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僕と彼女と初詣と

 「こら、あんたら二人、何してたの。起きなさい」


留香の声だ。僕の意識は徐々に目覚める。僕の体はソファに横たわっていて、その腕の中には、小さな、僕の彼女が抱きしめられていた。


「留香おはよ……今何時?」


その質問に、留香は少し呆れたように返してきた。


「9時半。何してたのって質問はスルーなのかしら」


何をしていた、昨日の夜のことを思い返す。確か白井さんと雑談していて、それから……そうだ、彼女に告白されたんだった。それを留香に説明した。


「……てことがあったから、僕と千代香は、ちゃんと付き合うことになったから」


腕の中で眠る白井さん……いや、千代香を起こさないように、少し控えめな声で留香に言った。


「へぇ。良かったじゃん。あんたたちを引っ付けたのは私だけどさ、うまくいきそうで嬉しいかな」


そう言うと、留香は眠り続ける千代香の頭を優しく撫でた。


「そろそろ起こしたほうがいいんじゃない。初詣、今年も行くでしょ」


留香がそう言ったので、僕は千代香に声をかけた。


「千代香、起きて。初詣、一緒に行こう」


もぞもぞと、腕の中で千代香が動いた。しばらくして、その丸い瞳をゆっくりと開いた。


「おはよぉ……今何時かなぁ……」


目を擦りながら、千代香が起きた。昨日の夜よりも、なんだかかわいく見える。


「九時半だって。初詣行くから準備して。晴れ着は妹の貸すからさ」


ゆっくりと彼女は起き上がり、猫のように大きく伸びをした。そしてそのまま洗面所へと向かった。


「雪奈の晴れ着とかまだ残してたんだね。淋都はそういうのきっぱり別れるタイプかと思ってた」


この留香の言葉を、僕は少し以外に思った。


「そう?僕、けっこうこういうのは執着しちゃうタイプだよ」


千代香がさっぱりとした顔で戻ってきた。


「改めておはよ、淋都」


一年最初の、今までで一番楽しみな正月が始まった。


「着替え終わった? 入るよ?」


僕はリビングの外で、中に向かってそう聞いた。今、中で二人が晴れ着に着替えているところだ

「終わったよ、ごめんね遅くなって」


千代香が扉を開けた。水色の晴れ着を着た、小さな体を見せびらかすように大きく動かしていた。


「ありがとう、淋都。晴れ着まで貸してもらってさ……似合ってる?」


僕の顔を見上げ、そう聞いてくる。昨日との違いはちゃんと付き合うようになっただけ。それなのになんだか笑顔が眩しく見える。


「似合ってるよ。雪奈のでサイズが合ってて良かった」


えへへと、分かりやすく喜んだ千代香。


「準備できたなら行きましょ。もう遅いだろうけど、あの神社混むのよね……」


留香が急かしてくる。僕たちはそれに同意し、家を出た。


 今、私は特に何もしていないが、すごく楽しかった。ただ淋都といっしょに、神社へ歩いているだけ。それなのに、とっても心が弾んだ。私と留香ちゃんは晴れ着。隣を歩く蓮人君は普段着だ。けどそれもなんだか彼らしかった。


「けっこうな距離あるけど大丈夫?疲れたら言ってよ、休憩するから」


今私は慣れない晴れ着の草履を履いている。だから気遣ってくれたみたい。優しい。

 三人で何気ない会話をしているうちに、神社に着いたみたいだ。とても大きな門。でもその門からは拝殿は見えなかった。


「ここからお参りするところまで1キロ近くあるのよね……」


留香ちゃんがそう言った。正直辛いなと思った。こんなに遠いと思っていなかった。留香ちゃんの声もどこか気怠そう。


「途中の屋台でなんか買ってやるよ。頑張って行こう」


淋都がそう私たちを励ました。来てしまった以上、お参りせずに行くのは嫌だし、ただ単純にもっと淋都と歩きたかった私は、何も言わず、歩き出した淋都の後ろを付いて行った。それからすぐだった。留香ちゃんがふといなくなったのは。


「ねぇ淋都、留香ちゃん居なくなっちゃったよ」


私がそれに気づいたのは、参道をしばらく歩いたときのことだった。屋台でクレープを買おうとしたときに、私は留香ちゃんがいないことに気が付いた。淋都も今気づいたらしい。私はたぶん一度も見たことがないであろう、淋都の焦り顔を見た。


「どうしよう……変なことに巻き込まれてないといいけれど……」


こんなに頼りない淋都は観覧車の時以来だろうか。あの大きな体が、小さく見える。


「留香ちゃんだよ、大丈夫だよ。きっと先に行っちゃったとか、逆に遅れてるとかだよ」


多分そう、きっとそうだ。彼女のことだから。そう思っていた時、ふいにスマホが鳴った。何だろうと思い、画面を見る。留香ちゃんからだ。人に心配かけて、そう思った。

『急にいなくなってごめんねー。私はさっさと行かせてもらいうよ。あんたたちカップルの邪魔はしたくないからね。それじゃ、終わったら門の前で待ってるから、楽しんで。』

という文面と、参拝している自撮り写真。私はスマホを投げたくなった。


「淋都、安心していいみたい。中学校の友達と会ったから一緒に回ってるって」


気を使って二人にしてくれた、とは言いづらい。だから少し嘘をつく。淋都はそれを聞いてため息をついた。


「そっか……一言くらい言ってほしいな。教えてくれてありがと。安心した」


淋都の顔に笑顔が戻った。いつもの、頼りがいのある淋都だ。私はこの顔がすごく好きだ。


「二人になっちゃったね。一緒に行こ」


淋都の手を握り、私は歩き出した。いまならさりげなく手を繋いでも、バチは当たらないはずだ。

 特に何かを喋るわけではない。二人の間にあるのは沈黙。でも気まずさはない。なんでかは分からない。クリスマスの時は静かになると少し気まずかったはずだけど、理由は分からない。ちゃんと付き合うようになったからだろうか。まぁなんでもいいが。十分ほど歩いて、私たちは拝殿にやっと着いた。財布から十円玉を取り出し、賽銭箱に入れようとする。すると淋都がそれを止めた。


