表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

ポールさんの休日 前編


スリベグランディア王国で名家と呼ばれる魔導士の家系、ドラコ一族。その若き次期当主ベン・ドラコの執事――もとい料理人、もとい庭師、もとい以下略のポールはその日、久々に休暇を取っていた。


(ああ、素晴らしい朝! 素晴らしい空気! 素晴らしい日!)


筋肉隆々の彼は無表情の下でそんなことを思う。今日の休暇のために、ポールはここ連日仕事を詰めていた。ストレス解消のための菓子作りすら封印し、ただひたすら職務に打ち込んだのである。今日この日のためにはどんな苦労も厭わない。


嫌がる主のベン・ドラコの尻を仕事へ行けと蹴り飛ばし、長兄に引け目があると愚痴をこぼしにやって来た末弟のベラスタには作り置きしていたクッキーで口を塞ぎ、魔術の腕が上がったと自慢しにやって来たベラスタの双子の姉タニアにはその魔術を実践に生かせと言って掃除をさせた。勿論、調度品を壊したら弁償だと言えば不満そうに人力で掃除をしていた。褒美にクッキーをやった。


(さて――まず最初に向かうのは)


休日にどのように過ごすのか、ポールはたいてい前日の夜に計画を立てる。特にストレスが溜まる日々を過ごした後に向かえる休日はしたいことが山ほどだ。だからこそ一分一秒でも無駄にはできない。

そして休日を充実したものにするため、その日のポールは“とある高貴な血筋に仕える下男の休日”という主題(テーマ)で自らの衣服を選んだ。下男にしては多少、筋肉質だし目付きも鋭い気がするが、人はたいてい見た目で判断する。ポールが只者ではないと見抜く人物は一般庶民ではないはずだ。

ポールは堂々と胸を張って道を歩くと、やがて商人たちの住む区画に入った。ここまで来ると往来を行き来する人の数も増える。時々若い娘が目を輝かせてポールを振り返るが、ポールは一切気にしていなかった。わくわくと胸を高鳴らせて最初に一軒の店に入る。

その店は少し古びた造りだったが、隅々まで綺麗に掃除されていた。扉はきっちりと閉められていて入り辛い雰囲気だが、中に一歩入れば店内はレース編みの商品で溢れている。


「はいよ、いらっしゃい!」


元気な声を上げたのは気風の良い中年の女性だった。ぽっちゃりした体形を小さな丸椅子に()()()()()()、狭いカウンターの奥に収まっている。まるまるとした器用に動く手は、驚くほど繊細なレース編みを生み出していた。


「ご無沙汰しています」

「ポールさんじゃないか、久しぶりだねえ! 元気にしていたかい?」

「はい、お陰様で」


にこにこと顔を綻ばせる女性に優雅に挨拶をする姿は、間違っても下男には見えない。だが女性は気にすることなく高らかに笑った。


「相変わらずそうで良かったよ! そうそう、あんたがこの前に持って来てくれたレース編み、好評でねえ。あっという間に売れちまった」

「そうですか。それは良かったです。新しいものも持って来たんですが――」


言いながらポールは手に持っていた袋から大量のレース編みを取り出した。ハンカチーフやコースター、髪飾りだけでなく、カーテンやテーブルクロスなどの大物、手袋やショールまである。それもそれぞれ一点ずつではなく、複数個ずつだ。

目を丸くしてカウンターに積まれていくレース編みの山を凝視していた女性は、やがて呆れかえった様子でぽつりと呟いた。


「――あんた、どんだけストレス溜め込んでたんだい」


ストレスを溜め込むと手先を使う作業に没頭し、芸術品を大量生産してしまう。その癖をレース店の女店主にも知られていたポールは笑顔を浮かべて誤魔化した。



*****



レース店でストレスにより作りすぎた作品を売り、そして空になった袋には新しく購入したレース編み用の糸を山ほど詰め込んだポールは、次の店へと向かった。やはり途中でも年若い娘たちが目を輝かせて振り返る。時折、すれ違う男性が意味深な目で舐めるように彼の肉体を眺めているが、誰の視線もポールは気に留めなかった。

そう、ポールには時間がないのである。


ポールが向かった二軒目は、一軒目の店よりも多少新しかった。軒先には薬草が大量の吊るされて干されている。近づくほどに独特な香りが濃くなるが、ポールは気にせずに店内に入った。


