婚約破棄された悪役令嬢、偽装結婚相手が最強で聖女と王太子をざまぁするまでの72時間
「だから、この婚約は破棄させてもらうッ!」
その言葉と共に、私の紅茶カップがピタリと止まった。
あ、来たな。はいはい、テンプレイベントありがとうございます。
どうもこんにちは、元OLの悪役令嬢、リリアナ・ヴェルメイルで〜す☆
そもそもこの世界、前世で読んだ乙女ゲームとほぼ同じ。
私はその中で悪役令嬢とされる「リリアナ」に転生してたんだけど、もうね、テンプレ中のテンプレ。
貴族の令嬢で、ドレスは常にビスチェ&フリルで、取り巻きは3人いて、ヒロインにいちいち絡むという仕様付き。
けれど、私は前世の記憶もバッチリある元社畜OLなので、そういうお約束はむしろ「イベント」として楽しむ派。
いやむしろ、「はいはい、そろそろ婚約破棄くるぞ〜」ってワクワクしてた。
で、さっきのやつがそれだ。
「リリアナ、君は高慢でワガママで、聖女セレナに冷たく接した。だから、この婚約は破棄する!」
バン! と演説台の前で吠えたのは、この国の王太子、ジュリオ・フランツ・シュトラウス。
金髪碧眼、顔だけならイケメン。でも中身はというと
「セレナは天使だ!あんなに可憐で心優しい娘は他にいない!君とは大違いだ!」
…うわあ、クソデカボイスで地雷発言きたコレ。はい拍手!
「はぁ〜…」
私は、わざとらしく深いため息をついた。悲しげな演技。目を潤ませ、唇を震わせる。
ああ〜〜〜令嬢ムーブめっちゃうまくなってる私〜〜〜!
「そんな…王太子殿下…わたくし、何か至らぬことを?」
言いながら、心の中ではBGM流れてた。
ざまぁざまぁざまぁ〜〜〜婚約破棄きたこれ〜〜〜
(※精神は完全に祭りモード)
「セレナを見てごらん!」
王太子の隣にいたのは、例の“聖女”セレナ。現代日本から転移してきたという設定で、見た目は清楚、笑顔は天使。
だが、こちとら元OL。そういう猫かぶり、見抜くの余裕。
だって、今まさに、私のドレスを見て「ぷっ」って小さく笑ったの見えたし?
あとマジで目が笑ってない。「あたしが勝ったんですけどー?」って顔してんだよなコイツ。
「王太子殿下…本当に、婚約を破棄なさるのですね?」
「もちろんだとも。セレナに対する君の態度は到底許せない。今後は彼女が、私の隣にふさわしい」
あっはっはっは、バカだコイツ!!! 最高すぎる!!
なんだよその公開プロポーズ式婚約破棄!
今の社交界、全員ドン引きしてるって気づけジュリオ!!
私の取り巻きだった貴族子息たちも、目を泳がせて後ずさってるし。ああ、君たち、さよならね〜。
もう私、悪役やる必要なくなったから〜〜☆
「…ふぅ。では、婚約破棄、確かに承りました」
そう言って、私はスカートを翻して一礼。涙ひとつ見せず、にっこり笑って会場を後にする。
完璧な幕引き。元OL、演技力SSランク。拍手しろ社交界。
しかし
「おい、そこの君」
と、廊下に出た途端、背後から声がした。
振り返ると、壁にもたれた長身の男。黒髪、鋭い目つき、マントひらり。なんか強キャラオーラ。
「…誰?」
「レオン・グランツ。辺境伯家の養子で、軍部所属。趣味は人間観察と、恋愛劇の野次馬」
「は、はぁ…?」
いきなり現れて何言ってんだこの人。
「今の君の顔、実に愉快だった」
「顔!?」
「仮面を被って、王太子と聖女に笑いながら毒を撒く…面白い女だ」
「…変態ですか?」
「違うな。俺は“提案”に来た」
「提案?」
「偽装結婚しないか? 君と俺で、王太子と聖女を地獄に突き落とそう」
ピキーン!! 脳内に雷が落ちた!
