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王立騎士団二番隊の新年会 ~団長命令です、酒は飲んでも飲まれるな~


スリベグランディア王国の王立騎士団二番隊。希少価値の高い魔導騎士ばかりが集められたその隊は、しかしその実非常に和気あいあいとして元気な、言うなれば体育会系の熱い集団だった。特に隊長ダンヒル・カルヴァートと副隊長イーデンに対する信奉具合は、もはや他の隊に所属している騎士たちから狂気と言わしめるほどである。

その二番隊には幾つか恒例行事と言われるものがあった。

新人であろうが古参の騎士であろうが、二番隊に所属しているものは須らく出るべしと定められている恒例行事――その一つ目が、一年の最初も最初に開かれる新年会だった。


「ということで、我が二番隊の栄光を祈ってかんぱ――――――いっ!!!」

「かんぱ――――――――い!!!!」

「今年も隊長、副隊長、どうぞご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いしますでも少しは優しくして欲しいですっ!!」

「俺はもっと虐めて欲しい!」

「ばっかお前なんて性癖暴露してんだよ隊長が気の毒だろ!?」


野太い声が料理屋全体を揺るがす勢いで騒ぐ。だがこれも例年のことなので女将は笑って聞き流す。寧ろ戦場と化している厨房と二番隊の騎士たちが座っているテーブル席を行ったり来たり、てんてこ舞いで文句を言う暇はない。

ちなみに二番隊の年若い騎士が「新年会をしたいのだが」――と予約を取りに来た段階で、女将の脳内は目まぐるしく計算が繰り広げられる。去年の記憶と帳簿を引っ張り出し、確か酒と肉が足りなかったが果物の減りは少なかったとか、菓子は意外と副隊長が食べていたから副隊長が好きそうなものを多目に用意しておかなければとか、隊長が好きらしいニシンのシチューは必ず用意しておかなければとか、そんなことを必死に考えるのである。

ただ有難いことには、王立騎士団二番隊の騎士たちは皆非常に礼儀正しく、新年会の日は店を貸し切りにしてくれる。お陰で一般客と喧嘩したりとか一般客から文句が出たりとか、そういう心配は一切ない。尤も酒が入るので会話は男らしく際どいものになったりするが、幸いにも殴り合いの喧嘩になったりもしないので助かっている。寧ろ新年会で恩を売っておけば何かあったときに助けてくれる――なんて下心も、女将の中にはあったりするようだ。


だが、そんな店側の事情なんて二番隊の騎士たちは知ったこっちゃないわけで、一皿目のサラダが出されるよりも先に乾杯の音頭と共に空になったコップへ次々と酒が注がれる。


「隊長~実家には最近帰られてないんですか?」

「なんでそんなこと訊く?」


二杯目の酒を飲みながらほんのり頬を赤らめた隊長ダンヒル・カルヴァートが眉根を寄せた。酌をしに近づいて来た騎士が「だってぇ」と言う。その彼は実は三杯目。駆け付け二杯とばかりに空腹へ酒を入れたせいで、だいぶ酒の回りが早いらしい。


「隊長モテるのに全然そんな話聞かないからぁ。そろそろ縁談の話も出るんじゃないですかぁ?」

「なよなよした喋り方すんな気持ち悪ィ。――ねえよ、縁談なんざ」

「ええ~!?」


驚きの声を上げたのは酌をしている騎士――ではない別の騎士。二杯目を飲んでいる彼はまだ素面だ。ちなみに彼は単なる水でも酔えると豪語して憚らない。それなら水飲まなくても酔えるんじゃないか、それって単なる変な人じゃないかと周囲は思っているのだが誰も突っ込まない。