「あらあ、お久しぶりねえ、ポールさん」


にこにこと笑いながら出迎えてくれた女性は、店主の妻だった。若く妖艶で色気があるが、既に白髪に変わった店主と若くから連れ添ったというからポールの母親世代であるはずである。だが彼女の前で年齢に関することを口にすることは、即ち死を意味した。


「はい、お久しぶりです。ご主人はお元気ですか」

「ええ、相変わらずよお。一週間前から森に行ってるわあ」


店主は昔から薬草(ハーブ)に造詣が深く――夫人に言わせると重度の薬草(ハーブ)馬鹿(フリーク)らしい。彼に付ける(ハーブ)はないと呆れられるほど。つまり手の施しようがない。

だが、その分彼の処方するハーブティーやハーブから抽出した薬の効能は高い。


「――それなら、そろそろお帰りになられますかね」

「会いたかったのお?」


きらりと夫人の目が光る。ポールは小さく首を振った。


「そういう訳ではないんですが。頭部に関する不安がそろそろ解消されたか気になりまして」

「あらあ、残念ねえ。未だ解消されないどころか、進行してるわあ」


どんなに優れた薬師でも解決できない悩み、それが頭頂部の毛が最近少し薄くなって来たかなと不安に思うその時には後頭部がヤバいことになっている、アレである。


「薬草に造詣の深い彼でしたら、人類共通の悩みを打開できるのではないかと期待しているのですが」

「まあ」


夫人は目を瞬かせる。その様は百戦錬磨の女たらしも落とすだろう色気を漂わせていたが、ポールは一切の動揺を見せない。そして夫人も、ポールが動じないことには慣れていた。わざとらしくポールの頭頂部を眺め、可愛らしく小首を傾げてみせる。


「まだ、頭に不安はなさそうだけどねえ?」

「私ではなく主の方です」

「――貴方の主、ヤバいのお?」

「主に生え際が」

「――――――そう」


夫人が真顔になる。平然と主のプライベートな悩みを暴露したポールは、不足している薬草を幾つか買い付けると颯爽と店を出た。ちなみに主であるベン・ドラコの生え際はまだ健在だ。ただ彼の父や祖父を見ると、あと十年以内にハゲ薬が見つかると良いなぁと思う、主思いのポールであった。



*****



ポールが次に向かった先は修道院である。庶民たちの住む区画と裕福な商人たちが住む区画の狭間に位置しているそこには、様々な事情で孤児になった子供たちが住んでいた。貴族たちの寄付で運営が賄われているが、ポールは時折その修道院を訪れて子供たちの相手をしている。


「よおポール、忙しいのに悪いな! でももう少し早く来てほしかったぜ、ガキ共がうるせぇんだコレが」


ポールを待ち構えていたのは年若い神官だった。ポールの昔馴染みで、神官の割には軽薄である。正直、神官と言えば厳格で真面目で融通が利かない――と思っていたポールの常識を根底から覆す男だった。


「その言葉遣い、神官長殿に聞かれたら不味いんじゃないのか?」


思わず尋ねてしまう。神官長は、それこそポールが昔イメージしていた厳格で真面目で融通が利かないジジ――もとい老齢の男性だったはずだ。だが、破天荒な神官はそんなポールの心配を笑い飛ばした。


「だーいじょうぶだって、今あのジジイ家で寝込んでるから」

「――寝込んでいる? 大丈夫なのか?」

「おう、ぎっくり腰だってよ。忙しくて誰も面倒見れなくて、赤ん坊が泣くから自分で乳やろうとしたんだよ。そしたら、ガキを抱え上げたところでビキッて」


くっそウケる、と下町言葉で言った神官は腹を抱えて笑う。でもよ、と彼は目尻に滲んだ涙をぬぐった。


「動けねえけど口だけは達者で、見舞いに行ったらうっるせえのなんの。でも最後は俺に怒鳴ろうとして、腰が悪化して唸ってた」

「――怪我人を怒らせるな」

「ジジイはジジイらしく人を呼んで無茶はすんなって言っただけだぜ? それに怒るかあ? それにちゃんと薬も置いて来たんだぜ、俺。感謝されるべきだろ」


口を尖らせた神官を横目に見てポールは苦笑した。何だかんだと言いながら、神官長とこの神官が仲が良いのは知っている。どうしても遠巻きにされがちな神官長と他の神官たちの間を取り持ったのが、今ポールと共に歩いている男だった。口は悪いし軽率だが、面倒見も気も良い。

