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ミス研は「密室トリック」を語らう

作者: 屋津摩崎

ミステリージャンル初挑戦です、優しい目で読んでいただけると嬉しく思います。

「うううぅぅ〜、寒みいなぁ」


 横にいる筋肉質な大男が身体を小さくして震えている。


「そりゃあ、こんな真冬の屋外で短パンでタンクトップ一枚でいれば寒いよ」


 その様子を見て呆れるしかない、どう考えてもこの男の格好は真冬に相応しくない。


赤沢(あかさわ)、その暖かそうなダウンジャケット貸してみ? 一緒に筋肉の寒さに対する耐久検証をやろうぜ」

「やだよ!」


 僕の上着を恨めしそうに見てくるから距離をとる、伊藤は2m近い大柄な体型だ、武力行使されたら一方的に蹂躙されてしまう。


「あっ、赤沢、伊藤、私が部室の鍵を借りてきたから一緒に……」


 声の低いショートカットの女性が僕達を見つけて声をかけてくるが途中で固まってしまった。


「伊藤……なんで裸なん?」

「いや、(うら)さん! 違う、これには訳がある」


 浦さんと呼ばれた女性に伊藤は慌てて弁明する。


「いや、まぁ、タンクトップを着てるから裸じゃないけど……」

「違う! そこじゃない!」


 伊藤は自分の分厚い胸板を指差して溜める。


「常に身に纏っているだろ、筋肉という鎧をなぁ! 俺はこの鎧のおかげで寒空の下に何時間だっていられる!!」


「「……」」


「浦さん行こうか」

「そうだね」


 さっきまで寒い寒い言っていたくせに何を言ってるんだ?

 とりあえずカッコ良いポーズをとっているのでそのままにしておいてあげよう、浦さんもそれに同意してくれたので部室へ移動する事にした。


 浦さんを促して足早に部室棟へと向かう、2階へ上がる階段の踊場からポーズをとったまま動かない伊藤が見えた。真冬の寒空の下で、タンクトップの大男がポーズをとったまま固まっているのはなかなか見られない光景だ。


「写真を残しておこうかな、アホの黒歴史って」

「アンタも何気に酷いな」


 まさか品行方正な僕がそんな素行の悪い事はしません、ポケットからスマホを取り出そうと思ったがかろうじて踏み止まる。


「冗談ですよ」

「……本当に?」


 浦さんが疑った目で顔を覗いてくる、咄嗟に誤魔化すが不意に顔が近づいてきたのでドキッとしてしまった。

「あはは、何焦ってんの?」

 小悪魔のような笑みを見せ、そのまま部室の方へと進んでいく。すぐに揶揄われた事を理解した、大きく息を吐くと浦さんの後をついていく。



 『ミステリー研究会、略してミス研』と手書きで書かれた紙が貼ってある部屋の前に着く。

 浦さんはすでに鍵を開けて中へと入っており、僕もその後に続いて中へと入る。


「寒い〜〜」


 すぐに暖房を動かすが、暖房特有の不快の臭いが部屋中に充満する。


「寒いけど窓開けるよ」

「頼む」


 僕は我慢できずに窓を開けて空気を入れ替える、浦さんもやはり不快な臭いが嫌だったようだ。


「そろそろいいか」


 不快な臭いも気にならなくなったので窓を閉める、ようやく落ち着いて椅子に座る事が出来そうだ。



 浦さんはコートを脱いでハンガーにかける……身体のラインが丸分かりなセーターを着ているので目のやりどころに困ってしまう。だが密室に男女2人きりなのに、まったくそんな雰囲気にならないのが悲しい。


 彼女の名前は浦 真由美(うら まゆみ)、僕が通う大学の1年生で同期だ。ショートカットと女性にしては声が低いのが特徴だが、ボーイッシュとは言い難い暴力的なスタイルをしている。