「十円玉は『遠縁』なのでよくないらしいよ。五円玉も一緒に入れたほうが良いらしい」


知らなかった。普通にすごいと思ったが、それを伝えたらテレビでたまたま見ただけと言われた。謙虚で、なんだか素直な反応してくれないのがもやもやした。言われた通り十五円を投げ入れ、手を合わせる。

『この素晴らしい彼氏と楽しくやっていけますように。』

そう神様に願った。

人ごみから離れ、私たちはおみくじを引いた。結果は、吉。確か一般的には大吉の次だったはず。嬉しい。ただし恋愛のところには少し不穏なことが書いてあった。少し顔に出ていただろうか、淋都が声をかけてきた。


「どうしたの。凶でも引いた? 安心しなよ、僕大凶だったから」


何を安心するというのか。心配になったが、淋都はにこにこ笑っていた。


「今年の始まり方は最高だったんじゃない?僕さ、別に千代香のこと、気に入ってはいたけど恋愛対象では無かったんだよ。でもさ、今は千代香のこと好きかも。だって、一緒に居てほんとに楽しいから」


そんなことを言われた私は、多分顔が真っ赤だっただろう。淋都には感づかれないよう、顔を見せないようにして、私はおみくじをわざと少し遠くに縛りに行った。

 ―恋愛 障あり―

そんなこと気にしちゃいけない、そう思い、私は淋都のもとへ戻った。すると、淋都は誰かと話しているみたいだった。私よりはるかに背が高い、淋都と数センチしか差がない、すらっとした女性。誰だろう。淋都が、私が帰ってきたことに気が付いた。


「おかえり、千代香。紹介する。僕の小学校の頃の同級生の、綾瀬川奈々未(あやせがわななみ)さん。で、この子が僕の彼女の白井千代香です」


淋都が敬語になってるってことはあんまり親しくないのだろうか。互いに紹介を受け、私は頭を下げた。


「こ、こんにちは。白井千代香です」


綾瀬川さんは何も言わない。なんだろう。少し怖い。もしかして何か気に障っただろうか。


「ほんとにこんなのが彼女? 見る目ないわね……淋都君、私のほうがいいはずよ。身長もそんなに差がないし。私と付き合いましょう」


爆弾発言を、すました顔で言い放つ綾瀬川さん。見る目ない、か。本人の前で言うのはどうかとは思ったが、まぁ自分に自信があるかと言われれば、NOだった。


「……お前、何言ってんだ」


綾瀬川さんの言葉を聞き、固まっていた淋都が口を開いた。その口調は、静かに怒っていた。


「正直気持ち悪い。六年ぶりだぞ。それなのに今付き合ってる子より自分のほうがいいから付き合えって……それに、僕の彼女を馬鹿にするな」


綾瀬川さんが言葉に詰まっていた。


「で、でも……私、淋都君のこと……」


あわあわと、目に見えるように戸惑いだした。


「好きだ、なんて言うつもりか? 悪いけど、僕は君が小学校の頃やったことを憶えてる、それに、他人を降ろしてじゃないと自分を上げられないような奴は嫌い。そして君は僕の彼女を馬鹿にした。悪いけど、僕は君に全くときめかない。さようなら」


そう言い放つと、彼は私の手を引き、歩き出した。


 彼女の歩幅と僕の歩幅に差があることを忘れ、しばらく無言で歩いた。この神社にある、人気のない、小さな社のようなところまできて、立ち止まった。後ろの千代香がつんのめり、転びそうになった。そんな彼女を受け止め、僕は社の入り口、階段に腰かけた。


「ごめん。あんなこと言うような子だったの忘れてた」


とりあえずこう言うしかなかった。どうすればいいのか分からなかった。


「淋都は悪くない。悪いのは綾瀬川さん。でも私、気にしてないから、大丈夫。謝らないで」


気にしてないわけがない。あろうことか、綾瀬川は千代香の身長に触れた。差がありすぎるから、自分のほうが良い。そう言った。でも彼女はそれを表に出さないようにしている。強いな、と思った。


「大丈夫。私は身長のことなんか気にしない。淋都は私のこと、見た目じゃなくて中身で見てくれてるもの。だから、だからそんな顔しないで」


そう言うと、彼女は僕のすぐそばに歩み寄った。


「目、瞑って」


そう言われ、僕は大人しく従った。視界が闇に染まる。額のあたりに、柔らかなものが触れた感覚がした。周りからは、長くはない、でも短くもない絶妙な時間。僕には永遠のように感じられた。


「行こう。留香ちゃんが待ってるって」


光を戻した僕の世界に、ほんのり赤く染まった顔で、小さな手を伸ばしてくる千代香。


「そうだね。ありがと……なんか買って行ってあげよっか」


手をつなぎ、さっき歩いて来た道をまた、彼女と二人。歩いていく。途中の屋台でクレープを買い、僕たちは神社を後にした。






おはゆわら。夜投稿だけどおはような和水ゆわらです。第四話投稿しました。

どうしても最近時間が取れなくて上げるの遅くなっちゃいました。申し訳ないです。

今回の話はなんだか千代香ちゃん視点が多かったですね……次の話は新学期に入ると思います。

それでは、和水ゆわらでした。

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