「ちょっと待ってくださいよ隊長、隊長が結婚してくれなきゃ俺たち困るんですから!」

「何が困るってんだよ!?」

「若くてかわいい女の子たちが皆隊長のこと狙ってるの知っててそれ言いますか!?」

「狙ってねえよ何言ってんだお前ら!」

「隊長が売れてくれねえと俺たちに回ってこねえのに!!」

「言うに事欠いて売れるってなんだコラァ!」


ダンヒルは怒鳴りつけるが愛すべき部下たちは全く聞く耳を持たない。運ばれて来たサラダをかっ喰らいながら太っちょの騎士が「だって」と言う。


「カルヴァート辺境伯家嫡男! 栄えある王立騎士団二番隊の隊長!! それでしかもこの顔面!!! これで女が靡かない方がおかしいってもんですよっ! 神は二物どころか三物も四物も与え給うたか何たる理不尽!!」


くう、と言いながらサラダを酒で流し込む。そうこうしている内にニシンのシチューが運ばれて来た。


「隊長これ好きでしょ召し上がってくださいよ」


そそくさとシチューをまるで自分の手柄かのように差し出す騎士。横から「お前ここぞとばかりに媚売ってんじゃねえぞ」と突っ込まれ「これで今年の訓練楽にならねえかなって……」と呟きダンヒルに頭を叩かれた。


「いってぇ……!」

「わかったお前だけ今年の基礎鍛錬他の奴らの二倍な」

「隊長、ひでぇ!」

「大丈夫だって、隊長今日のこと全部忘れてるから」


何を隠そう二番隊隊長ダンヒル・カルヴァート。酒癖が悪いというほどでもないのだが、強かに酔っ払うと記憶をなくす。一方、全く酔いが顔に出ない副隊長イーデンはしっかりと全てを記憶に残しているらしい。

辛うじてまだ理性が残っていたダンヒルは少し離れた場所で黙々と手酌をしながら飲んでいるイーデンに声を掛けた。


「おいイーデン覚えとけ」

「はい、承知しました」


途端に頭を叩かれた騎士が涙目になる。


「隊長ぉぉぉおお!?」

「問答無用」


冷たく切り捨てるダンヒルに縋りつくが、男に抱き着かれても嬉しくねえと振り解かれた。ダンヒルは深々と溜息を吐く。


「大体、良いかお前ら、今日は羽目外すんじゃねえぞ」

「え、どうしたんですか隊長」

「今日は珍しいじゃないですか隊長」

「隊長らしくもないですよ隊長」


嗜めるようなダンヒルの口調に騎士たちは揃って首を傾げた。新年会といえど無礼講、翌日は大多数が休暇を取っているため飲めや食えや歌えやのどんちゃん騒ぎが例年だ。だがダンヒルは首を振る。


「ここに来る前に団長に釘を刺されたんだよ。酒は飲んでも飲まれるな――だとよ。てことで団長命令だ、お前ら酒には飲まれるなよ」

「ええ―――――っ!」


不平を唱えるものの団長命令ならば仕方がない。渋々と頷いた騎士たちだが、酒を飲むペースは変わらない。その中の一人、何とも言えない表情で酒を見つめていた騎士がぽつりと呟いた。


「――ていうかむしろそれ、隊長に仰ったんじゃないですかね」

「――――――あ、それ俺も思った」


ぽそりと隅の方でダンヒルに聞こえないよう呟く騎士たち。ダンヒルは強かに酔っても悪質な絡み方はしないが、七面倒な絡み方になる。普段の軽薄、ではなく女扱いに手慣れた伊達者のような雰囲気はなくなって、雨の中打ち捨てられた子犬のようになる。そしてイーデンに担がれ宿舎に戻るのが恒例だ。

