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独立都市アルバ

 惑星ラヴェンナにも野生動物と言われるものは存在する。


 それは空を飛んでいた。翼をはためかせ、ゆらりゆらりと風を掴みながら不毛の大地に降りたつ事なくどこまでも飛んでいく。


 人々からは『渡り鳥』と呼ばれるそれは、旧文明人が遺した遺産、都市景観への配慮の末に生み出された監視ドローンが野生化した代物だった。空気中のプラーナをエネルギー源とするそれは内臓を持たず、昆虫程度の知能しか持たない頭脳、記憶装置に蓄積した情報を既にいない受け取り手に送信し続けている。


 それの視界に湖を泳ぐ一匹の亀が映る。赤い大地に広がる湖は、大地に含まれる重金属を多量に含んでいて、生物が泳げば間を置かずに中毒死する様な代物だったが、その亀は気にした様子もなく泳いでいた。


 亀へ近づいていく。好奇心からではない。その様なものを感じ取る機能はそれにはない。そう規定(プログラム)されていたからだ。


 大きい。ドーム状のガラスの様に透き通った甲羅は、それをもってしても周囲を回るのにどれ程の時間を要するか分からなかった。視線をガラスの向こう側へ向けて、それの貧弱な論理回路にノイズが奔る。


 そこには都市と呼ばれるものが存在した。中心部の城の様な高層建築を中心に、階層上に設えた街並みの上を高架道路が血管の様に張り巡らされている。人工的な建築物の狭間に設えた木々から、自分と同じ形をした生き物が飛び出し、空を飛んだ。


 それは徐々に都市に向けて吸い寄せられていく。何故か、吸い寄せられていった。それが製造された拠点、既に滅んだコロニーの風景がノイズの様に記憶装置を奔る。


郷愁か、それとも・・・。


 翼をはためかせ降りたとうと、ガラスの様な甲羅に爪先が触れた刹那、破裂音が響いてそれの生体組織の全てを焼かれ、それはノイズすら発する事の出来ないデブリと化す。


 透過外壁に張り巡らされデブリ焼却用の電磁障壁に焼かれたのだ。


 しかし、それに理解する事は出来なかっただろう。


 所詮、それには昆虫程度の知能しか持ちえなかったからだ。


※※※


 知らない天井だった。


「・・・・・」


 それが天井だと理解するのにかなり時間がかかった。透明な三角片をドーム状に、パズルの様に組み合わせたそれは、まるで温室の様だったからだ。


 ガラスの天井の更に向こうに同じ様な、しかし随分と大きい透明な天井が拡がっていて、雲一つない青空を映している。起き上がろうとして、身体に全く力が入らなかった。


 転がって俯せになって、寝台を押しのける様に身体を起こして何とか座る。首回りと、特に腹筋がまるで力が入らなかった。


 ピッ、ピッと規則的な音が響いていた事に起きあがってはじめて気がついた。心臓の鼓動と同じペースで波形を刻む装置から太い管が伸びて、僕の口元を覆う呼吸器の様なものに続いていた。


 呼吸器だけではない。全身が管とコードで張り巡らされていて、貫頭衣を捲れば尿道と肛門にすら管が通されていた。


 温室の様なそこは、やはり温室の様に植物が植えられていて、その広々とした中心部には病室の様に寝台が置かれ、やはり病室の様な機械に囲まれていた。


 ここは病室なのだろう。


「あれから、どうなった?」


 別人の様に掠れる喉を押えていると、応える様に病室の自動ドアが開いて、カートをがらごろと転がした白い服の女性が上機嫌に鼻歌を歌いながら入室してくる。


 女性の目が起き上がった僕に向けられ、驚きに染まる。慌てた様子で病室の外へ飛び出して言った女性の背中を見送った後、もう一度空を見上げた。


 やはり知らない天井だった。


※※※


 目が覚めてから半日ほど経過した。


 看護師の女性は手慣れた様子で僕の全身から管とコードを取り除いてくれた。


 尿道と肛門の管を抜かれた時は少し恥ずかしかった。


「フォーサーさん、ご自身の事お分かりになられますか?」


 僕はぎょっとして看護師を見た。看護師も僕の様子に戸惑った様に「その様に登録されておりますけれども」と言った。誤魔化す様に視線を逸らし、それにしても言葉は通じるのだなと僅かな安心感を得る。


 看護師のタブレットや名札、医療器材に刻まれた文字は英語の様なローマ字のそれだったが、視線を合わせると、ぼんやりと意味や読み方が頭の中に浮かんでくる。勉強した内容が、しかし何時どの様に覚えたかは定かではないが答えとして浮かんでくる。そんな不思議な感覚だった。


