表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

点描を翔ける

 ミッションナンバー12『ネビュラ6排除』


 比較的序盤と言えるクエストで、主人公は同じリンカー、とは言ってもNPCと共に統治企業《ヴェスパーグループ》のリンカー部隊の部隊長であるネビュラ6の排除に乗り出すと言うものだ。


 明らかに序盤では歯がたたない、所謂『負けイベント』と言うやつで、僕も動画共有サイトで見るまでは撃破可能とは思っていなかった。一定の時間生き延びた後に戦闘区域の外に逃げ出す事でクリア扱いとなる。


 ただクリアするだけであれば難易度は然程高くはないが、RTAランキングの要件となっているSランククリアにはネビュラ6を撃破する必要がある。ストーリーモード終盤のボス級の敵を、僚機が撃墜されてNPCのオペレーターから撤退勧告がなされるまでに倒さなければならない。


 立ち回りにもよるが、僚機撃墜までの一分弱で撃破せねばならない。


 僕はプレイヤー毎に割り当てられたプライベート空間の格納庫で、自動機械に修理されている愛機ナザックを見上げていた。


 武装からフレームパーツ、内装系部品の一つに至るまで拘り選び抜いた至高の機体だ。格納庫にはナザック以外にも計五体のカタフラクトが並んでいた。今のナザックと言う結論に至るまでの変遷をあらわしている機体達だ。使用期間が長かったり、特に思い入れのある機体を飾っている。


 全高三〇メートル弱の鉄の巨人が並ぶ姿は壮観だった。


 拡張可能なプレイヤー格納庫も、マックスの六機まで拡張するには莫大なゲーム内通貨が必要となるが後悔はしていない。ログインする度に愛機達を眺めるのは至福の一時だった。


 さて、《オールオーダー》との決戦からリアル時間で二日が経とうとしているが、愛機ナザックは未だに修理中だ。フルメタル・カタフラクトと言うゲームは機体損傷に対する修理に対してかなりシビアで、ゲーム内通貨を消費する事は勿論だが、修理時間も機体コストに応じて増減する。


 ナザックは希少なパーツを取り寄せていると言う設定から時間もかかる。あと二日は乗る事は出来ないだろう。


 僕はナザックの隣のナザックそっくりの機体の前に立った。


 機体名ワンミッション。ストーリーモードをハード含めてSランククリアし、リンカーランクも百位以内に入ったばかりの頃の一番長く乗っていた機体だった。

 

 機体を構成するパーツはナザックのそれに比べれば一段低い性能だが、搭乗した感覚がナザックに一番に近い。


「こいつで行くか。・・・ああ、そうだ」


 ゲーム内の拡張現実からブラウザを呼び出してフルメタル・カタフラクトのユーザーページにアクセスする。カタフラクトのパーツ類は僕のプレイスタイルに合わず、他は格納庫を彩るハウジングアイテムばかりだった。


 一つだけ、リアルで手に入るフィギュアがある。ゲームのテザーPVにも出ていた機体だ。手の込んだ造りらしく、写真を見る限りではかなりの精巧さだった。


 悪戯の様なアイデアを思いつく。そう言えばアールツーの誕生日が近かった筈だ。リワードをフィギュアにして送り先を西宮家にする様に書き記してフルメタル・カタフラクトの運営にメールを送信する。更にアールツーへ『誕生日おめでとう』と予約送信した。


 格納庫の床を蹴る。無重力の床が、僕をふわりと宙へ持ち上げた。胸部のコックピットハッチが開いて僕を出迎えるワンミッションに乗り込むと、ゲームにしては偏執的なまでに細かい起動手順を踏みながら、ミッションを選択する。


 格納庫の床が移動し、搬出口を出て輸送用弾道ロケット搭載される。ミッション毎に舞台が変わるゲーム的な都合に合わせる為の演出だが、降下の際の揺れもGも演出と一言で片づけてしまうには余りにもリアルだった。


 全展望モニターには暗いカーゴ内と接続されたロケットの外部カメラの映像が映し出されている。低軌道上にあるモジュール式のステーションから発射された輸送用ミサイルが夜よりも暗い宙を進む。


 モニターの先に今から僕が降下する惑星ラヴェンナの赤茶けた地表が見える。地表の大半は銅と鉄分を多く含んだ砂礫に覆われているが、地表奥深くに未知エネルギー物質プラーナを採取可能な資源惑星である。


