リンカー
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『VB八七五。仕事の時間だ』
呼びかけられた声と共に球形の全展望モニターが起動して周囲の状況を知らせる。輸送機のカーゴハッチが開いた。澄み渡った青空に、眼下に広がる雲海。視界の左右から伸びる巨大な鈍色の手が機内に吊るされていた突撃銃とシールドを手に取ると、ハッチの外に身を躍らせた。
全高三〇メートル弱の鉄の巨人。カタフラクト。自由落下に揺れる鋼鉄の棺桶の中で、声が言葉の続きを紡ぐ。
『解放戦線からの依頼だ。惑星保護機構が引き、無人となった旧宇宙港に不審なカタフラクトが一体現れた。敵機を撃破しろ、八七五』
自由落下で雲海をつっきり、遥か彼方に赤茶けた不毛な砂礫地帯の大地が拡がっていた。ぽつりぽつりと、子供が忘れて言った玩具の様なに古びたロケット発射台や車両、機動しただけで崩れ去りそうな航宙艦があった。
機体に搭載した複合感覚機の感度を限界まで引き上げて探索すると、航宙艦の影に感あり。それも複数。
(デコイを使用しているな。それもかなり性能の良いやつだ)
僕はパラシュートによる減速シークエンスを開始しながら、機体に搭載されたENアーマーの出力を限界まで引き上げた。数え切れない程に繰り返した高高度落下傘による突入の経験が、敵機が減速時の一瞬、狙撃を狙っている事を教えたからだ。
反応の内の一つから極太のレーザー光線が照射される。衝撃と共にレーザーとENアーマーの光が競合し散乱、一部貫通したレーザーが機体胴体部分、コックピットの真上の装甲に着弾して衝撃を伝える。
機体の損傷アラートが鳴り響く。ENアーマーのエネルギー残量も危険な程に目減りしていくが・・・。
(だが、防いだぞ!)
僕の機体、中量級高機動型カタフラクト。機体名称ザナックは西洋甲冑の様な分厚い装甲を持っているにも拘らず、全身のフレキシブルバーニアと背部に翼の様な三連スラスターを左右に備え、バックパック下部に接続した二基の大型プロペラントタンクは最大戦闘出力時間を二分以上も延長する超高機動型カタフラクトだ。
フットペダルを踏み込んで機体スラスターを噴かす。背部に備え付けられた予備のプロペラントタンクから羽の様に配置されたスラスターに燃料が急速充填されて、機体は発射されたミサイルの様に一点を目指して進む。
凄まじい加速度に全身が歪む苦痛を噛み締めながら、同時に血が湧きたつのを感じた。位置が露見した事を悟った敵機が物量に物を言わせたビームライフルの照射を開始した。
(ッ・・・)
奥歯を噛み締めながら意識を集中させると、吹き飛ぶ様に流れている景色も、敵機の動きも泥の様に粘度を増して速度を落とした。
僕の愛機ナザックは、特化型の軽量級高機動機に迫る攻撃的な機動を可能にするが、弱点がない訳ではない。コンピュータによる自動姿勢制御システムと火器管制システムが無効化されてしまう事だ。姿勢安定性にも難のあるナザックは気を抜けば制御を失い地面に激突するミサイル棺桶だ。
電脳による体感時間の操作、知覚をクロックアップしながら、拡張感覚で機体の全身にアクセスし、バーニアによる姿勢制御とスラスターの角度を常にマニュアルで調整する事で初めて真面に飛ばす事が可能になる。仕様からして欠陥機だが、数多の戦場を共に駆け、搭載した電脳の仕様とソフトウェアを全てナザックを操る事に特化した僕にとっては僕自身の身体以上に自由に動く、僕の手足だ。
僕は水中の様にゆったりした世界でビームの軌道を慎重に見極めた。発射。不規則なバレルロール機動で避けながら、どうしても避けられない攻撃をシールドで受けて強引に距離を詰めた。
