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孤独

 幼い頃の自分は、それこそどこにでもいる様な子供だったと思っている。母は再婚で、歳の離れた姉がいる事も聞かされていたが、あまり話題にあがる事もなくて気にも留めていなかった。


 ミリアムが暮らしていたコロニーはアルバ王家に連なる地方軍閥の一族が治める、いわゆる属州都市の一つだった。旧文明の遺産、プラーナ鉱脈にそり立つ採掘船の中で不自由なく育った。


 平和な都市だった。


 母に手を引かれ訪れたバザーで、母の手から離れていくカラフルな印刷が施された紙幣がずっと頭から離れなかった。少し間をおいて手渡された紙袋を受け取ると母は言った。


『お買い物をするにはね。お金を払わないといけないの』


 それが対価を払うと言う事だと知ったのは、何もかも失った後だった。いや、全てを失い、あるいは対価として支払ったのだろう。


 本当に平和な都市だった。しかし、平和に過ぎた。都市が抑えていたプラーナ鉱脈を守るために、アルバをはじめとする協力関係にあった国家、都市はアルバ本国の後継者問題に端を発する政変により動けず、その隙を突いた敵対的な統治企業の手によりいとも簡単に滅んだ。


 限られた定員の避難船に娘を乗せた両親の見送る姿。伸ばす手は分厚い窓ガラスに阻まれて、温もりを思い出す様に自分の手を掻き抱いた。


『8番ブースをご使用ください』


 寮の自室で事務室の寮監から内線を受けたミリアムは「分かりました」と返すと部屋を出て廊下を駆けた。


 長期休暇前の浮かれた喧騒を横目に通信ブースに急ぐと、列をなすブースの狭間に誰も並んでいない伽藍堂のブースがあった。外部からの受信用に設けられたブースで、普段はあまり使用されていない。


 列に並ぶ他の候補生達を掻き分ける様にブースの中に入る。背中に集まる視線が痛い。


「もしもし、姉様ですか? お待たせして・・・」

『ああ、ミリアムお嬢様ですか?』


 低い男の声、姉の側仕えをしている男だった。名前はゼロだったり、トゥワイスだったり、姉の立場に合わせて身分を変えるから、今は何と名乗っているのかわからない。


 時には顔すらも変える。ミリアムは男の事が少し苦手だった。姉の忠実な影であり懐刀、妹の自分への態度も丁寧そのものだが、必要とあらば躊躇う事なく自分へも刃を向けてくるだあろう冷たさがあった。


「・・・何か、あったのですか?」

『お嬢様からの言伝を『週末の予定はキャンセル』との事です』

「そう、ですか・・・」


 長期休暇中は姉と共に過ごす予定だった。ミリアムに合わせて休暇をとったらしく、何をして過ごそうか話していたところだった。


 先程の慌ただしい通信の切り方から予想はしていたが。『それと』と切り出す男の言葉をさっさと切ってしまいたい気持ちを押し殺して聞いた。


『もし、殿下をお見かけしたらこちらにご連絡いただけますか?』

「殿下、殿下と言うと・・・」


 あまり予想していなかった『殿下』と言う言葉に脳内で検索をかける。確か、姉は軍大学に入り現在の所属となる前は王室警護隊に所属していた筈だ。血筋と実績の両方を兼ね揃えなければ所属する事を許されない精鋭部隊。王家、マルフィム王家で『殿下』と呼ばれる人物はたった一人しかいない。


「トゥーレ殿下ですか」


 随分と前にマルフィム王家の一人娘、トゥーレが失踪して大騒ぎになった事があったのを思い出す。捜索に駆り出された姉も働き詰めで家に帰ってこなかった。


 誘拐されたと言う噂もあったが・・・。


「まさか、また・・・」

『ああ、いえ、今回はご自身の意思で出られた様です。自動運転の都市間移動バスに乗られたところまでは掴んでおります』

「スペリオル・カレラに?」

『その様です。ナハト・ムジーク、彼にもこの事を伝えていただけますか』


 なんで、ここで彼の名前が・・・。


「なんで、彼を・・・」


 思わず口をついて出た。


『私には何とも、お嬢様もこちらにおられる事ですし、家出にしては大掛かりですが考えられなくもない』

「そう、ですか、分かりました。伝えておきます」

『お手数おかけします。では』


 通信が切れる。思わず「なんで彼ばっか」と口をついて出た。


 最初に会った時は女の子だと思った。ぶかぶかの服を着た、歳下の女の子を連れた姉は『面倒を見てやってくれ』とミリアムにいった。


 蓮っ葉な口をきく、出来の悪い妹ができた様で嬉しかったが、それも男性と分かると気分が萎えた。上背があり、並の男よりも視線が高いミリアムは男性の見上げる好奇の眼差しが苦手だった。


