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帰還不能点

 フルメタル・カタフラクトの世界において、汎用人型機動兵器カタフラクトは戦場の王者と言っても過言ではない存在だが、それ以外にも兵器が登場しないと言う事ではない。


 多脚型戦車の様な、SJスレイブ・ジャケットと呼ばれるカタフラクトに良く似た機動兵器や、攻撃ヘリ、航空母艦に至るまで、あらゆる兵器が登場している。


 有人無人問わず、ストーリー中でも登場する大陸間弾道ミサイルすらさしおいて最強と謳われる理由。それはカタフラクトが搭載するEN兵装の数々にある。通常動力の熱核融合炉とは別に設けられたENジェネレーターにより供給された専用兵装の数々が、通常兵器を通さない防御フィールドを、戦艦の主砲クラスすら防ぐ装甲を貫く攻撃力をもたらす。


 では、ENとは何か。核融合ジェネレーターが生み出す電力と同じ物質か?


 否だ。答えは惑星ラヴェンナの地中奥深くに埋まっているエネルギー物質、プラーナだ。採掘されたフォトン粒子状のそれは、核融合ジェネレーターを遥かに超える力でカタフラクトに驚異的なパワーウェイトレシオをもたらす。


(・・・プラーナ粒子残量が残り少ないっ)


 補給できなかった粒子残量は既に三割を切っていた。本格的な戦闘があった場合に最後までもつかは賭けになる。何より・・・。


(寒気がとまらない)


 銃弾を受けた脇からは血が流れ続けている。果してエネルギー残量が尽きるのが先か、僕が力尽きるのが先か。答えはすぐに分かるだろう。


 傷が圧迫されて痛みを感じる。スーリが汚れるのも構わず、血をとめようと傷口を抑えていた。


「・・・いいから、ちゃんとベルト締めてな」


 一応、プラーナ粒子の残量が尽きてからも短時間ならば動かす事は出来る。戦闘機動もだ。しかし、安定稼働に程遠い。リミッターも効かないから、ほぼ確実に機体は大破する。


 機体だけではなく、搭乗者の身体もだ。


(今の僕に耐えられるのか?)


 全展望モニターに映る景色が赤い不毛の大地から、灰色の瓦礫へ変わる。道路の様な均された道を、欠けた高層建築が囲んでいる。


 惑星ラヴェンナにおいて散見される旧文明人の入植地跡だ。


(とにかく隠れて・・・ッ・・・)


 論理と知覚を超えて、僕はスラスターを急速展開して機体を上空に持ち上げた。


 遅れて僕がいた位置をリニアライフルの微かな熱線が過ぎる。


 複合感覚をアクティブにして索敵すると、倒壊しかかった巨大な高層建築。腸を晒す様な穴の狭間から、超長距離リニアライフルを構える《オーウェル》の重量級多脚型カタフラクトが見えた。


『今のを良く避けたな! ニュービー!!』


 機体を急加速させて、モニター越しの景色が吹き飛ぶ様に後ろへ流れていく。意識が加速し、《オーウェル》が向ける銃口がゆっくりと僕を追いかけるのが見えた。放たれた亜音速の銃弾のライフリングすら視認して避けながら、泥の様に粘度の高い空を翔けた。


 アサルトライフルで牽制をかけながら、反射に近い思考で考える。果して足の遅い重装甲機体で、中量級とは言え高速機動を得意とするワンミンションと対峙するに適した位置取りだろうか。


 複合感覚機が拾ったマップ情報を見て確信する。目抜き通りと交差する太い十字路で横からENライフルの光線が飛来した。予期していた一撃に、進度を変えないまま機体を垂直に持ち上げる。鼻先を掠める光線を宙返りで避けながら、再び機体を水平に戻して増速する。


 現実の戦闘機でも用いられるマニューバ、クルビットだ。


 建ち並ぶ高層建築を遮蔽物にするが、貫通してかなり正確に狙いを定めてくる。しかし、正確故に読みやすい。予知に近い予測でエネルギーライフルを避けながら、急速に距離を潰すワンミッションに、《オーウェル》から狙いの甘い弾が飛来する。


『俺を殺す気か! ニュービー!!』

「そうだよ」


 突っ込み、《オーウェル》の機体の上半身を蹴り飛ばす。高層建築の基部に機体をめり込ませた《オーウェル》の胴体、コックピットハッチへ殴る様に銃口をあてて引き金を引いた。