敵機を視認した。重量級の多脚型カタフラクト。両腕と両肩部にマウントした対艦ENライフルの銃口を向けながら、脚部バーニアを噴かして距離を取ろうとしているが・・・。
突撃銃の高速リニアライフル弾をばら撒いて機動を制限する。敵機の重装甲を抜く事は出来なかった。構わず増速して、ドロップキックの様に敵機を蹴り飛ばした。
流石の重量級重装甲機も砲弾の如く飛来したカタフラクトの運動エネルギーを受けて吹っ飛んだ。コックピット内に損傷アラート。軽量機であれば接触した瞬間にこちらがバラバラに吹っ飛んでいただろう。
追撃をしようと瞬間に、複合感覚機が周囲のデコイに動きを捉える。考える前にエネルギー残量の少ないENアーマーの出力を限界まで引き上げる。スラスターを爆発的に噴かして上空に機体を逃がす。
一瞬遅れて複数のビームの軌道が交差する。複合感覚機で拡大知覚すると、目の前の機体と寸分違わぬ重量級多脚型カタフラクトが二体、僕に対艦ENライフルの銃口を向けている。
どれが本物か。或いは全て偽物か。
突撃銃を腰部にマウントして、代わりに無骨な直剣、ライトウェーブソードに持ち替えて起動する。精々が片手剣と言ったサイズ比のライトウェーブソードが薄緑の光を発し、カタフラクトを縦に両断しても余りある程の大きさに伸長する。
急降下して体勢を整えられていない一体の胸部コックピットを抉ると音もなく装甲が蒸発してがくりと傾き動かなくなる。
高機動型にとって何より貴重なエネルギーを消費する近接兵装ライトウェーブソードは、僕とナザックの切り札だ。しかし、貴重なエネルギーを費やしてもなお一分しか展開時間が持たない。
剣身が焼け付いてしまうからだ。ライトウェーブソードへのエネルギー供給をオフに切り替え、一番近い一体に急速接近する。先程の一体が蹴り飛ばされていたのを見た為か、引きつけてギリギリで避けようとする様な姿勢を見せる。
(甘い!!)
こちらもギリギリでバーニアを噴かして軌道を調整し、一瞬だけ起動したライトウェーブソードの伸長した切っ先で股裂きにする。ラスト一体・・・。
最後の一体は、急速接近するナザックに他の二体と異なる挙動を見せた。左腕のENライフルをパージすると、エネルギーシールドを取り出し展開、発光するシールドを盾にぶつかる機動で接近してきた。
正解だ。重量差で向こうに分がある以上、姿勢を整えた状態でぶつかり合えばナザックが、僕が負ける。火力を落としてでもシールドを展開する選択をした判断も的確で早い。
(お前が当たりか?)
緩慢になった世界の流れの中で、ナザックに最低限搭載された通信管制用のAIが敵機体情報をスキャン、登録された傭兵IDを照会する。
『機体登録コードEO三六二、リンカーランキング一位《オールオーダー》。討伐対象です』
「ビンゴ!!」
僕は思わず叫び出していた。敵軍に所属するリンカー、傭兵の中でも賞金ランキング一位が乗る機体だ。ドールと呼ばれる無人機を操る事に特化した傭兵で、一見して隠れる場所などない様な砂漠や雪原に巧みに身を隠し、のこのこと現れた敵カタフラクトを狩る。
奇襲が露見して真正面からぶつかっても強い。一つの意思に統一された連携は堅実で穴がなく、強引に喰い破るナザックの様な機体構成でなければ、まず本体に近づく前に撃墜されてしまう。
数年前、カタフラクト乗りの傭兵、リンカーとして駆け出し立った僕もまた撃墜の憂き目にあった一人だ。素人丸出しで戦場に出た僕を《オールオーダー》は小遣い程度の撃墜報奨を得る為に撃ち落とした。お陰で僕はリンカーとしてのキャリアの初っ端から、莫大な修理費を借金として負う羽目になった。