 そしてさっき一緒にいたタンクトップ一枚で出歩く変態の伊藤 剛(いとう たけし)も同期で、このミステリー研究会というサークルに所属している。

 ちなみに僕の名前は赤沢 修司(あかさわ しゅうじ)、ごく平凡な大学生だと思う、悲しい事に浦さんからは人畜無害で無味無臭と評されている。


「ねえ、伊藤君が」


 小柄なメガネをかけた女性が申し訳なさそうに部室に入ってきた、か細い声で何かを必死に訴えている。

江坂(えさか)先輩、こんちわ」

 江坂先輩と呼ばれた女性は浦さんの声にビクッとなる、その姿はまさに小動物そのものだ。


「伊藤はいつもの事なので気にしないで下さい」

「そうそう、あれが平常運転です」


「そ、そうなの? それならいいか」


 僕と浦さんの言葉に安心したのか江坂先輩が部室へ入ってくる、そしてそのまま机に突っ伏してしまった。


 彼女は江坂 真紀(えさか まき)、僕等の一つ上の先輩だ。小柄で眼鏡をかけた小動物のような女性だが、実はすでにミステリー小説家としてデビューしている凄い人なのだ。


「またスランプですか?」

「……うん」


 浦さんの言葉に江坂先輩は突っ伏したまま頷く。


「誰か……密室の……トリックを考えて」

「そんな無理難題を」


 江坂先輩の突拍子のない懇願に呆れてしまう、そんな簡単にトリックが思い浮かぶ訳がない。


「まず話の内容はなんなんですか?」

「言ったらネタバレになるでしょ?」


「「……」」


 この人は面倒くさい人だった。


「えーさーかー先ー輩? 場所も状況も登場人物も何もかも情報がない状態で、プロにアドバイス出来るほど私達は才能豊かではないのですよぉ?」

「ごめんごめんごめん、おっぱいで押し潰さないで」


 浦さんが背後から体重をかけて江坂先輩を押しつぶす、何とも眼福なシーンを目の当たりにしてしまった。



「お、おい、誰か手伝ってくれ」


 ここでドアの向こうから助けを求めてくる声がする。


「誰?」

「あ、丘野(おかの)先輩」


 そこにはタンクトップ一枚の変態を抱えたロン毛のイケメンが半べそをかいていた。


「そのまま捨てておいて良かったのに」

「いや、普通に凍死するだろ!」


 浦さんの辛辣な言葉に丘野先輩は涙目になる、仕方ないので協力して伊藤を暖かい部室へと引き摺り込む。


「知ってる? 筋肉では寒さを防げないんだよ、だから北の動物達は脂肪を蓄えているの」


 嬉しそうに江坂先輩が豆知識を語る。この人は常識人と思っていたが、全く違うのを最近理解した。


「伊藤はなんで裸で外で突っ立てたんだ」


 髪をかき上げて丘野先輩が息を整えている。


「裸じゃないそうですよ?」

「そう、俺の筋肉は寒さに負けないって豪語してたから放置してきました」


 僕と浦さんがあった事をそのまま説明する、なぜか丘野先輩は顔を引くつかせている。


「お前らが煽ったのか……殺人幇助(ほうじょ)だな」

「幇助じゃないですよ、凍死するようにそそのかしたので教唆(きょうさ)です」


 すぐに丘野先輩の言葉を江坂先輩が揚げ足をとる。


「お前のそういうところ大嫌い」

「え!? 何で!?」


 怒りのままに丘野先輩が睨みつける、だが江坂先輩は丘野先輩の威厳を踏み躙った事を自覚していないようだ。


 このロン毛の残念イケメンはこのミス研の部長で、2つ先輩にあたる丘野 一浩(おかの かずひろ)だ。常識人で良い人なのだが、決定的な何かが足りない人……だと思う。



「はっ、ここは!?」


 ここで伊藤がようやく目を覚ます。


「雪原の中に狼の群れが俺を待っていた……」


「良い夢が見れたみたいだな」

「その群れと一緒にその先へ行けば良かったのに」

「夢で終わっちゃったか、残念」