 プラーナ発見より二〇〇年。数多くの惑星開発企業、統治企業が開発に乗り出しているが、開発は進んでいない。勢力間争いが激しい事も理由としてあげられるが、人類の入植以前に滅んだとされる旧文明人の遺産。自立型超大型防衛兵器《オーバードガーディアン》が未だに稼働し続け、人類版図の伸長を妨げ続けているからだ。


 大型のレイドイベントの目玉としても扱われるそれらは、フルメタル・カタフラクトのサービス終了時まで惑星ラヴェンナの支配者の地位を人類に譲りはしないだろう。


 撓んだ地平線の向こうに太陽、恒星アルファの光が見えた。美しい。フルメタル・カタフラクトの開発者に宇宙飛行士の父を持つ人物がいて、幼い頃から宇宙から見る地球の美しさを聞かされていたらしい。


 大人になり、VRゲームの開発者となったその人物はゲーム世界で父に聞かされた光景を再現する事に血道をあげた。その偏執的かつ狂気とも言える拘りは目の前の景色となって僕を圧倒し、感動を与えている。


 初めて目にした時の感動は言葉に出来ない。現実であれば涙を流していただろう。


 大気圏突入シークエンスを開始し、赤熱し始めたモニターから、機体高度の概算を示す計器に目を向ける。そろそろの筈だが・・・。


(もしかして、またか?)


 成層圏に突入して確定した。非常に稀にあるイベント、所謂レアイベントだが、喜ぶプレイヤーは殆どいない。自動で開始する外装パージのシークエンスが発生しないと言うトラブルだ。呑気に待っていたら地面に激突してミッション失敗だ。


 何度かこのイベントには遭遇しているが、僕も初回は対処法が分からず地面に激突する憂き目にあっている。


 だが、対処法は実にシンプルだ。僕は溜息をつきながら武装をマウントしていくと、ライトウェーブソードで壁を斬り飛ばした。赤熱した大気の向こうに暗い大地が見える。暗い。ゲーム内時間は〇時過ぎで、ミッションが夜間戦闘になる事を示していた。


 対流圏界面を超えた。今だ、と外へ機体を躍らせた。


 空気抵抗の差で無人となった円錐状のカーゴが上空へ置いてけぼりとなる。まるで深海の様に暗い雲海に飛び込んだ。


 複合感覚機をパッシブにして周囲の状況を探りながら雲を抜け、地表三〇〇メートルに迫ったところでパラシュートを展開、減速が足りない分をスラスターを噴射して調整する。


 着地。機体損傷無し。ゲームを始めたばかりの頃は地面に激突させて機体を損傷させ、日和って高高度でパラシュートを展開すれば自動機械や巡回中の敵軍に察知されて迎撃を受けてしまう事が日常茶飯事だった。


 我ながら惚れ惚れとするHALO、高高度降下低高度傘開だった。


 機体に着信が入る。


『よぉ、相棒』


 低く深い男性の声。このミッションにおける僚機となるNPC《オーウェル》だ。


 《オーウェル》は序盤における主人公の相棒的存在で、チャプター2の終盤に《オーバードガーディアン》の大出力マイクロ波攻撃で弾けとんで死ぬまで、気の良い先輩リンカーとして、新人の主人公を導いてくれるチュートリアル的存在だ。


 髭面のおっさんの癖にキャラクター人気投票ではトップ3の常連で、その感動的で、余りに惨たらしい死に方にはリリース直後に開発会社に抗議のメールが幾つも届いた程だったと言う。


『お前で最後だ。ニュービー』

「座標を」

『今送る。相変わらず愛想のない奴だよ。お前は』


 簡易マップが表示され、自身の位置と目的地が表示される。NPCは簡易的な応答AIを搭載していて、簡単なものであれば会話すらも可能とする。


 ノクトビジョンを展開して機体を走らせる。走ると言っても静音機動のホバー移動だ。


「ん?」


 ライトグリーンに照らされた視界にノイズが奔る。経験した事のない視界の不良だった。ノクトヴィジョンの不調か、それともフルダイブ装置側の回線の問題か。一般的に普及しているヘッドセット型のダイブ装置と違い、僕の使用している水槽型のそれは医療現場のターミナルケアにも用いられる超高性能なものだ。ノイズや遅延の様な、使用者に現実でない事を知らせる様な要素が出る可能性はほとんどゼロと言っても良い。