この日の為に歯を食いしばって鉄屑の壁扱いの戦場をかけた。功績をあげ、リワード優先ランキングを上げ、得た報酬を全て機体の改装に費やした。機体構成すらも対複数のカタフラクト戦に特化させた。
そして数多くの戦場と好敵手との闘争を経て、自身もリンカーランキングのトップ層、五位《リゲル》となった時、僕は仕掛ける事を決意した。
敵機《オールオーダー》のシールドバッシュを避ける。すれ違いざまの背中に回り込んでライトウェーブソードを振り下ろすが、体勢を崩すのも構わず強引にバーニアを噴かしてシールドを合わせる。重量級の重さを生かした抑え込みで肩部のENライフルを強引に照準しようとしてくる。
慎重で戦術が優れているだけではない。カタフラクトの操縦スキルをとっても《オールオーダー》は最高の傭兵の一人だ。僕は高機動機の強みを生かして距離を取ると、リニアライフルに持ち替えて引き金を搾る。
交差する二機の機動は、まるで戯れる蝶の様だった。無骨なエネルギーライフルから放たれる光が空気を焼き、リニアライフルから落ちる空薬莢が雨の様に大地に降り注ぐ。
夕暮れの荒野と言う舞台で、観客もおらず。高機動機故の負荷に肉体を軋ませながらも、僕の口元には笑みがあった。積み重ねた全てを費やしている充実した高揚感が全身を支配する。
恐らくは相手も同じだろう。機体の挙動からそれを感じる。カタフラクトと言う兵器は拡張性と、熟練したリンカーに操られた際に発揮する性能こそ抜群だが、乗る者を、乗り続ける者を選ぶ酷な機体ばかりだ。上位リンカーは皆、人生を費やす様に習熟訓練を行い、戦場に身を浸す。
例えシステムの補助が在ってもそれだ。僕達の様なランキングトップ層は自身が求めた性能を突き詰めた機体を操る為に大半の自動制御を無効化し、拡張感覚で直接機体を操る。リンカーと言う生き方、そしてカタフラクトに対する愛が無ければ決して出来る事ではない。
この時間が永遠に続けば良いのに。追い求め続けた敵を前にしてなおそう思った。しかし、戦いの趨勢は徐々に僕の有利に傾いていくのを自覚した。両者のリンカーとしてのスキルに差は殆どない。単純に、機体構成の差だ。
《オールオーダー》は無人機を操る事を前提とした機体構成だ。幾らランキングトップとして莫大な報酬を得ているとしても、一体辺りにかけられるコストには限りがある。電脳の構成も無人機を操る事に特化しているだろう。
その無人機も既に撃墜済だ。
一方僕は、対《オールオーダー》を意識した機体構成だ。幾らライトウェーブソードが馬鹿みたいにエネルギーを食うと言っても、エネルギーライフルを三丁撃ちながらエネルギーシールドを展開し続けていれば、必ず先に《オールオーダー》のエネルギーが尽きる。
《オールオーダー》のエネルギーシールドが消えて、三丁のエネルギーライフルに充填光が漏れる。「来た!」と弾む心を抑えて、エネルギーライフルの軌道を慎重に見極める。
一発目をバレルロールで避けながら、予測された様に放たれた二発目をシールドでいなす。三発目の照準は逸れている。僕はライトウェーブソードを手に距離を詰めた。三発目の照準を定める前に決めてやる。
しかし、振り下ろしたライトウェーブソードは再び展開されたエネルギーシールドに防がれた。
「な!?」
再びエネルギーシールドが消え、残った左肩部のエネルギーライフルに光が集まる。僕は即座に悟った。《オールオーダー》は三発目のエネルギーライフルに費やすエネルギーを一瞬だけシールドに回し、必殺の筈のライトウェーブソードをすかして隙を晒した僕に止めの一撃を加えるつもりなのだ。
だが・・・。
(まだだ!)