「お前ら……」


 伊藤の素っ頓狂な夢語りに僕と浦さん江坂先輩は同意見のようだ、その様子を丘野先輩はドン引きしている。



「さてと……全員揃ったところで今日の議題の話をしましょうか。今日の議題は密室トリックです!!」


 全員が落ち着いたところで江坂先輩が突然仕切りだす、極度の内弁慶なのか? それともスロースターターなのか分からないが、外の世界と遮断された瞬間にエンジンがかかる。


「……何を言ってるんだ? そんなのやった事ないだろ?」

「ええっと、小説のネタで行き詰まっているみたいです」


 訝しむ丘野先輩にそっと告げ口をする。


「こんな部活っぽい事……ここに来て初めてだ!」

「それはそれでダメだろ?」


 張り切る伊藤に浦さんは冷静なツッコミを入れる。


「いや、けしてネタ切れとかじゃなくて、たまにはミステリー研究会らしく議論をした方が良いかと思うのです」


 江坂先輩が小さな身体で目一杯正当性を主張してくる。まあ、確かにミス研っぽい内容ではある。


「密室トリックって、大きく分けて2種類ですよね?」

「赤沢君、意見を言う時は挙手しなさい!」


 このチビ眼鏡ムカつく……仕方なく挙手すると江坂先輩は嬉しそうに指名してきた。


「えっと……2つに分かれると言うのは被害者を計画的に殺し、密室を意図的に作って完全犯罪っぼく計画的にやるか。それとも衝動的にその場で殺し、その場所で密室を作るかに別れると思うんです」


 登場人物や物語の流れを考えず、トリックのみ焦点を当てるとそうなると思う。


「だが衝動的に殺すとなると犯人と被害者はタイマン状態になるだろ? タイマンなら俺は犯人に勝つ!」

「そうだな、それに伊藤のような巨漢をやるとなると男性でもキツいし女性では不可能だ。そうすると後付けで共犯者を登場させないといけない」


 伊藤のアホな意見に丘野先輩が真面目な意見で便乗する。


「被害者は伊藤って事で良いですか?」

「あ、はい、それで」


 江坂議長は話を振っておいて丸投げのようだ。


「俺が被害者!? なぜだ!?」

「そりゃ真っ先に殺されそうだし、ウザがられてそうだし」


 伊藤は納得していないが浦さんの辛辣な意見には賛成だ。


「伊藤を殺すとなると直接は無理だから毒殺? 睡眠薬とか?」

「そうなると伊藤に毒を飲ませるために親しくないといけないな」


「じゃあ犯人は赤沢だね」


 浦さんが意味の分からない事を言い出した。


「赤沢……お前……俺を殺すのか!? 人畜無害で無味無臭でつまらない矮小な奴に!?」


 今お前を殺す動機が生まれた。


「面白くなってきた赤坂君! さあ、伊藤君をどうやって殺す?」


 ムカつくクソチビ眼鏡も調子に乗ってきた。


「じゃあ舞台はこの部室でいこうか、動機は恋人の浦さんを伊藤が寝取った恨みからの殺人!!」

「やめて! 私を巡って争わないで!!」


 ダメロン毛が勝手にシチュエーションを決める、そして浦さんもなぜかノリノリだ……この子も馬鹿なのか?


「えっと、ここは2階の部室棟で……入口は1箇所。って言うか丘野先輩、よく伊藤を2階まで運べましたね?」

「ん? いやぁ、死なれたら困るから必死だったよ」


 恥ずかしそうに頭を掻いている、試しに僕も伊藤を背中におぶってみる。


「……重」

「ははは、鍛え方が足りん!!」


「ねえ、伊藤って体重何キロ」

「おう、今はブラッシュアップしてないから丁度95キロだ!」


 何をもって丁度なのか分からないがほぼ100キロじゃないか! とてもじゃないけど2階まで運ぶのは無理だ。


「という事はやっぱり呼び出ししかないですね」

「タイマンだな? お前のようなヒョロガリには負けん」


 話が通じないのかな? 脳みそが筋肉で侵食されているのかな?