『やめっ・・・』


 続きの言葉はけたたましいノイズに掻き消されて聞こえてこなかった。高層建築を出ると再びENライフルの光線に襲われるが、既に敵機の位置を把握している僕は落ち着いて避けた。


 今の衝撃でダメージを負った高層建築が傾ぎ、中程から折れて倒壊していく。


(使えるな)


 音をたてて崩れ落ちる高層建築と共に高度を落として、接地する瞬間に他の建物の影に隠れる。爆風と共に巻き上げられた埃が辺りに充満した。使用されていた建材の影響か、複合感覚機を通さない灰色の暗闇に機体を突っ込ませる。


 地形ならば頭に入っている。


 靄の様な埃を抜けたところで光線が飛来するが、それを変則的なバレルロール機動で躱していく。アサルトライフルの有効射程圏内に入る。青い細身の軽量機。機動性を重視した逆関節の敵機もそれを察知して、武装をマシンガンに持ち替えると機体を上空に躍らせた。


 軽量機故の上昇推力の高さ。高度差で勝負をかけるつもりだ。


『余計な弾薬費を遣わせおって! 貴様に経済価値はない!!』


 金切声の嫌味な男。ネビュラ6だ。


 嫌な戦術をとられた。中量機を軽量機並みの速度で上昇させるにはかなりのエネルギーを必要とする。流石に終盤のボス級なだけあって、機体構成もストーリー序盤の低スペックとも言える《オーウェル》とは一線を画す。判断も早くて正確だ。


 しかし・・・。


(それは、僕も同じだ!)


 ストーリー終盤にならないと出てこない高性能なパーツで機体を構成し、さらにプレイヤー同士のPVP、リンカーランキングを一位にまで昇りつめた腕は伊達ではない。


 ネビュラ6のマシンガンの攻撃を高度を落とさない様に最低限の機動で避けながら、アサルトライフルの銃口を向ける。火器管制システムを搭載していたとしても当てる事は不可能だろう揺れる視界の中で、照準を定める。


 今だ。そう思っていた時には撃っていた。三点バーストがネビュラ6の脚部ブースタにあたり、推力を落とす。引き金を更に搾る。胴体のコックピット部分にあたるも、流石に高性能機のコックピットブロックの装甲は薄くはなかった。


『貴様ぁ!!』


 だが、推力は落ちた。加速度的に迫るネビュラ6との狭間で武装をライトウェーブソードに持ち替えると、高出力のエネルギーブレードがその胴を焼き払った。


 赤熱した光と共にバラバラになって落ちていくネビュラ6を荒い息ををつきながら眺めた。一部が地面に激突する前に爆発を起こして四散する。徐々に高度を落とす。


 プラーナ粒子残量は残り一割をきっていた。ぼんやりとしながら、水の中に伝わる音の様なものが鼓膜を震わせる。


『アラート!! アラート!! しっかりして下さい!』


 一瞬だけ耳が聞こえていなかった様だ。


「何だ、どうし・・・」


 どうした、と言い終える前に複合感覚機が捉えた敵影がモニター上にクローズアップされる。高層建築の影の向こう。酸化鉄の赤い大地の稜線、炙られた空気の波に小さな船が浮かぶ。


『大型艦艇! 大規模ENジェネレータの感複数あり! 《オーバードガーディアン》です!』


 大型艦艇の影から後光の様にきらりと光が奔る。


『ENミサイルです! 避けて下さい!』


 小さな影が瞬く間に大きくなって迫る。建物の影に隠れると、回り込む事もせずに激突して爆発する。速すぎて追従性は然程ではない様だが、まるで雨の様にミサイルと爆発が降り注ぐ。


 通信が入る。


『ネビュラ6を倒しましたか。流石ですね、ニュービー。しかしリンカーズ・ネストに貴方を手配させて頂きました。じきに貴方の首にかかった賞金を狙って惑星中のリンカーが押し寄せる事でしょう』

「・・・ネビュラ3、エレナ・フォーサーか」


 ネビュラ3が僕がリンカーとして犯した罪状の数々を念仏の様に唱えていく。シーフォーが慌てた声で『スーリさんがっ!』と叫ぶ。ネビュラ3の音声が途絶える事はなかった。


 こちらの音声をミュートしていたらしい。


(ナイスだ)


 しかし、スーリの状態は良くなかった。気を失っている。鼻血を垂らし、口の端からも吐血している。訓練も処置も経てない未熟な少女が高機動型カタフラクトの戦闘機動に晒されたのだ。


