学生A中隊
難しいものだ。
慣れた手つきでパネルを操作して、機体に搭載されたAIの、弾道計算ユニットが弾き出した結果に補正を加えていく。正面のメインモニターを中心に上下左右に四つのサブモニターが花弁の様にあって、搭乗者の視界を確保している。
『アーモリー12、状況を知らせ』
「こちらアーモリー12、所定の位置に着いた」
『遅いわよ、タイムスケジュールが押しているわ』
今、文句を垂れたのはアーモリー2、リル・デサントス候補生か。アルバ都市政府首脳部の十三人委員会に代表評議員の父を持つ名門の家の娘で、当然の様にミリアムと同じ”特別な推薦”を経て入校した者の一人だ。
(五月蝿いな、こっちは時間通りなんだよ)
ヘッドセットの音量を下げる。メインモニターには荒れ果てた都市の道路を紡錘陣形に編隊を組んで進む計八機のカタフラクトが映し出されていた。
都市迷彩に塗装された角張った胴体にカエルの様な平たい頭部センサーが油断なく周囲を警戒している。腕部マニピュレーターが一二〇mmリニアライフルを抱えながら、フランジ型の脚部スラスターでホバー移動していた。
いつかショッピングモールで見た機体、ZR2ガルーダよりも一世代古い機体、ミストラル社製第二世代カタフラクト、MAR〇三〇二、マーティと呼ばれる機体だ。
フルメタル・カタフラクトの機体であれば全て頭に入っている。当然見覚えのある機体だった。現行の第三世代はもとより、プレイヤーが機体構成に用いていた第四世代のハイエンドとは比べるべくもない性能だが、堅牢さと、とりわけ脚部の積載荷重の高さに特徴のある機体だった。
今、僕が乗っているのも同じ機体だ。
『アーモリー1より各機へ、戦術データリンクをオープン』
ミリアムの声だ。モニターに映る八機の紡錘陣形の中心部、ではなく右後ろの機体頭上に旗のアイコンが投影される。
『そいつがフラッグ機です。タイミングを合わせて、確実に仕留めましょう』
通信状況を知らせる液晶パネルにはアーモリー1から12まで並んでいて、半数ほどが回線がアクティブである事を示す様に薄く光っていた。
『ポイントアルファを通過、カウント開始・・・』
「待て、一機足りない」
戦闘開始直後、敵部隊は三機編成の小隊が四つ、こちらと同じ一個中隊の十二機編成だった。奇襲を喰らってこちらの部隊の七機が落ちたが、三機を道連れにして残り九機と言うのが僕の計算だった。
その三機にしても怪しい。内一機の損傷状態は上半身の左側に集中していて、擱座するには軽い様に思えたからだ。
舌打ちする音が聞こえる。他の機体からも惑う様な、集中が切れた息遣いを感じた。
『ならどうする。このままでは機を逸するが』
『構うことはないわ。先にフラッグを落とせば私達の勝ちよ』
『・・・そう、ですね。カウントを再開します』
カウントが始まってしまう。今度は僕が舌打ちをする番だった。戦術システムが指定するターゲットを無視してモニターの旧文明の遺跡、巨大な高層建築の残骸と舗装が剥げた街並みに視線を走らせる。
何処だ。何処にいる・・・。
視界をSEF(Spatial Electromagnetic Field、空間電磁界)センサーに切り替える。恐らくサーモは駄目だ。こちらと同じで主動力を落としている。しかし、コンデンサー内の僅かな電力を利用して動作しているならば、電磁波の発生は避けられない、筈・・・。
一六五〇メートル先、高層建築の残骸の狭間に僅かに反応を捉える。脆弱な機体の複合感覚機とAIは誤差の範疇と結論付けていたが・・・。
『五、四・・・』
淡く薄い緑色の、靄の様なそれは収束する様に黄色く染まり、やがて赤く、二つの人影を形どる。既に狙撃態勢、発射直前。
何を狙っているかなんて火を見るより明らかだった。
「ッ・・・・・」
僕はリニアライフルの砲口を狙撃手に向けると、火器管制ユニットが弾道計算を終えるのも待たずにマニュアルで補正して引き金を引いた。
ドッとも、ゴッともつかない、しかし、腹の底に響く様な振動が体を伝う。
『アーモリー12っ、何をっ!』
「狙撃っ! フラッグ狙われてるっ!」
続いて二射目、一射目はアーモリー1、つまりはミリアムを狙っていた機体に綺麗に当たり膝を着かせていが、無傷と思しきもう一機は狙撃姿勢をやめて、擱座した機体を盾にする様にその身を隠していた。
(くそっ、素早いっ!)
