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僕と彼女とクリスマスと

今回初投稿させていただきます、和水ゆらわ(なごみゆわら)といいます。最初は友達とのゲームでの罰、といった形で短編にしようと思ったのですが、書いているうちにだんだん楽しくなってきてしまい、連載小説を書く決心をしました。まだまだ文章も拙いとは思いますが、精いっぱい考えて、読んでいる方が楽しめるように努力しました。では、身長差の大きな二人が繰り広げる恋愛ストーリー、お楽しみください。

 僕、近藤淋都(こんどうりんと)高校一年生、冬。


「こんにちは、えーっと……」

「近藤淋都です。前も言いましたよ。覚えてくださいよ」


名前も憶えてもらっていない女子と付き合うことになった。

 なぜか、それは一週間ほど前、文化祭の反省会……という体で行われた打ち上げがあったころまで遡る。


 「王様ゲームしようぜ!」


教室の真ん中でそう言ったのは、いつもクラスの雰囲気を作る、リーダー的な存在、中条蓮(なかじょうれん)だった。ばかばかしい。巻き込まれないよう、少し離れて、静かに見ることにした。変なことにならぬよう。


「あの、王様ゲーム、しないんですか」


下から声がする。見降ろすと、少し地味な女子が、こちらを見上げていた。確か名前は……そうだ、白井千代香(しらいちよか)。うちのクラスで一番小さな女子だ。


「しないですよ、あんなの。楽しい奴が楽しめばいいんじゃないですかね。無理に混ざる理由はないと思います」

「わからなくも無いですね、その気持ち。私もああいうのは少し苦手です」


教室の隅で二人並ぶ。並ぶとより身長の小ささが目立つ。僕が大きいのもあるのだが。クラスの中では王様ゲームの盛り上がりが最高潮に達していた。


 「淋都、白井さん、お前らも参加な!」


クラスメイトに急にそう言われ、二人共一瞬動きが止まった後、顔を見合わせる。


「めんどくさ……一回だけですよ、白井さんもあんまり乗り気じゃないみたいですし」


こういう場合は断るほうが面倒だ。彼女もそう思ったらしい。二人で一回だけ、参加することにした。参加者はいつの間にか、クラスの全員になっていたようだ。くじが配られる。


「あ、王様私だ」


そう言ったのは、うちのクラスの学級委員花美留香(はなみるか)。あいつとは幼馴染だ。言いたいことは何となく分かった。


「じゃあ、25番と34番、カップルになる。これでどうかな」


やっぱりだ。手の中のくじを見る。34番。最悪だ。


「34番は僕です。25番の人、誰ですか……? できれば早くしたいんですけど」


「に……25番、私です……」


すごすごとそう答えたのは、白井千代香。


「「「カップル! カップル!」」」


クラス全員がそう囃し立てる。こっちは面倒だし、向こうは恥ずかしさのあまり泣き出しそうだ。


「わかった、わかりましたから。それ以上言うのやめてください、白井さん泣きそうですから」


彼女の手を引き、一旦屋上へと逃げ出した。

 屋上に置かれたベンチに彼女を座らせ、少し離れる。つい雰囲気に飲まれ、あんなことを言ってしまった。彼女はきっと嫌だったろうに。はぁ、とため息が出る。


「あ……あの、ありがとうございます。あんなこと急に言われて、動けなくなっちゃってました……」


そんな大したことはしていない。それよりも、どうやって彼女を傷つけずに付き合うことを撤回しようか僕は悩んでいた。


「あの、さっきの罰ゲームについてなんですけど、その……」

「私は、あなたが嫌じゃないなら、別に構いません!だって、話会いそうですし、さっきの、格好良かったです、良ければ、形だけでもお付き合いしませんか」


どうやら思い過ごしだったようだ。彼女が構わないのなら別にいい。


「それじゃあ、どちらかに好きな人ができるまで、でどうです?」


それを聞いた彼女はグッドアイデア、とでも言わんばかりに手をたたいた。あまり気にしていなかったが、白井さんは普通に可愛いと思った。


「それじゃあ、よろしくお願いしますね」


 192cmの大きな僕と142cmの小さな彼女の、形だけのカップルができた……

というところで、話は冒頭へと繋がる。


「ところで、今何時か分かってますか、白井さん」


駅のホームから出てきた白井さんにそう言った。なぜか……


「はひ……九時、四十五分、です……」


そう、その通りである。九時四十五分だ。


「じゃあ白井さんに質問です。今日の集合時間は何時だって言いましたか?」


白井さんを問い詰める。目を合わせようとしてくれない。


「九時十五分……だったかなぁ……」


絶対にこちらを見ないように、白井さんがそう答えた。怯えるように。

そんな彼女をベンチに座らせ、後ろに回る。


「何するの……? やっぱり私怒られる?」


あえて何も答えない。後ろで軽く束ねてある髪を解き、くしで軽く梳く。


「あのですね、遅刻してきたのは怒りませんよ。留香から白井さんが時間にルーズなのは聞いてましたし。ただ、せっかくおしゃれな格好してて、可愛いのに髪がぼさぼさなのが気になりました」


灰色のニットアウターを基調とした、おしゃれな格好だ。低身長をうまくごまかせていると思う。でも大慌てで来たのが丸わかりなほど髪がぼさぼさだった。最初は少し抵抗があったのかもぞもぞ動いていたが、少しすればおとなしくなっていた。