…え、なにそれめっちゃ楽しそう!!
「ちなみに、俺の肩書きは“元処刑人”だ。地獄に落とすのは得意だ」
「…OK、乗ったわ。リリアナ・ヴェルメイル、あなたの“偽装妻”になってあげる」
笑いが、止まらなかった。
これはただの婚約破棄じゃない。
復讐劇の開幕であり私の、人生の逆転劇のプロローグだ。
「で、君。本気で結婚する気はあるの?」
開口一番、それって求婚ってことでよろしいですか!? と内心ツッコミながらも、私は完璧な令嬢スマイルで応対する。
「どちら様でしたかしら?」
もちろんOK、でも貴族令嬢として、ちょっと意地悪を言ってみた。
いや、中身は社畜OLだけども。
「レオン・ヴァルトライン。辺境伯家の養子で、現在は軍部所属。あと、元処刑人」
サラッと言った。今、サラッと物騒な単語出たよね?
おまけに一度目と家名が違うんですが?
こいつ、本当に面白い!
「へぇ、処刑人…つまり死刑執行人ですか?後、家名は、そちらが本当?」
「うん、主に斬首担当」
怖っ!!
でも、この男――レオン。見た目は完全に少女漫画のヒーロー枠。漆黒の髪に鋭い金の瞳、背は高くて、軍服が似合いすぎてる。
そしてなにより、私の好物「最強無口系かと思いきや煽り全開男」っぽい匂いがする。最高。
「婚約破棄されたばかりの君に、偽装結婚という名の契約を持ちかけたい」
「ふむ。狙いは?」
「君を“守る”代わりに、俺の名を借りて貴族社会で動きやすくなってくれ。互いの利益になるだろ?」
守る? あ、そうか。王太子からの婚約破棄で私の立場は今、完全にお察しモード。放っておけば社交界の餌食。
「なるほど。で、条件は?」
「…夫婦らしく振る舞うこと」
「具体的には?」
「手を繋ぐ、腕を組む、あと、夜は一緒に…」
「はい却下!!」
危うく“初夜スキップ”イベント発生するところだったわ。やめてくれ、このテンプレ展開。
とはいえ、この提案は願ったり叶ったり。ざまぁ劇場の幕を開けるためには、まず“婚約破棄された女の再起”という絵が必要なのだ。
「わかりました。その契約、乗りましょう。条件はただ一つ」
「言ってみろ」
「王太子と聖女、笑顔でぶっ潰してやりましょう?」
レオンの口角が、ほんの少しだけ上がった。
「面白い女だ」
それ、昨日も誰かに言われた気がするー!
数日後、王都の社交界に新たな爆弾が投下された。
“婚約破棄された哀れな悪役令嬢、なんと最強の辺境伯養子と電撃再婚”というスキャンダルが、宮廷中を駆け抜けたのである。
「あの子、あれだけ傷ついてたのにもう再婚!?」 「いや、あの男、元処刑人よ!?」 「え、なにそれ、逆に萌える」
人の噂は七十五日。だったら私は七時間で塗り替えてやるわよ。
お披露目パーティーのドレスは、真紅のオーダーメイド。目立つ? むしろ目立て。舐められるより数百倍マシ。
そして、隣に立つ“夫”――レオンはと言えば。
「…似合ってる」
「うふふ、ありがとう。あなたも今日の仮面、怖すぎて最高よ♡」
「褒め言葉か?」
「もちろん」
ちなみにレオン、仮面舞踏会の名目で“殺し屋みたいな黒仮面”をチョイス。怖い。好き。
そこへ来ました、本日の主役(※悪い意味で)。
「…お前、何をしている」
ナルシスト王太子、登場である。お供には例の聖女。天使スマイルが痛い。
「まあ、元・婚約者様。ごきげんよう」
「なぜこの男と…いや、そのような男と結婚など!」
あ、やばい。“そのような男”って言っちゃった。レオンの眉がピクリと動いた。
「わたくし、幸福ですのよ? あなたのおかげで、この素敵なご縁に恵まれました♡」
レオンが軽く私の腰に手を回す。うわ、演技うまいなこの男。
「…俺の妻に、何かご用かな?」
「っ…!」
王太子、言葉に詰まる。そして、聖女が小声で囁く。
「…わたし、この女嫌い。なんでこんな奴が幸せになってるの?」
あらあら。耳がいいのよ、私。
「それはね、私が“運命”を待ってたんじゃなくて、“自分で選んだから”よ。ざまぁ♡」
言い放って、レオンとともに会場を後にした。
ざまぁ第1段階、完了――。
その夜。
屋敷のバルコニーで紅茶を飲んでいた私に、レオンがぽつりと言った。
「…悪くなかった」
「なにが?」
「今日の“夫婦ごっこ”。意外と…楽しかった」
え、なにそれドキッとするやつなんだけど。
「ほら見て、私の顔が赤いのは照れてるんじゃなくて夜風のせいだからね!」
「そうか」
「…ほんとよ?」
「じゃあ、次は“本気の夫婦ごっこ”してみるか?」
「やめろおおおおおお!!」
婚約破棄から始まった偽装結婚。でも、これ、案外悪くないかも?
