河童騒動顛末覚書
バトル仮面舞踏会というイベントの参加作品です。
お題テーマが「登場人物のうち、一人が(読者に対して)こっそりヅラである」ということだったので、誰かヅラですw
但し作中で誰がヅラなのか明かしていません。皆さま誰がヅラか予想しながら読んでみてください。
ヅラ回答はあとがきにて。
厠にて人の尻を触る不届き者がいたので、その手を掴み力任せにひねったら引き抜けた。子供の身丈ほどもあろうかというだらんと長い棒のような物は、一面青黒い鱗に覆われて生臭い。両の端は指の細い手のようになっていて水かきがついている。これは河童に違いない。
面白いので床の間に飾ることにした。水盤に菖蒲とともに折り曲げて生けるとなんとも奇抜な景色になった。
いかにも愉快。
番頭の嘉助を呼んでこれを見せる。当世流行りの散切り頭をしたこの優男がひどく驚いて腰を抜かすさまはなんとも情けなく、女中たちには見せられぬ痴態。
大いに満足。
しどろもどろとした嘉助の言い草によれば、
「この手の持ち主は裏池の河童に違いなく、河童は水神の眷属にて使いです。早々に腕を返してやれば、水神の加護に預かり店も家も栄えることでしょう」
矢鱈に詳しいので、
「さてはお前が河童か」
と、言えば、目を丸くしてぽかんと口を開ける。二枚目役者のような面相を台なしにして唖然とする顔は、いよいよ河童に似て愉快。
夜半になって当の河童が腕を返せと寝間に現れた。開いた障子から黒々とした影が浮き上がる。その姿は子供のようで、ざんばら髪の頭は平らで確かに腕がなく、きぃきぃとした声は赤子に似て聞き取り難し。目にした途端は胃の腑が縮むような恐ろしさを覚えたものの、腕なし河童と思えばさほどでもなし。
「返してやらぬ」
と、断れば、
「なんでもする」
と、答えるので、
「ならば頭の皿をよこせ」
と、応じる。
それはできぬと河童が言うので、
「では相撲を取ろう」
と、誘うと河童は快く頷いた。
裏庭に出て組み合うと、ぬらぬらとした皮膚で手が滑る。強い力で押されるも、しかし相手は腕なしにて、甲羅の脇をつかみひっくり返すと、皿の水がこぼれておとなしくなった。これをしたりと頭から皿を引き剥がす。この世のものとは思えぬ奇声を発して暴れ出す河童を放り出すと、のたうちまわりやがて動かなくなった。
家人が気付いて起き出しては河童の姿に驚き慌てふためく様はまことに愉快。庭を囲む縁にずらりと居並ぶ中に嘉助を見つけ、今取った皿を見せる。
「かぶってみろ」
と、言うと、
「いやです」
と、逃げた。
あの散切り頭にかぶせたら、さぞや河童に似るだろうと思えば我慢できず、縁に上がって嘉助を追いかけた。
人の女房にまで流し目をくれる色男が必死の体で逃げ回る姿はまことに滑稽にて、胸が空く。興に乗って屋敷じゅうを追いかけまわしていたら、己が縁から転び落ちた。庭石にしたたか頭をぶつけて目が回る。しばし、記憶なし。
目覚めてみると床に寝かされ、頭は割れ鐘を鳴らしたようにぐわぐわとした痛みに朦朧とし、顔ばかり熱く手足は震えて寒い。女房のゆいが
「三日も寝ていたんですよ」
と、いう声も夢うつつに聞こえる次第。
「河童の骸はどうした」
と、問えば、手代の佐吉が裏庭に埋めたとゆいが答えた。
そのままひと月、臥せっている間に店の大口が五件も不払いにて帳尻合わず。俄かに商売傾きかけ、すわ、河童の祟りと家の者どもも騒ぎ出す始末。
やかましい。
「河童は神でなし、祟るものか」
と、言ってもうわごとを呟くようで力なく、誰も聞く者なし。
嘉助が先導して河童の骸を掘り出し、腕と皿をくっつけて裏池に戻し、祠を建てて奉るが、己が熱はいっこうに下がらず。
ある夜また河童が寝間へ現れて、人の尻子玉と肝を抜いてしまった。痛かったか驚いたかなにやら声を出した気もするが、覚えておらず、裏池に戻った河童から水神がこれを取り上げて肝っ玉を木人形の頭にした。故に己が魂あの世にも渡れず。以来、池の底にて水神の相手などさせられる日々、ひたすら退屈。
こうしてつらつらと筆を取る以外に、憂さの晴らしようもなし。
余談なれど亭主の葬式を出した後、ゆいは嘉助を婿に迎えて店を継がせ、河童ども祠の礼とこれを助け、大いに繁盛栄えることとなり。
めでたくなし。
さて、誰がヅラだったか、というと、番頭の嘉助でした。
色男がヅラじゃなくっちゃあ、面白くありませんww
最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m