「完成。人の髪を結ぶの少し久しぶりだけど、きれいにできたはずです」


ポケットからコンパクトミラーを取り出し、手渡す。


「すごい……なんかいっぱい編み込んである。多分私より髪結ぶの上手だよ。なんだか悔しいな。妹とかいるの? してあげてるの想像したらちょっと面白いね。」


勝手に人で想像しないで欲しい。そう思ったが言わないでおいた。代わりに口から出たのは、


「妹はいましたよ」


と短く一言。言ってしまって、あまり今日言うべきでは無かったと思った。


「近藤くんの妹かぁ、優しそうだね」


白井さんは言葉の真意に気づいていないようだ。良かった。


「それじゃあ、そろそろ行きましょう。もうすぐ開園時間でしょう」


白井さんと一緒に歩き出す。12月25日。僕らはなぜかクリスマスに初デートすることになった。


 「聞いちゃって、ごめんね」


そういった私の声は、風に吸い込まれて消えていた。私、白井千代香はなぜかクリスマスに、()()()()彼氏と、初デートしていた。さっきの質問は不用意だったかもしれない。

『妹はいた』

そう答えた後近藤君は、少し表情が曇っていた。なんだか気まずい。しょうがないか。そもそもちゃんとしたカップルではないし、さっきの質問も気まずさを加速させていた。


「よくクリスマスなんか混雑する日に、ドリームランドののチケットなんか取れましたね」


その雰囲気を嫌うように、近藤君が口を開いた。


「えっとね、私が取ったんじゃなくて、留香ちゃんが私たちへのお詫びにって言ってたよ。打ち上げでノリで付き合わせちゃったからって……そういえば、留香ちゃんと幼馴染なんだよね」


留香ちゃんとは中学校が一緒で、仲良くしてくれてたけれど、近藤君は中学校に居た記憶がない。


「そうですよ。家が隣で、幼稚園から小学校まで一緒でした。中学校は、僕が試験受けたくなかったので別々でしたが。また高校で一緒になりましたね」


ちょっと複雑な関係だった。でも仲が良いのは確かだろう。教室に入ってくるときは二人で来る時が多いような気がする。

 十時少し前。ドリームランドにたどり着いた。さすがは地味に大きなテーマパークなだけある。開演前から結構な長さの行列ができていた。列の最後尾に並ぶ。


「ごめんね、私が遅れたせいで並ぶことになっちゃって……」


恐る恐る隣の彼の顔を見上げる。でもその顔には全く怒りは感じられなかった。


「別に気にしなくていいですってば。並ぶのは嫌いじゃないですし、並んでる間はいっぱい喋れるじゃないですか」


やっぱり近藤君は優しい。なんだか胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 ちらりと腕時計を見る。長針が12を指した。

『ドリームランド、開園になります。順番を守って、前のお客様を押したりしないで下さい。』

とアナウンス。隣で私を退屈させまいと話してくれた近藤君の手を握る。少し驚いたような表情をしていた。


「こうしとけば押されてもこけたりしないでしょ?」


その問いかけに対する答えはなかった。近藤君は手を握ったままそっぽむいていた。


「形だけとはいえ、カップルです。今日は、その……楽しんでくれたら嬉しいです」


その声の持ち主は顔をあわせてはくれない。列が進む。私たちは、夢の世界へと、足を踏み入れた。


 腕時計は10時15分を指していた。

『私、ここのキャラクターと写真撮ってくるね。あまり気が進まないならここで待っててよ。』

先ほど白井さんがそう言ってどこかへ行ってから10分ほど経った。


「写真撮るだけなのにこんなに長くなるか……? 僕達入ってきたの早いほうだったよな……」


なんだか心配になってきた。近くのスタッフらしき人に尋ねる。


「すみません、どりもんと写真ってどこで取れますか」


どりもんとは、このテーマパークのキャラクターである。ピンク色のデフォルメされたドラゴン。いかにも小さい子には人気が出そうなデザインではある。


「あぁ、中央入口のお土産屋さんのところですよ」


親切に教えてくれた。中央入口はさっき入ってきたところだ。やっぱり時間がかかりすぎだ。とりあえず様子を見に行くことにした。白井さんは小さい。だから逆に見つけやすいだろうと思った。どりもんの前の長蛇の列に彼女は居なかった。もしかしたら入れ違いになったのかもしれない。


「やっぱり待っとくことにしますかね……」


白井さんは自由だし、そのくらいはやりかねない。なので僕は入り口近くのベンチに戻ろうとした。

 「私、彼氏と来てるんです。やめてください」


そう言った声が聞こえるまでは。お土産屋の裏、少し人目に付かない所からだ。


「そんなこと言わなくていいじゃん、お嬢ちゃん俺たちと遊ばない?」


白井さんが三人組の男たちに囲まれていた。おそらく僕らと変わらぬくらいだろうか。こうなるのならばついて行ってあげればよかった。でも後悔しても意味はない。僕は覚悟を決めた。


「あのさ、僕の彼女に手出さないでくれるかな」


三人組にそう声をかける。右から三・馬・鹿としよう。どうやら馬がリーダー的存在のようだ。三と鹿が馬から合図され、こちらへ殴りかかってくる。あまり面倒は起こしたくないので、とりあえず三の拳を受け止め、投げる。勿論けがはないくらいの強さで。その様子を見て、馬と鹿はこのままではまずいと思ったのか、三を連れて逃げて行った。


 「やっぱり一緒に行くべきでした。怖い思いさせて、ごめんなさい」


怯えて、腰が抜けているいる白井さんに謝罪し、手を伸ばす。白井さんが手を掴み、次の瞬間、彼女は僕の胸に飛び込んできた。


「あり、がとう。怖かった。怖かったよ……」


胸の中で静かに泣く彼女を、僕はしばらくそのまま抱きしめていた。


「大丈夫、今日はずっと隣で守ってあげます。幸先悪い感じですけど、楽しんでください」


その言葉を聞くと、彼女は僕の胸から顔を離し、そうだね、と歩いて行った。その顔がやけに赤かった気がする。


 あの人は一体何を考えているのだろうか。悪いのは私なのだ。変な三人組に絡まれたのは、私が小さくて弱そうだからだ。多分あの三人からは同年代だとも思われていないだろう。悪いのは私だ、それなのに近藤君は、助けてくれただけでなく、自分が付いていかなかったからだと、そう言っていた。どういう意味なのか分からなかった。でもとても格好良くて、思わず泣きついてしまった。そうしたら今度は『隣で守ってあげる』だ。恋愛関係に疎すぎるのか、無意識の優しさがあふれ出ているのかは分からなかったが、そんなことを言われては恥ずかしいではないか。多分、私の顔は今真っ赤だ。それを悟られぬよう、必死で近藤君の前を歩いていた。


