僕と彼女と新学期と
朝、目を覚まして時計を見る。時計の針は6時ちょうど。今日から新学期。いつも通りの時間に起きられたことにほっとして、僕はベッドから体を起こした。窓を開け、日差しを部屋に入れる。1月半ばの冷たい空気が部屋に注がれる。
「新学期かぁ……めんどくさいな」
つい、そんな本音が漏れる。制服をクローゼットから取り出し、二週間と少しぶりに袖を通す。制服を着ただけで、少し気を張ってしまうのは不思議だ。リビングに降りると、書き置きと共に、朝ごはんが作られていた。今日もお母さんは朝から仕事か、大変だな。なんて事を考えながら、朝ごはんを口に運ぶ。食べ終えて時計を見ると、まだ6時半。家を出るには些か早すぎる時間だ。でも俺は、通学鞄を手に持ち、家を出た。家のすぐ近くにある駅へ行き、学校とは反対側の電車に乗る。電車に揺られて、二駅。花見音駅で降りる。目的は一つ。ただ早く千代香に会いたかったから。駅のベンチに座り、彼女を待った。そのうちに、少しずつ僕はうとうととしていた。
「そろそろ起きなさい、今日から学校でしょ」
そんな声に呼ばれ、私は目を覚ます。うまく開かない目で、壁にかかった時計を見る。その針は、7時15分を指していた。
「なんでもっと早く起こしてくれないの……」
覚醒していない意識の中で、そう文句を言う。自分で目覚ましをかけないのが悪いと一蹴されてしまったが。めんどくさいなあ、行きたくないなぁ。そう考えながら、制服に着替える。リビングに降りて、準備されていた朝ごはんを急いで食べた。一本電車を逃してしまえば、遅刻するのはほぼ確定だ。だからのんびりしていられない。
「行ってきます!」
ボサボサの髪を適当に整え、急いで支度をして家を出た。駅まで走る。まだ電車は来ていない。どうやら間に合いそうだ。胸を撫で下ろした私は、駅のベンチに座って、うたた寝している人物を見て、心底驚いた。
「り、淋都!?」
私と同じ学校の制服を着ている男子の中で、こんなに背が高い人は淋都しかいない。でも、彼の家はこの駅から二駅離れているわけで……
「ん……あ、おはよう、千代香。相変わらず髪ボサボサだね」
「なんで淋都がここにいるの」
彼が立ち上がり、体を伸ばす。相変わらずとっても大きい。そのまま私の後ろに回ると、手早く私の髪を整えてくれた。
「どうしても千代香と会いたくてさ、迎えに来ちゃった」
そう言って笑う彼。相変わらず可愛い笑顔だ。
「びっくりした。おはようと、髪ありがと、淋都」
電車が、駅にやってきた。2人で、それに乗り込む。私たち以外にも、駅にはたくさんの人がいて、それらが一斉に乗り込んだもので、電車の中はひどく混んでいた。その人の波に流されるように、私たちは電車の端の方に押し込まれた。
「人多いね、いつもこんな感じ?」
「うん、この時間の電車はこんな感じ」
そんな会話をしていた時、急カーブに差し掛かったようだ。車体が大きく揺れ、私たちを含む乗客全体が、大きく端へと寄せられる。人がぶつかりそうになって、思わず私は目を閉じた。しかしいつまで経っても私が誰かとぶつかることはなかった。恐る恐る目を開くと、目の前に淋都が立っていた。私の後ろの壁に手を突き、私が誰ともぶつからないよう、彼と壁の間で守ってくれていた。
「ごめん、ちょっと動かないで、辛抱してて」
彼のいう通りにする。正直、壁ドンの姿勢になっているのに、淋都が気付いていないような気がした。それならば今のうちにこの体勢を味わっておきたい。何も言わず、彼に守られることにした。30分ほど、この体勢は続いただろう。
「次は、土岐野宮、土岐野宮。お出口は、左側です」
そんな車内アナウンスが聞こえる。この駅で降りなければいけないのだが、今私たちが押し込められているのは右側の扉で……
「すみません、通してください」
そう乗客に訴えるが、あまり聞こえていないみたいだ。私たちはほぼ動くことができずに、駅を通り過ぎてしまった。
「あー……遅刻しちゃうよ。ごめんね、淋都。私がもう一本早い電車の時に来てれば遅刻しなかったのに」
「べつにいいよ。遅刻一回くらい。ちゃんと説明すればある程度は先生たちもわかってくれるでしょ」
彼がそうフォローしてくれるのがすごく嬉しい。とりあえず、どこか降りられるタイミングで電車を降りよう、ということで2人の意見は合致した。しかし、その降りられるタイミングというのがなかなかやってこない。ズルズルと、結局私たちは、終点まで電車に乗ってしまった。終点でようやく、私たちは人混みから解放された。どうやらあの人混みも終点までだったようだ。
「さて、戻ろっか。今は……9時半か。大遅刻だね」
そう言って、淋都が笑う。確かに、大遅刻だ。でも彼がそう笑っている様子を見ていると、なんだかどうでも良くなってしまった。本当はダメだけど、駅のホームでそのまま待ち、折り返しの電車に乗り込む。通勤ラッシュの時間も終わり、電車は私たち以外誰も乗っていない。
「連絡しとくね、校長僕のおじいちゃんだからさ」
初耳だ。でも、連絡してくれるならありがたい。淋都はカバンから携帯を取り出し、そのまま電話をかけ始めた。
「あ、もしもし爺ちゃん?」
『馬鹿者! 一体今何時だと思っておる!』
少し古風な怒鳴り声が携帯から聞こえてくる、わかっていたように、淋都は携帯から耳を離し、耳を抑えていた。