『恐らく脳震盪かと思われますが・・・』


 ネビュラ3は投降した場合の減刑された僕の刑罰について話していた。地中奥深くのレアメタル採掘場で作業用SJ(スレイブジャケット)に乗って三〇〇年程の刑期を背負う羽目になる様だ。


 これでも、《ヴぇスターグループ》からすると慈悲ある措置のつもりの様だ。碌に聞いてなかった言葉の終わりに言った。


「エレナ・フォーサー、お前はプレイヤーか?」

『・・・ほぅ』


 少し驚いた様な声で言った。


『どうやら貴方もレイスをお持ちの様だ。ならば試さねばならない。私が、この私こそが』


 妖しげな熱がフォーサーの声に籠る。言葉の意味は全く理解できなかったが、どうやら戦闘を避ける事は出来ない様だ。ハッチを開いてスーリを担いで降ろした。買い揃えた食料と水を全てスーリの横に放る。


「んっ・・・」


 機体に戻ろうとする僕の足を意識を取り戻したスーリが掴む。血の滲んだ咳をしながら、僕を見ていた。


「・・・放してくれ。このままカタフラクト乗り続ければ死ぬぞ」


 スーリはいやいやをする様に頭を振った。


「食料は置いていくから。運が良ければ何とかなるだろうさ」


 顔を真っ赤にして、鼻と口元は血でべとべと。それでも足を離さない。


「あのなぁ・・・」


 僕は淡々と言葉を紡いだ。


「お前はカタフラクトに乗れない。しかも《ヴェスパーグループ》のお偉いさんがご執心だから、お前を乗せてる限りあいつらはどこまでも追いかけてくるんだよ。僕は死にたくないんだ。家に帰すって、約束破ってすまないけど、ここらで勘弁してくれよ。助けてやっただろ?」


 逃げたいんだ。僕は。そう締めくくると、スーリは目尻一杯に涙を浮かべて、足を掴む力が緩む。足を引くと、そのまま顔を手で覆って縮こまらせた。


「・・・また会おう。運が良ければ、また会えるさ」


 コックピットに戻り、閉まるハッチの狭間から「また会おう」と小さな声で言った。バーニアを緩やかに噴かし、ふわりとした動きで建物から離れた。


「・・・お前には付き合ってもらうぞ」

『逃げるのでは?』

「分かってる癖に」


 機体を戦艦型の《オーバードガーディアン》へ急速発進させる。


 ここ数日、もやもやと抱えている悩みがあった。《オーバードガーディアン》が放つENミサイルを最小限の動きで避けながら考える。悩みとは、これが、目の前のこれが夢か現かと言う話だ。


 ウォッチポイントの格納庫で人を殺した時は、全てが夢だったら良いのにと思っていた。助けた少女が少しずつ笑顔を取り戻してくれた時、これが夢じゃなければ良いなと思った。


 もしかしたら、次の瞬間にはフルダイブ装置の水槽で目を覚ましているのかも知れないし、もしかしたら、酸化鉄の大地に肉片すら残さず散っているかも知れない。


 僕が望んでいるのはどっちだ。夢か、現か。青春を捧げたフルメタル・カタフラクトの世界に身を浸す事に喜びを覚えているのは確かだ。


 だが、やはり怖い。死ぬのは怖い。


死ぬのは怖いし、死なせるのも怖い。殺すのも怖い。だが、全てを捧げて手に入れたカタフラクトの操縦技術が歓喜の声をあげて目の前の全てを肯定している。


 今になって迷いが晴れた。我思う故に我ありと昔の偉い人は言ったらしい。こうなっている原因も理由も分からないけれど、その全てを思っている僕は確かにここに居るのだ。


 仮に目の前に横たわる全てがゲームだったとして、ダイブ装置で目覚めた僕と今の僕は同一人物と言えるのだろうか。永井健吾ではなく、最上位ランカーのリンカー、《リゲル》としての僕を、限りなくリアルに生きているのに。


 ならば今を生きよう。


『ほぅ、向かってきますか。リンカーランキング一位に至った実力、見せて頂きます』


 戦艦の甲板に下半身が埋まったネビュラ3の機体が見てとれる。信じがたい話だが、あの《オーバードガーディアン》はカタフラクトの拡張パーツなのだ。


(あと三〇〇メートル、でも全然近づけない!)