 色素の薄い灰色の目も、癖の強い赤い髪も。険のある顔立ちも。姉の様に堂々とはしていられない。


 ある時、話題に困って家族の事を聞いた事がある。聞けば、では貴方は?となるから、普段はあまり自分から振る事のない類の話題だった。自分の故郷は滅んでいるからだ。


“親とか兄弟とか、もういなくてなぁ”


 そう言って困った様に笑う横顔に締めつけられる様な寂しさを覚えた。忘れかけていた郷愁と温もりを思い出しつつ、触れてはいけない部分に不用意に触れてしまった事に焦る。


“私もっ、父も母も亡くしてましてっ、同じですねっ!”


 後から考えれば顔から火が出るくらい恥ずかしい、デリカシーゼロのフォローを口にしてしまったが、彼はその言葉に目を丸くすると、やがて声を上げて笑った。


 笑ってくれた。


 同じ様に居場所を失った者に対する、憐憫にも似た共感を覚えた。せめて、彼にも何か与えたいと、自分が姉から受けたものと同じとまでは言わないまでも、何かを。


 通信ブースを出ると少し離れた位置に人だかりを見つける。男子寮の三号棟、普段は人気どころか、入居している者すら少ない寮だ。人だかりが出来る理由はない。


 胸騒ぎがした。


「すみません。通して・・・」


 人だかりを掻き分けながら、普段であれば決して足を踏み入れる事のない男子寮に入る。やがて辿り着いた人だかりの原因を視界におさめた時、何故だかは分からないが、ああ、やはりと感じた。


『アハーっ!騒ぎになっちゃいましたねっ!』

「殿下っ、どうか我々の話を聞いて下さいっ!」


 すっとぼけた顔文字を浮かべる自動機械に、当直の警備兵達が困り果てた様に何者かを囲んでいた。


(違う)


 中心に引き攣った顔をした彼、ナハト・ムジークの姿があった。


「か、勘弁してくれ・・・」


 誰よりも困り果てた彼の脚を、顔を真っ赤にして金髪の少女、トゥーレ・マルフィムがしがみついていた。


(私とは、違う)


※※※


 中学生の頃に、歴史の授業で昔のニュース番組を見た事がある。昭和の百貨店で、客のいない営業時間外にアメリカ人のポップスターが連れを伴って仰々しく品物を見て回る映像だ。


 義務教育まではVRではなく実際に登校する必要があったから、なんで光学プロジェクターなんだよと小声で悪態を吐いて眺めたそれは不思議と記憶に残っている。


(こんな気分だったのか)


 スペリオル・カレラ駐屯地の一般区画の端に、巨大なショッピングモールが存在する。三階建ての吹き抜けで、天井の採光用の窓から一階のタイルに光が落ちる。


「殿下っ、はしたないですぞっ!」


 初老の男がドラム缶型の自動機械の上に座ってはしゃぐトゥーレを窘める。トゥーレは気にした様子もなくシーフォーのマニピュレーターを操縦桿の様に握ると前後左右に動かした。


 トゥーレの動きに合わせて忙しなく走行するシーフォーを周囲の客が遠巻きに見つめていた。休日のショッピングモールだ。日本に比べれば人口密度は薄いとは言え、相応に客は多かったが、僕達が進むに連れて恐れる様な視線と共に人の海がモーゼの様に割れた。