「……さん、白井さん、聞いてますか?」


前から聞こえてきた声でふと我に返る。いつの間にか近藤君は私よりも前に立っていた。


「え、あ……ごめん。ちょっと考え事してて聞いてなかった……」


顔の赤さを気にしながら、謝罪する。彼は少し呆れた顔をしていた。


「何から回ります?って聞いてたんですよ。何がいいですか?」

「私は何からでも構わないよ。夕方から始まるパレードが見られればいいかなって感じ」


誘ったのは私からなのだが、計画はあまり立てていなかった。無計画だと思われただろうか。実際そうだから何も言えないが。


「じゃあ、順番に回ることにしましょうか。時間はいっぱいありますし」


そんな会話をして、私たちは漸く今日の方針を決めた。


「じゃあ、観覧車が一番近いし、観覧車にしよ」


近藤君の手を引き、私は巨大な観覧車へと走り出した。幸い、観覧車は最後に乗る、といった人が多いらしく、だいぶ空いていて、少し待っただけですぐに乗ることができた。


「たっかーい! ここの観覧車って、こんなに高くまで上がれるんだね!」


と、目の前ではしゃいでいる白井さんを横目に、僕はスマホを見つめていた。


「ねぇ、近藤君は見ないの?景色すごくいいよ、見てみなよ」


そんなことを言ってくる。でも僕は頑なにスマホから目を離さない。絶対に。


「……えいっ」


白井さんが僕の手からスマホを奪い取った。


「ちょっと、返してください!」


彼女に向って手を伸ばす。視界に、高く、きれいな風景が映る。確かにきれい、きれいなのだが……


「お願いします、返してください……高いところは苦手なんです……」


僕は高所恐怖症なのだ。だから景色をみないようにしていたのに。


「……ふふっ、あはははっ!」


白井さんがおなかを抱えて笑っている。人が怖がっているというのに、少し腹が立つ。狭いゴンドラのなかに、ころころと鈴を転がしたような笑い声が響いた。


「ふぅ……ごめんね、あんなに強いのに怖いものがあるんだって、ちょっと可愛くてさ。スマホ返すよ」


人の気も知らず、いい気なものだ。

 がこん、とゴンドラが大きく揺れた。先ほどまで回っていた観覧車が止まっている。なにかトラブルだろうか。僕らの乗っているゴンドラはちょうどてっぺんのあたりで止まっていた。

 

 「びっくりした……何かあったのかな。その、大丈夫? ずいぶん高いところで止まったけど」


観覧車が止まって、三分ほど経った。隣にいる近藤君は少し元気が無くなっている。


「心配しなくても大丈夫です、ただ……やっぱり思ったよりも高いですね……」


返答に明らかに元気がない。強がっているようだ。地上から90メートルくらいはあるだろうか。風が吹きつけているようだ。ゴンドラがかなり揺れる。


「ひぃっ……」


やっぱり強がっているだけみたい。ゴンドラが大きく揺れるたびに怯えた声が出る。ちょっと可愛い。彼の前に立ち、ぎゅっと抱きしめる。


「さっき助けてくれたお礼ってことで。何も言わないでよね、恥ずかしいんだから。でも、これだと怖くないでしょ?」


近藤君はすぐに振りほどくと思った。でも逆に彼は強く抱きしめてきた。


「ありがとう、ございます。もう少しだけ、お願いします……」


改めて考えるとこの状況、おかしいのでは。両思いでもない男女が狭い室内で抱きしめあっている……まぁ、嫌な気持ちはしないからまぁ良いか。十分ほどそうしていたら、ゴンドラはゆっくりと動き出した。少しトラブルがあったとアナウンス。それを聞いて安心したらしい。


「もういいです、離れてください。恥ずかしいので……」


声に落ち着きがある。いつも学校で見る近藤君だ。私は近藤君から離れ、窓の外を見つめていた。例年よりもかなり早く、雪がちらついていた。


 「私、少しお腹空いたんだけど、近藤君はどう? お腹空いてない?」


観覧車でのアクシデントを越え、次に嫌がる近藤君を無理やりジェットコースターに乗せた後、園内のレストランの前を通りかかったときに、私はそういった。


「少しお腹が空いたのでは無くて、このお店を見たから食べたくなったんじゃないですか……まぁもうそろそろお昼ですし、昼食にするならちょうどいい時間でしょうかね」


了承を得たことだし、私は近藤君を引っ張って、レストランの中へと入っていった。

 一番奥の席が空いていたのでそこに座り、メニューを開く。でも今私が考えているのは全く別のことで。その雰囲気が感じられたのだろうか。


「どうしました?何か考え事ですか?」


と近藤君が聞いてきた。


「えーっと……まぁ考え事かな。今日の私、彼女っぽく振舞えてるかなって」


なんだかそれが気になってしまった。時間に遅れてしまって、最初から不用意に行動したせいで事件に巻き込まれかけて、その他紆余曲折あって。私は近藤君の彼女として、恥ずかしい思いはさせていないだろうか。


「正直なところ、僕のイメージする彼女らしさって言うのは、白井さんには無いです。集合時間にかなり遅れるし、ちょっと人への警戒心無さすぎだし、後ろから付いてくるんじゃなくて、前に立って逆に僕のことを引っ張って行ったり。でも、将来白井さんと添い遂げる人は楽しそうだと思いますよ」