「あの女、調子に乗ってる」
そう言いながらワイングラスを割ったのは、我らが聖女様・ミリアンヌさん。最近、嫉妬の炎で瞳が業火と化しているらしい。
ええ、ええ。お気持ちはわかりますとも。なんてったって、「婚約破棄してやった悪役令嬢」が、今や社交界の中心でウィンクかましてるわけで。
しかも隣には、見た目Sランク、中身もS(シリアス&煽り)の偽装旦那・レオン付き。
「こんなの間違ってるわ…神の導きに背いてる!」
って、神の名前出して正当化するのやめなさい。それ、炎上するやつだから。
「というわけで、そろそろ反撃の時間です」
私はレオンとともに、ある作戦を発動することにした。その名も――
『聖女様の裏帳簿ばらし作戦☆』
きらっきらの名前とは裏腹に、内容はガチ中のガチ。なんせ、ミリアンヌが貴族相手に“浄化のお祈り”と称して寄付金を巻き上げ、こっそり私腹を肥やしていたという証拠がザックザク。
しかもその資金で買っていたのは、王都一の宝石店での買い物や、ナイトに貢いでた高級ワインの山。
「さすが異世界から来た聖女様、スピード犯罪もチート級ですね~」
「皮肉が刺さりすぎて感心するレベルだな」
私とレオン、絶妙なバディ感で調査を進め、ついに一通の帳簿を宮廷新聞の記者にリーク。
翌日
【速報】聖女様、実は超贅沢好き!?“寄付金”の不正使用が発覚か!?
新聞の一面が、ざまぁの鐘を鳴らした。
王都は大混乱。聖女信者たちは泡を吹き、王宮の会議室では怒号が飛び交う。
そして、王太子。
「ミリアンヌは悪くない!! これは罠だ、そうに決まっている!」
…はい、爆散フラグ立ちました~。
「陛下、私の命に免じて、どうか彼女をお許しください!」
国王、ガチギレ。
「貴様…! どこまで愚か者なのだッ!!」
テーブルバーン!! 書類ビリィ!!
そして側近たち、一斉に辞表を提出。え、団体芸ですか?
聖女様はと言えば、泣きながら取り乱していた。
「違うのよぉぉ! これは全部アイツが! あの女が悪いのよぉぉ!!」
きました、名指し逆ギレ。これを聞いた私は――
「わたくしですか? 聖女様が寄付金で高級チョコを箱買いしていたと知ったときは、さすがに驚きましたわ」
淡々と、でも笑顔で。レオンも横でコーヒーすすってる。なんだこの余裕コンビ。
「そんな証拠、どこにあるっていうのよ!?」
「ではこちらをどうぞ。出納帳、店の納品書、贈答品リスト、あとナイトからの証言もあります。はいどーぞ♡」
「ぎゃあああああああ!!!」
聖女様、ついに床に崩れ落ちて叫び始めた。
「全部この女のせいよぉぉぉ!! 私から王太子を奪ったくせにぃぃ!!」
はいはい、恋愛脳にトドメを刺しましょう。
「奪ってません。あげただけです」
「え?」
「だって、価値ないもの、いりませんもの♡」
どーん!! 社交界、一斉に爆笑の嵐!!