 空腹を感じて腹を鳴らすと、パックに入ったゼリー飲料を貰った。甘みと、柑橘類の様なさっぱりした後味のスポーツドリンクの様な味のそれを啜っていると、病室に新たな来客が訪れる。


 紺色に白い講師が入った見るからに質の良さそうな背広。襟元からネクタイを外し、雑に丸めるとポケットの中に突っ込んだ。まるでファッション雑誌から抜け出た若手企業経営者の様な姿で、銀縁の眼鏡を通して青い瞳を僕に向ける。


 看護師は慌てた様に姿勢を正して頭を下げた。男は鷹揚に「楽にしてくれ」と返しながら看護師に聞いた。


「彼と少し話したいのだけれど。構わないかな」


 看護師は壊れた玩具の様に頷いて病室を出ていく。男は「あ、そうだ」と思い出した様に看護師の背に向けて言った。


「申し訳ないけど、車椅子持ってきてくれる?」


※※※


 窓際の通路を進む。窓と言っても天井から床までガラスで、ガードレールのない崖を歩いている様な気分に晒される代物だった。


「すいません」


 後ろで車椅子を押す人物に頭を下げると、「構わんよ」と笑う。時々すれ違う病院の関係者が驚いた様な表情をしていて、その視線は名も知らぬ男を向けられていた。


 もしかしたら、男は地位が高い人物なのかも知れない。


 窓越しの光景を見て息を呑む。高層建築の狭間を張り巡らされた高架道路を自動車の様なものが走っていた。向かいの建物の屋上には緑豊かな庭園が敷かれ、人々が散歩をしたり、芝生の上に寝転がっていた。高架道路の遥か下の地上に目を凝らして見れば、電気のついてないネオンに湯気、雑然とした通りを人々が行き交っている。


「気になるかい?」


 男は笑みを湛えながら言った。


「車を待たせてある。まずはそちらに向かうとしよう」


 高架道路直通のロータリーには一台のリムジンがとめられていた。背の高い女給服の女が頭を下げる。女の表情は見て取れない。女が白い仮面を被っていたからだ。


 女に介助されながら座席に座る。今まで座ったどんな椅子よりも座り心地が良く、レザーシートの手触りは経験した事のない柔らかさと滑らかさ。


 女が運転席に座ると車が発進する。恐ろしく滑らかで、電動と言うにしても静かな駆動音で高架道路を走る。


 スモークガラスの窓の向こうの光景を眺めて、僕は随分前に見た映画を思い出した。『フィフス・エレメント』だ。一九九七年に公開された映画は百年近い月日が経ってもなお、SF映画ファンを魅了し続けている。


 数年前に『フィフス・エレメント』を題材とするVRアクションゲームが発売されて随分と話題になっていた。フルメタル・カタフラクトに忙しくてプレイする事は出来なかったが、気になって原作の映画だけはチェックしていた。


「君がこの独立都市アルバに来てから一カ月程が経った。目下のところ、君は不審なカタフラクトに乗った不審な人物だ。ある程度の調べはついているが、君の口から直接聞きたい。君は何者かね?」


 そもそもここは、目の前に横たわる光景は現実なのか。ゲーム世界なのか。ログアウトを試みようにも、拡張現実のゲームコンソールは消えたであったし、そもそもフルダイブ装置自体が連続で24時間以上の稼働が出来ない様な仕様になっていは筈だ。


 現状に対する合理的な説明を幾つか思いつく。


 一つ目が、やはり自分はゲームの世界にいて、何らかの原因でログアウト不能な状態に陥っていると言う事だ。しかし、本来いない筈のマップにおける生身の人間の存在や、NPCの余りにもストーリーからはずれた自由な言動はバグや仕様変更と言うには無理がある程の自然さだった。


 アルバと言う都市にも覚えがあるが、ゲーム上のアルバは無人の都市だった筈だ。


 二つ目は、逆に今までの全てが夢だったと言う説だ。元々、自分はこの世界に住んでいた人間で、現実だと思っていた世界がVR空間の様なものだったと考えれば辻褄はあるだろうか。


 三つ目のよくあるファンタジー小説の異世界に転移した説と言うところまで思い浮かんで、考えるのを辞める。


 どのみち、目の前のそれらを現実のものとして受け入れなければならない事に変わりはないからだ。


「答えたくないかね?」

「いや、そう言う訳じゃ・・・」


 言って信じて貰えるのだろうか。ゲーム? 異世界? そんな冗談の様な話を誰が信じると言うのか。男の言葉を信じるならば僕は不審者、それも武装した、していた危険人物だ。立場が悪くならないか? 正気を疑われるのも不味い。