すごく正直に言ってくれた。はっきり言うべきことは言う。これも彼なりの優しさだろう。まだたった二時間余りしか一緒にはいないが、何となく分かった。


「やっぱりそうだよねぇ……まぁ、だから何だって話なんだけど……」


近藤君はもう注文を決めたのか、私を待っているようだった。


「あ、ごめんね。今決めるから少し待って」


それを聞いた近藤君は、クスリと笑った。なぜかはピンと来なかった。


 「じゃあ、おすすめハンバーグセット二つでお願いします」


レストランの店員にそう伝え、メニューが来るのを待つ。本日四回目となる、白井さんと二人で何かを待つ時間。入園待ち、観覧車待ち、ジェットコースター待ちと、今までは話し続ける事でどうにかしてきたが、さすがに話のネタが無くなってきた。しょうがない、このネタを使うか。


「白井さんのタイプの人ってどんな人なんですか?」


目の前でほかのメニューにも目を通していた白井さんにそう聞く。どうしてもネタが無くなった時の最終兵器だ。この話題なら少しは時間を誤魔化せるだろう。


「私の好きなタイプか……」


そう言うと、白井さんは手を組み、考え込んでしまった。話すために振ったはずなのに、却って沈黙を作り出してしまうとは想定外だった。幸い、その沈黙はすぐに破られたが。


 「私はね、私を守ってくれて、優しくて、かっこよくて、それから……私より小さい人がいいかな」


割と普通な男子の好みだった。自分よりも小さい人が好き、というのは除くが。


「最後の一個のせいで当てはまる人居なくなりましたね、っていう冗談は置いておいて、自分よりも小さな人が好きって女子は珍しいんじゃ無いですか?」


小学校、中学校と、クラスの中心には居なかったが、普通に恋バナくらいはしたものだ。少なくともその時には一人もそういう女子は居なかったはずだ。


「珍しいと思うよ。私ね、中学校の頃までは普通に、私より大きい人に好意持つたいぷだったんだけどね、二年生の頃にちょっとしたことがあってね……聞く?」

「聞きません」


思わず即答してしまった。だって、白井さんが少し苦い表情をしていたから。


「そっか、じゃあやめとく。店員さん来たよ」


店員が注文をもってやってきた。二人で手を合わせる。


「「いただきます」」


白井さんは小さな口にハンバーグを頬張っていた。なんだか小動物みたいで可愛らしい。でもそれは伝えない。小動物、が気に障るかもしれないから。だからその部分は伝えずに。

「可愛いね、白井さん」


 白井さんの動きが止まった。少し考えたが、今のはさらっと爆弾発言に近いのではないか。


「あ、その、違いますよ、白井さんのことが好きとかは関係なく、ただ食べてる様子可愛いなって……」


慌てて訂正する。純粋に、可愛いと思っただけだ。何もそういう意味では無い。


「うん……分かってる、そんなこと言ってくれると思えなくて。ありがとう」


頬をほんのりピンク色に染め、そう白井さんが答える。やっぱり彼女は普通に可愛かった。

 そこそこの量あった昼食を済ませ、二人でレジへと向かった。


「おすすめハンバーグセット二つで、2600円になります」


やはりテーマパークか、ファミレスなどに比べると多少割高だ。財布から2600円取り出し、店員に渡す。白井さんが何か言いたげにしていたが、見て見ぬふりをした。


「ありがとうございました。カップルさん、良いクリスマスを」


店員にそんなことを言われるとは驚いた。軽くお辞儀し、レストランを出る、すると白井さんが少し怒ったような口調で言ってきた。


「なんで一人で払っちゃうの、少し高いのに。1300円、返すよ」


さっき言いたげにしていたのはそんなことか。気にしなくていいのに……良い返しを思いついた。


「彼女らしく振舞いたいんでしょ。なら大人しく奢られてて良いんですよ」


少し不満そうだが、一応納得はしてくれたらしい。次は何に乗るのだろうか。白井さんの後ろを、僕は見失わぬようついて行った。


 「次はここにしよ、ゴーカート! 私は今年から乗れるようになったの!」


白井さんが嬉しそうに言う。確かに、ゴーカートには身長制限がつきものだ。140cm未満は、とかいう制限が。

「じゃあ乗りましょうか。競争しますか?」


どうやらここのゴーカートは決められたレール内を走るのではなく、コース内なら自由に走っていい。というもののようだ。


「競争か……良いね、やってみよ!」


冗談で言った競争だが、白井さんは意外にもやる気だ。レース用コースで受付を済ませ、案内されたコースへ向かう。もうすでに三台のカートがスタンバイしていた。


「あの人たち強そうだね。私たちも準備しよ。」


ヘルメットを被り、カートに乗り込む。普通のゴーカートと制度は違うが、本質は同じだ。白井さんもすぐ慣れるだろう。スタートのカウントダウンが始まる。カウントが0になり、レースが始まる……