『各機っ、機体ジェネレーターをアクティブに戻してっ! ポイントB2まで後退っ!』
もう一機の狙撃手は仲間を盾にしながら、こちらを狙う態勢に入っていた。舌打ちしながら機体のサブジェネレーターのスイッチを入れるとガスタービンエンジンがあげる唸り声が背を揺らす。踵を返して機体を走らせる。狭い天井、さほど広いとは思えないフロアだったが、身長三〇メートルはあるカタフラクトが直立して、さらには走るほどの余裕がある空間だった。
旧文明の遺跡はどこもそうだ。カタフラクトに乗っていても、まるでただの人間が廃墟に迷い込んでしまった様なスケール感の建造物、道路、街の残骸ばかりだった。まさか、旧文明人とやらは巨人だったとでも言うのだろうか。
迫り来る壁に減速する事なく突っ込んだ。
カタフラクトとしては旧型で、駆動にガスタービンエンジンと油圧を併用しているマーティは運動性では大出力のプラーナリアクターと電磁筋肉のみで動く現行機に大きく劣るが、ガスタービンエンジンの立ち上がりの早さと対荷重、つまりは巨大な質量を強引に押しのけ、あるいは突き破る力にかけては軽量化が進んだガルーダの様な現行機よりも遥かに高い。
壁を突き破って空中に放り出される。自由落下に身を任せながら勝手に姿勢を整えようともがく自動制御システムをマニュアルで操作して黙らせる。歯を食いしばって操作パネルに指を叩きつける様にしてプラーナリアクターを起動する。
着地。広大な道路にクレーターの様なひび割れをつくりながら、左手、頭部から背中の順に接地させて一回転する。コックピット周辺に張り巡らされた衝撃吸収用のアブソーバーが限界を越えた駆動に軋みを上げていたが、なんとか着地に成功する。
プラーナリアクターが徐々に稼働を始めたのを確認するとホバー移動でポイントB2、建造物が密集した遮蔽物の多い区画を目指し始める。
簡易マップを確認すると仲間達の機体も移動を開始した様だ。しかし・・・。
(追いつかれるな)
僕達の部隊は奇襲を成功させる為にメインジェネレーターのプラーナリアクターを停止させていた。プラーナリアクターはカタフラクトをカタフラクトたらしめる、核融合炉すら超えるパワーウェイトレシオを誇る動力源だが、稼働率を最大まで上げるのに時間がかかるのが欠点だった。
比べて敵部隊は既に稼働状態、推力差から追いつかれるのは時間の問題だった。
戦術支援AIが敵機の接近を知らせる。後方に三機、一個小隊がぐんぐんと距離を詰めてきている。
(・・・ご丁寧な事だ)
たった一機を相手に一個小隊。しかし、発砲音から確実に位置が割れている一機を手早く確実に仕留めて本隊の攻撃に合流させようと言う腹づもりだろう。
敵指揮官は優秀だ。判断も早く、堅実で隙がない。
敵カタフラクトがリニアライフルを構えて照準を定める様に砲口を揺らす。絶対絶命だった。
「・・・くっふ」
喉が不気味に揺れる。笑っているのだと気づくのに時間がかかった。
集中する様に目を細める。
(やっぱ駄目か)
知覚を加速させようとしても電脳のソフトウェアが反応しなかった。増設した拡張感覚もだ。電位接続もしているから、機体を自分の体の様に感じる一体感もあるが、枝葉を伸ばす様な神経の拡がりを感じない。
あの日、荒野でネビュラ3が駆るオーバードガーディアンと死闘を演じて以来、どんなに試しても電脳ソフトウェアは機能しなかった。死にかけて脳にダメージを負ったか、そもそもそんな力自体が消え失せたか。
(いいさ、それでもやってやる)
機体を左右に揺らす。距離は急速に縮まるがとにかく照準を定めさせない事を優先する。
先頭の一機が焦れた様に距離を詰めるべく増速する。距離は三〇〇メートルを切っていた。カタフラクトにとっては既に一足一刀の間合いだ。
沈み込む様に膝を曲げながら脚部の鉤爪の様なアウトリガーを右脚だけ展開する。機体の自動制御とAIが悲鳴を上げる様にアラートを吐き出すが全て無視する。