 お陰でGによる肉体が押しつぶされそうな圧迫感も高精細に伝えてくれるのは玉に瑕だが。ノイズは直ぐに止んだので気にせずミッションを進める事にする。


 前方に膝を着いた姿勢で丸くなる巨大な人影を見つける。


『来たかニュービー、そこに転がっているコンテナを運んでくれ』


 《オーウェル》の機体が立ち上がる。暗い色の塗装が施されているであろう、その機体は、僕のワンミッションに比べれば無骨の一言に尽きた。


 重装甲を纏い、まるで山の様な見た目になっている機体の両肩部には羽の様なENシールドの発生装置が搭載されており、その手には六本の砲身を円形に並べたガトリング砲が抱えられている。


 硬さと火力を備えた初心者御用達のお助けキャラだ。僕も始めたばかりの頃は大分世話になった。


 《オーウェル》の足元に二メートル四方の鋼鉄のコンテナが転がっている。内心で『はいはい』と言いながら片手でひょいと持ち上げると、『おいおい、慎重に頼むぜ』とお決まりの文句を返してくる。


『俺が前衛をやる。くれぐれも背中を撃ってくれるなよ』


 先を行く《オーウェル》の後を、コンテナを抱えたままピッタリとつける。重量級の《オーウェル》の速度はワンミッションに比べればゆったりとしたものだったが、オフロード仕様の車両をとばすよりは遥かに速度が出ている。


 やがて、コンテナが山の様に積まれた港の様な施設が見えてくる。ジェットコースターの様に傾斜したレールから、轟音をたてて四角いコンテナ、僕が持っているのと同じ物が打ち出されている。


 自動化ハブポイントB〇七。不毛の大地に無数に敷かれた物流網の拠点の一つだ。


最低限の明かりが、住宅街の街灯の様にコンテナを照らす。


 完全自動化で無人の筈の拠点の中心部、ジェットコースターの様な見た目の電磁カタパルトの麓に一体のカタフラクトが佇んでいた。


 青い細身の軽量機。機動性を重視した逆関節の脚部に長い腕、頭部のセンサーはシュモクザメの様に左右にせり出している。


 統治企業《ヴェスパーグループ》リンカー部隊の部隊長ネビュラ6の乗機だ。


 通信機越しに溜息が聞こえた。《オーウェル》のそれではない。


『私は舐められているのだろうか。このネビュラ6を前に遅れて来た輩はそうはいない。私はリンカー部隊の会計責任者も兼務している。貴様らにくれてやる時間は本来はないのだがな』


 金属質な、耳障りな男の声がした。


 よく言う。このネビュラ6と言うキャラクターは統治企業の施設部隊に属していながら、その裏では権限を利用して密輸入をして小遣い稼ぎに励む悪党だ。金になるなら犯罪組織が相手だろうと、人身売買や違法薬物の様な代物も平気で取り扱うクズだ。


『貴方もそう思うでしょう? ネビュラ3』

「っ・・・」


 複合感覚が超近距離で感ありを告げる。コンテナの影から飛び出した影がネビュラ6の隣に着地する。ネビュラ6と同じ機体だ。


 驚愕する。


 本来は、プレイヤーはコンテナをネビュラ6に渡し、中に仕込まれたグレネードを起爆。しかし、損傷は与えたものの撃墜には至らず、ハブポイントを逃げ出すと言うのが筋書きだ。


 多少の分岐はあるが、新たなネームド機体と共に現れたケースは今まで存在しなかった。それもストーリー上はNPC同士の会話とフレーバーテキストにしか現れなかったネビュラ3と共にだ。


(僕がRTAから離れている間に仕様変更があったのか)


『エレナ・フォーサー、総隊長の鳴り物入りで入隊したその実力を見せて貰いますよ』

『ネビュラ6、作戦行動中です。コールサインにて呼称ください』


 若い女の平淡な声が響く。無感情ですらあった。


 フォーサーと言う名を聞いてぴくりと眉が動いた。忘れよう筈がない。僕の記録を抜いたリンカーと同じ名前・・・。偶然か? 偶然だろう。プレイヤーが敵NPCの僚機として現れるなんて聞いた事がない。


(何だ?何が起こっている?)


『おい、コンテナを置け』


 《オーウェル》からの指示が飛んでくる。モニターに指定された位置、ネビュラ6と3、《オーウェル》からも背を向ける姿勢で、コンテナを地面に降ろそうとして・・・。


カシュッ!