 絞り出す様に言った。


「・・・信じて貰えるか、分からないんです」


 僕が現実だと思っている記憶は、どこまで現実なのだろうか。


 男は言った。


「防衛軍の哨戒部隊が発見した時、君はかなり酷い状態だった。目が覚めるかも分からなくてね。すまないがメモリースキャナーを使用させて貰ったよ」

「・・・メモリースキャナーって一体・・・あっ」


 そこまで聞いて思い出した。


「スーリはっ、一緒にいた女の子はどうなりましたか!?」


 完全に抜け落ちていた。男は僕の言葉に少し考える様な様子を見せた後に笑って言った。


「保護した。もうすっかり元気だよ」


 良かった、と胸をなでおろした僕に、やや間を置いて男は言った。


「君には協力して貰いたい事があるんだ」


 協力。奇妙な響きの様に思えた。頭をフル回転させる。男の言葉によれば、僕はカタフラクトと言う強力な兵器に乗って現れた身元不明の存在だ。仮に現実世界で置き換えて考えれば、戦闘機に乗って自国領内に現れた身元不明の外国人がどの様に扱われるか。


 厳しい尋問を受ける訳でもなく、丁重に扱われている現在の状況も理由が分からない。しかし、誤った選択をすればどうなる事か・・・。


「・・・協力って何ですか」

「君が搭乗していた機体のログを解析させて貰ったが、あれは凄まじい機体だね。様々なメーカーの最先端技術を組み合わせた様だと解析にあたった技術スタッフは言っていたよ。搭乗者の腕も素晴らしい」

「・・・はぁ」

「協力と言うのは他でもない機体の解析に力を貸してくれないかと言う話だよ」


 話が見えてきた。オーバーブーストを行い限界まで酷使したワンミッションは、既に内燃系を中心として修復不可能なダメージを追っている事だろう。しかし、ストーリー終盤、或いはクリア後のエンドコンテンツを通して手に入れた部品の数々で構成された機体は、ストーリー序盤と推察できる今の世界において、数世代先をいった謎の超高性能機とも言える。


 解析する事によって得られる技術的恩恵は計り知れない。


「勿論、報酬は用意しよう。市民IDは用意させるし、生活も保障しよう。望むなら就業支援もする。どうかな?」


 相手の望むものを考えて、それがもはや僕にとって既に価値をもたないものである事を理解する。どれだけ思い入れがあろうと、ワンミッションの部品に使用されている技術の数々は、今の世界には存在していないだろうと言う事だ。


 従って、修理する事も敵わない。情緒を抜きにして言えば廃車寸前の車の様なものだ。


 条件は悪いものではない。破格と言っても良いだろう。だが・・・。


(・・・すまない)


 それが無機物で、元はVR空間上のデータに過ぎなかったものだったとしても、ワンミッションは僕にとって自由に飛ぶ翼を与えてくれる相棒だった。


 一緒に死んでやるつもりだった戦友へ、感謝の思いを込めながら。


 僕はゆっくりと頷いた。


 高架道路の車が徐々に少なくなっていく。複雑に階層化している道路を昇る様に進み、やがてビルの屋上に停車する。


 防護柵に囲まれた木々の向こうに噴水と芝生をコの字に囲む屋敷が見えた。


 自動で開かれた門を通り、噴水の前で停車した車から再び車椅子に移されると、屋敷の方から芝生をかけて少女と、垂れ耳の大きな犬がかけて来るのが見えた。


 スーリだ。良かった。元気そうだった。


 思わず立ち上がり、体重を支え切れずに芝生に膝をつく。スーリが抱きとめ、支えられる。ゴールデンレトリーバーの様な犬が、僕らをグルグル回って興奮した様に吠えていた。


 スーリからは太陽の様な、良い匂いがした。


 良かった。家に帰れたんだな。


「礼を言わせてくれ。よく、娘を助けてくれた」


 男は言った。


「言葉を発する事が出来ず、その癖にお転婆で、私も周りの者も困らせる我儘な娘だけれど、それでも大事な娘なんだ。助けてくれて本当にありがとう」


 犬が割って入る様に僕とスーリの間に顔を挟み、スーリは犬とじゃれ合う様に芝生を転げまわった。男は「あと」と言葉を付け足す。


「娘の名前、本当はトゥーレって言うんだ。トゥーレ・ヤヤ・マルフィム。聞こえはするから、今度はそう呼びかけてやっておくれ」


 そう言えば、初めて「スーリ」と呼びかけた時に、彼女が微妙な表情を浮かべていた事を思い出した。理由が分かった。読み方が間違っていたのか・・・。


「それと申し遅れた。私の名はパトリック・マルフィム。アルバ王国女王の夫と言う立場で政務官をしている。君はフォーサー君で良かったかな」


 予想よりも重要人物の様な驚きながらも、「いや、僕は」と口を開く。どの名前を答えるべきだろう。少しだけ迷いながら言った。


「・・・リゲル、僕の名はリゲルです」


最後までお読み頂きありがとうございます。

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