アウトリガーを出した右脚部を中心に時計回りに回転して、機体の軋みがコックピットまで伝ってくる。機体だけではない。僕の体もみしみしと、押し潰される様な苦痛を感じたが、不思議と懐かしさを覚えた。
一八〇度回頭して後方を向くと、先頭の一機がすぐそこまで迫っていた。追跡していた敵の急制動による急接近、減速も回避も間に合わない衝突コースに操縦者の心情をあらわす様にのけ反った。
もう片方のアウトリガーを出して姿勢を限界まで低くする。全身を殴る様な衝撃が襲い、金属が擦れる音と共に激突した敵機が後方に吹き飛んでいく。
リニアライフルを後続の一機に向けて放つが、肩の辺りに当たって姿勢を崩すに止まった。もう一機が急速に縮まった距離に慌てる様に照準の補正を試みていた。
後方に転がる機体が起き上がってくる気配はない。
戦闘中のカタフラクトが激突したのだ。衝撃は交通事故のそれを遥かに超えるだろう。アブソーバーの衝撃吸収も間に合わず、操縦者が目を回しているのだろう。
(やるぞっ、やってやるっ!)
間に合うか。リニアライフルの照準をマニュアルで補正して、引金を引こうとして・・・。
ビーッ!!
コックピットにけたたましいアラームが鳴り響いた。
『アーモリーフラッグの撃墜を確認っ!状況そこまでっ!』
「ッ・・・・・」
敵機の動きが止まる。
『アーモリー、残存3っ!ガリア残存7っ、クレイモアフラッグの残存を確認っ!従って学生G中隊の勝利とするっ!』
「・・・あ゛ぁ」
敵機のコックピットが開いて、中から出てきたパイロットがガッツポーズをしている。後ろを振り返ると複座型の後部座席に座った訓練助教の中尉が僕と目を合わせ、肩を竦めた。
※※※
乾いた音がこだまする。手を叩く様な、そんな音だった。遅れて頬に痛みを感じて叩かれたのだと理解する。
カタフラクトを計画十二機収める格納庫は広大で、高い天井に等間隔に吊るされたライトを見上げながら、細く小さく溜息を吐いた。
「貴方が敗因よ、アーモリー12」
正面にはダイバースーツの様なパイロットスーツに身を包み、通信機を内蔵したヘッドギアを握りしめたリル・デサントス、アーモリー2が手を振り切った姿勢で僕を睨んでいた。
可憐な少女だった。肩まで伸ばした金髪は汗にじっとりと濡れていて、気の強そうな吊り上がった眼差しを僕に向けている。
士官候補生学校に入校して、一年という月日が経とうとしていた。
僕が在籍する王立士官候補生学校航空機兵士官養成プログラムは機兵、カタフラクト操縦者を育成する事を目的としてるだけあって、カタフラクトを実際に操縦する実技訓練がある。
最初の二ヶ月はカタフラクトの基本的な構造を学ぶ座学メインで、ごく短い距離を低速で移動、決められた動作を決められた通りに熟す欠伸が出るほど退屈極まりないものだ。
実際に僕もメインジェネレーターを点火しながら欠伸をしてしまって、訓練助教から減点を喰らっている。
それから半年程かけて小隊編成での機動、戦術支援システムの扱いを叩き込まれていき、計四〇〇時間、規定の搭乗時間を経たところで、正式にライセンスを発行される。
Bグレードライセンス、陸戦型に限ってだがカタフラクトへの搭乗を正式に許された証だ。嬉しくって額縁に飾っていたら不携帯で減点を食らった。
候補生の内は持ち歩かないと駄目らしい。
そこまでは良かった。
そこまでは楽しかった。
色々と状況が変わり始めたのはライセンス取得後、中隊単位での本格的な模擬戦闘をする様になってからだ。中隊長は首席のミリアムで、僕が所属する学生A中隊は”推薦組”と呼ばれる有力者の子女が集められていた。
彼らは優秀だ。家から莫大な教育投資を受けて、その期待に応え続ける事が出来た者のみが”推薦”されるのだから。しかし、優秀故に我が強く、主導権争いを根幹とする不和があった。
当然、そんな調子だから模擬戦も連携が上手くいかず勝てない。