 弾幕の圧力が増し、瞬く間に外へ外へと押し出されてしまう。避けるだけでも全神経を集中する超絶技能を駆使しながら、口の中に血の味が滲んだ。


もってくれ、僕の身体・・・。


 しかし、先に音をあげたのは機体の方だった。ビーッと警告音が鳴り、機体の推力が急激に落ちる。ENミサイルの一つが着弾して吹き飛び、後続のミサイルが追いかける様に迫る。


 きっと僕は死ぬのだろうと、走馬灯の様に緩やかな世界で思う。次の瞬間には大量のENミサイルが着弾し、木端微塵になった機体の中で、僕は痛みを感じる間もなく命を落とすだろう。


 その後がどうなるかは分からないが。もしかしたら、『ミッション失敗』と記された拡張現実を残念そう眺めているかもしれない。


 仮に機体の状態が万全で、ネビュラ3の駆る《オーバードガーディアン》を倒せたとしても、生身の方が風前の灯火だ。仮にそれすらも治っていたとして、しかし目の前の様な《オーバードガーディアン》が闊歩する地域に足を踏み入れれば、今の様な状況はそう遠い未来の事ではないだろう。


 僕は死ぬ。仮にこことは違うどこかで僕に似た人物が目を覚ましたとしても、それはきっと僕とは違う。僕はここで死ぬ。


 だから・・・。


「すまない、力を貸してくれ」


 僕に残された最後の悪足搔き。残された、たった一つの仕事(ワンミッション)だけは果たさせてくれ。


 粒子残量が尽きた筈の機体に推力が戻る。スラスターの噴射口から漏れる光が、青白いそれから、粘ついた赤いそれに変わる。


 翼の様な赤い光を背負い、空を翔ける。


『オーバーブーストですか!』


 機体本来の限界を遥かに超える加速度に襲われながら、展開したライトウェーブソードでミサイルを斬り払う。爆発する前に強引に機体を滑り込ませて突破する。


 アラートが鳴りやまない。機体と、パイロットの生体情報。その二つが急速に壊れつつあるのだ。


 わらわらと何か甲板から飛び立つ。総勢三十二機のカタフラクトだった。


(随伴機を出したか)


 ネビュラ3の同系統の灰色の機体達は四機一小隊編成が八つ、二個中隊の規模にも及ぶ戦争でも仕掛ける様な規模だったが、ミサイルよりも遅く、ミサイルよりも物量に乏しい彼らは今の僕にとっては案山子も同然だった。


 雷の様に空を翔ける。シールドを捨て、空いた左手でアサルトライフルの弾をばら撒く。


 喉の奥が苦しくなり、咳き込みそうな気配を無理矢理飲み込んで耐えた。口の端で血の泡が弾ける。


 絶対に全員道連れにしてやる。


 直掩の二個小隊を残すところとなって、敵の動きに乱れがでる。


『距離をあけろ! 敵の間合いに入るな! あなた、あなたは元の世界に帰りたくないのですか!』


 敵機の動きが連動して、絶対に避けられない網の様な火線を構築する。敵機の銃口が一斉に火を噴く直前、一体に集中して弾丸を喰らわせる。傾ぎ、僅かに出来た統制射撃の隙間に機体を捻じ込みながら、全力でENアーマーを展開する。


 避けきれずに被弾したが、撃墜を避ける。一機の銃口が追従させる為に一瞬だけ銃撃をやめる。待ち望んでいた一瞬だった。フルメタル・カタフラクトの世界で、何度も撃墜判定を受けながら練習した統制射撃の突破法・・・。


 一瞬を見逃さずに距離を詰めると敵機のコックピットを斬り払い、あるいは銃撃で損傷したジェネレーターが爆発して散っていく。


 頑張れ僕、あともうちょっとだ・・・。


 全ての随伴機を撃墜し、戦艦の上空で機銃がゆっくりと僕に照準を向けてくる。戦艦と合体したネビュラ3の機体が仰ぐ様に僕を見上げた。


 視線が合った様な気がした。


 プラーナ炉心の触媒から直接引き出される赤い粒子がライトウェーブソードを赤く染め、その剣身をビルを両断出来そうな程に伸ばす。


 赤い光の剣を振り下ろす。脳天から一撃を受けたネビュラ3を両断し、更に《オーバードガーディアン》の機体深部のジェネレーター、エネルギー槽、ENミサイルに火をつけると、線香花火の様な火花を漏らした後に爆発四散した。


