車中泊の悲鳴
数年前まで、俺は車中泊が趣味だった。一人暮らしで代わり映えのない生活をなんとかしたかったんだと思う。土曜日の午後から車を出発させて、ファミレスとか銭湯に寄った後で、道の駅とか山間の公共駐車場に車を止めてそこで眠る。
車はミニバンだったけど、意外と寝心地が良くて熱帯夜や真冬でもない限りは取り敢えず外で寝るのが趣味になってた。
あれは初冬の頃だったと思う。車で行ける距離の寝床はあらかた周ったのでとあるダム湖の駐車場に停めた。
駐車場っていっても整備されてるわけではなくて、少し路肩が広くなってるくらいの小さな駐車場だ。
ちょうど星も見えるからとエンジンを切った時、車二つ分空けたところに黒のミニバンが止まってるのが見えた。
一応すぐ近くに登山口があって、何時間歩くのかは知らないけど山小屋もあるところだ。おそらく登山者の乗ってきた車なんだろうと少し気になったけど間隔も開けたしその場所に決めた。
夕飯も食べてきたので、あとは眠るだけ。キャンプだとかの類とは違って俺の車中泊は本当に眠るだけのなんの面白味もない車中泊だ。実は車中泊自体ではなく、どれだけ快適に過ごせるかの準備だとかが一番楽しい時間だったりする。
うつらうつらしてたらコンコンと窓を叩く音が聞こえたので起き上がって窓を確認すると人が立ってた。心臓が止まるくらい衝撃を受けたけどすぐさまドアを開けた。
そこには物腰柔らかそうな自分と同じくらいの(あの時は俺もギリギリ20代)青年がいて声をかけてきた。
「すいません、こんな夜遅くに。あの、こちらに停められた理由って…」
「あ、いや!別に怪しいもんじゃないんですけど!ちょっと寝るとこに困ってて…迷惑ならすぐに出てくんですけど…!」
「あ、いえ。そういうわけじゃなくて、気になっただけなので。全然眠ってもらって構いませんから、自分も、似たようなものなので」
「そうですか。すいませんね。なんか先に停められてらしたのに…明日から山に登られるとかですか?」
「まぁ、そんなとこです」
そこから先は会話が続かなくって「じゃあ」とだけお互い言い合った後で彼は車に戻っていった。
今思えばもう少し話膨らませられたらって無駄なこと考えてる。
数時間くらい眠ったときに、外からすごい声が聞こえてきて俺は飛び起きた。窓も閉め切ってるのに聞こえるくらいの叫び声だった。
最初は「うわああああ!!!」だとかの悲鳴が聴こえてきて、山ん中だし街灯もないところだから怖くてガタガタ震えながら寝袋にくるまってたんだけど、だんだんそれが「助けて!!」「苦しい!」だとかに聞こえてきた。
声もただ叫んでるんじゃなくって、異常なくらいの絶叫だった。
本当に誰か助けを求めてるんなら助けに行かなきゃ行けないんだけど場所が場所だったからやっぱり動けなかった。文句言う奴はあそこで同じ体験してほしい。
気持ちの上では車をすぐにでも動かして逃げ出したかったけど、ヤクザとかに襲われてたらと思うと目撃もされたくないから黙ってその声を聞いていた。
一応窓越しから二つ隣の車を覗いてみた。暗くてよく分かんなかったけど、運転席に足が置いてあったから、別に彼に何かあったわけじゃないってことは分かった。
翌朝、目を覚ました俺は車から降りて辺りを歩き回った。血痕とかあったらすぐさま警察に連絡しようかと思ったけど、結局は別の原因で110番をすることになる。
それは再び戻ってきた時に、自分の車の二つ隣に停めてあった車の窓ガラスに、隙間を作らぬようにガムテープが貼ってあったからだ。
言わずもがな、練炭による自殺の後だった。
俺はあんな人気のない場所での第一発見者ということもあって警察から色んなことを聞かれたけど、死に方が死に方なので疑われてはいなかったんだと思う。
死亡時刻は俺があの叫び声を聞いた時だった。
でも、聞きかじりの知識で申し訳ないんだけど、一酸化炭素中毒って苦しまずにいつの間にか死んでるっていう自殺だよな?
助けて!だとか苦しい!とかそういう状態にはならないんだと思う。
そもそもいくら叫んだってお互い車の窓閉め切ってるんだから、俺が聞いた時ほど鮮明に声が聞こえるはずなんてない。
しばらく考えて一つの結論を出した。
あれ、多分本当に叫んだんじゃなくって、心の中の叫びだったんじゃないかなとか。
本当に死にたくて死ぬやつなんかいない。生きるより死ぬのが楽になったから仕方なく死ぬことを選んだだけに過ぎない。そんな葛藤が、たまたま俺に聞こえたのかなと思うと少し納得できたし、途端にやるせなくなった。
あれがきっかけってわけでもないんだけど俺は車中泊を辞めた。
なんか幽霊とかじゃないし、怖くもないし、なんか暗い話でスレチかと思ったけど投稿させてもらいました。すまん。
あらすじにもある通りまたまた怪談投稿サイトの投稿の一つという設定です。文章ひどいのは許してちょうだい。