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ウォッチポイント二五七

「毎度あり」


 クレーン車に吊るされた僕のリニアライフルが遠ざかって行くのを見送った。


(いや、もう僕のものではないか)


 雑に書かれた領収書と薄汚れた札束を握りしめた。クレドにより支払いを拒まれた僕は身売りする様な形で武装を切り売りするより他なかった。レヴァからは機体ごとの買取を申し出られたが、断固として拒否した。


 相場よりも大分安く買いたたかれてしまった。


 コンテナ船を利用した格納庫には向かい合わせに八機のカタフラクトが駐機出来る様になっていたが、僕以外の利用者はいなかった。


 コックピットに向けて「買い物してくる」と声をかけると、スーリが顔を出した。何やらワタワタしながら身を乗り出している。一緒に行きたいのか。


「ッ・・・・ッ・・・」

「分かったから、危ないぞ」


 コックピット前の配置されたキャットウォークを小走りに、あたふたとしながらタラップを危なっかしく降りてくる。


 トテトテと駆け寄るスーリの肩越しに機体へ向けて叫んだ。


「モードSで警戒態勢! 二時間以内に僕が帰らなかったら自爆しろ!」


 スーリはびくっと肩を震わせて、恐る恐る機体を振り返った。全て口から出まかせだ。機体を奪おうと様子を窺っている者がいた場合に備えた嘘八百。自爆装置も不審者を排除する自動操縦も、公式には存在する設定だが、少なくとも僕のワンミッションには不可能だ。積載容量を限界まで切り詰めているし、狂った機体バランスのせいで自動姿勢制御システムは機能しないからだ。


(まあ、牽制くらいにはなるだろ)


 ウォッチポイント二五七は共有ロビーと呼ばれる、複数のプレイヤーが集まって交流を図ったり、機体の補修や武装の購入をする為の拠点だった。無数に並んだコンテナ船の稼働していない船体を利用したショップが存在する。


 タラップを昇り、船体の横っ腹に開いた巨大な搬出口をくぐる。まるで二〇世紀の某電気街の様な、屋台の様に並ぶ店に雑然と商品が積まれた光景が目に入る。


(プレイヤーは・・・多分いないな)


 疎らな客を全て明確にNPCと判断する根拠はない。ただ、服装や顔、体形と言ったアバターのデザインが場に馴染過ぎている気がしたからだ。


 カタフラクト向けの武器を置いてある一画に足を向ける。記憶ではウォッチポイント二五七の店員は自動機械と呼ばれる旧文明のアンドロイドが務めていた筈だったが、半数ほどが人に置き換わっていた。


 武器屋も人の店員に置き換わっていた。銃をさげた歩哨に声をかける。


「なぁ、銃と弾薬が欲しいんだけど」

「あぁ? 何だてめぇ。余所者か?」


 訝しむ歩哨の視線にヘルメットを被ったままである事を思い出した。確かに顔を隠したままでは不審者そのものだろう。


(NPCはこう言うところが面倒なんだよな)


 美少女と見紛う顔に男は鼻白んだ様子だったが、態度を崩さずに言った。


「許可証はあるんかよ」


 耳慣れない語句に「ん?」と頭にハテナを浮かべる僕に、男は雑に手を払って言った。


「余所者には購入許可証がねぇと売る事は出来ねぇのがうちの決まりだ。ここから先を通す事も出来ねぇ。店員は商品の譲渡権限を持っているからな」


 ここで揉めたら何の為に武装を手放したのだか分からない。代わりの武装が手に入らないのは痛手どころではない問題だが、踵を返して船内を回る事にする。試しに幾つかの店に入ってみるが、人が店員をしている店は軒並み門前払いを喰らってしまう。


(これは、手を回されているな)


 機体の売却に応じなかった報復だろうか。


 スーリは自動機械から購入したゼリー飲料を美味しそうにちゅうちゅうと吸っていた。これで三つ目だ。僕も一つ口にしたが、良く冷えていて美味しかった。


 仮想空間下での食事とはこれ程までに満足感を与えてくれるものだっただろうか。


 自動機械が店員を務めている雑貨屋の様な店に入る。玩具屋衣服、家電製品が新品中古品問わず雑然と置かれている。食料品すら置いてあった。


『いらっしゃいませ』


 レジカウンターのマネキンの様な自動機械がのっそりと頭をさげてくる。


「なぁ、子供の衣服はあるか?」

『子供の衣服はございませんが、小柄な女性向けのものが代替可能かと思われます』


自動機械がスーリへ頭部センサーを向ける。


『ご案内しましょうか?』

「ああ、頼む」


 自動機械の先導に従い案内されたのは、空気を抜かれた圧縮袋が並んだ一角だった。ハンガーの様に吊るされた圧縮袋の中には、まるで紙の様にぺしゃんこになった様々な衣服が吊るされている。