背部のプロペラントタンクに充填された燃料を安全基準を遥かに超える勢いで背部スラスターに充填させて急速燃焼させる。少しでも機体を軽くする為にシールドも突撃銃もパージする。
スローモーションの様に世界が粘度を増しながら、色が抜け落ちていく。
一瞬以下の時間が過ぎる。コックピット内部に武装をパージした事により、残弾ゼロとなった事を告げるブザーが間延びして響いた。
更にもう一瞬。武装を捨てた事により増速したナザックへ、《オールオーダー》は照準を修正する。
瞬き一つでもすれば既に勝敗はついているだろう。エネルギーライフルの銃口から、機関部の鋭く輝く光が見えた。銃を初めて持った人間が教わると言う、『銃口を覗いては行けません』と言う教訓が頭を過る。弾倉を抜いた銃ですらそう教わるのだが、目の前の銃は実弾にあたるエネルギーが装填されている。
放たれれば確実にコックピットごと、僕を吹き飛ばすだろう。
しかし・・・。
一瞬の光との交錯の後、音も景色も僕の意識すらも置き去りにして、僕の剣の光が《オールオーダー》の胴体を焼き払った。
※※※
後先考えない機動で久し振りに機体の制御を失いながらも、何とか制御を取り戻して赤茶けた不毛の大地に愛機を着陸させる。
急速に色を取り戻した視界の中で、荒い息をつきながら撃墜したばかりの《オールオーダー》に目を向けた。確実に撃墜した筈だ。無人機、或いは遠隔操作機体である事は反応速度から考えにくい。
ボーンッ
まるで機内アナウンスの様な間抜けな音と共に拡張現実にリストがポップアウトした。傭兵の序列を表すリンカーランキングだ。五位の位置にある《リゲル》が上へスライドしていき、《オールオーダー》を押しのけて一位に収まる。
《オールオーダー》は五位へ転落していた。
『ランキング一位おめでとう、VB八七五《リゲル》。君は卓越した傭兵リンカーとして以下の報酬を受け取る権利がある』
ポップアップされた画像の数々、カタフラクトの武装やパーツに紛れて、明らかに玩具と思えるフィギュアや、豪華な装丁のリーフレットがあった。
『報酬を選んだらフルメタル・カタフラクト開発元のホライゾン・ソフトウェアへ、ユーザーページ問い合わせページから連絡をくれ給え』
ポップアップの画像が東洋人の女性タレントが出演するCMに入れ替わる。
「・・・時刻」
そう言って拡張現実の視界の端に表示された時刻は午前三時過ぎ。メールの着信を告げる通知も溜まっていた。広告に紛れて知り合いからのメールを発見、開く。
『健吾君へ。明日の約束を覚えてますか。遅刻や欠席はしない様に気をつけて下さい。アールツー西宮』
「・・・やべ、明日学校行く日だっけ」
僕は『フルメタル・カタフラクト』の世界内通貨を利用して格納庫に機体を自動移送手続きをしながら、音声認識でシステムコンソールを呼び出した。
「ログアウト、ログアウト!・・・あぁ、でもリワードアイテムの確認だけでも・・・」
僕はリンカーランキング一位となった最強の傭兵だ。しかし、それもヴァーチャル・リアリティの『フルメタル・カタフラクト』と言うゲームソフトの中の事でしかない。
深く溜息をついた。現実は無常だ。夢の様な世界から覚めれば、僕は学校に通わねばならない、平凡な一人の若者でしかないのだ。
※※※
二〇六七年。世界中のゲーム業界を席巻し、コアなゲームファンを狂喜乱舞させたVRゲームが世に送り出されて四半世紀近い月日が経ったある日、日本の老舗ゲーム制作会社から一本のソフトがリリースされた。
フルメタル・カタフラクト。自身で作成した人型機動兵器カタフラクトの搭乗者となって、戦場を縦横無尽に駆けるロボットアクションゲームだ。発売から三年、高校三年生の僕、永井健吾はカタフラクトを駆る傭兵、リンカーの一人として青春の全てをフルメタル・カタフラクトに捧げていた。
(腹減った・・・)
フルダイブ用の円筒形の水槽の中で目を覚ました僕は拡張現実に表示された午前11時と言う時刻を目にして顔を顰めた。幾ら何でも寝過ぎだ。昨日はダイブしたまま所謂寝落ちをしてしまったらしい。
操作が行われない状態が一定時間続いた事による自動ログアウトが実行されたのだ。もっとも、同じ様に目を覚ました事なんて数え切れない程あるが。