「貴方が余計な口を挟まなければ、私達が敵フラッグを落としてそれでお仕舞いだったの。チームを敗北に追い込んだ気分はどう?」
それもまた事実だった。
周囲をパイロットスーツを纏ったままのアーモリーの面々が囲んでいた。リルに同調する様に睨みつける者が七、八割、残りが無表情だったり、あるいは興味無さそうにそっぽを向いていた。
ミリアムは消沈する様に俯いていた。
「・・・すまん」
「誤って済むなら軍事法廷も要らないんじゃないかしら? もし本当にすまないって思ってるんだったら、他の落伍者共と同じ様にここを去りなさい」
そう言ってリルは身を翻した。取り巻きが後を追って格納庫を去っていく。
「・・・私は教官に報告して戻ります」
とぼとぼとミリアムが格納庫を後にする。残った面々もばらばらにその場を後にし、やがて僕のみが残った。
「はあ゛・・・」
空回っている。僕だって勝ちたくて、チームの勝利に貢献したくて行動していると言うのに、それが原因でさらなる不和をまねいている。
どうして上手くいかないんだろう。思考を堂々巡りさせながら、気がつけば僕が搭乗していたカタフラクト、マーティの前に来ていた。
整備兵が忙しそうにしていた。装甲を外して内部機構のチェック、摩耗したダンパーの衝撃吸収材を交換して、機体の全身に良く分からない太いパイプの様なコードを取り付けていく。
「おうっ、活躍だった様だな」
乱暴に叩かれる肩、振り返るとつなぎ姿の髭もじゃが僕を見おろしていた。僕が小柄というのもあるが、デカい。そして分厚い。
「ワイルダー中尉」
ザック・ワイルダー、士官候補生学校に存在する予備機含めて、計三十機ものカタフラクトの整備を一手に引き受ける整備分隊の隊長だった。
ザックが顔を顰める。そうだった、彼は階級で呼ばれるのが嫌いで、軍人と言うよりも気難しい職人の様な男だった。
「・・・結構かかりますかね。・・・ワイルダー、さん」
恐る恐るそう言うと、ふんと鼻息を深く吐いて整備中の機体へ胴間声を張り上げた。
「おいエヴァンスっ! エヴァンスはいるかっ!」
装甲が外された脚部をみていた整備兵が顔を向けると小走りに近づいてくる。ノロノロと、気が進まない様子であらわれた青年、エヴァンス・リーは機付きの整備兵の一人だった。
「どんなもんだ?」
「・・・だから、時間かかりますって。アンカーだけは他の機種と互換性ないから、メーカー取り寄せですよ」
ワイルダーは僕を見て肩を竦めた。
「股関節に膝の傷みも激しい。たかだか模擬戦で装甲引っ剥がして総点検なんて聞いたことありませんよ」
「その、手間かけて申し訳ないです」
「・・・別に、仕事なんで。でも他の連中も乗る機体なんだ。その事は忘れないでいただきたい」
そう言って顔を背ける様に踵を返して機体の方に戻っていく。
「すまんな」
ワイルダーが僕の肩を叩く。
「機付きにとっちゃ、担当する機体は自分のガキみたいなもんなんだ。まぁ、あいつも色々あるんだよ」
よほど暗い顔をしていたのだろう。強く、しかし、どこか優しく僕の背を叩く。
「ま、でも一番はちゃんと無事に帰って来る事だからな。その点、お前さんはまだ一度も撃墜判定くらってなかったろ。・・・自分が整備した機体が戻って来ないってのは堪えるもんだからな」
少し遠くを見る様な目をしていた。ワイルダーは僕の視線に気づいて誤魔化す様に強めに背を叩くと、機体の方へ走っていった。
出来ることもないので格納庫の外に出ると、傾いた日の光が辺りを茜色に染めていた。空を覆う様に描かれる幾何学模様、エアフィルターはラヴェンナ中を滞留する砂塵とプラーナ粒子を通さないどころか、小動物程度であれば阻む壁の役割も果たしているらしい。
フィルターの着いたシリコン製のマスクをかける。
プラーナ粒子は人体に有害な物だとされていた。何故だろう。この世界が僕にとってフルメタル・カタフラクトだった頃はそんな設定は存在しなかった。そもそも小動物、動物と言って良いのかすら分からないが、汚染生物なんてものもありはしなかった。