 爆風に煽られながら機体を制御する。今度こそプラーナ炉心が完全に停止した。頼りないイオンエンジンの噴射光を全身から漏らし、ゆっくりと高度を落として機体を着地させる。


 ヘルメットを乱暴に脱いだ。咳き込んで飛び散った血が展望モニターに赤黒い斑点をつくる。低く、水の中でノックされる様な音が鼓膜に伝う。シーフォーが話しかけている様だったが、遠くくぐもった様な響きになってよく聞こえなかった。


 僕は、遣り遂げたのだろうか。展望モニターに視線を奔らせ、しかし機体が死に体なのを思い出して苦笑する。もはや出来る事は何もないのだ。


 モニターの映像がかすんだ。機材の不調かと思ったが、操縦桿を握る手元ですら焦点が合ってはぶれてを繰り返している。


 ピピッと複合感覚機が捉えた接近する物体がフォーカスされる。遠く、高層建築の狭間からよたよたとした足取りで近づく人影があった。


 スーリだ。土埃で顔を汚しながら、血と涙と鼻水でべとべとになった顔で覚束ない足取りで、それでも必死に擱座した僕の機体へ向かっていた。


 手ぶらの少女を見て、そう言えば買ってやった熊の縫いぐるみはと思って振り返ると、増設したシートには少し血の染みが着いた熊のぬいぐるみが少女の代わりに座っていた。


 思わず笑った。


「おいで、忘れ物を取りに・・・」


 霞む意識の中で、ハッチの解放レバーを引いた。風が流れ込み、土埃の向こうの小さな人影を見る。必死に前へ前へと進む少女の小さな足取りを眺めながら、僕の意識は暗転した。


※※※


 酸化鉄の赤い大地を、二機のカタフラクトが進む。ほっそりした流線形の肢体の後ろに、戦闘機の胴体を無理矢理くっつけた様な軽量級の機体だった。視認性を下げる為に大地と同じカラーで塗られた巨人のコックピットで、アルバ都市防衛軍のマレニア・ロムルス機兵中尉は、眉間に皺を寄せて言った。


「ルビコンコントロール、当機のエネルギー残量は帰還不能点からは程遠い。哨戒任務を続行させてくれ」

却下ネガティブだエルゴ1、貴官は規定の連続搭乗時間を優に超えている。エルゴ2と共に帰投しろ』

「・・・ルビコンコントロール」


 マレニアは沸々と湧いてくる怒りを飲み込みながら言った。


「状況を分かっているのか? 拐かされた殿下の救出はおろか、痕跡すら発見出来ていないのだぞ」

『承知しているが、貴官一人が無理をしたところでどうにもならない。命令を聞いてくれ、エルゴ1』


 何が命令だ、と口の中だけで吐き捨てる様に言った。


「・・・ん? 通信状況が悪い様だ、プラーナ滞留が濃いところに突っ込んだかな」

『お、おいっ、頼む。帰投してくれマレニアっ、お前に何かあったら俺の立場が!』


 通信機の電源を落とす。静かになったコックピットで「任務中はコールサインで呼ばんか、馬鹿者」と言った。


 後方のエルゴ2がワイヤーの様なものを肩に引っ掛けてくる。


『お嬢様、あまり士官学校の動機を虐めるものではありませんよ』

「・・・エルゴ2、今は任務中だ。お嬢様はよせ」

『はいはい』


 好々爺とした穏やかな老人の声が響く。何か言いかけて、幼い頃から口で勝てた事などない事を思い出して噤ませる。


「それよりも通信機、分かってるな?」

『承知しておりますとも。しばらくは通信状況が改善しそうにはありませんな』


 惑星ラヴェンナは過酷だ。殆どが不毛の大地で、旧文明の遺産が侵略者を排除しようと襲いかかってくる。広くはない人類の生存圏ですら、プラーナ採掘を巡って人同士が争いあっている。


