実務の天使と経営の鬼
「琴乃さん、全ての親会社のトップや重役、部長クラスでもいいから、その運転手を確保してください。代わりの運転手の派遣依頼もお願いします」
「はーい。もう済んでるわ」
うふっ、と微笑んで僕を見る有能秘書。
「財務書類の中、雑費とタクシー代、消耗品代に接待費を人別に分けて、見てください。僕は差し当たり、風祭重工業のほぼ全ての帳簿を見たい」
「はい、わかりました。葵くん」
素早く、両脇のサイドテーブルに指示した書類が積み重ねられる。それ以外にも別積みのダンボール箱の中にも沢山あるみたいだ。
パラパラと財務表が閉じられたファイルを見るが、どこにもおかしな点は見つからない。
そりゃあそうか。経理上は簡単に見つかることはないだろうな。もし見つかるレベルなら既にどうにか対処したいるだろう。
非番の運転手の方々に話を聞くも怪しい話はしていないみたいだ。
ただ、その中に気になることが一つ見つかった。
運転手さんにお礼を言い、封筒に入った報酬を手渡すと早々に帰ってもらった。
「琴乃さん、何かおかしなところは無かったですか?」
「そうねぇ、自分が使用しない時に奥様や娘さんに社用車を無断で貸しているのは見過ごせないかな。それと、駐車場代が経費になっていること!あとから返してもらうわ」
どうやら、琴乃さんには自分がオーナーであり、雇われ社長が好き勝手にしていることに目をつけたらしい。それともわざとなのか?
まあ、あとから分かるだろうな。
さて、運転手さんがいない内に入れ替えたドライブレコーダーの記録をAIソフトを使い、文字起こしを琴乃さんに頼んだ後、秘書課のバックデータを辿り、気になった日付けの予定を確認した。
ながら作業が続いたが、ひとまず昼ごはんを食べる事にした。時間が惜しいので軽食を頼むとサンドウィッチが配膳されて来た。
サンドウィッチの皿を持って作業机に置こうとしたが、琴乃さんから止められた。
頭の中のクールダウンが必要だとか。
確かに思考を仕切り直しする必要はある。
琴乃さんから勧めらたとおり、皆んなでサンドウィッチを頬張った。
特に珈琲が僕の精神を安定させてくれた。
その後、珈琲を琴乃さんが用意したとのことを聞いて、『贅沢だよな』と思ってしまった。
にこりと微笑む琴乃さんの笑顔は雑誌で見る余所行きの繕いがない。心から嬉しい時の微笑みだ。
それを直視して、ドクンと胸が高鳴る。
いかん、いかん、集中だ!
琴乃さんを見ると心が揺れてしまう。
とても綺麗な顔に優雅な仕草、男子にはたまらない。
眼福眼福。
暫く色々な日程表を見ていると、秘書の日程には重要とされる日があったが、その日は社用車の記録簿に業務は入っていなかった。
当該日の請求書を確認すると料亭からのものであった。他の月も調べたところ月初の水曜日に定期的に出入りしている記録があった。
お気に入りか、個人的な飲み食いを経費で落としている可能性もあるが、資料では結構な交際費が支出されているが宛名が書いてない。
これを自分の権限で通しているんだろうな。
誰か言えない人と会っている可能性が高いようだ。
……政治家や官僚だろうか。
いや、もっと最悪の事態だろうか。
会っているのは、ほぼ水曜日。
「琴乃さん、再来週の水曜日にこの料亭の予約をお願い」
「承知しました」
「葵くん、この日は全室が予約済みと言われたわ。どうする? 私に任せてもらってもいい?」
「ええ、琴乃さんに任せます」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべると黙々と調べ物に集中している。
「琴乃さん、必ず背任者を押さえ込んで権利を剥奪して、こちら側の人間の管理下に据えましょう。内部調査はそこが肝です。それと、その部署がわかった後に社外へのメールの検閲を信用できる人にさせたい。心当たりは?」
「別系列の子会社なら可能だけど、それをすると本来業務が継続不能となる可能性があるわ」
「そうですか、ならば2割程度の人員を割いてもらい、どこかライバルじゃない大手企業のスパコンを使用しましょう。AIに半分検索させれば見つかるでしょうけど、中身を見るのは人でないと駄目です。もし人手が足りないようなら、会長や姉にも相談してください」
「はい、承知! すぐに企業じゃなくて大学の稼働しているスパコンを借りれるように探します。検索事項はどうしましょうか?」
「ここにリストを作ってます。頭文字と中身で重要だが高いものを混ぜてます」
「さすが!」
琴乃さんがしきりと感心してくれた。
ここまで褒めてくれたのは初めてじゃないか?
今までは弄り倒して来ていたのにな。
「お喋りは置いといて集中しよ!」
「はいっ!」
こんな素直な琴乃さん、なんか年上だけど可愛いな。
そういえば今日着ているワンピースも花柄で清楚な可愛い系だし、会社でバリキャリのような姿しか見ていなかったからギャップが激しい……
とても可愛いじゃないか。
周りの女子には居ないレベルだ。
姉友としか見ていなかったけれど、こんな子から食事とか買い物に誘われていたのか。
あり得ない役得だよな。
っと、こんなことで中断してはダメだよな。
その琴乃さんのために頑張っているんだから、結果を出さないといけない。
「ごめん、コーヒーください」
飲み物で一旦切り替えて集中すべく、近くに控えている家政婦さんにお願いするが、琴乃さんが意気揚々と返事を返して来た。
「はーい、少しまっててねー」
微笑みと、少し甘えた声があざと過ぎる。
これは、僕を落としに掛かっているのか?
家政婦さんも微笑ましく見ているだけだ。
僕はもしかして、琴乃さんの罠に嵌ってしまったのだろうか?いつまでもなびかない僕のヘタレな所の矯正までされている気がする。
まあ、それならそれで仕方ないか。
あんなことを言った手前、お互いに引けなくなってしまったようだ。
もはや観念するしか手はないようだ。
嬉しいことに…相手が上手過ぎる。