拡張現実を操作して水槽をあけて起き上がる。暗い室内、冬の冷たい空気が頬を撫でて身震いする。口から呼吸器を外して外に出た。
用意していたバスタオルで身体を拭きながら、拡張現実を操作してメールをチェックすると、広告に紛れて知り合いからの着信が一件。
『今月で三度目の無断欠席(遅刻は七度)。次はお母さまに申告します。アールツー西宮』
「あ、これはお冠だな『午後から出席予定です。授業終わりにシスドでもどうですか』っと」
創業一〇〇年以上経つ、由緒正しいドーナッツチェーンへお茶に誘う。返事は秒で来た。
『健吾君の奢りです』
思わぬ出費に頭と懐を痛めながら、急いで学校指定の制服に着替えるとコートを羽織って外に出る。年明けの冬らしく、空から粉雪がおりて地面に薄っすらと積もっていた。
「こんな日に態々学校に行かんでも、って僕はいつもの事か」
VR技術の進歩により、義務教育を除いた学校教育も旧来に比べれば大幅な変化に晒されていると言う。健吾自身、普段はVR空間上に設けられた教室に登校する事が多く、リアルの教室に顔を出す事は稀だ。例外がアールツーと言う冗談みたいな名前の、同じ学校に通う従妹と示し合わせ時くらいのものである。
そのVR空間上の授業すらも殆ど真面目に聞いていない。自室に設えたもう一台のフルダイブ装置にインストールした自動応答工AIに言わば『代返』をさせて、僕本人はフルメタル・カタフラクトにログインしている。
然程難しいとは言えない課題とテストさえクリアすれば単位は貰えるからだ。自動運転のバスに乗って揺られること十数分。地方都市らしい空きテナントばかりのオフィス街に降りたち、雑居ビルの階段を駆け上がる。エレベーターは僕が入学した頃から故障中だ。
荒い息をつきながら看板も何も掲げられていないフロアに足を踏み入れる。簡素な壁で区切られた廊下が格子状に並ぶフロアを歩き、目当ての番号を探す。
「C45、C45はっと・・・」
目当ての教室番号を見つけて扉を開くと、閑散とした教室の最前列に熱心にノートをとる少女が一人。金髪。染めている訳ではない。父型の血を引いているのだ。西宮アールツーは振り返ると、僕を手招きして自分の隣の席を指さした。
一番後ろの席でお茶を濁そうと思っていたが、そうはいかないらしい。
※※※
「健吾君はもう少し真面目に生きるべきだと思うんです」
金髪のボブカットを揺らしながら、はむはむとオールドファッションを頬張るアールツーを見ながらコーヒーを啜った。今時は珍しい学校指定のブレザーに身を包んだ、金髪碧眼の小柄な美少女。一昔前であれば街を芸能事務所からのスカウトも引けも切らなかったであろうが、VR空間上の高度に加工された容姿、ディープフェイクを当然のものとする風潮が広がってからは、生身にしては可愛いなと言う程度のものでしかない。
「真面目って具体的に何だよ」
「真面目は真面目です。学校は週に一度のリアルでの登校を推奨している筈です。授業への参加率だって著しく低いです」
「誰も守ってるやついないんじゃん。それに単位だって・・・」
アールツーがじとぉとした目で僕を見上げた。苦手な目だった。
「昨日はずっとログインしてましたね。通話もとって貰えませんでした」
「ごめんって、気がついたら寝ちゃってたんだよ」
「最近の健吾君はフルメタル・カタフラクトばっかです。私のファンタジー・リスリーブドにも付き合ってくれても良いのではありませんか?」
ファンタジー・リスリーブドとはフルメタル・カタフラクトの数年前に発売された海外産のVRMMOだ。本格的なダークファンタジーの世界で剣と魔法を操りながら、重厚なストーリーとプレイヤー同士の戦闘を楽しむファンタジーだ。
アールツーはファンタジー・リスリーブドの大ファンだった。元々は僕よりも先にVRゲームの世界にどっぷり浸かっていて、彼女に誘われてファンタジー・リスリーブドを始めた事が僕がVRにどっぷり嵌る切っ掛けですらあった。
僕も彼女も、ファンタジー・リスリーブドの世界では上から数える方が早い程のゲーム内通貨の賞金がかかったPK、プレイヤーキラーだ。二人で忍者プレイに勤しんで、数多のプレイヤーを背後から襲ってアイテムを剥ぎ取ったのは良い思い出だ。
「良いよ。次いつやる?」