 空色の軍服が遮る様に手を広げて、優しく諭す様に言った。


「あまり市井の者らを怯えさせてはなりませんよ」


 少し低くも艶のある女性の声がして、トゥーレはぷくっと頬を膨らませつつも、女性が伸ばした手をとり床に降りた。


 見方によっては微笑ましい、歳の離れた姉妹、あるいは親子の様であったが、僕にはどうにも周囲の客の怯える原因が女性にある様な気がしてならなかった。


 どう考えてもその原因一つは・・・。


「なんだよ、あの仮面・・」


 綺麗に結い上げた赤髪をおさめた制帽の下は白い仮面が顔の上半分を覆い隠していた。目の部分が鏡の様な偏光ガラスで覆われており、周囲の光を僅かに反射して光る。


 かなり不気味だった。


「致し方ありません。お嬢様はFASEなのですから」


 誇らしげに語る名も知らぬ老人の胸元には中尉の階級章が光る。傍らに立つミリアムを答えを求める様に見上げると、彼女は少し困った様に答えた。


「・・・私も詳しく知る訳ではありませんが、王室警護隊にエースパイロットばかりを集めた部隊があって、その証らしいです」

「それも最早過去形だ。内線戦略の見直しで部隊は解体されてしまったからな。しかし、王室警護隊に籍が残っていて助かった」


 トゥーレの手を引いた仮面の女性、マレニア・ロムルスが仮面を外して言った。


「私一人では殿下の護衛も儘ならんところだった」


 視線を周囲に向ける。割れた人の海の縁を支える様に空色の制服姿の軍服が背を向けていた。彼ら以外にも、周囲の客の中には私服姿でさりげなく、油断なく警戒する者達の姿があった。


「ロムルス大尉、それを外してはなりませんよ。大尉風情の貴方の命令を総監部が総出で聞いている理由をお忘れなく」


 小煩い男、痩けた頬に後退した生え際、銀縁の眼鏡の奥で神経質そうに目を細める。


「大尉風情とは言ってくれますな。その大尉風情に泡を食って泣きついて、殿下を保護したのも私の教え子な訳ですが」


 男が不機嫌そうに鼻を鳴らした。男の顔は僕も知っていた。顔だけではなく名前も、スペリオル・カレラに住んでいればローカル紙とニュースで目にしない日はなかった。


 カラムチャンド・マハト、スペリオル・カレラの州政府政務官だ。多数の民間人を擁するスペリオル・カレラは小規模と言えど行政機能を有する。


 そのトップがマハトだった。平坦な声で言った。


「・・・やめましょう。お互い、所詮は同じ穴のムジナです」


 マレニアは「ですな」と肩をすくめると再び仮面を纏った。トゥーレが手を離してかけ始める。何か気になるものを見つけたらしい。


 ああ、殿下と大人が揃って天真爛漫な少女の後を追いかけると、そこは雑貨屋の様だった。ペーパーバックの棚や食器、何の為に使うのかわからない品物が所狭しと並んでいる。僕が知っているショッピングモールと言えば、実店舗は売れ筋の展示品を置いてあるだけで在庫がない店舗が多かったから、雑然と品物が積まれたその店はとても新鮮だった。


(あ・・・)


 興味を惹かれたのは、映像作品と思しきデータチップの棚の間に展示されたモニターに繋がれたコンソールだ。前面から伸びたケーブルに繋がるコントローラー、モニターには2Dのデフォルメされたキャラクターがモンスター相手に剣を振るっていた。


(こ、これは、ゲームかっ!)


 頭をガツンと殴られた様な衝撃がはしる。


 画質も粗いし、酷く原始的ではあったが、それは紛れもなくゲームだった。忘れかけていたゲーマーとしての性が蘇る。未知への渇望、繰り返されるトライアンドエラーの果てのカタルシス、見たところRPGの様だ。ストーリーも気になる。


 手を伸ばしかけて、じとっとした目でその様子を眺めるミリアムの視線に気がつく。


「あっ、いやっ、ちょっと気になるだけで」

「別に、課業後に何をしようと本人の自由なのですけれどね。成績に問題なければ好き好んで机に向かう必要もございません、ええ」


 湿度の高い嫌味の答えは『私は成績に問題のあるお前の為に、自由時間を割いて勉強を教えているのだぞ』である。


「ほんとに、ちょっと気になっただけで、あまり見た事なかったから」

「・・・あなたの故郷にはなかったのですか?」

「いや、あるにはあったけど、こう言うのではなかったな」


 ミリアムは「ふぅん」と指先で唇の端を撫でる。考え事をする時の彼女の癖だった。


「どんなものだったんですか?」

「ゲームがか? まぁ、普通だよ、普通に・・・」


 この少女がゲームの普通なんて知っている様には見えなかった。


「そうだな、ロボット動かすやつとかやってたよ」

「へぇ、ロボット・・・うん?」


 何かに気づいた様に眉を歪めると、呆れた顔で言った。


「だから機兵士官を目指している訳ではありませんよね。カタフラクトの操縦は遊びではありませんよ?」


 僕は困り顔で笑うしかなかった。


(遊びだったんだよ。僕にとっては・・・)


