6.勇者でなければ何者なんですか?
他方、エマに見つめられたウィルは、急に真面目な顔になった。
「……ずっと疑問に思ってたんだが、エマ。お前……」
魔王の顔が近づいて来る。
「……本当に勇者か?」
エマはきょとんとする。
「……は?」
「いや、常々疑問だったんだ。女が勇者として魔王城に来るのなんか、有史以来初めてのことだからな」
「……私は、勇者の血筋に生まれて、勇者の装備も持っていたし……」
「ふーん。そうなの?本当に?」
ウィルはエマと額を合わせ、からかうように顔を寄せて来る。
「……やめて」
「自分が何に適性があるか、知りたいと思わない?」
思わぬ提案に、エマは驚いた。
「……そんなこと、分かるの?」
「分かる。だから、エマをここに連れて来たのだ。向いていないことばかりしていては、魔王を倒せないだろう?」
エマはぽかんとしている。ウィルはエマから離れると、彼女に背中を向けて
「ついて来い」
と促す。エマは少しの不安と期待を抱きながら、魔王のうしろをついて行った。
「勇者が俺の父を倒したのが、二千年前」
ウィルは歩きながらひとりごつ。
「人間はその間、かなりの世代交代を繰り返したことと思う。その間に、勇者の血筋が何らかの変異を起こしていても不思議ではない」
「変異?」
「……成り代わりや、すり替わりとか、な」
エマは目を見開いた。
「ウィルは、私が偽物の勇者だと言いたいの!?」
ウィルは振り返る。彼は頬を染め、うっとりとエマを眺めていた。
「あー……いい顔」
「茶化さないで。もしそうなら、私……」
私の努力は、何だったの?
その言葉をウィルの手前、飲み込んだ。こいつにこれ以上弱みを見せたくない。
ウィルは近づいて来ると、うつむいたエマの頭を鼓舞するように、さらさらと撫でる。エマは驚いて顔を上げた。
「な、何する……」
「同じだよ」
エマはその言葉を聞き、頭に疑問符を浮かべる。ウィルは笑いもせず、更に続けた。
「俺とお前は同じだ」
エマは思いもよらぬ言葉を投げかけられ、どきりと胸を鳴らす。
「な、何がよ……」
「まあいい。適性が分かればその、目の前の靄も晴れるだろう」
エマはウィルの言葉に首をひねった。何かを誤魔化されたような気がして落ち着かない。
二人は図書館の奥から狭い通路を通り、地下へと下りて行った。エマが色々と魔王を疑い始めた、その時。
「ああ、これこれ」
とある本棚の上に、髑髏のついた禍々しい銀細工の王冠が乗っていた。それをウィルはひょいと掴んで下ろす。
「これを被れば、筋肉量や魔力から鑑みての適性職が、一瞬で判明する」
「ほ、本当なの?」
「ああ。ほら、例を見せるぞ」
ウィルが王冠を被る。王冠の髑髏が叫んだ。
「魔王!!」
どこかの魔法学校で見たことのあるような場面。ウィルは銀糸の髪から王冠を下ろすと、エマにそれを笑顔で渡した。
エマは冷や汗をかく。もし、勇者ではないと言われてしまったらどうしよう。これまでの努力が、我慢が、一瞬にして無駄なものになってしまうではないか。
でも。
やってみよう。これは、魔王を効率良く倒すためだ。
エマはそうっと髑髏の王冠を被る。すると、次の瞬間。
「盗賊!!」
長い静寂の後、ウィルの押し殺すような笑い声が地下に響いた。
エマは呆然と床を眺める。
盗賊?
勇者どころか、戦士どころか、盗賊?
ウィルがそうっとエマに近づき、王冠を外す。エマは全く動けなくなった。
駄目だ……腰が……
エマは床にへたり込んだ。同時に、涙があふれて来る。
であれば、代々続く勇者の血筋は、盗賊の──
じゃあ、あの勇者の武器防具一式は、まさか盗品?
エマの落ちた背中を、ウィルがぽんと叩く。
「おい、盗賊」
エマは再び肘鉄を食らわせた。けれどウィルは身じろがなかった。
「勇者じゃなかったな。でも適性が判明して、良かったんじゃないか?」
エマは魔王を見上げる。
「何よ……慰めてるの?」
「慰めてるよ。ああ、なんてかわいそうなエマ」
と言いつつ、ウィルは微笑んでいる。
「盗賊がたったひとりで……魔王を倒せるかな?」
耳元で囁かれ、エマは絶望……の前で踏みとどまった。
「──ウィルはどう思う?」
エマはまっすぐな視線をウィルに送る。
「盗賊の女がひとりで魔王を倒すには、どうしたらいい?」
絶望に一度足をつけたなら、あとはボールのように跳ね返るのみだ。エマは一度、絶望した。だから盗賊であったと言われれば、それを糧に這い上がろうとする。
魔王は彼女の決意に溢れたエメラルドの瞳を目にし、途端に冷静な表情に戻った。
「そうだな……」
ウィルは学者のような難しい顔をして立ち上がる。
「エマは、テレポートが使えるな。行った記憶のある場所へ帰れるという──」
「うん」
「あと盗賊の適性者は、力は弱いが柔らかい筋肉が身についていて、動作が素早いはずだ」
「……そうなのね」
「魔王の背後を取って一撃。これならどうだ?」
その刹那。
エマはウィルの背後につこうとしたが、すぐにかわされた。即座に魔王の足が横一線に飛んで来て、エマの足をなぎ払う。エマは大理石の床にすっ転んだ。
「いった……!」
「遅い。恐らくだが、勇者装備の強さに甘えてスピードを上げる努力をしなかったのではないか?」
図星だった。エマは冷や汗をかく。魔王は足を下ろし、体勢を戻した。
「だが今、適職が判明した以上、そこを強化すればメキメキ才能が伸びるだろう。無駄な努力をしなくてすむようになったんだ。良かったな」
そう言うや、ウィルは倒れたエマに手を差し伸べた。エマは戸惑いながら手を取って、引き上げてもらった。
「腰は痛くないか?」
「……大丈夫」
「……魔王の背後を取るのに、いい方法がある」
ウィルは急にそんなことを言って、エマにその背を向けた。
「……ウィル?」
「俺の背中を記憶しておくといい。そうすれば、エマはいつでもここに来ることが出来る」
「そうなの?知らなかった……」
「魔族の間では常識だぞ。ちょっとした裏技だな」
「で?私はどうすれば」
「……俺の背中に抱きついてみろ」
エマは半信半疑で、ウィルを背後から抱き締めた。
「こう?」
すると、ウィルがくすぐったそうに笑い始めた。エマは顔を真っ赤にする。
「まさか、またからかったの!?」
「いや……からかってなんかいない」
ウィルは少し笑ってから、再び前を向いた。
「悪いが、しばらくこのままでいてくれないか?」
エマはどきりとする。
──俺とお前は同じだ。
先程のウィルの言葉が、彼女の中で急にむくむくと形を帯び始める。彼の背中の温もりに呼び覚まされるように、エマはあの言葉を思い出していた。