 空気が抜ける様な音と共にコンテナ上部のハッチが開く。思わず中身を覗き、凍りついた。


「なっ」

『どうした?』


 コンテナの中には少女がいた。一〇歳前後の金髪の少女。薄汚れた白いドレス姿の少女は怯え凍りついた顔で僕を、ワンミッションを見上げている。


「・・・女の子だ。小さな女の子っ・・・」

『ああ、商品だからな。ラヴェンナでは珍しい髪色だから探すのに苦労したぜ』


 はははと笑い始める《オーウェル》に頭が真っ白になる。眩暈すらした。何故だ。何故笑っていられる。


 そもそも、何故『人』がいる? フルメタル・カタフラクトはゴア表現を避ける為に、マップ上に生身のプレイヤーやNPCが現れる事はなかった筈だ。


「・・・どうするんだ。どうなるだこの子・・・」

『ヴェスパーのグループ企業のお偉いさんがこの手の娘に目がないと言う話でな。バイオロイドを受け付けない生身主義なんだと。・・・おい、同情で妙な事を考えるなよ』


 何だ。僕は一体何を見せられている・・・。流されるがままにコンテナを地面に置こうとして、モニター越しに少女と目が合った、気がした。


 震える唇が音にならない言葉を紡ぐ。


「ッ・・・」


 気がつけば僕は背部スラスターを繊細に、しかし限界まで噴かしていた。


『おいっ、ニュービー何をやっている!!』

『これはこれは。重大な契約違反ですねぇ』


 夢なら覚めてくれ。そう思いながら、僕は三体のカタフラクトに背を向け一目散に逃げだした。僕は何をしている? 何故こうしている・・・。


 助けて、と。そう言われた様な気がしたからだ。


※※※


「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はっ・・・」


 浅い呼吸が鼓動の様に耳朶を打つ。夜間の渓谷、ノクトビジョンで緑に染まった視界が放射状の広がっては消える。


 背部に備えた一対の三連スラスターを限界まで噴かしてトップスピードにのった僕の機体、ワンミッションが後方から迫るENライフルの狙撃を最小限の機動で避けていく。複合感覚機を全開に情報を収集してもなお、最高速度で駆け抜ける曲がりくねった夜間の渓谷は、まるで目隠しをしたまま高速道路を横切る様な緊張感を強いた。


 一瞬のミスが命取りになる綱渡りのマニューバ。しかし、そんなものは暴れ馬と言ってもなお余りあるナザックを乗りこなし、リンカーランキングを駆け上がる過程で日常的にこなして来た。


 僕に緊張を強いているのはそんなものではない。抱える様に機体のマニピュレータに保持されるコンテナを見た。コンテナの内壁に縋りつく様に少女は耐えていた。


 額から血を流していた。無理もない。幾ら気を遣って機体を動かしても、コンテナの中は缶詰の様にシェイクされている事だろう。後方から追いかけるネビュラ6と3の狙撃を避けながらでは、少女をコンテナの中でミンチにしない事が精いっぱいだ。


 速度を落とせば重量級の《オーウェル》も追いついてくる事だろう。


 僕は覚悟を決めた。拡張現実のコンソールから、戦闘マップでは決して有効化されない筈のコックピットハッチの開閉ボタン、それがグレーアウトされていないのを確認する。


 機体のENアーマーの出力を限界まで上げて、コンテナをENアーマーの防護範囲まで引き寄せると、コックピットハッチを開けた。


 風圧が壁の様に迫り、僕の身体はシートに叩きつけられた。ない筈の胃が搾りあげられ、こみ上げた吐き気を歯を食いしばって飲みくだすと僕はコンテナに向けて手を伸ばした。


「来い!!」


 少女の顔があがり、視線が交錯する。伸ばされた手に向けて這う様に手を伸ばし、軽く揺れた機体の衝撃にしがみつく様に身を縮こまらせた。


 ENアーマーがライフルの光を受けて光を散乱させている。余り時間に猶予はない。


「来い!! 頼む! 来てくれ!」


 しかし、少女は怯えた目をしていた。僕は必死に叫び、手を伸ばしながら、どこかで冷静に『そりゃ怖いよな』と少女の恐怖に共感していた。ENアーマーで減退していると言っても空気抵抗は凄まじい風となって吹きすさんでいる。