団長、そのこと言ってたんじゃね、というのが大方の見方。だがダンヒルに聞かれてはならない。まだ命は惜しい。


「もしかして隊長、女の理想が高いんじゃありません?」


勇気ある一人の騎士が話題を無理矢理戻した。ダンヒルが顔を顰めるが彼は気に留めない。


「別に高かねえ」

「いやそんなことないでしょ。だって()()母上の顔を見て育って来てるんですよ」


一層ダンヒルは渋い顔になる。

ダンヒルの母親ビヴァリーは若かりし頃、宮廷の華と呼ばれ、月も恥じらい雲に隠れるほどだと謳われた美女である。当時男たちは彼女の虜になった。だが彼女は嫋やかに笑み軽やかに笑うだけ、決して一線を越えさせなかったという。彼女がカルヴァート辺境伯に嫁いだ時は、恋い焦がれた男たちの涙で王宮が水浸しになったとか、ないとか。いやそんな馬鹿な話あるもんかい、とダンヒルは半眼で盛り上がる仲間を眺めやる。


だがその彼女も子供を産んでからは滅多に社交界に顔を出さなくなった。そのため二番隊の中でもビヴァリーを知る者はごく僅か。ダンヒルも決して母親のことを口にしないから、女っ気のない騎士たちの妄想は捗るばかりであった。

そんなダンヒルの内心に気が付かない騎士たちは調子に乗る。


「イーデン副隊長! 副隊長は隊長の母上にお会いになったことはあるんですか!?」


一人が声を大にして尋ねれば、杯を重ねたイーデンは無言のまま頷く。途端に騎士たちはどっと湧いた。良い酒の肴である。普段自分たちをしごきにしごく隊長の、美しき母親。これを肴としなくて何とする。


「やっぱりお綺麗なんスか!?」

「いいなぁ、近付くと良い匂いがしたって父が言ってましたよ」

「遠目から見てもこの世のものとは思えない美しさだったとか!」


かーっ! 良いなぁ、なんて口々に言い合う部下たちを、イーデンは一瞥。そして無言のまま頷いた。

途端に騎士たちは更に盛り上がる。興奮は最高潮に達し「やっぱり綺麗なんだ」だとか「羨ましい」だとか「この肉うめぇ」だとか、関係ない言葉も時折聞こえては来るものの、果ては「隊長そんな仏頂面になるくらいならその立ち位置俺に譲ってくださいよ!」なんて猛者まで現れる。

部下たちから次々と酌をされ気付けば顔を真っ赤に染め上げたダンヒルは、とうとう腕に絡みつく部下を一人投げ飛ばした――座ったまま、筋骨隆々の部下を腕力だけで。いや、多少魔力は使ったが、本気を出せば相手は料理屋の壁をぶち破って空までぶっ飛ぶから、だいぶ理性を働かせた。

それでも部下は大きな音を立てて壁にぶつかり床に転げた。幸せそうに顔が緩んでいるが誰もが見ない振りをする。そして堪忍袋の緒が切れたダンヒルは部下たちを一喝した。


「そりゃ外面が最強に良いだけだ、良いかあんなやつバケモンだすっげぇ怖ェんだぞ!? あいつを相手にするくらいなら魔物襲撃(スタンピード)のど真ん中に一人放り込まれた方が遥かにマシだ!!!」


落ちる沈黙、唖然とする部下、肩で息をするダンヒル、我関せずのイーデン。ちなみにイーデンはビヴァリーのこととなると豹変するダンヒルを長年見守って来ている。今更である。

騎士たちは顔を見合わせた。嘘吐けぇ、という顔でダンヒルを睥睨する者も居る。酒が入った今、恐れるものはなにもない。


「えー、でも貴婦人でしょ?」

「そんな怖いもんですかぁ?」

「というか、隊長がそこまで怒らせるほどの何かをしたんじゃ?」

「いやでも、もしかしたら隊長も俺たちと同じかもしれねえぞ? オカンと女房には頭が上がらねぇっていう……」

「ああ、女房の尻に敷かれるってヤツな。そういや俺の親父もそうだった」


途端にダンヒルはぎっ! と音をさせて部下たちを睨みつける。でも涙目になっているせいかそこまで迫力はない。例えるならば雨の下で彷徨う子犬の風情。一人の騎士が「あ、まずい、隊長だいぶ酔ってる」と呟くが最早ダンヒルを止められる者はいない。酔った地位の高い奴、これ最強である。