「毒はアリですか?」

「うーーん、赤沢君が手に入りそうな範囲ならOK!」


 江坂先輩が無茶を言う、手に入りそうな毒なんて心当たりがない。


「そこは少し譲歩しても良くないか? 設定が厳しすぎるって」

「そうね、じゃあ許す」


 ありがたい事に丘野先輩が助け舟を出してくれた、ただ江坂先輩の謎の上から目線に納得いかない。


「そうだ、喉が渇いたから飲みモノでも買ってくる。この前奢ってくれたから奢るよ、部室棟の入口にあるカップの自販機でいい?」

「マジ!? じゃあ俺はホットコーヒー砂糖多めミルク多めで!!」


「「「………」」」


「瞬殺だ」

「チョロすぎだろ」

「被害者が馬鹿すぎるのはダメね」


「は? 何が??」


 伊藤1人だけ意味が分かってない。


「いや、お前を毒殺するなら簡単に出来るなぁって、今さっきまで話していたシチュエーションを忘れた?」

「ああ!! そう言う事か! 騙された!!」


 ようやく意味が分かったのか伊藤は悔しそうに机を叩く。


「驚きだ、お前ナチュラルな殺人鬼だったのか!」


 いや、お前が単純なだけだろ! それにナチュラルな殺人鬼って何だよ!!



「……やっぱり脳筋はダメだな、今度は浦さんでやってみよう」

「は? 私!?」


 伊藤があまりに簡単に殺れすぎだったようだ、今度は浦さんをターゲットにする。


「そうだなぁ〜、赤沢君が浦さんに貢いで貢いで捨てられる惨めなダメ男の設定でやってみよう」

「僕の事嫌いですか?」


 変な流れになってしまった、今度は浦さんを殺す設定になった。


「……あの、別に浦さんなら毒殺する必要ない事ないですか? 普通に絞殺とか」

「ほう? 貴様ごときがオレに勝てると?」


 自信満々に浦さんが立ち上がって斜に構える、もしかして格闘技経験者なのか?


「貴様のような矮小なミジンコ男に私が負ける事はない! ほわぁ!」


 ゴッ!


 蹴りあげようと足を上げた瞬間、思いっきり机に(すね)をぶつけてしまった。今のは間違いなく痛い、浦さんは足を抱えたまま動かなくなった。


「矮小なミジンコ男なら楽勝だって?」

「……ゴメンなさい」


 今ここで浦さんも残念な人認定した。



「まあいいや、殺害方法は別にしてどうやって密室を作るかを考えますか……」


 おそらく江坂先輩がもっとも欲しがっているのがトリックのアイデアだったはず、それを思い出したのか何度も頷いている。


「まあ、古典的なのは鍵を閉めてピアノ線とかを使って外から鍵を中へ戻すって感じですよね〜、あれって本当に成功するのかな? 一回検証してみないと信用できないですよね」


 とりあえず頭に浮かんだ案を口にしてみる、僕にはそれを何の検証もなく実行する事は無理だ。


「例えば前もってスペアキーを鍵屋で複製するとかって反則ですか? 常識的に考えて一番リアルで実現できそうじゃないですか?」

「情緒もアイデアも面白味も何もないわね」


 一番実現出来そうなアイデアだったのに、何もアイデアを出さない江坂先輩にこき下ろされてしまった。


「そうだ、水を撒いておいて中から鍵を閉めさせ、外から電気を流して感電死なんてどうですか?」


 ここで脛の痛みから復活した浦さんがアイデアを思いついたようだ、ただそんなツッコミどころ満載のトリックは厳しいのでは?


「うーーん、コンセントの電気で感電死させられのかな?」


 丘野先輩が何でも真面目な意見を言う。確かに感電死ってどれくらいの電気が必要なんだ? 取り敢えずこう言う時にはスマホが役に立つ。


「えーーと、乾燥した状況なら死ぬ確率は低い、けど水で濡れていたりすると感電死するかもしれないそうです。ただ漏電を検知してブレーカっていうのが落ちて建物全体が停電するそうです」

