声が響く。


「時間停止、解除」


 灰色だった世界に色彩が戻った。


 と、同時に俺の両腕にあった魔神化の腕輪がマジンガの腕輪へと変化する。


「世界を脅かす邪悪はこの聖剣ダークブリンガーによって滅んだ」


 クソ王子がマリコーを斬ったばかりの大剣を片手で天に掲げる。


「これにより世界の危機は去った。このカール・エスタ・デ・エーデルワイスが世界を救ったのだッ!」

「仮の主よ。貴殿がやったのはたった一度ダークブリンガーを振っただけではないか。吾輩の時間停止と転移それに魔力探知がなければ貴殿はこの建物の中にすら入れぬところ……」

「剣の精霊、人がせっかくいい気分に浸っているのを邪魔するな」


 コウモリのような翼をパタパタと羽ばたかせながら顔の前に立って指摘しだした黒いライオンもどきの悪魔「傲慢のラ・バンバ」をクソ王子が睨んだ。


 ラ・バンバがはぁっと溜め息をつく。地味に長い。


「吾輩が精霊ではなく悪魔だと何度言えばわかってもらえるのだ? ナインヘルズ第七層最強の悪魔で『七罪』を束ねた吾輩を精霊呼ばわりするなど、仮とは言え貴殿が主でなければ忘却界(リンボ)に送られてもおかしくない所業であるぞ」

「ふんっ、聖剣に悪魔が憑いているはずがあるまい。いい加減自分が精霊だと認めたらどうだ?」

「いや、これは聖剣ではなく魔剣……」


 どうやらカール王子とラ・バンバの間に認識の齟齬があるようだがそれを解消する暇もなく天の声が二人のやりとりを遮った。



『お知らせします』


『ワールドクエストボス「マリコー・ギロック(本体)」がアルガーダ王国の第一王子カール・エスタ・デ・エーデルワイスに討伐されました』


『装備武器「ダークブリンガー」が強化されました』

『カール・エスタ・デ・エーデルワイスの攻撃力・防御力・魔力がアップしました』

『能力「(ピーッと雑音が入る)」を獲得しました』

『称号「女神を討伐せし者」が授与されました』



「……」


 あ、あれ?


 散々戦ってきた俺たちに報酬はないの?


 そんなの酷くね?


 とか思ってたらまた天の声が聞こえてきた。



『今回のワールドクエストの結果とクエストの成否による個別の報酬については後ほどお知らせします』

『引き続きリビリシア世界での冒険をお楽しみください』



「……」


 ふうん、結果と成否による個別の報酬については後で知らせてくれるのか。


 なるほどなるほど。


 ……じゃなくて!


「いやもうあのクソ王子がマリコーを殺ったんだから結果も何もないだろ!」


 そんなもん見てればわかるっつーの。


 つーか個別の報酬て。


 あれか、冒険者ギルドか王室あたりが何かくれるのか?


 なーんか何も出なさそうなんだよなぁ。


 まあギルドにしろ王室にしろクエストが出てたらその報酬は出るんだろうけど。


 俺みたいにギルドも何も関係なくワールドクエストに参加した奴はなーんも貰えないんじゃないか?


 て。


「……何これ?」


 ゴトッと音がしたと思ったら俺の前に宝箱が現れた。


「……」


 待って、ちょい待って。


 これめっちゃおかしいよね?


 どうしていきなり宝箱が現れるの?


