痛哭
夏休みの登校日、隼人は翌日に控えた化学オリンピック出場準備で残っていた。
六花と俺は二人で変えることにした。夏休み前より痩せた六花に俺は不安を感じた。
俺は思わず「何か食べていくか?六花。」
「うん。いいね!何がいいかなぁ。」嬉しそうに返事をした六花を見て少し安堵した。
歩きながら、いつもは三人で出かけるのに今日は二人、何か少し気恥ずかしいような戸惑いの空気が流れていた。なかなか店が決まらない。
俺は焦って、つい目に入ったいつものバーガーショップを指さし。「ここに、するか?」そう言って六花を見た。
「えー!いつもと同じ。」そう言って笑った六花も気のせいか安堵の表情を浮かべているように見えた。
店に入ろうとした矢先、少し先の人混みから悲鳴が聞こえてきた。
その声は、今まで聞いたことの無いような恐怖に染まった悲鳴だった。
俺達は驚きで動けずにいた。
すると、人々が逃げ惑う、その中から男が現れた。
よく見ると、その手には血の付いたナイフを持っていた。
男はそのナイフで、更に人を刺しながら近づいてくる。俺は正気に戻った。
このままでは殺される。咄嗟に店を指差し六花に「入ろう。」と言った。六花は震え、涙ぐんだ目で俺を見て頷いた。俺はその震える背中に手を添え、店へと促した。
六花に続き俺も入ろうとした時、ふと子供の「ママー、ママー」と泣き叫ぶ声。
泣き声の方を見ると、すぐそこに幼稚園児くらいの男の子の子が立っていた。
パニックで泣き叫ぶ男の子は目前に迫る危機に気付いていない。
叫ぼうとしたが、かえって男の注意を引きそうだ。
間に合わない!そう思った時には走り出していた。そして咄嗟に子供に覆い被さった。
俺は刺される覚悟で目を強く閉じた。しかし、待っても衝撃がない。
そっと目を開けると、確かに俺の服を血が濡らしていた。だが、不思議と痛みが無い。
顔を上げると、そこには六花のゆがんだ顔があった。
自分の血ではなく六花の血だったのだ。なんで、店に入っているはずじゃ。
男は尚も血走った目で六花を刺そうとしていた。
俺はその場に落ちていた傘で思い切り男の腹部を刺した。
最初抵抗があったが一度刺さった傘は、男の腹に入っていった。
男は動きを止め、ゆっくりと自分の腹を見た。そして俺の顔を見た。その目がゆっくりと色を失っていく。俺は怖くなって、傘の刺さったままの男をけり飛ばした。
そして、急いで六花を抱きかかえた、六花の下には既に血溜まりができていた。
着ていたシャツを脱いで傷口を押さえるが、溢れてくる血はあっという間に俺のシャツを赤く染めていった。
俺は震える手で強く傷口を押さえながら、
「誰か救急車を急いでくれ、お願いだ。ああ誰か、六花を助けくれ。」
目を開けた六花は掠れた声で「啓介、怪我は無い?」と途切れ途切れで言った。
「こんな時に俺の心配かよ。なんで俺なんか庇うんだよ。」
六花は微笑んで、俺の頬に手を添えた。そして、とても優しく俺の頬を包んだ。「啓介、必ず幸せになって。約束よ。」
そう言って目を閉じようとする六花の手を俺は強く握った。
「無理だ、六花お願いだ、目を閉じるな!」
「笑って、泣かないで・・・大好きよ。」そう言って六花は目を閉じた。
「六花ーっ嫌だ!目を開けてくれ!」そこでやっときた救急車に六花は乗せられていった。