※※※


 また、あの目だと思った。


 困った様に俯いて笑う少年に、ミリアムは何と言葉をかけようか迷った。何か、追いかけなければいけない様な気持ちにさせる寂寥感と、得体の知れない隔たりが彼との間に横たわっているのを感じた。


 思えば両親もそうだった。母は再婚で、王家の剣と呼ばれるアルバの有力者一族に嫁に出される程度には恵まれた家柄に産まれたが、父はありふれた家の出で、仕事もコロニー警備隊の小隊長だった。生まれ育ちの違いから喧嘩が絶えず、その度に最後には父が折れてあの顔をしていた。


(そうか、こう言う気分だったんですね)


 結局は自分も母と同じ様に口を噤むしかなかった。


 店の奥に目を向けるとガラスケースをへばりつく様に覗き込むトゥーレと、背後から見守る姉とマハトの姿があった。


 視線の先には一機のカタフラクト、の模型があった。力強く、敏捷そうな人間の形をしていた。長い脚に締まった腰、逞しくマッシブなフォルムを丸みを帯びた装甲板が成していた。


 ヘルメットを被ったパイロットの様ない頭部には可動式のセンサー、モノアイが薄く光る。背部のバックパックからは後方にかけて伸びた二対の陽電子スラスターと主翼が伸びる。


 灰色に塗装された小さな巨人を眺めて、大人二人が仕切りに感心した様な声を上げる。


「ミストラル社製のZR2に似ておりますな」「ガルーダの初期型ですよ」「陽電子スラスターの形状か違うのでは?」「ああ、確かに・・・所詮は模型と言う事ですかね」「そう言えば、今度運び込まれる”物資”の事で相談があるのですが」


「いやいや、正真正銘のガルーダの初期型ですよ」と声をかけたのは雑貨屋の店員だった。一向の、普通の客とは思えない異様な雰囲気にあてられて端の方で縮こまっていたが、カタフラクトの話題になってむずむずとした様子で口を挟んできた。


「初期ロットは初めて|ZLL(Zero Length Launch)に対応したロケットブースターを搭載していたんですよ。ただ、航空電子機器アビオニクスが全然追いついてなくて、本格的な量産ロットからはオミットされちゃったんですよ」


 大人三人はほうほうと仕切りに感心した声を上げて、専門的な用語が並ぶ暗号文の様な会話を繰り広げていく。


「・・・うぉっ、すっげ」


 四人に増えた。小柄な彼、ナハトが首を伸ばして覗き込む後ろ姿が気になって、ミリアムも少年の肩越しにガラスケースを覗き込んだ。


 精巧なカタフラクトの人形が吊るされた台座で次々とポーズを取っている。店員の手元には小さな押しボタン式のコントローラーが握られていたが、他の大人三人(と子供一人)は可愛い小さな巨人が動きを変える度に「おおっ」と感嘆の声をあげていた。


(随分と凝ったおもちゃですね・・・って、高っ!)