まあ確かにその通りかもな、などと思っていたポールは、何気なさを装って神官とは逆方向に一歩、避けた。その次の瞬間――、ゴッという鈍い音が複数、響く。


「いっってえええ!!」


神官の口から悲鳴が零れる。彼の神官服の背中部分に、複数の泥団子がへばりついていた。ポールを狙ったらしい泥団子は地面の上に落ちている。

ポールは振り返った。少し離れた場所に悪そうな顔でニヤニヤと笑う、悪童が三人。この修道院に暮らしている六歳から八歳の男児だ。涙目で振り返った神官が怒鳴る。


「テメエらああ! 泥団子の中に石は入れるなつったろおがあああああ!!!」

「うわー、女たらしが怒った!」

「逃げろぉ!!」


きゃあきゃあと楽し気に言いながら、悪童三人は走り逃げていく。怒り狂った神官は額に青筋を浮かべて悪童を追った。


「待てやコラァァァアア!!」

「――――」


その後ろ姿を、ポールは無言で見送る。どうやら戻って来なさそうだ。

小さく息を吐いて、ポールは目的地を一人で目指す。修道院で定期的に開く“ポールさんのお菓子教室”は特に女の子たちに人気だ。

神官を放置することに決めたポールが調理場に着くと、既に孤児たちが集まっている。希望者だけだから女の子が多いが、中には男の子も居る。子供たちは慣れているから、ポールがフリル付きのピンクエプロンを付けても何も言わない。むしろ女の子たちは「可愛い~、いいなあ」と目を輝かせる。


「分かった、じゃあ次は君たちの分も作って来よう」

「え、ほんとう? わー、ありがとうポールさん!」


目を輝かせた女の子たちが、ポールに抱き着く。それを羨ましそうに見る男の子たち。彼らはポールに嫉妬しているのだが、女の子たちにとってポールは“女友達”の枠だ。もしくは“先生”。勿論ポールはそれで十分満足だ。


「それでは今日はジンジャークッキーを作ります」


お菓子作りは簡単なものから。ちなみにこのジンジャークッキー、神官長のお気に入りでもある。



*****



修道院でクッキーを作ったポールは、余ったクッキーを包んで次の目的地に向かった。元々行く予定はなかったが、急遽予定を変更したのである。そう、ジンジャークッキーを届けねばならないのだ――神官長に。何故なら彼は毎度、“ポールさんのお菓子教室”で作られたお菓子を食べるのを楽しみにしているから。人生の楽しみだとまで言われた趣味を奪う気にはなれない。何故ならポールだって、人生の楽しみでありストレス解消の趣味でもあるお菓子作りやレース編みを奪われたら王国を滅ぼしてしまうから。


神官長の家は商人たちの住まう区画に入ってしばらく歩いたところにある。こぢんまりとしているが住み心地良く整えられた家だ。普通、神官は修道院に住み込みだ。それにも関わらず何故神官長の家が別にあるのか――それはまあ、踏み込んではいけない部分の話だ。つまり、妻帯してはいけないはずの神官長に何故そっくりな男の子と女の子がいるのかとか、そういうところは大人の事情ということで訊いてはいけない。

階段を上って扉を叩く。中から出て来たのは品の良い婦人だった。そう、夫人ではなく婦人。神官長と同年代だなんて考えてはいけない。


「まあまあ、ポールさんじゃないの。いらっしゃい」

「寝込んでいらっしゃると伺いまして、折角ですから差し入れを」

「あらまあ、あらまあ、何てこと何てこと。さあさあ、入って入って」


歓迎されては断り辛い。中に入ると、とても食欲を刺激する良い香りが鼻腔をくすぐり、三大欲求の一つが盛大に存在を主張した。つまりポールの腹の虫が鳴った。さすがに恥ずかしく、ポールはわずかに頬を染める。それをみて婦人は「あらまあ、あらまあ」と頬を緩めた。