 変わり映えのしない赤茶けた大地の中に、ちらほらと灰色の建造物が混ざり始める。旧文明人が遺した遺跡にもはや生命の気配はない。


『お嬢様、捉えました』


 硬い声だった。先程の穏やかさとは一転して、その声には少なくない緊張が孕んでいた。全展望モニター上にエルゴ2からバイパスされた情報が拡大表示される。


 旧文明の市街地跡。灰色の高層建築の上空に一隻の戦艦が浮かんでいた。


「あれはっ《オーバードガーディアン》かっ!!」


 何故この様なところに。機体の通信機能を復旧させてコマンドポストへ通信を図る。


「ルビコンコントロール、こちらエルゴ1。応答願う」

『こちらルビコンコントロール、どうした? 通信状況は回復したのか?』


 嫌味に「いいから見ろ」と機体の外部映像を見せると、通信の相手は息を呑んだ。


『《オーバードガーディアン》、まさかこんなところに出てくるとは・・・』

『お嬢様、奴は恐らくヴェスパーの連中に改修された機体です』


 クローズアップされた甲板には下半身が埋まった《ヴェスパーグループ》のカタフラクト部隊、その部隊長級の機体のネビュラの姿があった。


『お嬢様、如何されますか』

「ルビコンコントロール、指示を請う。どうしたら良い?」


 通信の相手は僅かに間を置いた後に言った。


『・・・《ヴェスパーグループ》の秘匿機体は情報を集める必要がある。そのまま観測を頼めるか? 危なくなったらすぐに離脱してくれて構わない』

「了解」


戦艦の甲板から凄まじい数のミサイルが発射されて、旧市街跡に雨の様に降り注ぐ。何を攻撃しているのだろうか。無人の《オーバードガーディアン》であれば、何もいない場所を攻撃する様な不可解な行動をしてもおかしくないが・・・。


(あれは間違いなく有人だ。何を追っている?)


 灰色の高層建築から空へ、白いカタフラクトが飛び出した。軽量級のマレニアの機体を遥かに超える、瞬き一つで姿を見失いかねない速度の機体を戦艦のENミサイルが正確に追尾していく。


 白いカタフラクトは高速かつ最小限の機動でENミサイルを避けながら、戦艦に近づこうとしていた。


『なんだあれは・・・』


 通信機から漏れる声。そこには驚愕と感嘆、理解不能なものを前にした恐れの様なものが見えた。


 それはマレニアにしても同じだった。


 まるで現実の光景とは思えない。《オーバードガーディアン》とは戦場の王者とも言われるカタフラクトをもってしても、本来は艦隊規模で挑むべき旧文明の災厄、戦略兵器だ。


 その理不尽なまでの猛攻を、防戦一方とは言え複雑かつ繊細な機動で凌ぎ続けている。震える唇から言葉が漏れた。


「あんな機動、可能なのか?」

『自動姿勢制御システムも火器管制システムも大部分は意味をなしていないでしょう。システムの補助を殆ど無効化して、機体の殆ど全てを手動操縦で操ればあるいは』


 それは不可能と言うのだ。


 白い機体の動きが鈍り、すかさず《オーバードガーディアン》のミサイルが襲いかかる。


「あっ」


 畳みかける様に襲いかかる追撃に、為す術もないかと思われたその時、ラヴェンナの空に赤い稲妻が奔った。機体の全身から赤い粒子を噴出させた白い機体は、システムの補助をもってしても補足が不可能な程の速度でミサイルを振り切ると、《オーバードガーディアン》へ距離を詰める。


 戦艦から大量の随伴機が飛び立ち、白い機体へ襲いかかる。しかし、損傷した白い機体は全身から火花を飛び散らせながらも、襲いかかる随伴機の迎撃射撃を紙一重で躱しいく。近接兵装と思しき赤い光を一瞬閃かせる度に一機、また一機と落ちていく。


『・・・オーバーブーストか』


 エルゴ2が呻く様に言った。


 やがて、最後の戦艦を残すのみとなった白い機体は甲板の上で、残った全てを費やす様に赤く光る巨大な剣を顕現させると、同化したネビュラごと戦艦の上部を縦に裂く。


 誘爆し、墜落する《オーバードガーディアン》を眺めながらコマンドポストの男は『本当に勝ちやがった・・・』と茫然と言った。


 白い機体が力を失った様にふらふらと着地し膝を着く。誘爆した弾薬が派手な花火となって背景を彩るその光景を、ただ茫然と見ていた。


『お嬢様っ! 殿下です! 殿下が!!』


 旧文明の市街地の広い道路を、頼りない足取りで必死に進む少女の姿があった。血に汚れ、涙で濡れた顔を歪ませて。それでも必死に何かを求める様に前に進んでいた。


 カシュッと白い機体のコックピットが開く。マレニアの位置からでは中は見えなかったが、それは少女を受け入れている様だった。



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