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7/13

姉のお願いは、風祭さんと……

 友坂との話は続き、知らず知らずのうちに夕方になっていた。

 本来ならば夕食まで食べて別れる予定であったが、チーズケーキやらパンケーキとか色々なスイーツでお腹いっぱいになり、話も尽きたから自然と散会する流れになったわけだ。


 あれから友坂が気さくな奴ということもわかり、僕のことも少しは分かってもらえた。


 友坂から見たら、風祭さんや僕の姉、真香には、いつもキラキラ感が溢れていて、知り合うチャンスを待っていたそうだ。

 だからうちのアルバイトに応募したことや僕と知り合うことで真奈ねぇと知り合えるという目的もあったらしい。


 他にも、僕とは機会があれば話をしてみたかったと言われたが、それはお世辞だと思い全然本気にしていない。

 ホントに全く信じてないからね。


 駅の改札まで友坂を送り、僕は本屋で新刊のラノベを買って帰路に着いた。

 駅から3分の高層マンションの中層より少しだけ上の階が僕の家だ。


 3LDKに姉と僕の二人暮らし。

 両親はいない。

 僕が中学校の頃に交通事故にあって、両親に先立たれたからだ。

 その時の保険金でこのマンションを購入している。ちなみに保護者は母方の祖母である。

 祖母は遠方に住んでいるため、滅多に会えない。だから、長い休みには旅行がてら会いに行っている。


 タッチパネルでエントランスを抜けて、エレベーターに乗る。スーッと音もなく僕の家の階層で止まり、共有スペースを歩いている所で電話が鳴った。


 ?

 誰かな?

 姉さんか?

 胸ポケットからスマホを取り出すが、風祭さんからと分かり、そのまま胸ポケットに放り込んだ。

 しばらく鳴りっぱなしだったが、さすがに3回目の留守電となり、かからなくなった。


 少しばかりの罪悪感はあるものの、今からの有意義な時間を潰されるわけにはいかない。

 そう思いながら自宅のドアを開けると、珍しくも玄関に真香、つまり姉が立っていた。


「おかえり。葵、いま琴乃の電話に出なかったでしょう!」


「あっ、そうなんだ。ええっと、あっごめん、音切ってたからわからなかった。それで姉さんはどうして玄関に?」


 白々しい演技で真香の質問を阻止して自分の疑問にすり替えた。


「あのねえ、いま、琴乃がちょっとピンチらしいの。それで、あんたに少しだけ助けて欲しいって」


 ほう、あの風祭さんが僕に助けとは……、これは怪しい。

 風祭さんのピンチを救っても、たぶん僕にメリットは無いだろうし、君子危うきに近寄らずだ!


「そうか、でも僕も今日はとても疲れているをだ。姉さんから残念だったねって伝えといてよ」


 そう言って、玄関で靴を脱いでリビングに進もうとしたが、真香から阻止された。


「ねぇ、あおいくん。お願いだよ。私のためだと思って、お願い! もしお姉ちゃんのお願いを聞いてくれたら、一つあなたのお願いを聞いてあげるし」


 じっと上目線で訴える真香の瞳には抗える気がしない。


 ……やれやれだ。

 そう、僕は軽度のシスコンなのである。

 なので、お願いされた時点で勝ち目はない。


「んで、僕は何すればいい?」


「えっ、あおいくん、お姉ちゃんのお願いを聞いてくれるの? 真香嬉しい!」


 いや、真香さん、いつものやり取りはもういいから。


「わかったから、これで最後だよ」


「うん、ごめんね。これで最後にするから」


 ……このやり取りは3日前もしていたような気がするのだが、仕方ない。


「えっと、琴乃の家の車が来てるから、それに乗るとわかるって!」


「…………えっ、風祭さん家の車? 乗ればわかる?」


 やばい、犯罪臭しかしない。

 だが、いまの姉には逆らえないし、つ、つんだー!