「お昼ご飯、食べてないのね? せっかくだから、ぜひぜひ、食べて行ってちょうだい、ね?」

「――ご相伴に預かります」


ここで一つポールの予定が消えた。新しくできたという食堂に興味があったのだが、婦人の手料理はとても美味しい。食堂はまた今度行こう――ベンを執務机に縛り付けてでも。いや、机に縛り付けたら仕事できないから椅子に括り付けよう。


「ここ最近ね、ここ最近、ずっとずっとあの人と二人だったから。段々会話もね、会話も無くなって来て困ってたのよ」


おほほ、と上品に笑う婦人が用意してくれたのはシチューだった。独特な味付けは海外から取り寄せたハーブだろう。美味しいな、と思いながら何が入っているのか尋ねる。


「ここ、ここのお店よ、色々とね、本当に色々と珍しい香辛料を扱っているのよ、本当に」


ポールは腹を満たして新しい店の住所を手に入れた。ジンジャークッキーを土産に渡し、ついでにハーブもおすそ分けする。


「まあまあ、ありがとうね、ポールさん」


嬉しそうな婦人の顔を見てポールは良いことをしたと満足した。善行は気持ちが良いものである。

結局神官長には挨拶をしただけで、ほとんど婦人の話を聞いていた。そして家を出て時計を確認する。多少時間に余裕がある。それならば、とポールは元来た道を戻った。



*****



さて、ポールが次に向かったのは珍しい香辛料を売っていると噂の店だった。勿論、噂の元は神官長と同棲――ならぬ同居している婦人である。

その店は外観から独特だった。周囲の景色からまるきり浮いている。そもそも外壁の色が違う。他は石や煉瓦の色なのに、その店の外壁は黒かった。全ての光を奪う黒。とても入り辛い雰囲気だ。一体店主は何を考えているのだろうと思うが、ポールは臆さない。堂々と店に入る。中は臭かった。大量の香辛料の匂いが混じり合って、全く良い匂いではない。


「いらっしゃいませ。おや、初めてのお客様ですな」


奥から扉を開けて出て来た店主は小男だった。両手を揉み合わせながらポールのことをじろじろと見ている。あまり良い雰囲気ではない。妙だな、と思いながらポールは店内を見回す。香辛料の店であるはずなのに、先ほど店主が居た部屋の中には見たこともない剣や槍といった武器が大量にあったのだ。

もしや――と疑惑を抱きながらも、何気なさを装ってポールは店主に尋ねた。


「これは全て他国の香辛料ですか?」

「ええ、さようです。旦那様はお貴族様の料理人の方で?」

「そのようなものです」


適当にポールは話を合わせる。嘘はついていない。ポールの仕事は執事――もとい料理人、もとい庭師、もとい以下略なだけだ。一応、料理人で間違えてはいない。

勿論そんなこととは知らない店主は納得したように頷いた。


「それなら色々とお気に召すものがあるかと思いますよ。そうですね、菓子に使えるものもありますし、肉料理に良いものもあります」

「ふむ――なるほど」


ポールは勿体ぶって頷いた。

しかし、内心ではさてどうしようかと考えている。この店は怪しい。だが例え裏商売をしていたとしても、一見客にその内容を教えることはしないだろう。そこでポールは一つ、鎌をかけることにした。


「ここに出ているものも魅力的なのだが、もっと色々な用途に使えるようなものはありませんか」

「色々な用途――ですか」


探るように店主の目が光る。引っかかったか――と思いながら、ポールは頷いた。


「ああ。例えばそうですね。先ほど、奥の部屋にちらりと見えたのですが――ああいったものの方が興味がありますね」


もし隣国との戦になるのであれば、敵の命を屠り自軍を護り、そして領土は奪われないよう戦い必要となれば敵から奪わなければならない。直接尋ねても答えはないだろうと考えて婉曲に尋ねれば、店主は探るような目をしつつも納得したように頷いた。


「なるほど――それならば、旦那様にはお見せ致しましょう。このことはぜひとも他言無用に願いますよ」

「勿論です」


どうやらポールは店主の眼鏡に適ったらしい。店主は一歩近づくと、ポールに耳打ちした。


「我が店はフェンリルを仕入れております」

「――――っ、フェンリル?」


ポールは愕然とした。



後編は本日18時頃投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