『こちらが該当の一画です』


 そう言ってハンガーラックを指し示す。窺う様に僕を見上げるスーリに頷く。


「着替えがないの困るだろ。好きなの選んで良いから」


 少し浮かれた様子で、小走りにハンガーに向かうスーリの後姿を見送りながら、自動機械に聞いた。


「無水シャンプーってある? あと食料を一週間分程見繕って欲しいんだけど」

『承知しました。衣服の精算の際に纏めてご案内致します』


 そう言って自動機械はバックヤードと思しき方へ消えて行った。スーリの方はまだ時間がかかりそうだったから、僕も店内を見てまわる事にする。


 雑然とした店内だった。使用用途が全く分からない機会に、女児向けの玩具と思しきそれは何が可愛いのか全く理解出来ないデザインをしている。


 注意を惹かれたのは椅子の様なものが雑然と積まれている一画だった。単なる椅子ではなく、それらは全てカタフラクトの内装パーツ。コックピットシートだった。


 カタフラクトのパーツ類は全て門前払いを受けた店にあると思っていたが、良く見れば内装や内燃系と言った、パッと見てそうとは思えない様な部品は普通に売られていた。


 僕は座席を増設するべきか悩んでいた。球形のコックピットには空間的な余裕はある。一応は公式設定上も教習機は増設された予備座席を備えている事になっている。スーリを膝に抱えたままで本格的な戦闘機動は出来ない。


 しかし、素人の僕にそんな突貫工事、可能だろうか・・・。


『ちょっとそこのあなた! いやぁっ、お目が高い!!』


 キンキンのアニメ声が響いて後ろを振り返るが誰もいない。


『ここです! ここですよぅ! おーいっ!』


 雑然と置かれた機材に囲まれて、ドラム缶の様な物体から声がする。やや錆の浮いたステンレス製のボディに、正面の液晶パネルがピカピカと光る。


『内装系の交換であれば簡易ツールセットは是非とも購入するべきですよ! カタフラクトのコックピットは精密機械の塊! 適当に弄って大事なジョイント部分をおっかいては目もあてられません!!』


 液晶パネルが『(>_<)』と、ドラム缶の表情をあらわす様に顔文字を表示する。胡散臭い通信販売の様な台詞に少しイラッとするが、言っている事はその通りだった。


『そんな不安なあなたに吾輩を! プリグテック社製第四世代型サポートロイド、シーフォーは炊事洗濯に夜のトイレのお供はもちろんっ! 機体の簡易修理まで何でもござれっ! 今ならなんとぉぉぉおっ!! 八百万クレドのお値打ち価格ぅっ!!』


 七桁の数字とピカピカと光らせながら、しぃんとどこかコミカルな沈黙がおりる。


『そちらの機体をお求めですか?』


 店員の自動機械が現れて言った。


 圧縮袋を抱えたスーリに「それで良いのか?」と聞くと、おずおずと頷いた。ジャケットに下着類、ズボンに靴。そして一際大きな圧縮袋に目を向けると、スーリは様子を窺う様な視線を僕に向けた。


 それは空気を抜かれて分かりにくかったが、大きな熊の縫いぐるみの様だった。


「・・・それ、気に入ったのか?」


 びくりと肩を震わせた後にコクリと頷く。


「全部で幾ら?」

『用意させて頂いた保存食量込みで二十七万クレドになります』

「あぁ、クレド使えるんだ」

『当店の支払いはクレドのみになりますが、如何されますか?』

「大丈夫、払えます」


 クレドであれば、僕の口座にはカタフラクトのハイエンド機を武装込みで三体買い換えても余る金額が積まれている。スーリはぱぁと顔を明るくすると、今度はピカピカ光る小うるさいドラム缶に興味が移った様だった。


