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7.魔王は孤独なのですか?

 エマは言われた通りウィルを背後から抱き締めたまま、ふと気づく。


 先程まで魔王を覆っていた覇気のようなものが、急に失せたような気がしたのだ。


 俺とお前は同じ……


「……ウィルは」


 エマは言葉を選びながら、魔王に問う。


「……孤独?」


 魔王は背中で答えた。


「ああ、すっごく」


 エマはそれを聞くと急に気恥ずかしくなり、いそいそとその背中から離れた。彼がここまであっけなく正直な気持ちを表明するとは、思いもよらなかったのだ。


 エマは複雑な感情と共に、魔王の背中の記憶を得た。これでいつでも、魔王の背後が取れる──はずなのだけれど。


 エマは魔王から少し遠ざかり、テレポートを試みた。


「……あれ?」


 その声をきくやいなや、


「……ふふっ」


 ウィルが笑い出した。エマは叫ぶ。


「やっぱり騙したのね!」

「違う違う。魔王城内は強力な魔法障壁が展開されていて、テレポートが出来ないようになっている。だから、城内では使えない。城外じゃないと……」


 ウィルはエマを振り返った。


 とてもいい笑顔で。


「城外で戦う時なら、今の記憶が使えるぞ!」

「魔王と城外で戦うケースなんか、まずないでしょうがああああ!」

「怒るなって。ああでも、今のすごくいい顔……」


 ウィルは頬を染め、ブルートパーズのきらきらと透き通る視線を勇者に送る。


 エマはそんな魔王と対峙して苛つきながらも、どこかほっとしている自分がいることに気づいた。


 魔王でも、孤独を感じるのだ。


 急に人間染みて来たウィルに戸惑いつつも、エマは少し彼のことを理解出来たように感じたのだった。




 昼食後。


 エマの寝室に、新しい服が用意されていた。動きやすいように紳士服を女性用に改良した、一見スーツのような衣装である。


「これは……」

「適性が盗賊だということで、甲冑を用意するのはやめにした。エマのしなやかな筋肉には、軽くて動きやすい日常着の方が合っているのではないかと思ってな」


 エマは上着を眺める。腰の辺りを少し絞ってある、ネイビーのジャケット。そして細身のパンツ。銀細工の釦の間を繋ぐチェーンがさらさらと揺れている。千鳥格子の絹の裏地が鈍く光る。かなり上等な服だ。


 エマが部屋の隅に立っているメイド服姿の木偶に視線を送ると、かたん、と彼女は頷くように首を傾けた。どうやら、あの木偶がこの服を作ってくれたらしい。


「これを着て、少しダンジョンへ出てみよう。俺がついてるから安心しろ」

「……どこへ行くの?」

「ダンジョン内に、闘技場がある。そこで魔王討伐の練習をするぞ」


 エマは頭痛を我慢するかのように額を押さえた。


「あのねぇ……」

「あー、楽しみだな……エマの敗北する姿……服がズタボロになる無様な格好……」


 勇者はカチンと来たが、大声を出すのはもうやめにした。それこそ相手の思う壺だ。


「というわけで勇者エマよ、さっさと着替えろ。見ていてやるから」

「出てって!」


 やはりエマは叫んだ。ウィルはその表情を眺めてしばしうっとりすると、踵を返して部屋を出て行く。




 着替えを終えた二人は再び連れ立って、魔王城を歩く。ひたすらの静寂の中、足音だけが響いている。


 再び大きな扉に出くわすと、ウィルは呪文を詠唱する。扉は自動で開き、彼はエマの手を取った。


「行こう」

「あの、手……」

「言い忘れていたが、このような巨大な扉は俺と一体にならないと通れないことを覚えておいて欲しい。離れて移動した場合、魔族以外は門から弾き出される魔法がかかっている」


 なるほど。ということは、先程図書館に行くために緊縛魔法を手にのみかけられたのも、そういうわけだったのだ。


 二人は手を繋ぎ、扉を抜ける。エマがすぐに手を振りほどこうとすると、いつの間にやら彼女の手に、例の緊縛魔法がかかっていた。叫び出しそうになったエマを、ウィルは嬉しそうに覗き込む。


「エマは、いつも先を急いで慌てているな。せっかちなのか?」


 エマはハッとして顔を赤くした。


「そういう部分は今すぐ直せ。魔王には、人間より確実に時間的余裕がある。焦った時点でお前の負けだ。心得て置け」


(ウィルが、珍しくもっともなことを言っている……)


 エマはまじまじと、銀髪が揺れる魔王の美しい横顔を眺めた。


 ダンジョン内は奇妙な瘴気が立ち込めていて、彼女は耐えきれず咳をする。目をしぱしぱさせながらウィルに手を引かれて進むと、再び大きな扉に出くわした。


「ここが、闘技場だ」


 ウィルが扉を引く。光が溢れ、目を開けると──


 青い空。白い雲。


 そよぐ風の中、二人は石造りのコロッセオの中に立っていた。


「……え!?」

「勇者よ、驚いたか?」


 魔王が顔を覗き込んで来る。魔王城にいるはずなのに、青空が広がっている。エマは愕然とし、呆然とし、悄然とした。


「さーて、まずは準備準備」


 ウィルは構わずパチンと指を鳴らした。と、闘技場の片隅で武器を磨き上げている兵士服の木偶が、がしゃがしゃと武器を抱えてやって来た。そして、ばらばらとエマの足元にそれらを転がす。


「さあ、どれで俺を殺す?」


 魔王に問われ、エマは一本の、何の変哲もない兵士用の長剣を手に取った。


「それ?ふーん……」


 エマは剣を持ち、腰を入れて構えた。突きの姿勢だ。


「あー……」


 ウィルはそれを残念そうに眺めると、やれやれと首を横に振った。


「構えからして、全っ然ダメだな」


 エマは歯を食いしばる。魔王はにやりと不敵に笑って見せた。


「来いよ……俺は武器なしでエマに勝って見せる」


 勇者エマは前のめりに走る。それを合図に、魔王は空高く跳躍した。

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