「ごめん、爺ちゃん。ちょっと同級生助けてたら電車降りるタイミングなくてさ、今から急いで行くの」
『人助けか、ならいい。サボりやないんやな』
思ったよりもあっさりと納得してくれたみたいだ。電話を切ると、淋都はこちらへ親指を立てて見せた。うまく行ったよのサインだろうか。大体聞こえているからいいのだが。そのまま、私達は電車に揺られて、土岐野宮駅まで戻ることにした。その間は、特に中身のない雑談。ただそれだけでもとても楽しかった。
「次は、土岐野宮、土岐野宮……」
車内アナウンスが聞こえる。2人で、電車から降りる。駅から学校までは5分くらい。急がなくていいよ、と淋都が言っていたし、少しのんびり歩いた。よく考えれば急ぐべきだろうが、まぁ良いだろう。学校にたどり着いた私たちは、下駄箱で靴を履き替え、そのまま教室へと向かった。ちょうど授業の合間の休み時間のようだ。教室の扉に手をかけようとして、その手を止めた。
「どうしたの?」
クラスのみんなは、私たちが付き合っている事を知っているのか、そして知っているのなら変な噂になっていたりしないだろうか。それが怖かった。それを察知してくれたのだろうか、淋都が私のてを、ギュッと握った。
「これで大丈夫? 噂なんて、相手にしちゃ負けだよ。行こう」
その声に励まされ、私は教室の扉を開いた。
「あ、やっと来た」
誰かがそう言った。それ以降は、特に何もない。私の考えすぎのようだった。良かった。それからは特に何もなく、先生が新学期について話しているのを聞いていた。私たちが電車で行ったり来たりしているうちに、始業式は終わっていたみたいだ。先生の話が終わると、そのまま放課になった。もしかしたら、あとで職員室にいかなければいかないのか、なんて身構えたが、そんなことはどうやら無いようだ。良かった。
遅刻しながらも、新学期初日を終えた僕は、千代香と留香と一緒に、帰り道を歩いた。
「あんたたち初日から遅刻とか、やっちゃったわね」
「しょうがないじゃん、電車降りられなかったんだもん……」
2人がそんな話をしているのを、微笑ましいと思いながら聞いていた。さっき降りたばかりなのに、また電車に乗り込む。
「また電車だ、今日三回目」
千代香も同じ事を考えていたみたいだ。
「あれ、鍵がない……」
電車に乗り、席に座って鞄の中身を漁っていた千代香がそう言った。彼女が言うには、今日は家に両親が居ないので、鍵を家に忘れてしまった千代香は家に入れない、とのことだ。おっちょこちょいだな、と思って、少し笑ってしまった。それを見た千代香はムッとした顔で、怒っているとアピールしていた。
「ごめんごめん、じゃあどうする? 僕の家、お母さん今居ないし、千代香の両親が帰ってくるまでうち来る?」
その提案に、千代香は目を輝かせる。
「ありがとう、淋都!」
わかりやすいと言うか、なんと言うか。まぁいいだろう。千代香を家に連れて行くことにして、その後も電車に揺られ続ける。駅で電車が止まる。
「さ、降りよっか」
そう言った留香の声に、うたた寝仕掛けていた千代香がはっと目を覚ます。少し慌てて、彼女は電車から降りた。その後ろに僕はついて行く。駅を出ると、そこはいやと言うほど見た、自分の家のある町。当然、迷うことなく、僕たちは家へと歩いた。
「それじゃ、また明日ね」
留香がそう言って、隣の家へと消えて行く。
「それじゃ、中入って適当にくつろいでていいよ。どうせお母さんまだ帰ってこないし」
そう言った僕に答えたのは、千代香のお腹から聞こえてきた、小さな空腹を伝える音だった。
「り、淋都。これは、違うよ。お腹が空いてるとかそう言うのじゃ無いから!」
早口で、そう千代香がまくし立てる。どうやらお腹が空いているし、こうなるとは思っていなかったから弁当とかも無いのだろう。しょうがないか。
「少し待ってて。ラーメンくらいならあるだろうから作ってくる。」
そう言って俺は台所に向かった。千代香は、テレビ前のソファに座ってくつろいでいるようだ。
今私は、淋都の家のリビングで、ソファに座ってテレビを見ていた。何か見たい番組があるわけではなく、ただ私の意思を淋都から逸らすため。今のままだと、ドキドキが止まらない。前回来たのは大晦日、留香ちゃんがいたから落ち着けていた。2人きりで、しかも同じ部屋なんかに居て、胸がきゅっとする。このままだと、心が爆発してしまいそうだ。2人……大丈夫だろうか。そんな事を頭の隅っこに押しやって、何も考えないことにして。
「ラーメンできたよ……大丈夫? 顔赤いけど。熱?」
そう言って、淋都が少し大きな器を二つ持ってきて、そのまま、私の額に自分の額を合わせる。
「ひゃあっ」
思わず、そんな声が出てしまった。それをきいた淋都がくすくすと笑う。
「なに今の声……面白いじゃん……」
そう言うと、淋都はラーメンを啜り始めた。伸びてはいけないと思い、私も食べ始める。普通の、スーパーで売っているようなラーメン。それなのに、すごくおいしい。思いがけない昼食を作ってもらえて、満腹になった私は、そのまま目を閉じる。体がふわふわとして、私の意識は、夢の中へと沈んでいった。
こんゆわら! 和水ゆわらです。
久しぶりの小さな君と大きな僕。の更新です。楽しみにしてた方がいるなら、お待たせして申し訳ないです。もう一本と並行して、どうにか更新がんばっていきます。これからもよろしくなのです。
和水ゆわらでした。