『さぁっ、そこのお嬢さんも頼りになる旅のお供っ、欲しいですよね!』


 目を白黒させるスーリに畳みかける様にセールストークを続ける。


『お願いですよぅ! 吾輩を買って下さいよぅ! ここらの傭兵はベイレムばっかでお客さん全然来ないし、もう一人でじっとしているのは辛いんですよぅ!』


 液晶パネルの『(;´Д`)』と言う表示と共に、憐れみを誘う声のシーフォーにスーリが同情する様に悲しげな目をする。


 店員の自動機械が補足した。


『入荷して随分と経つ汎用ドロイドですが、随分と長いこと売れ残っているのです。稀にクレドをお持ちのお客様が来店されますが、どんな改造をされているか分からない中古のドロイドを購入される方はいらっしゃらず』

『んなぁっ!? 人を行き遅れの中古品女の様に!』

『購入いただけるのであれば、メンテナンス用の用材キットもサービスでお付け致しますが、如何でしょうか?』


 多少の損を被っても手放したい。事実上の不良在庫宣言にシーフォーは液晶パネルの表情を忙しなく動かしていたが、余計な口を開けばチャンスが不意になる事を悟って口を噤んだ。


 自動機械の店員がディスカウントを提示すると言うのは余程だ。フルメタル・カタフラクトでも、自動機械によって営まれている店は品揃えと品質こそ優れていたが、価格交渉に応じない為に口座残高を余らせたリンカーくらいしか利用者がいなかった。


 悩んでいるうちに、シーフォーが『よよよ』とわざとらしい泣き真似まで始める。スーリも僕を悲しげな目で見上げる始末だった。


「・・・お前、本当に働けるんだろうな」

『ッ!? もちろんですとも! 第四世代は伊達ではありませんよ!!』


(・・・まぁ、良いか)


 僕は諦めの溜息をつきながら自動機械の店員へ言った。


「・・・貰う事にする。サービスのメンテナンスキット、忘れないでくれよ」


※※※


『ふーんふっふっふんふーん♪』


 調子はずれの鼻歌を歌いながら、機体底面のローラーをきゅりきゅりと動かすシーフォーの隣を、スーリが上機嫌な様子でスキップする。シーフォーはドラム缶の頭上で気球の様に膨らんだ荷物を、触手の様な蛇腹状のマニピュレータで支えながら進んでいた。


 本当に大丈夫だろうか。不安に駆られて肩から吊り下げたホルスターに触れた。ホルスターにはポリマーフレームの自動拳銃が収められていた。九ミリ弾を十六発装弾できるそれのケースは、自動機械の店の端っこの玩具コーナーに積み重ねられていた。


 玩具ではない筈だが、カタフラクトと言う巨大な人型兵器が音を超える速度で空を飛び、その弾丸一つで家屋が粉々に吹き飛ぶ様な世界においては玩具程度の意味合いしかないのかもしれない。


(お守りみたいなものさ)


 唐突に人間同士の諍い、戦争の様なものが起こる仕組みの一つを理解してしまった。きっと、人は有形無形の武器を『お守りみたいなもの』として懐に隠し持っているのだろう。もし隣に座る人の『お守りみたいなもの』が、自分のそれよりも立派だったらどうか。


 きっと羨ましくなったり、恐れたりするのだろう。そして隣の人よりも強い『お守り』が欲しくなる。その緊張の応酬が続いている内は良い。金銭的なものにしろ、それ意外なものにしろ。アップデートの応酬はいずれ、片方の限界と言う形で訪れる。


 永遠に届かない、抗う事すら許されない強者として相手の事を受け入れられるのか。大抵の者にとっては違う様な気がした。


 格納庫まで戻ってくる。シーフォーは陽気な鼻歌をやめて『生体反応あり』と告げる。僕はヘルメットを被りなおすと、銃を抜いてタラップを駆け上がった。


 ほらな、やはりそうだ。


 プレイヤーとして中級者を抜け出た頃、コンピュータの補助をきった操縦の頃に、CQBを覚えたくてVRFPSをやっていた時期がある。カタフラクトに乗る時間を減らさない為に、かなり睡眠時間を削る荒行となったが、記憶と経験が僕の身体をよどみなく動かした。


 機体の足元に一人。僕には気がついていない。音もなく後ろから近づくと、銃をつきつけて「動くな」と短く告げた。


 小柄な人影。もしかして子供?