 一歩間違えば地面に投げ出され、襤褸雑巾の様になって死ぬ。そもそも風がもたらす轟音はただそれだけで恐怖だった。


 何だここは。何だこの風は。轟音は。散乱する光の眩しさは。僕はどこにいる。ゲームと言うには余りにもリアルだった。現実よりも高精細な空間描写を可能とするVRよりも遥かに生の感触が僕の全身へ叩きつけられる。


 僕は自分の世界に変える事が出来るだろうか。しかし、それは目の前の少女を安全な場所に、彼女の家に送り届けてからだ。


「来てくれ! 頼む!」


 何か、何か少女を安心させる様な言葉を・・・。


「僕が! 僕が君をっ、家に帰してあげるから!」



 少女の目に微かに光が宿る。泣きそうに、いや泣きながら、顔を歪めつつも、ゆっくりと力を込めて立ち上がる。


「跳べ!! 必ず受け止める!!」


 少女は跳んだ。軌道が僅かに左へ逸れているのを見て、即座に機体を操作して位置を調整する。迫る少女の身体を全身で受け止めた時は、まるで車に撥ねられた様な衝撃を受けた。


 飛びかける意識を気合で保ちながら少女を胸元に抱えるとハッチを締めたところでロックオン照射アラートが響く。ミサイル誘導弾だ。避けている時間はないと即座に判断して高価なチャフを惜しげもなく展開する。


 矛先を失った誘導弾は岩壁に着弾して崩落を引き起こした。


(今だ。今しかない!)


 僕はコンテナを後方に捨てて、プロペラントタンクのエネルギーを急速充填させると、ワンミッションの本当の全速力で追手の二機を置き去りにした。


※※※


 VRロボットアクションゲーム『フルメタル・カタフラクト』の舞台、惑星ラヴェンナは火星をモデルにしていると言う。地球とのサイズは凡そ半分程で、地表の大半は酸化鉄を中心とした岩山で覆われている。


 一方で人口は百分の一もいないとされていた。人口の大半は完全閉鎖型のコロニーに密集しており、お陰で地表の大半は地平線の彼方まで遮るもののない不毛の大地だ。


 人が住まえる環境ではない。人類の入植以前に滅んだとされる旧文明人らが遺したコロニー間の物流網『フロウライン』もまた、完全無人化された自動機械により運用されていた。運ぶものがあろうがなかろうが、決められた時間に決められたコンテナを決められた手順で搬出するのだ。


「来た!」


 もはや、ここ最近はリアルよりも『フルメタル・カタフラクト』の世界に身を浸している時間が長い僕は無人化されたコンテナ船が通る経路をほぼ全て頭に入れている。経路をなぞって機体を走らせていると、後方から地響きをたてて近づいてくるコンテナ船が見えてきた。


 現実で海を航行するタンカー船の様な胴体に、左右から巨大な蜘蛛の脚が生えている。まるで歩く様なゆったりとした足取りだったが、その巨大さ故にカタフラクトの巡航速度よりも速い。


 小山の様なタンカー船があげる土埃に巻き込まれる前に機体を浮かばせて、上部の甲板に着地させる。ほっと息をついた。


「これで、少しは休めるな」


 胸元に縮こまっていた少女が顔をあげる。薄汚れた饐えた臭いが長い漂う。可愛らしい美少女だったが、身体を清めねばしっかりと臭いのだなと妙な関心を覚える。


 こちらを覗き込む様な視線に疑問を覚え、「ああ」と答えに行きつく。僕はパイロットスーツのヘルメットを外した。フルメタル・カタフラクトではヘルメット内の透過モニタに拡張現実コンソールが表示されると言う設定になっているが、僕が選んだパイロットスーツのバイザーは目元しか露出しないタイプだった。


 僕の顔を見た少女は息を呑んだ様に呼吸を止めた。


(まぁ、そうだろうな)


 最後に僕が設定していた外装スキンはある女性VRアイドルとのコラボイベントで手に入れたスコア報酬だ。当然の如く整った中世的な美貌に、少し長めの黒髪の間には眠そうな猫の様な垂れ目。美少女と見紛う様な容姿だった。


 勿論、現実の僕は平凡な容姿をしたごく普通の少年だ。もともと太り気味だったが、フルメタル・カタフラクトをプレイし始めて、BMIは十八をきった。


「一応は男だよ。君の名前は?」


 少女はこくこくと頷いた後に、悩んだ様に俯いた。


「ぁ・・・・っ・・・・」


 言葉にならない言葉が唇から漏れる。掠れた、言葉を紡ごうとしても音にしかならない吐息が。少女はいきむ様に顔を真っ赤にして、やがてけほけほと咳をした。


(話せないのか・・・)


 失語症。脳裏に少女の状態をあらわす言葉が浮かぶ。落ち着かせる様に少女の背中を擦ると、少女は僕の手をとって掌を指先でなぞり始めた。


 文字。ローマ字か?