 しかし、値段は可愛くなかった。然程高いとは言えない士官候補生の給料が丸々二ヶ月分は飛んでいく計算になる。


 トゥーレがちらちらと、期待する様に大人達を見上げていた。少し慌てた様子で大人達が顔を見合わせる。


「どうですか? マハト政務官殿、王室尊崇の意を表す良い機会と存じますが」

「・・・一〇万オーラム以上の支出は政務官の私と言えど審理を経なけれなりません。参謀本部の方で如何ですか? もしくは王室で・・・」


 醜い押し付け合いを始める大人達にミリアムは深々とため息を吐いた。


「四等分すれば払えなくはないでしょう」

「四、って、僕も?」

「何か文句でも? 貴方に勉強見てあげている分の授業料を請求しても良いのですよ?」

「うぐ、分かった・・・」


 店員は揉み手でにっこり、「お買い上げありがとうございま〜す」と言って、ガラスケースの鍵を開けると人形の包装を始める。


「・・・ミリアム、すまん」

「姉様も、キャッシュの持ち合わせはないのでしょう?」


 レジ付近の支払いは現金のみとする立札を指差して言った。


「お金、おろしに行きましょうか」

「・・・ああ」


 店員に断りを入れて警護の者達にその場を任せると、大人四人はすごすごとディスペンサーにかけ出した。


※※※


 伽藍堂の寮の廊下を小走りに歩く。


「くっふっふ、買っちゃった買っちゃった」


 この世界に来てからメッキリ多くなった独り言を溢しながら、自室のドアを開く。


『お帰りなさいっ! おっ、首尾よくゲットできた様ですねっ!』


 僕は自慢げに、ずしりと重たい紙の手提げ袋を掲げた。中から粗い印刷が施された化粧箱を取り出す。


 あのゲーム機だった。


 トゥーレの警護任務、と言う名の買い物のお供を済ませて一向に解散が告げられる頃には既に日が暮れていた。トゥーレはマハトを伴って上機嫌に政庁の方に戻っていった。


 ミリアムはと言うと、取りやめになりかけていた姉の休暇が戻ってきた為、向こう数日は姉と過ごすとの事だった。


『ちゃんと勉強するのですよ?』


 心なしか弾んだ声で、ドラムバックを抱えたミリアムを見送り、寮の机で”映像講義”の続きを鑑賞していた僕に、ふと天啓が舞い降りる。


 もしかして、今なら買いに行けるのでは?


 お目付役ミリアムはいない。勉強をする様に言われて、勢い良く頷いて、罪悪感がないわけではなかったが、久しぶりに触れた真面な娯楽の気配には抗い難かった。


 閉店間際の店にかけ込んで、ゲーム機とソフト、それから映画やドラマのデータチップを数本購入した。店員は僕の顔を覚えていて、おや?と言う顔をした。僕が恥ずかしげに愛想笑いで誤魔化すと(実際、少し恥ずかしかった)、店員は笑みを浮かべてデータチップを一本おまけしてくれた。


『ダブついた中古品だけど、良かったら楽しんでっ!』


 浮かれるあまり、帰りに警邏の兵士から職質をかけられてしまった。


『おやぁ? これは・・・』


 箱から取り出して、電源ケーブルとコントローラーを繋げたまでは良かった。部屋に備え付けの端末のディスプレイの裏を覗く。しかし、手に握るケーブルはディスプレイポートの端子のどれとも合わなかった。


「・・・・・」

『アハーっ、残念っ!規格が合わないですねっ!』


 僕はがっくりと膝をついた。


※※※


「ありがとうございました〜」


 雑貨屋の男はその日最後の客を見送ると、電動シャッターがおりる音を聞きながら、レジの現金を数え始めた。


「検品終わりましたけど、ってあれ、売れちゃったんですか?あの馬鹿高いガルーダ・・・」


 バックヤードからあらわれたアルバイトの若者がガラスケースを覗いて言った。


「棚の守り神もとうとう行ってしまわれましたか」

「開店からあったから少し寂しい様な気もするけどね」


 後はやっておくから先にあがって良いよと告げると、「それじゃ、お先です」とバックヤードの方に引っ込んで、やがて従業員用通路のドアが開く音がして一人になる。


 レジの現金を数え終えると店内を見て回り、警報装置をオンにしていく。全ての警報装置をオンにしてを電気を切ると、薄らと起動中の警報装置の赤い光が生き物の目の様に光った。


(一応、報告しておくか)


 バックヤードに引っ込むと雑に積まれた箱と更衣室代わりのカーテン、ロッカーの傍を抜けて事務室と記された部屋に入って行った。


※※※


 惑星ラヴェンナは不毛の大地だ。地表の大半を砂礫と重金属に侵された水源が多い、僅かに存在する植生も、人類の発祥とする地球に比べれば生毛の様に頼りないもの、らしい。


 執務室のデスクから、報告に訪れた部下が部屋を後にするのを見送る。『ガライル・メディクス』と言う名でヴェスパーグループで働く様になって四十年近い月日が経とうとしていた。


 壁一面に広がる大きな窓の前に立つと、眼下には赤い湖が広がっていた。不毛の惑星であるラヴェンナが、長きに渡り資源獲得競争の戦場であり続けている根幹、プラーナが滲み出た水源地だ。


 プラーナの獲得競争においては後発組と言えたヴェスパーグループは、入植過渡期より二〇〇年以上に渡って、先んじてプラーナ獲得に乗り出した統治企業、国家、それらが独立し、軍閥化した政体らの後塵を拝し続けてきた。


 メディクスは、ヴェスパーグループが数十年前に乾坤一擲の一撃として行った大規模派遣の初期からのメンバーだった。惑星ラヴェンナに橋頭堡をつくるという目的のもと働き続けた年月を思い、顔を皺を撫でた。


