99%の人が知らないペリーのヤバい真実
クーラーの効いた教室。
先生の話は右から左に通り抜けるどころか右からも入ってこない。
私は頬杖を付き窓の外を見ていた。
三階の教室からは、隣の棟の屋上が見えた。
あそこで昼飯を食うとかいう青春を想像して高校に入ったのだが、屋上には入れないし、ましてや友達もいない。
ただ一人、同じスポーツ手話部のKを除いては。
Kとは中学からの友達だった。
早く放課後にならないかな、と思う。
その時、屋上に現れる人影…高校の制服を着ている…K、Kだ。
私は頬杖を外し目を見開く。
それは一瞬の出来事で、でも私には、時が止まったように感じられた。
教室の生徒は誰もその事実に気づいていなく、私は日常から切り離されたように思えた。
アブラゼミの鳴く7月24日。
Kは、屋上から飛び降り、第1等級手話術「白蓮」を決め、現れた時空の裂け目からハンドトークワールド(HTW)に旅立った。
誰もいない部室。
机の上にある一枚の手紙を手に取る。
「君がこの手紙を読んでいるということは、私は成功したのでしょう。
今日の朝、スポーツ手話協会の上弦の親指が家に訪ねてきました。
私の才能を見込み、弟子にしてやるというのです。
私はもちろん許諾するするふりをし、油断したところを拘束しました。
スポーツ手話協会を破壊するのは、私たちの夢でしたからね。
腕を切り落としたので、彼は無力でした。
私は彼を火にあぶり、第1等級手話術「白蓮」、第2等級手話術「邪知」及び「暴虐」、第3等級手話術「介在」を継承しました。
もちろん彼はもうお亡くなりになっているのであしからず。
ただ、私の継承はスポーツ手話協会に把握されています。
私は「白蓮」によってHTWに旅立つことに決めました。
私の不在の間、スポーツ手話部をよろしくお願いします。」
「介在」まで継承したとは。
「介在」―――第3等級の中でも一つ飛びぬけた術で、握手を交わすことによって相手の中に永久的に介在することができる。これだけの力があれど第2等級に昇格できないのには、この術の持つ致命的な点が関係する。
「お疲れ様でーす」と部室に後輩が入ってくる。
HTWへの入場の仕方、それは二通りある。
一つは言わずもがな白蓮。
もう一つは第4等級手話術「永蓮」を連続的に決め濃度の高くなったところに入ること。
後者は手話法により禁止されている。
が…。
「はい、お疲れ様。今日は永蓮の練習をしようか。」
後輩は永蓮の掛け合わせで時空が裂けることを知らない。
後輩を騙し、HTWに入場する。
ここが…と、その迫力に圧倒される。
私はすでに手話の中に存在し、手話とは私だった。
両手10本の指だけでなく足の指もまた手話の材料である。
少しでも気を抜いたら手話になりそうだ。
存在、生成、再生成、手の甲をうねらせ、血管までもがここでは表現の一部であった。
あぁ、高貴だ。
なんてこの世界は美しいのだろう。
手の骨が溶けていくのを感じる。
そして手話は無限大になる。
それは手放しで喜べるものではない。
手放し?てばなし…なんだ手話じゃないか。
これが境地なのですね。
もはや拡大解釈された手話は物理学をも凌駕し、不正解は無意味を意味していないことは明らかであった。
手話学の父、ニュライド・クロハッセン。
HTWの創始者、メンタ・ルブレイク。
その子孫であるKもまた手話の世界…いやこの宇宙をひっくり返す存在になるだろう。
そしてこの私も…。
目が覚めると1853年であった。
黒船が目前に来ている。
おなじみのペリーもまた、手話術師であった。
「やあ、ペリー」
「How did you come here….」
「もうわかってんだよ、お前がKなんだろ。」
解説しておこう。
ペリーを素手話分解するとKになり、ペリーは2025年の最新手話術で黒船を作っていたのであった。
介在もまた、国際交友を有利に進めるべく手にしたのだろう。
私は列車に乗っていた。
大雨の影響で止まった列車はようやく動き出し、もうすぐ駅に着くことになる。
「介在」の副作用を知らなかったKことペリーは黒船と共に沈み、歴史は変えられた。
「介在」の副作用―――それはもうお分かりだろう。
そう、液体を飲み込めなくなるのだ。
駅に着くともうそこに、人はいなかった。
スポーツ手話、高貴であり気高きもの。
それでいて、危険。
私はスポーツ協会を破壊し、この世から手話の効果を消した。
手話とは、昔は耳の聞こえない人とのコミュニケーション手段だったらしい。
私は、左手の手のひらを仰向けにし、右手で左手の上空を縦に切る動作(元々第2等級手話術で感謝を伝えるものなのだが)をする。
世界に。