グリフィン・ドール!!
日曜の午前中、俺は彼女と一緒にハリーポッターを見ていた。物語の途中、組み分け帽子が勢いよく『グリフィン・ドール!!』と叫ぶシーンがあり、俺はYoutubeとかでよく見るシーンだ、と思った。
つつがなく物語は進行し、勇気を奮い起こしたポッターは最終的にクィレル先生(例のあの人)を倒した。三人の活躍が称えられ、グリフィン・ドールの寮はその年の優勝を手にした。ポッターが親戚の家に帰省するシーンで、機関車が去ってゆき賢者の石は終幕した。
一三時を回り、彼女がバイトの制服に着替え始めた。ワンルームなので寝室などなく、俺のすぐ隣で上着、ジーンズなど脱いでゆき、シャツとタイツを脱ごうとしたところで脱衣の手を止め、じっと俺を見た。
「恥ずかしいから見ないでよ。後ろ向いてて」
すかさず俺は言った。
「わざわざ俺が後ろを見なくても、お前が後ろ向きに着替えれば同じことだろ」
「……それもそうね」
彼女は後ろ向きになり、俺に尻を向けて着替えを再開した。彼女は少し頭の弱いところがあるのだ。でも、可愛い。人類はもう少し頭が弱くなるべきなのだ。
彼女は最後まで俺に騙されたことに気づかず、そのままバイトに行った。そして十九時頃になって帰ってきた。
「ミサコって子の話、前にしたでしょ。結婚するんだって」
「俺たちもするか?」
「ううん。私が司法試験に合格するまで待って。お互いに自立してから、結婚しよ」
「ふーん。お前は俺から自立したいんだ。俺はお前に依存されるの好きなのに」
「もしお互いに自立して、結婚できたら、その後はたっぷり私に依存させてあげる」
互いに夢を見あう俺たち。
自立したら私をもっと愛してくれるはずという根拠のない確信と、このままずっと俺に依存していてくれたらいいのにという都合のいい願望。
例えば背中を押し付けあって二人で立ち上がる運動のように、どちらか一方が少しバランスを誤っただけで二人とも崩れ落ちてしまう。そういう身勝手なシーソーゲームの上に俺たちの関係は成り立っている。
俺は彼女とセックスした。
シャワーを浴びたばかりの彼女からは、当然俺と同じシャンプーの匂いがした。
セックスが楽しくなってきた俺は、昼間見たハリーポッターを思い出し、クンニリングスする瞬間にグリフィン・ドール!!と言って、やめてよと彼女の冷静なツッコミに笑いながら、それでも最後には気持ちよく果てた。
翌朝、俺が起きると彼女は既に図書館へと発った後で、簡単な朝飯がこたつテーブルの上に乗っていた。スクランブルエッグが美味しく、俺は気分良く職場へ向かった。
このまま何も起きず、日本も崩壊せず、エントロピーも増大せず、決シテ怒ラズ、一日に玄米四合など食べなくても、彼女のスクランブルエッグだけ食べられたらいい。
そういう者に俺はなりたい。今もこれからも、結婚した後もだ。グリフィンドール。