 「うーん、近藤君速かったなぁ……」


意気揚々とやる気になったレースだけど、私は全然できなかった。近藤君は5人のなかで一番だったが、私は最下位だった。悔しい。でも、とても楽しかった。


「結構派手な運転でしたけど、大丈夫ですか。楽しかったですか」


近藤君がそう聞いてくる。


「うん、楽しかったよ。ただちょっと体痛いや」


まぁあれだけコースの壁にぶつかれば痛くなるだろう。えへへと笑って見せたが、近藤君は少し呆れていた。


「えへへじゃないですよ……まぁ楽しかったならいいですが」


近藤君は少し心配性なのかもしれない。腕時計を見る。1時半。まだパレードまではずいぶんと時間がある。何で時間を潰そうか。迷っていると、近藤君が肩を叩いてきた。


「あそこにしませんか。迷路なら沢山時間潰せるでしょう」


指さしたのは、あったか迷路、と看板を掲げた施設だ。寒さをしのぐのにも丁度良いだろう。少し並ぶことにはなるが、行くことにした。


 「あったか迷路ってどんな感じなんだろうね。ぽかぽかしてるのかな」


並んでいる間は、変わらず話をして時間を潰す。


「18℃……けっこうあったかいですね。そう書いてあります」


何処を見て言ったのだろうか。私には全くわからない。きょろきょろと見まわしていると。


「あそこです、受付の横の看板。見えませんか」


さらっと言ったがここから受付までは100mほどはある。普通は見えないだろう。少し目の悪い私じゃ猶更だ。すごいなと、感心した。


「ねぇねぇ、近藤君って優しいよね」


ちょっと静かな時間が流れ、耐えきれなくなった私はそんな話を切り出した。身も蓋も無い話だ。


「優しい……ですか。そう思ってくれてるならば嬉しいです。なるべく人に優しく、そう意識してますから……そういう約束ですから」


少し寂しそうな顔だ。今までの学校生活でも、時々チラッと見かけた程度だが……その中でも時折見せていたこの顔にはどんな感情が込められているのだろうか。分からない。でも、私が軽く踏み込んではいけないような気がした。


「この列結構長いですね…...疲れませんか?」


多分近藤君は少し飽きている。まぁ、今日は沢山並んだし、私もぶっちゃけ少し飽きているが。


「そうだね、やっぱりちょっと退屈だよ」


なにか話のネタが欲しい。この静かな時間が少し気まずいのだ。なにか無いだろうか。


「別に今全く関係ない話なんですけど、良いでしょうか」


そんなことを聞いてくる。話のネタをくれるならちょうど良い。私はこくりと頷いた。


「白井さんと留香って凄く仲良いじゃないですか、というより白井さんは留香意外と仲良くしないじゃないですか。どうしてなのかなって」


確かに全く関係は無い。でも気になるかもしれない。確かに私は留香ちゃん以外とはほぼ話さない。


「それはね、さっきレストランで言ったでしょ。中学校の時ちょっとしたことがあったって。その時に私の事をかばってくれたり、私の為に怒ってくれたりしたの。あと......他の人は私を同級生としてじゃなくて、妹みたい、とか。子供扱いしてくるし。だから私はあんまり他の人は好きじゃないんです。近藤君と話して、付き合ってみて、近藤君も留香ちゃんと同じ感じで、仲良くできそうって、私思うの」


ちょっと熱弁してしまった。でも本心なのは間違いない。


「そうですか、僕と、仲良くできそう、ですか」


そう言った近藤君の顔は笑っていた。間違いなく、私が人生で見てきた人の中で、一番。


「そろそろ順番ですね。準備しましょっか」


そう言って、笑いかけてくる。その顔には、少し無邪気さも含まれていたかもしれない。


 「中は迷路になっていて、ゴールできればクリアです。途中で出たくなったら、非常口ランプを探して下さい。途中にいくつかありますので。それでは、楽しんで」


説明を受け、僕と白井さんはあったか迷路の中へ入る。そこで僕たちを待っていたのは……


「さっむっ!」


18℃なんて大嘘の極寒の迷路だった。吐く息は真っ白。外は雪が散らついていたが、そんなものは比にならないレベルの寒さ。隣で白井さんが、小さな体を震わせていた。


「……大嘘付きですね。早く抜けましょう。風邪ひいちゃいます」


彼女の手を引き、迷路を進む。ゴールまでどのくらいあるのかは分からないが、闇雲に進んでも埒が明かない。モタモタしていては白井さんが辛いだろう。


「こういう迷路なんてやったことないから、私分かんないよ……近藤君、どうにかできる?」


そう呟く白井さんの声は弱弱しい。ほんとに、時間はかけていられない。自分のコートを脱ぎ、彼女に掛ける。


「近藤君、そんなことしちゃ風邪ひいちゃうよ。私なら大丈夫だから」


か細い声がそう答える。何が大丈夫だ。全身震えてるくせに。


「僕なら心配しないでください。体が大きいと寒く感じにくいってどっかで聞きました。僕よりも白井さんのほうが辛そうです。迷路ってのは壁に沿っていけば絶対ゴールするので、非常口探しながら進みましょう」


彼女は嫌々ではあったが、僕のコートを着てくれた。おそらくここで言い合っても何も変わらないと考えたのだろうか。大人しく僕の手を握り、後ろを付いてきた。

 少し進んだころ。不意に、後ろにガクンと体重がかかった。白井さんが転んでしまったらしい。


「ごめん、大丈夫。ちょっと足が縺れただけ」


起き上がった彼女はフラフラだ。


「ほんとに大丈夫ですか。おぶって行きましょうか」


体感ではあるが、おそらく-10℃は下回っているのではないだろうか。もしかしたら体温が下がりすぎているのかもしれない。現に彼女は質問に答えられなくなっていた。


「はぁ……この施設作ったやつのこと、僕一生恨みます」


誰に言ったか分からないそんな誓いを立て、僕は白井さんを背負った。ほぼ動きが感じられないし、少し冷たい。ほんとにまずい。急ぐ。彼女が寒さをなるべく感じぬよう、コートで彼女を覆う。五分ほど走って、僕たちはようやく、この迷路から抜け出した。雪がちらつくはずの気温が、とっても暖かく感じる。


「大丈夫ですか、白井さん。もう出ましたよ」


彼女からは応答がない。とりあえず、さっき昼食を食べたレストランへと入った。店員に事情を話し、スタッフルームへと案内してもらう。彼女を休憩用のソファに寝かせ、毛布を借り、彼女に掛ける。せめて夕方までには意識が戻って欲しい。パレードは見せてあげたい。彼女の隣に僕は座り、そう願っていた。


 「ちよちゃん、ちよちゃん起きてよ」


そんな声に呼ばれ、私は目を覚ます。なんだか見覚えのある部屋だ。どこだっけ。そうだ。病院のだ。なんで病院の、しかもキッズスペースににいるんだろう。私、近藤君と迷路に入って、それから……よく覚えていない。途中で意識が朦朧としていた。そのまま意識を失ってしまい、夢を見ているとそう考えれば自然だ。どうやら懐かしい思い出を夢として見ているらしい。まさか初恋の時のことを夢に見るとは。