「ちょっと待って、手袋はずすから」


 苦労して手袋を外して、掌を差し出すと文字を描き始める。


(T・H・U・L・E・・・スーリ?)


「君の名前? スーリって言うの?」


 少女は悩む様な素振りを見せつつもコクリと頷いた。違うのだろうか。聞き返そうとして、複合感覚機がコンテナ船に近づく機影を捉えた。


「ッ・・・」


 展望モニターに映った小さな機影を睨みつけるが、いつまで待ってもクローズアップされなかった。ああそうかとヘルメットを被りなおして拡大された機影はネビュラ6のそれでは無かった。


 力が抜ける。まるでUFOの様な円盤は、ゲームの最序盤ミッション『無人輸送コンテナ防衛』で飽きる程見かけるそれだった。ほっと息をついて、愛機ワンミッションにリニアライフルを構えさせた。


 何かを察して怯え始める少女の頭を撫でた。


「大丈夫。すぐ終わるから」


※※※


 瓦礫の様に積み重なった円盤状の自動機械に囲まれて、僕は溜息をついた。


 惑星ラヴェンナの支配者は人類ではない。旧文明人が遺した遺産、防衛兵器らは未だに稼働していて、異物たる人類を見つけては排除しようと攻撃を加えてくるのだ。


 武装が整っていれば恐れる様な敵ではない。武装が整ってさえいれば・・・。


(残弾が二割を切った・・・)


 かたく目を瞑って耳を塞ぐ少女の頭を撫でながら、残りの残弾で後何体同じ敵を倒せるか計算する。もう来るな、と内心で思いながら表情に出さず、スーリの頭を撫でた。


 コンテナ船の進行方向に小山の様な影が見える。


 拡張現実に拡大表示させる。円形のドーム状のそれは外周部を覆う様にアーチ状の巨大な出入口があって、その内の一つから、今まさに僕達が乗っているのと同じ様なコンテナ船が出てくるところだった。


 フルメタル・カタフラクトではプレイヤーが行ける場所として、戦闘マップと格納庫の他に共有ロビーと言うものがある。依頼の斡旋、パーツの購入や修理を行う拠点として、惑星中に配置されたセーブポイントの一つだ。


 ウォッチポイント二五七。それが見えている施設の名前だ。


 補給をする事が出来る。僕は内心で胸を撫でおろしながら、ほっと息を吐いた。


 やがて巨大な洞窟の様な入手口に入る。光量の足りていないトンネルの明かりを見上げていると、不意に明かりが途切れて広大な空間に出た。


 ドーム状の空間に、僕達が乗っている様なコンテナ船が整然と並んでいた。僕達の乗っていたコンテナ船が歯抜けの様に空いた空間に入り込んで動きを止めると、『ザザッ』とスピーカーにノイズが奔った様な音が響く。


『ハロー、ビジター。二五七への入港目的を教えておくれ』


 ウォッチポイント二五七の管制官、とは言っても旧文明の遺産を根城にしている犯罪者集団の取り纏め役でしかないNPC、レヴァ・ブーアがスピーカー越しに声をかける。


「補給だ」

『ふむ、入港料は払ってもらうよ』


 支払いを拒絶する事も出来るが、防衛部隊と言う名の破落戸が乗るカタフラクト部隊と戦闘になってしまう。拡張現実に表示されたインヴォイスに目を通し、固まる。


 高い訳ではない。記載されていた通貨記号が見知らぬもののそれだったからだ。


「な、なぁ、クレドじゃダメなのか?」


 ゲーム内通貨の名称を口にすると、レヴァは馬鹿にした様に鼻を鳴らした。


『なんだい? それは・・・。うちは随分前から支払いはベイラムでって決まっているんだ。払えないなら出て言ってくんな。それとも、うちの防衛部隊とやりあおうってのかい?』


最後までお読み頂きありがとうございます。

とても励みになりますので、面白ければブックマーク、評価、いいねをよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