「手を頭の上に上げたまま床に伏せろ。妙な真似をしたら撃つ」


 ぎこちない動きで床に伏せた人影の横顔を見る。子供、男の子だ。怯えた唇が震え、瞬き一つせずに目を見開いている。


 撃つと言いつつ、僕の脳裏には新しい選択肢が湧いては消える雑然とした状態になっていた。


(どうする? ここからどうしたら良いんだ? 動いたら本当に撃って良いのか? 手足を狙うべきか? でももし反撃されたら・・・)


 二人の間にあった奇妙な硬直は、遅れて現れたシーフォーの『あらー』と言う気の抜けた声が聞こえるまで続いた。


※※※


『コックピットシートの換装終わりましたぁ!』


 シーフォーの元気の良い報告に、僕はタラップを昇ると、コックピットに繋がるキャットウォークを小走りに駆けた。触手の様な蛇腹のマニピュレータで握る工具を自慢げに揺らすシーフォーを横目にコックピットを覗くと、取り外された単座のシートの代わりに戦闘機の様な複座型のシートが取り付けられていた。


「おぉ、良い感じ」


 早速シートに座ってみると、流石に単座だった頃より手狭には思えたが、操縦桿やフットペダルの感触等も違和感を余り感じなかった。操縦桿の脇に円形の筒の様なものをマウントするジョイントが新たに増設されていた。


「これは何だ?」

『むっふっふぅ、これはですねぇ』


 ガシュッと空気が漏れる音がして、シーフォーのドラム缶型の筐体の上部が開くと、透明な液体に浸された筒がせり出してくる。液体にぷかぷかと浮かぶそれを見てぎょっとする。


「・・・それ、脳みそか?」

『吾輩の生体CPUです! 珪素系物質に置換された培養脳ですぞ! さぁっ、吾輩をマウントして下され!!』


 恐る恐る持ち上げた。結構重い。落とさない様に慎重にコックピットに運び込み、ジョイント部分に嵌めこむと、カチッと音がして固定される。


 ゴゥンと音がしてコックピット内部のスピーカーから声が響く。


『ふっはっはっ! これでこの機体は吾輩の身体も同然!・・・って、自動姿勢制御システムも火器管制も殆ど真っ新ではありませんか!!』

「あ、ああ、こいつ機体バランスが狂ってるからシステム頼りだとハイハイも出来ないんだ。火器管制も機体の高速移動についていけないからオミットしてある」

『・・・の、のぅ・・・』


 心なしかがっくりとした様子の声で『機体仕様の把握に努めてますぅ』と言いコックピットを追い出される。


「が、頑張れよ」


(まぁ、無理だと思うけど)


 ナザックはもちろん、ワンミッションも増設したバーニアと強力なスラスター加速に対応する為に、搭乗者は特化した電脳による体感時間のクロックアップと、拡張感覚による全身の駆動系へのダイレクトな操作を求める。


 シーフォーの培養脳の性能は分からないが、相応の処置と訓練なしに操る事が出来るとは思えなかった。


 そう言えば、電脳の仕様はどの様になっているのだろう。フルメタル・カタフラクトの設定に依れば、全身に散らばったナノマシンが構成したニューラルネットワークと言う話だったが、自動機械の店には追加インプラント用のアンプルの類は置いてなかった。


 格納庫に元気の良い子供達の声が響く。


 キャットウォークの下を覗くと、子供達がボールを追いかけてサッカーの様な遊びをしていた。スーリが僕の視線に気づいて手を振ってくる。


 手を振り返すが、それには目もくれず直ぐにキャッキャッ笑いながらボールを再び追いかける。


 何の事はない、平和な光景だった。


※※※


 少年達はウォッチポイント二五七の住民だった。昼間に親が働きに出ている間に暇を持て余した少年達は、珍しく表れた来訪者、それも見た事もないカタフラクトに乗っているという事もあって興味津々の様だった。


 ウォッチポイント二五七に子供が出来る様な仕事はない。雑事の大半は旧文明人達が遺した自動機械達がこなしてしまうし、バイオプラントが稼働している為、食料に困る事もない。学校なんてものも辺境のコロニー故に望むべくもない。