「ありがとう、りーくん」


私を起こしてくれたのは、りーくん。その呼び名しか覚えていない。本名も聞いたはずなのだが、忘れた。確かこの時、私は軽い気管支炎で入院していた。りーくんも、原因は知らないが入院していたらしい。よく一緒に話したり、遊んだりしてくれた。でも彼は私が退院するよりも早く、別の病院へと移ってしまったらしい。ある日を境に、彼のことを見ることは無くなった。


「ちよちゃん、大きくなったらまた会いに来るね。そしたら、また一緒に遊ぼう」

「うん、約束だよ、絶対また会おうね」


そんな言葉を交わした日を最後に。彼は居なくなった。私の中のこの記憶も、時の流れとと共に風化し、消えていった。この夢も、断片的なもののつなぎ合わせのようだ。その証拠の一つが、彼の名前を憶えていないことだ。初恋なのに、忘れている。何も思い出せず、そのまま私の意識は徐々に覚醒していった。


 私は、毛布を被ってソファに寝かされていた。


「ん……んぅ……あったかぁ……」


ぽかぽかとしている。近藤君だろうか。意識をあの時失ってから運んでくれたのだろう。彼が隣に座り、うたた寝している。どうやら疲れさせてしまったらしい。


「ごめんね。ありがとう……」


彼の耳元でそう囁く。ぴくりと、彼が反応する。起こしてしまっただろうか。時計を見ると、午後六時半をを指していた。


「あ……目が覚めたんですね。良かったです。すごく、すごく心配だったんです」


彼の顔は安堵感に満ちていた。本気で心配してくれていたらしい。


「目が覚めたなら良かったです。歩くこと、できますか?もうすぐパレード始まっちゃいます。行きませんか。行きたいんでしょう」


近藤君はそういって、手を差し伸べてくれた。ちゃんと、入り口の時に言ったことを憶えていてくれたんだ。


「多分大丈夫。歩けるよ。それよりもありがとう。私、あのままだと死んじゃってたかも」


彼の手を取り、立ち上がる。少しふらついたが、ちゃんと立っていられる。


「大丈夫そうですね。スタッフさんにお礼言ってきます。まだ少しゆっくりしていてください」


近藤君はそう言って、部屋を出ていった。なんだろう。とても胸がどきどきした。そんなに仲良くなかった異性の前で気を失ってしまって恥ずかしい。多分そのせいなんだ。きっとそうだ。


「はぁ……私のこと、助けてくれたんだ。あの寒い中。正直かっこいいじゃん……」


部屋の外から足音が聞こえてくる。どうやら戻ってきたようだ。自分の被っていた布団をたたみ、部屋の隅に片づける。


「さぁ、行きましょうか。無理しちゃだめですよ。きつくなったら教えてくださいね」

「大丈夫だって、心配性なんだから。ただ、少しふらふらするから、手、繋いでもいい?」


そう聞いた近藤君は目を丸くしていた。男子としては、少し大きな、つぶらな瞳を。そして少し黙っていまった。照れているのだろうか。少し頬が紅くなっている。さっきの迷路ではあんなに自然に手、引いてくれていたのに。


「別に、良いですけど。その……恥ずかしく無いですか?」


やっぱり照れているんだ。


「恥ずかしくないよ。だって、カップルでしょ、私たち」


その言葉を聞くと、彼はそうだった、といったような顔をした。


「じゃあ、行きましょう。転ばないよう、しっかり繋いでてください」


私たちは暗くなった園内を歩いて行った。


 後ろでとことこと付いてくる彼女を、転ばないよう気を配りながら、日が沈み、暗くなった園内を僕達は歩いていた。パレードが始まるのは、メインストリート。さっきまで居たレストランからは少し遠いが、パレードの開始時間、七時までには余裕をもって間に合うだろう。


「この時間になると、カップルの人達、多いね」


僕の手を握った白井さんがそう言う。自分たちもカップルだろうとは思ったが。


「そうですね、ちゃんと恋愛してるカップルだらけです」


僕達とは違う。ちゃんと恋をして、互いのことを想って付き合っている、そんなカップルだらけだろう。僕たちみたいな、周りに流されて付き合ったようなのは居ないだろう。無意識に、手にぐっと力を込めてしまった。


「近藤君、どうかしたの?すっごく眉間にしわ寄ってるよ」


なぜ力を込めてしまったのか、僕は分からない。


「ごめんなさい、痛かったですよね、ちょっと考え事です」


園内の電気が消えた。もうすぐパレードが始まるらしい。開始時間には間に合ったが、少し遅かったようだ。メインストリートのすぐそばに作られた観客席はとっくに埋まっていた。


 「あちゃぁ、やっぱ遅かったかぁ。ちょっと見えないかもな……」


隣で白井さんがそう呟く。声に残念に思う気持ちが詰まっていた。確かに、このままパレードの車両が来ても、だいぶ後ろのほうだ白井さんには見えないだろう。人の壁が、白井さんの前を塞いでいた。白井さんの顔はとても悲しそうだ。なぜだろう、その顔を見ると、とっても助けたくなるのは。その顔を見ると泣いて欲しくないと思うのは。その顔を見ると、笑っていて欲しいと思うのは。

 彼女の足を掴み、肩の上に乗せる。ちょうど肩車の状態になった。


「え、ちょっと、近藤くんっ」


白井さんが虚を突かれ、慌てる。彼女が今日ズボンでよかった。


「少し恥ずかしいでしょうが、我慢してください・・・…これでパレード、見えますか」


頭の上で彼女が静かになる。どうやらパレードが始まったらしい。キラキラと、夜の中を光る車両がゆっくりと進んでゆく。夢の世界を自称しているだけあり、その様子は幻想的だった。


