第三の事件の解決
茂みから出ると、すぐにまた月華が駆け寄って来た。
「探偵さん、お願いです! 私の無実を証明してください!」
「……え? 月華さんの無実?」
「私、みんなから疑われてるんです……私が彼を突き落としたんだろって」
なるほど。状況的にはそうなるだろう。
土作が崖から落ちた時、月華はすぐそばにいたのだ。
「でも、探偵さん、私が彼を殺すはずがないんです! だって、私は彼を心から愛していたんですから! 私と彼が出会ったのは……きゃあ!」
僕は、反射的に月華を突き飛ばす。
ウェディングドレス姿の花嫁が、石畳の上で、無様にも尻餅をつく。
その様子を見て、すかさず月華に駆け寄って来たのは、火太郎だった。
「探偵さん、傷心の花嫁に対してなんて手荒な真似をするんですか!」
「危なかったからです。ああしなければ撃たれるところでした」
「撃たれる? まさかスナイパーに狙われていたとでも?」
「そのまさかです」
「ヴァンダインの二十則」三項目――「不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない」。
月華は、今、確実にノロケ話をしようとしていた。このまま話を続けさせていれば、ヴァンビネガー卿のドローンに撃たれるところだった。月華が、ではない――僕が、だ。
ウェディング中の事件ということで、シチュエーション的に、どうしても不必要なラブロマンスが生じがちである。
寄り道をせず、可及的速やかに事件を解決すべきだろう。
「木馬さん」
僕は、巨大な一眼レフカメラを首にぶら下げていた男に声を掛ける。
「木馬さんがフォトウェディングのカメラマン役を務めていたということでよろしいですね?」
「はい。そうです。二人が崖の先に向かって行くシーンをバチバチ撮っていました」
「その時の写真を見せてもらえますか?」
「はい。どうぞ」
僕は木馬に渡された重いカメラを覗き込む。
木馬の言うとおりバチバチに写真が撮られていて、土作がよろけて倒れるシーンがコマ送りでハッキリと見てとれた。この写真は使えそうだ。
「土作さん、ありがとうございました」
次に、僕は、火太郎に声を掛ける。
「火太郎さん、土作さんが崖から落ちた時はどこで何をしていましたか?」
「花嫁の近くに立って、レフ版で花嫁を照らしていました。木馬さんから見て、左側ですね」
「ありがとうございます。位置関係が分かりました」
「それでは、水太郎さんは崖の先の方に立ってください」
「……はい?」
事件発生の一報を受け、僕は水太郎にも事件現場に来てもらっていたのである。
「探偵さん、どうして僕が崖の先の方に立たなければならないのですか?」
「そこに崖があるからです」
「意味が分からないのですが……」
意味が分からないのはこっちである。まさか水太郎は二時間ドラマのお約束の展開を知らないのだろうか――
「ワトスン君、水太郎さんを取り押さえて、崖の先まで連行しなさい」
「菱川さん、水太郎さんが崖の先で暴れたらどうするんですか? 僕も一緒に落ちちゃいますよね……」
僕の助手なのに、渡戸は口ごたえをした。
「その時はとりあえず水太郎さんを突き落として、裁判では正当防衛を主張しなさい」
「了解です」
「お二人とも物騒な会話やめてください! 僕が自主的に崖の先に立ちますから、それで勘弁してください!」
――こうして準備が整った。
「それでは、犯人を指摘します」
僕は、崖の先へと一歩一歩近付いていく。そうして、水太郎へとにじり寄る。
そして、指差す。
「犯人は――水太郎さん、あなたです!」
「ええっ!? また僕ですか!?」
二度あることは三度あるということが分かっていなかったのか、水太郎はオーバーにリアクションをとる。
「またあなたですか、はこっちの台詞です。なぜあなたは性懲りなく犯罪を繰り返してしまうのですか?」
「やってません! 僕は何もやってませんから!」