「そうなんだ……つまりアリって言えばアリなんだが、ダメと言えばダメだな」


 知らなかったので思わず感心するが、議論の方向としては何か違う気がする……


「でもこれじゃ状況証拠がありすぎてバレバレです、トリックではなくて単なる殺人手段の検証ですよ」

「まあ、それもそうね」


 江坂先輩も同じ事を思っていたようだ、すぐに浦さんのアイデアは却下された。


「昔読んだ推理小説に発見されるまで中に隠れていて、発見された時の混乱に乗じて逃げるっていうのもあったな」


 今度は丘野先輩が口を開く、ただその場合は殺した後に早めに死体が発見される必要がある。


「それだと第1発見者が犯人みたいなのもありますよね、死体を発見して扉を壊させてコッソリ鍵を死体の近くに置くっていうトリック」


 死体発見時のパニック状態を利用した心理トリックだ。


「あれってかなり度胸と演技力がいるよね、小心者の赤沢君にそれが出来ると思う?」


 江坂先輩、僕に殺意を覚えさせないでくれ。


「実は人畜無害で無味無臭なのは演技かも」

「おお、赤沢はナチュラル殺人鬼だからな、あり得る」


 浦さんと伊藤は僕の何を知っている?


「それなら遅効性の毒を飲ませるのは? カプセルに毒を入れて時間差で死ぬようにする」

「うーーん、専門的すぎて検証がいるよね? それを赤沢君ごときが実行するのは厳しいでしょ」


 僕は江坂先輩に嫌われるような事をしてしまったのだろうか?


「……あ、なんか降りてきたかも」


 ここで浦さんと目が合うと、ふとアイデアが降りてきた。


「被害者は浦さん。場所はこの部屋、扉も窓も鍵はかかっており、()は浦さんが持っていました。犯人の僕はどうやって密室殺人を行ったでしょうか?」

「「「え?」」」


 今思いついたトリックに4人は黙り込む。


「私を殺すって……そんなに私の事嫌いなん?」


 浦さんは違うところに引っかかっているようだ。


「例えばだって。ただ浦さんの顔を見てて思いついただけです、被害者は別に伊藤でも江坂先輩でも問題ないです」


「何か赤沢のくせに賢キャラ感があってムカつくな」

「筋肉バカの伊藤にだけは言われたくない」


 伊藤は早々に思考を止めたようだ。


「ヒントが無さすぎて難しいな、死因とか関係ある?」


 丘野先輩は真剣に考えてくれているようだ。


「全く関係ないですね、気温や時間とか一切関係ないです」

「はあ? マジかよ」


 さらに混乱させてしまったみたいだ。


「もう少しヒントちょうだい」

「んーーー、浦さんの目の前にあるモノかな?」


 江坂先輩からおねだりされて特別にヒントを出す、浦さんの前にはこの部室の鍵が置いてある。


「……まさか合鍵とか?」

「違いまーす」


 思わず勝ち誇ってしまった、江坂先輩がかなりムカついているようで気分が良い。


「うーーー、分からん! もう答えを教えて」


 簡単に白旗をあげる。まあ、すぐバレるような単純な密室トリックなんだけどね。


「簡単です、死体の持っている鍵がこの部屋の鍵じゃなくても良いんです。ほら部室棟の鍵はどの部屋のも似たような形状ですよね? こうして部屋番号のキーホルダーを入れ替えてしまえば別の部屋の鍵と入れ替えても見分けがつかない、僕は本物の鍵を使って外から鍵を閉めて立ち去るだけです」


 試しに鍵に付いている部屋番号が記されたキーホルダーを外してみる、思ったとおりこれがどこの部屋の鍵なのか全然分からない。


「おそらく最終的に入れ替わったと気づく可能性はありますが、突入の際に扉を壊すように誘導すれば鍵の検証はきっと後回しになる。それにあらかじめ僕が「鍵の調子が悪かったと」と嘘を言いふらせばさらに混乱させられるはず。どうです? 即興で考えた割には中々良いでしょ?」


「ぐっ、こんな狡い手段に……」

 江坂先輩が心底悔しそうな顔をしている。

「思ったよりやるじゃないか」

 意外と丘野先輩は感心しているようだ。


「そうやっていつか私を殺すのね?」

「殺しません」


 僕が浦さんを殺す動機はない。


「……頭使ったら腹減ったな」


 伊藤、お前は全く頭を使っていないだろ。


「確かにもういい時間だな、そろそろお開きにするか?」


 丘野先輩が締めようとする、外を見るとすでに陽が傾きかけていた。

 ふと江坂先輩を見ると必死になってスマホと向き合っており、1人だけ帰る支度をしようとしない。


「………お前、パクるなよ?」

「へあ!?」


 丘野先輩の鋭い一言に明らかな動揺をみせる。

 つまり今の僕の考えたトリックを使おうとしていたという事か? ネタ切れで苦しんでいたとは言え姑息すぎだろ。


「い、いいじゃない、少しだけ参考にさせてもらおうって、少しだけだよ?」


 江坂先輩は身長だけでなく人間の器も小さかった。


「いえ、別にパクるパクらないは僕は良いですけど……僕が思いつくぐらいなんだから、普通にどこかの誰かが似たようなトリックを考えているんじゃないですか? もしかしたらパクられたって騒がれるかもしれませんよ?」