「久しぶりにこのパレード見たな……来年も、見たいな……」


そんな言葉が上から聞こえる。独り言だろう。聞こえなかったふりをする。だって、来年にはきっと、互いに本当に好きな人がいるはずだから。別に彼女のことが嫌いなのではない。むしろ好き側に傾くだろう。()()()()()付き合っている。それは恋愛ではなく、僕達には友達の延長線上でしかなかった。


 パレードの雰囲気もすっかりと消え、さっきまで園内のいたるところにいたカップルも、少しずつまばらになってきた。時刻は、夜七時半を回ったところだ。観覧車に乗っていたころはちらつくだけだった雪も、今になっては道の表面にうっすらと白い化粧をするほど降っていた。


「そろそろ帰りましょうか。今から駅に行けば、ちょうど電車もくる時間です」


よく電車の時間、把握してるなと思った。私なら電車で帰らなければいけないことなど忘れて、それに気づき、大慌てで電車に駆けこむ。そうなっていただろう。


「そうだね。今日、すごく楽しかったよ。ちょっとした事件もあったけどね」


なんだか今日は彼に頼りっぱなしの一日だった。でもそれだけ近藤君が頼れる人だと知ることもできたし、同時に彼の優しさも感じられた。そんな一日だった。

 何も言わず、近藤君が私の手を引き、歩き出した。形だけ、そういい続けてきた彼から手を握ってくるとは思わなかったもので。


「僕、クリスマスって苦手なんですよ」


駅までの道のりの中で、近藤君が不意にそんなことを口にする。

「どうして? 私大好きだよ。今日みたいに雪が降ったら綺麗だし、恋人たちの日って感じで、ロマンチックじゃない」


雪がちらちらと降り続く。会話の間の沈黙を、埋めてゆく。


「苦手です。正確にはクリスマスじゃなくて……クリスマスも好きというわけでは無いですが、12月25日という日付が苦手です」


彼はそれ以上何も言わない。踏み込むべきだろうか。でもそこまでの関係でもない。でも興味しかない。


「この日には、何かあったの? 嫌なこととか」


聞いてしまった。でも近藤君の顔には嫌悪感などなくて、安堵感に満ちていた。


「話してもいいのなら。駅に着くまで、話させてください。誰にも話せなくて、もやもやしてるんです」


自分から聞いたのだ断る理由などない。それに、それで近藤君がすっきりするのならば今日の恩に少しは報うことができるはずだ。


「良いよ。聞く。ゆっくり話して」


その回答を聞き、近藤君が歩きながら、ゆっくり話しだした。


「四年前。四年前の今日も、こうやって雪が降ってました。あの日は、妹と二人で、家の近くのクリスマスイベントに行きました……」


雪が降り始めた、聖夜の夕方。


 「お兄ちゃん、雪降りだしたよ」


隣でころころとした声でそう言うのは、僕の双子の妹。近藤雪奈(こんどうゆきな)。学校では同じクラスだし、そこら辺の兄妹よりも仲良くしているだろう。今日は雪奈と一緒に、小学生最後のクリスマスを楽しんでいた。


「そうだね、寒くなってきたね……なんか欲しい物でもある? お兄ちゃんが買ってやるぞ?」


少しくらい、兄っぽく振舞ってみる。


「こういう時だけ、お兄ちゃん面しないの。私たちは双子だから、兄とか妹とか特に関係ないよ、お兄ちゃん」


そう不満そうに言ったが、雪奈は無意識にお兄ちゃんと僕のことを呼ぶ。町の中を、とはいっても家から歩いて十分もかからない距離の場所だが、二人で歩く。時刻は六時を回り、少しずつ暗くなってくる。町の中に、年上の人達が、高校生くらいだろうか。そのくらいのカップルが増えてきた。毎年のように、町の中心の広場に向かう。大きなクリスマスツリーが、たくさんの電飾に飾られ、輝いていた。


「毎年毎年見に来るよね、このツリー。今年で7回目かな。私たちも、大きくなったね。特にお兄ちゃん」


僕はこのころから少し身長が伸びていた。平均的な身長の雪奈が、少し小さく見えるくらい。


「そうだね。もうすぐ僕らも中学生だよ。中学生になったら何したい? サンタさんになんか頼む?」


少し冗談混じりでそう答える。少し子供っぽかっただろうか。


「サンタさん、もうすぐ来なくなっちゃうかな。でも今年は良いプレゼント貰ったよ。お兄ちゃんと過ごすクリスマスっていう、良いプレゼント。ありがとう」


その時の雪奈はすごく笑っていた。でも、笑顔を見るのはそれで最後だった。


「雪奈、危ない!」

「え……?」


雪奈に、というよりもスリップして歩道に乗り上げたトラックが、運悪くこちらへ突っ込んできた、というほうが正しいか。咄嗟に手を伸ばす。届かない。僕の目の前で、雪奈の体が、巨大な鉄の塊に吹き飛ばされた。すらりとした、細い体が宙を舞い、地面に打ち付けられる。


「ゆ……きな……?」


町のお祭りムードが一転し、凍り付く。静寂が広場を包む。


「雪奈、雪奈!」


倒れて、動かない雪奈に近づき、抱きかかえる。血がダラダラと流れる。その様子が、雪奈が少しずつ居なくなっていく気がした。


「お兄……ちゃん、ごめ……んね……だい……す……」


その言葉を最後まで言い切ること無く、彼女の体が軽くなった。


「嘘だよ、嘘、ねぇ、雪奈、起きろよ! 雪奈!」


暗くなった聖夜に、虚しく泣き声だけが響き渡った。


 近藤君が過去の話をし終えた頃、ちょうど駅に着いた。


「ごめん。やっぱり興味本位で聞く話じゃ無かったよ。辛い思い出だよね、それなのに聞いちゃって」


少し、いやかなり私は後悔していた。やっぱりだ。首を突っ込むべきでは無かった。


「僕、雪奈の一番近くに居たんです。それこそ、あと一瞬早く動けていれば、気づいていれば、雪奈は死ななかったんです。僕のせいなんです。僕が、もっとしっかりしてれば……」