 若々しく張りのあった肌も、艶のあった髪も、今や草臥れた中年男性のそれだ。それだけの年月が経った。みんなそうだ。だから自分もそうしている。


 軽く窓を叩くと景色が一変して、何やら雑多な倉庫の様な空間があらわれる。


「すまない、待たせたかね?」

『いえ、急にお時間いただきありがとうございます』


 エプロン姿の男に「構わんよ」と鷹揚に返す。


「それで、何かあったのかね?定期報告にはやや早い気もするが」


 男は”長期出張中”の部下だった。


『感謝祭の時期ですので、”副業”は手際良く済ませてしまおうかと』


 男が肩を竦めて言った。


「・・・まぁ、”本業”を忘れていないのであれば構わんがね」


 それでと促すと、男はつらつらと専門的な用語を交えてメディクスに報告し始める。暗号文の様な会話は、聞く者か聞けば、スペリオル・カレラに配備された軍事戦力に関するものだと気づいただろう。


 そして、”副業”の最中に訪れた奇妙な客について告げる。


「当代のFASEと言うと王家の剣、ロムルスの姫君だったかな」

『ティクレウスの鷹ですよ。まさか、あんな大物に出くわすとは思いませんでした』


 数人前に独立都市アルバと国境を接するヴェスパーグループとは繋がりのない(表向きは)企業自治体の間で武力衝突が起こった。ティクレウスの鷹とは、その武力衝突が起こったティクレウス渓谷地帯で、単機で四機、一個小隊を撃墜したアルバ側のエースパイロットの異名だった。


『王室警護隊は解散したと聞いておりましたがね。王室府の元大臣まで伴って、流石に肝が冷えました』

「・・・正式な解散には王室府法の改正を待たねばならない。制度上、後は権限の上ではまだ存在し得るという事なのだろうが」


 メディクスは思考の海に沈みながら、状況に対する解釈を試みる。ティクレウスの鷹、マレニア・ロムルスは王室警護隊の解散に伴って参謀本部に異動辞令が出ていたと言う話だから、姿を見せる事自体は不自然ではない。王家の一人娘も箱入りの割にはお転婆で、王室府元大臣の政務官が事態をおさめるべく動いて見せるのも、決して不自然ではない。


 たが、何かが引っ掛かる。しかし、結論を出すだけの材料が無い事を認めると、一旦それらを棚上げして、かつてよりの懸念事項について問う。


「・・・アルバ本国との輸送経路についてはどうなっている。もう少し仔細を聞かせろ」

『ああ、それでしたら・・・』


 ガラス窓に地図が投影されて、その上に蜘蛛の巣の様に光のラインがはしる。その始端と終端がアルバとスペリオル・カレラだ。男の説明を聞きながら、メディクスはとある一点、小規模な山脈と思しき地形を指で触れた。


「この地点はどうなっている」

『そこですか? 定期便の経路にもなってるんで、機甲部隊のSJを見かける事もある様ですが・・・』


 男の言葉を聞いて、メディクスは自分が随分と重大な見落としをしていた事に気づいた。


(まさか、失逸しているのか?)


 まさか、と思う。疑念を深くし、何かの罠ではないか考えを巡らせる。


『その地点に何かあるんですか?』


 さりげなくを装って聞く男にどの様に答えようか迷う。短い付き合いではない男の事だ。自分の反応から、只事ではない事は察しているだろう。


「もしかしたら、軍を派遣する事になるかも知れん。今はそれしか言えんな」

『えぇっ、アルバ防衛軍本隊のお膝元ですよ。駐屯地から遠いとも言えないじゃないですか』


 男の顔には驚きと言うよりも、厄介ごとを前にした様な渋い表情だった。メディクスは無礼とも言える正直さを発揮する部下に怒るでもなく、笑って言った。


「安心しろ。お前をあてにはしていない」

『そう言われると傷つくんですが』

「いずれにせよ、より詳細な情報が必要だ。アルバ側に悟られるなよ」

『了解です。続報をお待ちください』


 通信が切れて、窓の向こうに赤い湖が帰ってくる。


(まさか、いや・・・)


 自身の顔を覆う様に触れる。深い皺と渇いた肌の感触が伝う。


「四十年、人にとっては忘れるに充分な時間か」


 掠れた声でそう呟いた。



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