「そうじゃねえよ! 何かあっても口で話す前に実力行使だぞ!? お陰で俺の反応速度は魔術でも剣術でも体術でも騎士団上位だよ! 小せぇ頃から庭で遊んでただけでもいつの間にか上から槍降ってくるわ目の前にでっけぇ落とし穴あるわ、その落とし穴もとっとと魔術なり何なり使って自力で抜け出さねぇと上から土と水が降ってくんだぜ殺す気かよ!!」


顔を真っ赤にして涙目、というかもう泣いてるんじゃなかろうかという形相でダンヒルは嘆く。最初こそ面白そうな顔をしていた騎士たちも顔を引き攣らせ「うっわあ」と言いたげだ。寧ろ数人は声に出している。料理屋だし相手は隊長だしで堪えているが、心中では百歩程度引いてるんじゃなかろうか、という態度だ。その内の一人が勇気を出して恐る恐る尋ねた。


「あのぉ、それって辺境伯――隊長のお父上の仕業とか、それとか剣の家庭教師の抜き打ち試験とか――その可能性は」

「ねえよ! 親父は温厚な人柄だし家庭教師が辺境伯家嫡男の命を遊びで獲ろうとするか!? しねえだろ!! バ――母上以外にそんなことする奴いねえよ!」


絶叫に近い声量でダンヒルは一気に反論する。それを聞いた騎士たちはこそこそと耳打ちしあった。


「おい聞いたか、お父上の事は“親父”って呼ぶのに母親のことは“ババア”って言いかけて“母上”って言い直したよな?」

「――俺もそう聞こえた。やっぱり怖いって本当なんじゃね?」

「お前ら聞こえてるからな!?」


ダンヒルが噛み付く。けれどだいぶ強かに酔っている彼の記憶に、母ビヴァリーについての話は残っていないだろう。どうやらビヴァリー・カルヴァート辺境伯夫人のせい――もとい、お陰でダンヒル隊長の婚期はまだ先のようである、という結論に騎士たちが行き着くまでにそう時間は掛からなかった。



*****



新年会の翌々日。ダンヒル・カルヴァートは痛むこめかみを指先で抑えて、隊列を組む部下たちを前に大きく溜息を吐いた。騎士たちは緊張した様子を隠さない。

勿論、ダンヒルは二日酔いに苛まされているわけではない。でも胃は痛い。これは食べすぎのせいではない。体調はすこぶる良好、睡眠も十分、それでも頭と胃が痛むそのわけは。


「ヘガティ騎士団長から、本日より一ヶ月ほど二番隊の騎士に対し私用での外出禁止命令が出された」

「――――え?」


騎士たちが呆然と目を瞠る。何故、と問う視線を一身に浴びて、ダンヒルは細く長い息を吐き出した。


「新年会で“酒に飲まれた騎士多数”との報告が団長に上がったため、団長命令違反を二番隊が為したとの判断だ」


あんぐりと、騎士たちの口が開く。絶叫したかったのかもしれないが、騎士としての意地か辛うじて抑え込む。数人が責めるようにダンヒルを見た気がしたが、ダンヒルは無視した。新年会後半の記憶は残っていないが、部下たちが寄って集ってビヴァリーのことを根掘り葉掘り訊いて来たことは薄っすら覚えている。だから少し意地悪な気持ちもあった。ヘガティ団長から命令を受けた時にあまり反論しなかったのは意趣返しの気持ちもある。訓練をしていれば一ヶ月なんてあっという間だし、実際に以前も出動回数が増えたために私用の時間を取れなかったことは多々あった。


「一蓮托生、連帯責任。諸君、王立騎士団二番隊の騎士としての自覚を持ち節度ある行動を頼む」


平然と言ってのけたダンヒルに、騎士たちはがっくりと項垂れながらも了承の答えを返したのだった。次に飲むときは隊長が酔っ払いすぎないように、極力酒を勧めないようにしようと、守れるのかも分からない決意を心に秘めながら。


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