近藤君の声がどんどん小さくなっていく。彼のことを、自責の念が押しつぶそうとしているように見えた。


「過ぎたことでくよくよしないでよ、近藤君らしくないよ。それに、近藤君は悪くないよ……雪奈さんだって、きっとそう思ってるよ」


彼の言葉に、そう口を挟む。そうでもしないと、見ていられなかったから。どうやら効果ありのようだ。近藤君は一瞬驚き、すぐに笑顔になった。


「なんででしょうね、白井さんといると、なんだか安心します。自分を肯定してくれてる気がして。今日は12月25日を、ちゃんとクリスマスとして、楽しめました」


お礼なんてこっちが言いたいくらいだ。そろそろ電車が来る。定期を改札に通し、ホームへと向かった。


 「白井さん、どこの駅で降ります?」


近藤君が聞いていた。


「私は花見音駅だよ。近藤君は?」


少し考える素振りを見せ、近藤君が答える。


「僕は夢の花駅なので、白井さんのほうが二つ後ですね」


そんな話をしていると、電車がホームへと入ってきた。きいぃと音を鳴らし、車両が止まる。ドリームランドにはたくさん人がいたが、電車で来た人はあまりいないらしい。電車の中は私たち以外、誰もいなかった。二人で並んで座席に座る。電車が、走り出した。

 

 たたたん、たたたんと、規則正しい音を立てながら電車が走る。窓の外はとっくに夜の闇が包み込み、町の明かりがぽつりぽつりと輝いているだけだった。ここから三十分ほど僕らは電車に揺られるわけだが、一つ大問題があった。僕の肩には、今、わずかな重みが感じられた。重みと同時に、すやすやと、穏やかな寝息も。大問題とは、このことである。白井さんが僕に寄りかかり、熟睡してしまったこと。まぁたくさん歩いたし、いろんなこともあった。だから疲れてしまうのはしょうがないと思う。現に僕も少し瞼が重たい。


「降りる駅、少し後の駅にしましょうかね。起こすわけにはいきませんし」


そんな気遣いをよそに、白井さんはすやすやと眠っている。その時、体が大きく傾いた。急カーブだろう。僕の肩に乗っていた小さな頭がするりと滑り、僕の足の上に乗った。ちょうど膝枕の体勢で。


「はぁ……急カーブ、恨みますよ……」


結構大きな揺れだったが彼女は動じない。寝顔には相変わらず静かな笑顔が張り付いていた。なぜだろう。その可愛い寝顔を見るととっても安心した。


『次は、琴葉崎、琴葉崎へ向かいます。』

電車内のアナウンス。それを聞いて私は目を覚ました。琴葉崎というのは、私の降りる花見音の一個手前だ。それが何を意味するのか。つまり今この電車は夢の花駅にいるということだ。今日私と一緒に楽しんでくれた彼が降りる駅が。


「近藤君、ごめん、おりなきゃだよね。今起きるね」


いつの間にか膝枕になっていた。恥ずかしいと思いながら体を起こそうとする。


「良いですよ。あと二駅あるんです、疲れてるなら休んでてください」


それだと近藤君は帰るのが遅くなってしまうし、何より膝枕なのは変わらない。でも、それでも私は言葉に甘えてしまった。なぜかは分からない。彼の足に頭を乗せ、再び私は眠ってしまった。

 次に私が目を覚ましたのは、見覚えのある駅のホームで、近藤君の背中の上でだ。


「ん……ここ何処……」


まだ意識がはっきりとしない。近藤君の言葉に甘えて眠り、それから……


「起きましたか。駅、着きましたよ。家まで送ります」


どうやら私はなかなか目を覚まさなかったらしい。近藤君が背負って、降ろしてくれたようだ。そこまでしてもらって尚、家まで送ってもらうのは甘えすぎな気もするが、だいぶ時間も遅く、少し怖かったので送ってもらうことにした。私の家は駅から三分ほど。目と鼻の先、とまではいかないがかなり近いほうだ。駅から家までの間、私たちは一言も話さなかった。電車で爆睡したことが恥ずかしくて話せなかった、とかではなく、話さなかった。沈黙だが、気まずい沈黙では無かった。

「ここが私の家だから。その、今日はほんとにありがとう。」

家に到着し、玄関の前で彼に礼を言う。今日は彼に感謝しっぱなしだ。朝遅れて来ても気にしないでいてくれたこと。髪をきれいに結んで、『おしゃれ』と、『可愛い』と言ってくれたこと。開園を待つ間話をつないでくれたこと。変な三人組から守ってくれたこと。あげていくとキリがない。だから私は、この一言で片づけることにした。


「今日の近藤君、私の自慢の彼氏だったよ」


そんなことを言われると思っていなかったのだろう。一瞬近藤君のの動きが止まり、そしてお決まりのあの事。


「形だけの彼氏じゃないですか。でも、ありがとうございます」


そう言った彼は嬉しそうだった。気を付けてね、と言うと、彼はゆっくり休んでくださいね、と返してきた。

 そう、私たちは()()()のカップル。でも、私の心の中には少し燻るこの気持ちは何なのだろうか。もやもやとした気持ち。私はそれに答えを出せずにいた。








とりあえずひと段落着いたので、第一話はここで終わらさせていただきます。どうだったでしょうか。面白かったでしょうか。ストーリーのほうでは、あまり恋愛に進展がなく、申し訳ありません。

僕自身、かなり遅筆な方になると思うので、二話の更新はかなり遅くなるかもしれません。初投稿の僕の作品、もしも続きが見たいなんてもの好きな方いらっしゃいましたら、気長にお待ちください。それでは、和水ゆわらでした。

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