 つーか、よく見たらシュナとウサミミ少女の前にも出現してるし。


 いやそれどころかあのクソ王子の前にもあるし。おいおい、あいつ何の疑いもなく宝箱を開けようとしてるぞ。阿呆なのか? マジでどうかしてるぞ。


「フンッ、大金貨が数枚と何かのアミュレットか。つまらん」

「仮の主よ、少しは警戒したらどうだ? 罠があったかもしれぬではないか」

「俺が罠程度に臆すると思うか?」

「……吾輩、とんでもない奴と組まされたのだな」

「剣の精霊、ぐだぐだ言う暇があったらこのアミュレットの鑑定をしろ。お前ならできるとマイムマイムが言っていたぞ」

「……」


 わぁ、ラ・バンバの奴大変そうだなぁ。


 ま、あっちはとりあえず放置していても問題なさそうだし俺も中身を検めるとしますかね。


 あのクソ王子の宝箱が大丈夫だったんだしまさか俺の方は罠ありだなんてことはないだろ(根拠なし)。


 俺は早速宝箱を開けることにした。


 カチャリ。


 これといった目新しさもないデザインの宝箱は容易に開けることができた。まああのクソ王子に開けられたんだから俺にできない訳がないのだが。


「……」


 宝箱の中には大金貨が数枚と銀色の紙が一枚あった。俺の手の平より少し大きなサイズで横長の長方形だ。綺麗な紙なのでこれだけでも一応価値はあるかもしれない。


 ええっと「お手軽改編チケット」て書いてあるな。


 小さい字で「このチケットを神の器にぺたりと貼ることでより人間に扱い易い魔道具にすることができるよ♪」て説明が記してある。


 いや、俺神の器なんて持ってねーし。


 こりゃ完全にハズレだな。交換プリーズ。


「ジェイ」


 シュナが嬉しそうな顔をしながら近づいてきた。わぁ、めんどい予感。


「そっちの宝箱には何が入ってた? 僕のは大金貨と指輪があったよ」

「そうか。そりゃ良かったな」

「ええっ、反応薄っ。もっと羨ましそうにしてよ」

「……」


 いやそんなこと言われても。


 わぁ、やっぱり面倒くせぇ。


 俺がげんなりしているとシュナが指輪をかざしつつドヤった。


「これ凄いんだよ。容量制限無しの収納ができるんだって。ほらほらここ見て、時空の精霊王リーエフの力が込められてるって書かれてるよ」

「収納が使えるようになって良かったじゃないか。うんうん、良かった良かった」

「ううっ、ジェイが何だかぞんざい」

「……」


 やっぱりめんどい。


 俺が溜め息をついているとウサミミ少女が声をかけてきた。


 手には何も持ってない。というか宝箱ごと消えている。これは収納したのかな?


「お宝もゲットしたし、早くファミマ様か店長と合流するぴょん」

「ウサミミ少女の宝箱には何があったんだ?」

「見てないからわからないぴょん。それにシャムちゃんに無闇に宝箱を開けるなって言われてるぴょん。帰ってからのお楽しみにするぴょん」

「へぇ、他にも仲間がいるんだ。僕、すっごい興味あるなぁ。あ、僕の名はシュナ。雷の剣士とか呼ばれたこともあるけど今は勇者やってるよ」

「アンゴラ……じゃなくてシスター仮面二号ですぴょん。えっと、勇者様?」


 ウサミミ少女がこてんと首を傾げた。可愛い。もふりたい。


「そ、勇者。ちょっと前に光の精霊王ロッテ様に使命を与えられたんだ。そのおかげで聖剣ハースニールの真の力を引き出せるようになったんだよ」


 すうっとシュナの肩に小さな精霊が現れた。そういやさっきまで姿が消えてたな。


 儚げな雰囲気のある髪の長い少女の精霊だ。俺の見慣れたおばちゃん姿じゃないので違和感がハンパない。


「そして彼女は雷の精霊ラ・ムー。聖剣ハースニールに憑いていた精霊だよ」

「わぁ、可愛らしい精霊だぴょん」


 ウサミミ少女に褒められたからかラ・ムーが喜色を浮かべる。


 グッと親指を立てる仕草も何だかご機嫌だ。儚さは吹っ飛んだけどな。


「……」


 にしても、こいつどうして姿が変わったんだ?


 おばちゃんから若作りするにしたって化け過ぎだろ。これ、ある意味詐欺だよね?


 バチッ!