「しかし、水太郎さん、土作さんを殺せたのはあなただけなのです。木馬さんはカメラで写真を撮っていますので、犯行不可能です。火太郎さんもレフ板を持っていて、しかも花嫁の側に立っていますので、同じく犯行不可能です。それから、月華さんが犯人でないことは、木馬さんが撮っていた写真が証明しています。写真の月華さんには何ら不審な動きはないのです」
残された事件関係者は、水太郎だけである。消去法によって、水太郎による犯行が証明されるのだ。
「探偵さん、いつもながら言ってることがメチャクチャですね。写真に写っていないのは月華さんの不審な動きだけではありません。写真には僕も写っていないはずです。僕が土作を崖から突き落としたわけではないのです。それとも、探偵さん、僕が写っていましたか?」
「いいえ」
僕は、首を横に振る。
「それなら犯行不成立じゃないですか。土作は不幸な事故に遭ったのです。犯人なんてどこにもいません。早く僕の無実を宣言してください」
僕は、もう一度首を横に振る。
「いいえ。事故ではありません。水太郎さんが土作さんを殺したのです。ただし、突き落としたのではなく、土作さんの頭を目がけて、石を投げたのです」
水を打ったような静けさの後、水太郎は高らかと笑った。
「アハハハハ。探偵さん、何を言い出すのかと思いきや、なんとくだらないことを! 僕が石を投げた? 証拠はあるんですか? そもそも、写真には石も写ってないでしょう?」
「ご自身の目で確認されたらどうですか?」
僕が顎で指示をすると、渡戸が、木馬の持っていたカメラを、崖の先まで持ってきてくれた。
僕も崖の先に移動し、水太郎と一緒に事件当時の写真を確認する。
水太郎がまた高らかに笑う。
「アハハハハ。やっぱり石なんてどこにも写ってないじゃないですか。探偵さん、やっぱりこれは単なる事故です」
「水太郎さん、気付きませんか? 写真はポートレートで撮影されています」
「……はい?」
「背景をぼやかして撮影してるのです。ゆえに、新郎新婦の姿はハッキリ写っていても、それ以外の物はぼやけてしまい写らないのです。あなたが投げた石が写るはずがありません」
水太郎は、何度も繰り返し瞬きをする。
「いや、まあ、それはそうかもしれないですけど、そんなこと言ったら何でもありじゃないですか……」
「そうでしょうか?」
「そもそも、事故死の可能性も否定できないですよね? 何も写ってないんですから」
「何も写ってないわけではありません。新郎新婦の姿はちゃんと写ってます。水太郎さん、新郎のアクションを丁寧に見てください」
水太郎は僕の指示に従い、写真をコマ送りにして、土作の動きをじっと観察する。
「落ちる直前、顔を歪め、頭を押さえてる……」
「そのとおりです! 土作さんは明らかに頭に石をぶつけられた際のリアクションをとっているのです。これこそが事故死でなく殺人である証拠です」
「いや、探偵さん、待ってください! 顔を歪め、頭を押さえてるように見えなくはないですけど、それは偶然そのように見えるだけで……」
「聞き苦しい言い訳はやめてください」
良い写真を撮ってくれた木馬には感謝しなければならない。彼は、使えない変態カメラマンなどではなかった。時折使える変態カメラマンだ。
「探偵さん、待ってください。まだ論理が飛躍してます。仮に土作に石を投げた人物がいるとして、どうして僕なんですか? 事件が起きた時、僕は現場にいませんでしたから!」
「本当ですか? そこら辺の茂みに隠れてたんじゃないですか?」
「そんなわけな……」
「探偵さんの言うとおりです!」
声のした方へと全員が一斉に振り向く。
声を張り上げたのは、純白の花嫁だった。
「私、水太郎さんの姿を見ました。探偵さんの言うとおり、茂みの中でコソコソ隠れて私たちを覗いていたんです」
最高の助け舟である。
この加勢を利用して、水太郎にトドメを刺すのだ――
「これで謎は完全に解けました。犯人は、水太郎さん、あなたしかいません」