 ひとしきり見上げて、足元の装甲をペタペタと触って気が済んだらしい彼らが次に興味を移したのは、同じ年頃の少女スーリだった。


 当初こそ僕の影に隠れていたスーリだったが、少年達に害意がないと知るとすぐにあの調子だった。


 じゃあね、と家路に着く少年達の手を振る。彼らには帰る家があるのだ。少女にもそれがある。シーフォーを交えて確認した地図で、少女が指差した座標はウォッチポイント二五七から北方に五〇〇キロ、山岳地帯を超えた先を指していた。


 ゲームの記憶にはなるが、その地域に人里は無かった筈だ。スーリの思い違いだろうか。あり得る。子供のあやふやな知識に基づく記憶だ。


『移動式のコロニー船と言う事も考えられますが、正確な座標が欲しいところですねぇ』


 ドラム缶に培養脳を戻したシーフォーがコトコトと鍋を煮込みながら言った。


『物流ハブポイント辿って探すしかありませんが、《オーバードガーディアン》がうろうろしている地域ですからねぇ』

「そうなると、是が非でもカタフラクトの武装は必要だな」

『一応、手がない事はないですよ』


 なんだ、と聞こうとして腕を引かれる。スーリが鍋のスープを覗きながら涎を垂らしていた。


『先に食事にしましょうか』

「・・・そうだな」


 食事を終えると、うとうとし始めたスーリに風呂に入る様に促す。そう、風呂があるのだ。シーフォーが廃材を利用してドラム缶風呂の様なものを手早く作ってしまった。


 簡易的な間仕切りの向こうで可愛い呻き声を聞こえる。


 用意された食後のお茶を啜っている内にスーリが風呂からあがる。入れ替わりで風呂に入りながら、お湯を手で掬うとスーリが落とした垢が浮いていた。


 どんな美少女でも風呂に入らなければ薄汚れるし臭くもなる。リアルでは痩せぎすだった僕の身体も、今は健康的に引き締まっていて、自分の身体ではないかの様だ。


 風呂から上がると、船を漕いでいたスーリを寝袋に寝かせる。僕はシーフォーの培養脳を引き抜いてワンミッションのコックピットに入ってハッチを締める。


「それで、手があるって具体的には?」

『実に簡単な話であります。このウォッチポイント二五七には大量の武器弾薬が既にあるではありませんか? それを奪えばよろしい。大抵のユーザー認証は吾輩が突破できまする故』

「おい、それは・・・」


 反論しかけ、言い淀む。武装が充実していない状態で外に出るのも自殺行為に等しい。自分一人であるならばともかく、スーリを家に帰すと言う目的がある以上、彼女を自殺行為に付き合わせる訳にもいかない。


(・・・それしか、ないのか?)


 沈黙がおりる。シーフォーは機体システムにアクセスしているらしく、モニターにコマンドラインのログが高速に浮き上がっては消えて行く。


ピピッと警告音が鳴って『生体反応でありますな』と告げた。格納庫近くに接近中の生体反応が一つ。コックピットハッチを開くと、確認の為に外に出た。


 少年達の一人が戻って来たのかも知れない。スーリと遊ぶ様になってからも時折、物珍しさから機体を一目見にくる子供が居たからだ。


 念の為の用心に拳銃を携える。


 音をたてずに格納庫の出入り口へ進む。カツン、カツンと抑制された足音が聞こえてきた。


「・・・・・」


 顔を見せて「何か忘れ物でもしたのか?」と声をかけ様として、躊躇う。何か違和感の様なものが僕を躊躇させた。足音から僅かに怯えの気配が滲んでいたからだ。


 態度を決めかねている内に来客が姿を現す。子供にしては大きい、いや大人だ。汗が滲み、緊張に歪み見開いた目が僕を捉える。


 その手には銃が握られていた。


(ッ・・・・)


 男は驚いた様に手に持った銃を跳ね上げた。僕は半ば反射的に銃口を男へ向けると引き金を搾っていた。


 パンッ、パンッと炸裂音が鳴り、男は銃撃に体勢を崩すとそのまま仰向けに倒れた。茫然と胸に手をあて、血に濡れたおのれの手を茫然と見上げながら、やがて糸の切れた人形の様に動かなくなった。


※※※


 不幸な事故だったと思っておこう。夜が明けて死体の回収に訪れたレヴァ・ブーアの使いの男はそう言った。このウォッチポイント二五七も、辺境のコロニーにしては比較的豊かな方だが、それでも食うに困っている連中はいるらしい。