「じゃあ、いってらっしゃい」


 笑顔で見送ってくれる真香の顔は女神なのだが、これから地獄に向かう僕にはその加護はありそうに無かった。


 案の上、マンション前に黒光りする小型リムジンが止まっていた。

 かなり目立つのだが、本格的なリムジンでは無いのが多少は気遣ってくれたのだと思うことにした。


 思いの外疲れていたのだろうか。

 車が揺籠のように穏やかに揺れ、気持ち良くなり、いつのまにか眠っていた。


 運転手さんから、着きましたとドアを開けられた時には、風祭さんの実家のドアの前であった。


 いつ来てもすげぇな。

 内心でそう思いながら玄関前に進むと音もなくドアが内側に開けられた。

 お手伝いさんは、久しぶりに見るのだが、いつもハッとさせられる妙齢の美人さんだよ。


「佐藤さま、いらっしゃいませ」


「ありがとうございます」


『いらっしゃいませ』に『ありがとうございます』とは正気のときに振り返るなら、会話になってないのだけれど、そう言わざるを得ない雰囲気だ。


 クスッと笑みを漏らしながら、こちらにどうぞと先導してくれる。


 2階の奥の部屋まで連れて来られると、大きな両扉の前でお客様がいらっしゃいましたと告げる。


 身振りで、どうぞとのジェスチャーを示され、ドアを開けると部屋着の風祭さんと風祭さんのお父さんらしき人が長机を挟んで対峙していた。


 僕が扉を開くと、2人ともチラリと視線を投げ掛けるが、すぐに互いに睨み合う。

 その後、「少し待ってください」とお父さんらしき人に提案し、僕に向き直る。

 いそいそと僕の方に来ると、耳元に小さな唇を寄せて一言いった。


「ごめん、一生のお願いだから私に合わせて」


 ……っと、なんだ?

 この人は姉と違って基本的に嘘は言わない。

 なら、そうすべきだろう。

 基本的には苦手なのだが、姉の親友であり、僕には時々親切にしてくれる。


 間髪入れず頷くと、僕は手を取られ、鬼の形相の風祭さんの父親らしき人の前まで連れて来られた。


 わぁ、やだな。

 怖い、断りたいが、後ろを振り向くと、零下百度の冷たい目線の風祭さんに挟まれた。


 ……なむさん!


 目を固く瞑り、双方の衝撃波に備える。


「琴乃よ。佐藤くんか?」


「ええ、そうよ。この人、あの手紙会社の代表だし、まだ若いから、いまは待っているの」


 ……どういうこと?


「佐藤くん、久しぶりだね」


「ご無沙汰しています」

 

 久しぶりと言われ、学校の卒業式の際、一度会っていたことを思い出した。

 軽く頭を下げるが、風祭さんのお父さんは僕から目を離さないし、穏やかな雰囲気は微塵も感じない。この威厳は流石は風祭グループを率いる会長というべきか。

 この人は、いま、お父さんというよりか、グループの会長の顔をしている。


 胃がキリキリと痛みそうだ。

 そう思った瞬間、張り詰めた雰囲気が突如緩んだ。

 そして、満面の笑みで僕を見て呟いた。


「そうか、君があの会社の代表か。まだ若いのに大したものだな。しかし、ベンチャーなんていつ潰れてしまうかも知れない。そんなところはダメに決まっている」


「まあ、ふふふっ。お父様ならそう言うと思ってましたわ。だけど他の方々は全て2代目や3代目でしょう。本人の才覚では無いし、試しようもない。それに、あの会社はもっともっと大きくなるわ。つまり、この人はとても希少で大切なの!」


「……うぬ。そうか、そんなところを見ていたのか。なら、私もお前と夢を見る覚悟が必要ということか。確かに才覚は必要。それにまして、行動力や人望もだな。琴乃よ、わかった。婚約は認めよう」


「お父様、ありがとう。私は絶対にこの人と幸せになります」


 側から見ていて呆然としていたが、なんとなく話が見えて来た。

 これって、ヤバいやつじゃん!


 しかもこいつら、僕の値踏みをしているんだよな。なんか、無性にムカムカ来たよ!


 さて、整理して考えてみよう。

 えーっと、風祭さんのお父さんが僕のことを認めてくれて、風祭さんの婚約者となるらしい。


 ……なんでだよ!!

 Sな人との結婚とか考えられない!

 しかも風祭さんとは……。


 一生ぱしりの人生じゃないか?!

 ダメだ断ろう。


 目頭を熱くしたお父さんが僕の前に立ち塞がり、両手を出してきた。

 普通ならギュッと握手するのだろうが、僕は無意識にその手をやんわりと払い除けた。


 えっという目で僕を睨むお父さんと風祭さん。

 そして、心の中で『何やってんだよー』と叫ぶ僕。


 一瞬、固まってしまったが何とか声を出した。


「風祭さん。そして風祭さんのお父さん。僕は、ここに何をしにきたのでしょうか? 姉の友達とは言え、この話での僕の立ち位置なら、あなたは自分の会社の社長を家に呼んで、それでいて説明もなしにお家騒動に巻き込んでいることになりませんか?」


「風祭さんのお父さん、失礼しましたが、ここで握手するのは少々違うのではないでしょうか? あなたほどの方なら、普段なら、この話を進めるにあたり日を改めることが良いと判断されるでしょう。その方が得策だと思いますが?」


 ぽかーんとしている風祭さんを一瞥し、「僕の名刺を」と言うと、ハッとして、そばに置いてあったバッグから名刺を差し出す。僕にではなく、父親にだ。


「うちの秘書が大変失礼しました。あらためてお伺いさせて頂きます。では、失礼します。風祭さん、玄関にタクシーを呼んでください」


 そう告げた後、どこをどう進んだのか覚えてないが、無事に玄関まで辿り着き、待っていたタクシーに乗り込んだ。


もちろん、やらかしてしまったことをタクシーの中で身悶えしながら頭を抱えていた事は言うまでもない。

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