あの頃
俺達は、駅で待ち合わせた。隼人を待っている間、過去に想いを馳せていた。
隼人に最後に会ったのはいつだろう?高校卒業以来かもしれないな、俺はあの夏からしばらくの間の記憶が曖昧なのだ。
高校時代、俺は隼人、六花の三人で一緒に過ごすことが多かった、テスト前には誰かの家やカフェで勉強、テストが終わればカラオケ、スポセン、ボーリングと遊び歩いた。
そして、高校3年の夏、俺は大事な友人を失った。
七月始めの定期テスト最終日、六花は海に行きたいと言った。
隼人は化学オリンピックの出場へ向け日々取り組んでいたので、俺達は学校帰りに二人で行くことにした。
学校帰りなので水着も無く、足だけ水につけたりしながら、何をする訳でもなく座っていた。退屈なのでは?と横を見ると、意外にも六花は楽しそうで、まぁこれも有りかと思えた。
夕方、急な雷雨に見舞われた。濡れた俺達は、近くのカフェで雨が上がるのを待つことにした。
六花は、ホットラテを両手で包み込んだ。冷えた手を温めるように。
俺は鞄の中にパーカーが入っていることを思い出した。
「着るか?雨で冷えただろ。」
「ありがとう。」六花は嬉しそうに受け取った。
袖を通して「啓介の匂い。」と呟いた。
俺は汗臭かったかと慌てて「マジで、もしかして汗臭いんじゃないのかよ。脱ぐか?」と聞いた。
「嫌よ、良いの。」と言った六花の顔は、少し嬉しそうな気がした。変な奴だなと俺は笑った。
帰り道、雨が上がるのを待ったせいで辺りは薄く暗くなりはじめていた。
俺は六花を送って行くことにした。六花の家に向かう坂道を上りながら、志望学科について話していた。
「隼人は、東京の大学を希望してたよね。啓介はどこを第一志望にしているの?」
「俺は、情報学科なんだけど、大学はまだ迷っている。将来ゲーム会社でゲーム作りに携わりたくてさ。」
「県外の大学も視野に入っているんだよね?」
「そうだな。でも、どうしてもS社に入りたいから少しでも就職に有利な大学へ行きたい。六花は?」
「私は外語よ、県内の大学を志望しているわ。卒業したら、なかなか二人に逢えなくなるのね。」
六花は伏し目がちに言った。
暮れゆく空と、先に待つ別れの予感に、二人の口数は減っていった。
丁度、高台の公園を通っていた時、六花は急に俺の正面に立った。
うつむいていた顔を上げ、意を決したかのように俺の目を真っ直ぐと捕らえて言った。
「私、啓介が好きよ。」
俺は状況が理解できず思わず「俺も六花のこと好きだよ。親友だから当たり前だろう?」的外れなことを言った。
六花は小さく溜息をついた。
「私の『好き』と啓介の『好き』の意味は、違うと思うの。私は恋愛対象として君が『好き』なの。啓介の『好き』は友達でしょう?」
俺は呆気にとられていた。言葉が上手く頭に入ってこない。
そんな俺のこと、お見通しかのように笑みを浮かべて言った。
「気持ちを伝えることで、私を恋愛対象として意識するきっかけが欲しかったの。」
俺は、いくら考えても六花の望む答えは出せないと思った。
だから今の気持ちを正直に伝えることにした。
「ごめん、俺、そういった感情を誰にも持ったこと無いんだ。下手に期待させて傷つけたくないから、はっきり言うよ。六花と隼人のことは友人だと思っている。失いたくない大事な親友だ。」
「私が告白したことで、感情に変化が起る可能性は無い?」
俺は「ごめん、恋愛感情がイマイチ分からない。欠陥品だな。」苦笑いで言った。
「わかった。でも、このまま親友でいてね。啓介が恋愛感情を知らないって事は、誰かの『彼』になる心配は無いってことでしょ。」
「ああ、その心配は無い。ただ六花が親友でいることが辛くなったら言ってくれ。」
六花は激しく首を振った。
「親友で良いから傍にいたいの。それに未来のことは誰にもわかないわ。長期戦は覚悟よ。」
その言葉に俺は安堵と後ろめたさを感じた。六花の家まで、俺達は言葉少なく歩いた。
別れ際六花は、「来週の月曜には元の私に戻っているかね。」そう言って微笑んでくれた。
「無理するなよ。」俺は小さい声で呟いた。
月曜日、登校すると六花は確かにいつもの六花だった。
そして、その後何も無かったかのよう日々が過ぎ、夏休みに入った。
隼人は塾と化学オリンピックの準備。六花と俺は塾。各々、忙しく夏休みを過ごしていた。
以前と変わらなく感じているのは俺だけで、それが俺のエゴの基に成り立っている関係とも知らないで。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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