「別に、飽きたのならどうぞロボゲーをしこしこ一人でやれば良いじゃありませんか」
「いや、別に飽きたって訳じゃ・・・」
ファンタジー系のアクションゲームが売れ筋の制作会社が細々と制作を続けていたロボットアクションゲームのシリーズ。十数年前に据え置き型のハードで発売されたのを最後に、最新のフルダイブ技術での発売は絶望視されていた。
父親が持っていたゲームハードでプレイした僕も漏れなく魅了されたファンの一人となったが、しかし待てど暮らせど続編シリーズの発表は無かった。ネットではエイプリルフールの度に同シリーズの偽続編プロモーション映像が動画共有サイトにアップされる始末で、僕もまさか発売されるとは思っていなかった。
発売されてから三年、数年前に亡くなった祖母が使っていた医療用の高性能フルダイブマシンを使って、貯めに貯めたお小遣いとお年玉を切り崩しながら接続料と消耗機材を賄い続けている。もはや僕にとってフルメタル・カタフラクトは人生の一部に等しい。
アールツーとしては今まで一緒に遊んでいた友達が、新しいゲームが発売した瞬間にそちらに目移りして遊んでくれなくなった。つまりそう映っているのだろう。
しかし、ファンタジー・リスリーブドも楽しいゲームだが、フルメタル・カタフラクトの世界に身を浸す時間を減らしたくはなかった。
考えた末に僕は言葉を紡ぐ。
「なら、一緒にやらない? 僕、キャンペーンコード持ってるから安く買えると思うんだけど」
じっと窺う様な視線を向けるアールツーに畳みかける様に言葉を紡ぐ。
「ほら、一緒にチーム組んでさ。チーム戦とか一緒にやろうよ。きっと楽しい」
本当に楽しい様な気がして来た。殆ど人生を費やしていると言っても過言ではないゲームだが、固定で対戦したりチームを組んで遊ぶフレンドは一人もいなかったからだ。アールツーが参戦すれば、練習が必要なチーム戦術とかも試せるし、今までは参加を見送っていたチーム戦のイベントでも上位を見込めるかも知れない。
「・・・ちゃんと教えてくれますか」
「も、勿論だって!」
拡張現実を操作してキャンペーンコードを即座に送った。
「今度の長期休暇だけどさ。一緒に練習してチームランキング戦出てみようよ」
「・・・まあ、良いですけど。私の方にも付き合って下さいよ」
「勿論さ。いつダイブする?」
てっきりファンタジー・リスリーブドの話かと思っていた僕がそう聞くと、アールツーは拗ねた様に「違います」と顔を背けた。
「リアルで行ってみたいところ。休みなら沢山あるんです。付き合ってくれるなら健吾君のロボゲーにも付き合ってあげます」
※※※
うきうきした気分で家に帰った。付き合うなんて気のない返事を寄越したアールツーだったが、根っからのゲーマーで凝り性だ。きっとフルメタル・カタフラクトの魅力に取りつかれて僕の良き僚機となってくれるだろう。
家、とは言っても勝手に住み着いている祖母の家の玄関の前で拡張現実がメールの着信を告げる。
「ん、なんだ?」
SNSからサジェスチョンされた記事。当然フルメタル・カタフラクトの話題だったが、その記事を目にした瞬間に「なっ」と驚きの声をあげた。それはストーリーミッションのハードモード。それも作中でも難関ミッションとして知られるクエストのRTA。そのランキングが更新された事を告げる内容だったからだ。
長きに渡りランキング一位に鎮座していた僕のキャラクターネーム《リゲル》が二位に転落していた。新たに一位に躍り出たのは《フォーサー》とか言う聞いた事もないプレイヤーだった。
フルメタル・カタフラクトを始めて、初めてとったランキングの一位だった。思い入れがあって、記録が更新される度に挑んではしつこく記録を塗り替え続けていたが、ここ一年程は僕の記録を抜く者がいなかった。
まさか抜かれるとは。しかも、《フォーサー》は僕の記録を十秒以上も更新していた。現在の三位を二十秒以上も突き放していた記録がだ。
こうしてはいられない。僕は慌ただしく家の中に駆け込むと、手早く素っ裸になってフルダイブ用の水槽に飛び込んだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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