「ひいっ」


 江坂先輩は本物の小者だったようだ。


「まあ、密室トリックなんて出し尽くした感があるからなぁ、特殊な装置や設備や環境とか無しだとかなり頭を捻らないとアイデアなんて出てこないだろ」

「本当っすね、考える人はマジで尊敬しますわ」


 丘野先輩の意見には全くもって賛同しかない。

 そこからさらに人間模様や動機、時系列なんかを考えないといけないと思うと僕には到底無理だ。


「……ねえ」


 ここで浦さんが何やら難しい顔をしている。


「どうしたん?」

「いえ、今さら思ったんだけどミス研って、何やるサークルだっけ? ミステリーぽい事しているのは推理小説を書いているの江坂先輩だけだし」


「「「……」」」


 確かに……もう1年近く在籍しているが毎回今日のように雑談して終わっている気がする。


「そりゃあ、まあ、ねえ、何やるかは各々の自由だから」


 確かに江坂先輩はいつも部室で小説を書いている事が多い、前にここが一番集中出来ると言っていた。


「まあ、何だ……ミス研のやる事は今日みたいにミステリーに関する内容を語り合い、考察して……」


 考察して?


「……終わり」

「「「終わりかよ!!」」」


 思わず全員でツッコんでしまった。


「ウチはこの大学ではかなり古参のサークルだからな、何をやっても何もやらなくても叱られる事はないから安心しろ」


 緩い回答に脱力してしまった。マイナーサークルなのは聞いている、過去には1人だけしか在籍していない時もあったらしい。

 かなり緩い空気だったので、このサークルを選んだのを思い出した。



「戸締り良し!」


 丘野先輩が鍵を閉めて確認する。


「さてと……トリックに協力したんだから江坂先輩に何か奢ってもらいますか!」

「いいな! 頭を使ったから腹が減ってしょうがない」


「え? わ、私が奢るの!? って言うか伊藤君は頭を使ってないでしょ!!」


 協力したのだから対価がないのはおかしい、伊藤に関しては同情するがコイツも参加した以上仕方がないだろう。


「何食べよっか? 気になってるイタリアンがあるんだよねー」


 浦さんもノリノリだ。


「やっぱ焼肉だろ!」

「寿司もいいな」


「ま、待って、せめて学食に」


 小動物が狼狽える、さっきまでの強気な姿勢が嘘のようだ。


「いやぁーー、今月苦しかったから助かるわ」

「丘野先輩まで!?」


 ちゃっかり丘野先輩まで便乗する、部室の鍵をクルクル指で回しながらニヤニヤしている。


「じゃあ鍵を返してくるから門の所に集合な」

「「「了解!」」」


「ねえ、本当に私が奢るの? 本当に? 4人分も? ねえ、ねえったら」


 江坂先輩は往生際悪く悪足掻きをしている、それを無視して僕達は足取り軽く待ち合わせ場所へと歩き出した。


読んでいただきありがとうございました。

誰も死なない、犠牲者0、死者0、誰も不幸にならないミステリー小説を書きたくて書いてみました。

初めての挑戦なので至らない所は多々あったかもしれませんが、思ったより書きやすかったというのが意外でした。

あまり読者層のいないジャンルなのでどうなるか不安ですが、こうして後書きまで読んでいただき本当に感謝しかありません。

少しでも楽しんでくれた人がいらっしゃるのなら、シリーズ化したいとは思います。ネタ的には書き足りないくらいでしたし、書いていて楽しかったです。


よろしければ感想等もお待ちしてます、それでは読んでいただき本当にありがとうございました。

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