王太子の顔、プライスレス!!
「国外追放とする!」
国王の一声で、ミリアンヌと王太子は地図の端っこ行き決定。追放列車にご乗車いただきました。
ざまぁパーティー、最高だった。
王太子も聖女も炎上し尽くし、私は社交界の“伝説の逆転劇ヒロイン”として称えられまくり。
でも。
「…なんで少し、虚しいんだろうね?」
バルコニーでぼそりとつぶやくと、レオンが紅茶を差し出してきた。
「復讐は達成感より、疲労感が残る。よくあることだ」
「達観してるなあ。元処刑人は伊達じゃないわね」
「でも、一ついいか?」
「ん?」
「“笑ってた君”が好きだ。だから、明日からは“笑顔の理由”を、もっと違うもので埋めていけ」
…こいつ、ずるい。なにそれ告白かよ。
「…そ、それ、惚れるじゃない…!」
「じゃあ、次は本気で惚れてもらえるように努力する」
「ぎゃーーーーーーーー!!」
婚約破棄から始まった偽装結婚は、ただの“契約”じゃなくなってきている。
この胸のドキドキ、誰か止めてくれ(無理)。
あれから三日。国王による「超特急ざまぁ裁き」により、聖女と元・婚約者は、山奥の修道院にご招待された。王都は平和になり、空は今日も青い。
でも。
「そろそろ、契約解除の話をしましょうか」
私は、レオンの書斎で切り出した。ここ数日、妙に意識しすぎて喉が渇く。いや、恋とかじゃないし? たぶん?
「契約って、偽装結婚のか?」
「そう。ざまぁも完了したし、もういいでしょう?」
「…なるほど。君がそう言うなら」
あれ? あっさり?
いや、なんか…つまらん…。
「でも」
レオンは静かに立ち上がって、私の前に歩いてきた。そして。
「これは契約じゃない。次は、本気の結婚を申し込む」
ちょ、ちょっと待て。話が急だ! 急カーブすぎるぞレオン!!
「ちょ、何言って」
「君が好きだ」
直球すぎて、私の心臓がファストボール直撃。
え、待って、息できない。
「い、いや、それは、えっと、あの、からかってる?」
「冗談でこんなこと言うか?」
「知らないけどっ!? あんた、口調がいつも冗談みたいじゃん!」
「なら証拠を見せる」
そう言って、レオンはポケットから…指輪出してきたああああ!?
え、プロポーズってそんなラフなテンションでしてくるもんなの!? 違うよね!?
「受け取ってくれ。君が欲しい」
わたし、赤面MAX。
「け、ケダモノーーーーーーーーー!!」
「褒め言葉だな」
あああああもう! こいつ、本当に煽るのうまい!! っていうか私、本当にこの人が好きになっちゃってるじゃないの!!
「…ちょっとだけ、好きになったかもよ?」
「“ちょっと”じゃ足りない」
そしてそのまま、レオンが私にキスを落とした。
優しくて、でも熱くて、まるで夢の中みたいだった。
でも、キスが終わったあとの一言で、私は再び絶叫する羽目になる。
「じゃあ、今夜は寝かせない」
「いやああああああああ!! ケダモノーーーーーーーーーー!!!」
後日談。
聖女様は現在、山奥の修道院で耕しライフ満喫中。王太子はその横でニンジン抜いてるらしい。
たぶん今頃、“ざまぁってマジでデザートだな”とか思ってるに違いない。
私はというと。
「ねえ、あなた。次の晩餐会、ちょっとばかし“本気の”夫婦演技してもいいかしら?」
「了解。じゃあドレスは脱ぎやすいやつで」
「この煽り夫ぉぉぉぉおおおお!!」
愛してます。マジで。
…でもやっぱり、たまに殴らせて。
おしまい