「うわっ!」


 いきなり聖剣ハースニールから雷撃が飛んできた。危ねぇ。


「おいシュナ、そいつをちゃんと躾けろ。突然人に雷撃食らわせるなんて危険極まりないぞ」

「うーん、いきなりどうしたんだろ? こんなことする子じゃないんだけど」

「きっとじっと見つめられたから恥ずかしがったんだと思うぴょん。照れ屋さんだぴょん」


 ウサミミ少女が俺を見て、ほんのりと頬を染めた。


 仮面が隠している部分は顔の上半分なので頬は見えるのです。


「アンゴラも見つめられたら恥ずかしくなるかもだぴょん。あ、ジェイって呼んでもいいかなぴょん?」

「ん? まあ構わないぞ」


 別に拒否する理由もないしな。


 俺が受け容れるとウサミミ少女がぱあっと表情を明るくした。うん、これ仮面があってもわかるレベルだ。何ならお花が飛ぶエフェクトがかかりそうなくらい喜んでる。


 ほわほわっとした雰囲気になってきたところに鋭い命令口調の言葉が飛んできた。


「おい、俺を無視するなっ! この無礼者ども!」


 クソ王子だ。


「……」

「あ、やっぱり相手にしないと駄目なんだ」

「スルーしたいぴょん」


 俺、シュナ、そしてウサミミ少女。


 三人揃って溜め息をついてしまった。


 王族の相手なんてしたくないからなぁ。



 **



「俺を無視するとはいい度胸だな」


 クソ王子の目が吊り上がっている。これは大分ご立腹だ。


 その横に浮遊しているラ・バンバの困り顔との落差が酷いよ。


 て。


 ふざけてる場合じゃないな。


「これはカール殿下。私共に何か御用ですか?」

 可能な限りの愛想を声に込めて俺は応える。流れるような所作で跪き、頭を垂れるのも忘れない。


 慌ててシュナとウサミミ少女が俺に続いた。下手に口を利かなかったのはある意味正解かもしれない。


「これといって用はない」

「……」


 ないのかよ。


 だったら声をかけてくるなよ。うぜーな。


「仮の主よ、」


 ラ・バンバ。


「この者たちはあの悪しき女と戦ってきたのではないか? 吾輩たちがここに来た時にはあの女の配下もほとんどいなくなっていたではないか」


 言いながらラ・バンバが少年ギロックたちの方を向いた。


 俺に殴られてぶっ飛んだマリコーによって倒された少年ギロックたちはそのまま動かずにいる。巻き込まれなかった者もぴくりとも動かない。


 つーか、あいつら生きてる?


「ふむ」


 ラ・バンバが一人納得したようにうなずいた。


「どうやらあれらは主であるあの女がいなければ活動を停止するようであるな。さながら魔道人形もどきといったところか。まあ、どちらかと言うとキメラのようではあるが」

「ほう」


 クソ王子が興味ありげに。


「それはいい。俺の僕にするのも面白いかもしれん」

「いや残念ながらあれらは貴殿には無理であるな」

「無理? 何故だ」

「必要とする魔力がまず足らん。仮の主よ、貴殿はダークブリンガーを操るだけで手一杯ではないか」

「む」


 痛いところを突かれたらしくクソ王子が口をへの字にして黙った。


 クソ王子の周囲の空間が歪む。


 魔方陣が展開し、数人のローブを着た一団が現れた。全員が豪奢なローブを着用し見るからに価値のありそうな長杖を所持している。


 宮廷魔導師たちだ。もちろんこれが全員ではない。おそらく幾つかのチーム分けをした中の一つだろう。それもきっと王子をサポートするための精鋭チームだ。


 その中から一人だけやけに背の低い魔導師が進み出た。どう考えても異質そのものの彼女は人を馬鹿にしたようなにやけ顔で俺たちを眺め、それからクソ王子に跪いた。それを合図にしたように後ろの全員が控える。


「殿下。、遅れてしまい大変申し訳ありません」

「ケチャか。うむ、俺も少しだけ先行してしまったようだな」

「いえ。殿下について行けないこちらがいけないのです。お心遣い恐縮です」

「そうか」


 クソ王子はケチャから俺たちに視線を移し、再びケチャに告げた。


「俺がここに到着した時にはすでにこの者たちがいた。事情を聞きたければ好きにしろ。それとあちらに転がっている奴は全て回収だ」

「御意」


 ケチャが短く返し、立ち上がる。こいつ口調がいつもと違うけどケチャだよな?


 宮廷魔導師たちが一斉に動き出した。


 少年ギロックたちを調べようと歩み寄る者、巨大な魔方陣の傍で羊皮紙に何やら書き込みだす者、破壊された機器類を収納機能があるらしき箱に入れる者、この空間の様子をスケッチし始める者……そして、俺たちを尋問しようと近づいてくる者。


 ふっ。


 いきなり視界が変わった。


 *


「……」


 俺たちは真っ白な空間に立っていた。


 壁も床もないし木が生えている訳でもない、テーブルも椅子もないし照明だってない。本当に何もない空間だった。


 シュナがきょろきょろとあたりを見回す。


 その肩には長い黒髪の少女の姿をした小さな精霊ラ・ムー。にこにこしながらシュナの頬をベタベタ触っているのだがあれは邪魔になっていないのだろうか?


 ウサミミ少女が一人で納得したようにうなずいた。


「ここは安全だぴょん」

「知ってるのか?」


 俺が尋ねるとウサミミ少女は首肯した。


「ここ、白い空間だぴょん」

「……」


 まんまだな。


「どうして僕たちがここに飛ばされたのかな。さっきまであの大きな魔方陣があった空間にいたんだよね?」

「それは少し事情がありまして……」


 その声にはっとして振り向くとウサミミと白い仮面をつけたお嬢様がいた。ウィル教の修道服がとても良く似合ってます。顔が見えないけど超絶可愛い。


「管理者であるマリコー・ギロックとの交戦経験のあるジェイと勇者様をカール王子側に渡したくなかったのです。あのままですとその……半ば強引に王都まで連行されかねなかったので」