逃亡中は気にもせず吸ってしまっていたので、気になって医師に相談した。ただちに健康に害を及ぼすものと言うわけではないらしいが。
「おっ、いたいたっ」
少しくぐもった声に振り返ると、パイロットスーツを着たままの二人組の男たちの姿があった。一瞬、アーモリーのメンバーが戻ってきたのかと思って身を固くするが、違った。
片方がヘッドギアからさらりと流れる金髪を揺らして手を振る。
「噂のワンマンアーミーじゃないか」
「あんた達は、もしかしてガリアの?」
話した事はなかったが、見覚えがあった。主に推薦組が配属されたA中隊、BからEまでが一般入校組と言われ、普通に試験を受けて士官候補生となった者が配属される一番ボリュームが多い層だった。
しかし、異質なのがG、学生G中隊、ガリアと呼ばれる者達だった。推薦組を除けば二十代前半から半ばが大半を占める士官候補生の中にあって、ガリアは三十前後と比較的年齢層が高い。
G中隊は所謂、”訳あり”が多いとされていた。訳ありと言っても後ろ暗いと言う意味ではなく、防衛軍の一般兵からSLC(Second Lieutenant Course、後期少尉候補者選抜課程)を合格した者や、永住権や国籍を取得したリンカー、独立傭兵が多いとされていた。
金髪の男は僕の手を取ると勢いよく振って、人懐っこい青い瞳を覗き込む様に合わせてくる。
「俺、クルス・シーザーってんだ。さっきぶりだな・・・って言っても分かんねぇよな、あれだよ、あんたに危うく撃墜されかかった狙撃手だよ」
「ああ、あの・・・」
狙撃手は二人組だった。“撃墜されかかった”という事は、あの動きの良い手強かった方か・・・。
「この無口なのはパルホロン・クルーゾー、うちの部隊の中隊長様さ」
見上げる様に大柄だった。いや、元々が小柄な方でもあるし、アーリア系のコーカソイドが多いアルバでは大抵が僕よりも大柄だったが、パルホロン、彼は取り分け大柄だった。
浅黒い肌、日に焼けた程度ならともかく、ネグロイドの様な黒さをこの世界で見かける事はあまりなかった。身長も二メートルはあるのではなかろうか。しかし、ワイルダーの様な分厚さはなく、密林を縄張りにする肉食獣の様なしなやかさがあった。
肉食獣の瞳が僕を見おろす。
「よろしク」
僅かに訛る様な響き、声に冷たさはなかった。
「顔はおっかないけど悪い奴じゃないんだ」
「余計な事を言うナ」
「こんな所で立ち話すんのもアレだから、一杯飲みに・・・」
耳鳴りの様な音がした。空を見上げると、エアフィルターの向こうに菱形になって飛ぶ渡り鳥の様な影が見えた。
カタフラクトだ。それも飛行可能な現行モデル。
(ああ、良いなぁ)
もはや、楽しいただの遊びに過ぎなかったカタフラクトの操縦は混じりっけなく戦争の道具で、手段で、その訓練も曲芸じみた個人戦技ではなく、分業を徹底し、規律という鎖で手綱を握る為のものだ。
楽しい事ばかりではない。むしろ辛い事の方が多い。
リルに言われた”落伍者”という言葉を思い出す。俊英ばかりが集められた士官候補生学校であっても、航空機兵士官養成プログラムにおいては毎年何割か訓練に着いて行けずに他兵種への転向を強いられる者が出る。
アルバ防衛軍がカタフラクト操縦者に求める水準は高い。お陰で一般入校組の中隊は再編され、一中隊はもはや書類上しか存在しない部隊になったが、教務課の教官は気にした様子もなく、むしろより篩にかけられて然るべきだと言う雰囲気すらある。
頑張って成績を上げても、順位のすぐ後ろの者達が教室を去って、通り過ぎたそばから崩落する道を走っている様な、そんな気分にさせられる。
(だけど、それでも)
それでも、自由に大空を翔ける機体を見上げる度に思うのだ。また、もう一度・・・。
(もう一度、空を飛びたい)
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