 金払いの良い子供の様な傭兵と言う事で、目をつけられてしまった様だった。


『不幸な事故でありましたな』

「・・・本当にな」


 僕はシーフォーのドラム缶の様な筐体に凭れかかりながらそう返した。相も変わらず子供達がしているサッカー擬きを眺めていると、昨夜に起こった凄惨な事件が現実ではなかったかの様だ。


「それで、機体のお勉強は進んだか?」

『・・・ぬぐぐ、這い這いくらいは出来る様になったと思うであります』


 シーフォーの培養脳は未だにコックピットでワンミッションと格闘していて、音声だけがドラム缶型の筐体を通して伝わる。


「僕よりも上手く扱える様になったら、そいつをお前にくれてやっても良いぞ。まぁ、無理だと思うけどな」

『かっちーんっ』


 やがて少年達が帰る時間が訪れる。帰り支度をしながら、しかし少年達は何かを待つ様に出入口の方向へしきりに視線をくれていた。


 やがてけたたましい足音をたてて格納庫内に人影がなだれ込む。大人の男達で、全員が銃を構えていた。スーリが驚いた様に少年達から離れて僕の影に隠れる。


「やぁ、待たせた様だね。ビジター」


 僕をそう言う声が響き、男達を掻き分ける様に声の主が現れた。長く癖のある黒髪にラテン系の顔立ちの女、レヴァ・ブーアだった。


「今日はちょっと、話し合いの機会が必要かと思ってね。昨夜の、カルロスの件さね」

「・・・不幸な事故だったと言う話じゃなかったのか」

「あたしとあんたの間じゃその通りだ。だが、こいつらは仲間をやられて頭に血が昇っている様なんだ。説明してやってくんないかね」


 男達の銃口は淀みなく僕を狙っていた。


「・・・狙いは機体か」

「話が早くて助かるよ。素直にユーザー権限を渡してくれれば余計な手間が掛からなくて助かる」


 窮地に僕の頭がフル回転して候補手をあげては消すを繰り返す。何が最適解だ? 素直に言えば愛機を奪い取られるのは絶対に嫌だが、仮に引き渡したとして、レヴァは僕を生かしたまま放っておくだろうか。スーリの扱いはどうなる?


 焦れた様にレヴァが口を開いた。


「あまり時間は・・・」


 言葉を遮る様にパンッと銃声が響いた。左の脇腹に衝撃を感じて後ずさる。


(撃たれた!?)


 男達の隙間から銃を構えた少年が憎しみに歪んだ顔で「父ちゃんの仇っ」と吐き捨てた。レヴァが慌てた様に「この餓鬼!」と少年を殴る。


 脇腹が熱い。銃撃を受けた事実に気を動転させながらも、僕は叫んだ。


「シーフォーッ!!」

『はいなっ!!』


 機体がキャットウォークを跳ねのけて倒れ込み、機体の腕部で壁をつくった。


「この野郎! 構う事はない! やっちまいな!」


 銃声が響く。僕はスーリを抱えて機体のコックピットにもぐりこむと、手早く機体を起動させる。立ち上がる機体、展望モニター越しに慌てた男達が対戦車ロケットの様なものを担いで発射するのを見てとれた。


 慌てる必要なんて欠片もない。展開したENアーマーが防ぎ、機体に傷一つもつけなかった。機体全身のバーニアを噴かして、風圧に男達が吹き飛ぶのも構わず格納庫を脱出する。


「シーフォー・・・ッ・・・」


 武器庫は、と続け様として出来なかった。パイロットスーツの脇腹に空いた穴からごぷりと血が零れる。脇腹を中心に炙られた様な熱さと、相反する様な寒気に襲われる。


ピッと音がしてモニター上に表示されたマップに赤い斑点が浮かぶ。


「・・・助かる」


 施設内には警告ブザーが鳴り響いていた。住民達が逃げまどい、僕の機体を見上げて腰を抜かしている。武器庫に押し入って、装弾数と装填済の予備マガジンが一番多かったアサルトライフルを拾う。


『解析しますので少々お待ち下され』

「頼んだっ!」


 ライトウェーブソードを起動し天井を斬り開いて外に出る。憎たらしい程に綺麗な夕暮れがコックピット内を照らした。


 夕暮れに背を向けて、スラスターの加速度に襲われながら北を目指した。薄暗い荒野を、ただひたすらに進んだ。


最後までお読み頂きありがとうございます。

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