「えっ、僕ただ単に戦っただけだよ? これといってやましいこともしてないし」

「管理者との戦闘経験そのものが価値を持つのです。しかも、あなた方は生き残った訳ですし」


 うーん、とシュナが腕組みした。


 ラ・ムーもシュナの真似をして腕組みするが……あーうん、きっとおばちゃん精霊のイメージがなければ可愛いって思えたんだろうな。


「別にそんなの他に知られたって平気じゃない? むしろ今後またあんなのが出て来たらその時に参考となるかもしれないよ?」


 シュナのお嬢様への口調が妙に馴れ馴れしい。


 ちょいムカつくなぁ。


「あ、ジェイ。勇者様はこれで良いのでおかしなことはしないでくださいね」

「……」


 先回りされてしまった。


「それに勇者様を助っ人にしたお陰でジェイも助かったのではありませんか? 彼がいなかったらアースウインドアンドファイヤーの大群に殺られていたでしょう?」

「う……」


 そこを指摘されるとちょっと痛いな。


 て。


 おいシュナ、俺がお嬢様に指摘されてるからってニヤニヤするな。


 つーか、こいつ自分が俺のピンチを救ったからって調子こいてるな。


「あの……」


 ウサミミ少女がおずおずと片手を上げた。


「ファミマ様は無事かなぴょん? アンゴラと一緒だったファミマ様は偽者だったぴょん。本物のファミマ様が心配だぴょん」

「ファミマは無事ですよ」


 即答である。


 お嬢様が中空を見遣るとそこに半透明の大きな薄い板が現れた。


 床に座っているファミマが映っている。両膝を抱えるような姿勢で座っており何だか酷く気落ちした様子だ。


「今回のワークエで必要のない殺生が行われましたからね。自身が亜空間に囚われたことよりそちらの方が堪えたようです。しばらくすれば立ち直るでしょうからそっとしておいてあげてください」

「えっ、でも」

「それにあそこにあなたは入れませんよ。一応彼は調整送りですからね」

「……え」


 お嬢様の言葉にウサミミ少女が目を丸くした。


「処罰のためではなくマリコーに何かされていないかチェックする必要があるからです。念のために幾つか調べたいので私も予定をいろいろ変えなくてはいけなくなりました」

「それで、俺たちはこれからどうなるんですか」


 ファミマのこともわかったことだし、俺は別の質問をしてみた。


「カール王子たちとまた鉢合わせするかもしれませんし、もうあの場所には戻れませんよね?」

「そうですね。一応、ジェイたちのことをうまく誤魔化せるように認識阻害をかけるつもりですからもう少しだけここに留まってくれると助かります。それに、ワークエの最中に負傷したり亜空間に飛ばされたりした人もいるのでそちらの後始末を……」


 お嬢様が何やら厄介なことを言いかけた時、俺たちの傍に誰かが現れた。


 ファストの着る着物にも似た趣のある紫色の布を何枚か重ね着した痩身の背の高い男がそこにいた。やけに高さのある防止(「エボシ」だっけ?)を被り長さのある平たい板のような棒(「シャク」だったような?)を持っている。


 細い目とドジョウのような髭がどこかの国の文官のようでちょっとだけ神経質そうな印象を抱いた。


「……」


 てか、こいつ誰だよ。


「エミリア様、ご指示通り施設の主要箇所への進路を封じましたでおじゃる」

「……おじゃる?」


 何だよその語尾は。


 ふざけてるのか?


 だが、お嬢様はそれには触れずおじゃる男の報告に満足したようにうなずいた。


「ありがとう、リーエフ。それで、カール王子たちはどうでしたか?」

「マリコーの実験機器の残骸およびギロック数体を回収した模様でおじゃる。麿の用意したダミーも持ち帰ったようでおじゃるな」


 おじゃるおじゃるって、うるさいな。


「……」


 ん?


 リーエフ?


「あ、あなたはひょっとして時空の精霊王リーエフ様ですか?」


 シュナが酷く驚いた声音で尋ねた。


 振り向きもせずにリーエフが応える。


「いかにも。麿が時空を司る精霊の王リーエフでおじゃる。ロッテに導かれし勇者よ、此度の働き大義でおじゃった。今後も励むでおじゃる」

「は、はい」


 シュナが畏まるが……おい、そこの時空の精霊王。


 偉そうに応じているのかもしれんがそのおじゃる言葉のせいでちっとも偉そうに聞こえないぞ。


 むしろただの変人としか思えん。


「……」


 つーかあれだ。


 精霊王って、変な奴しかいないのか?

 

 

 


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