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59.勇者をやめますか?

 シグの表情が凍った。


「ウィルを倒すために作られた急ごしらえの魔王だったんですもの。メイデンは過去、その禁忌魔法を使ってあなたを作った」

「うっ……嘘だ!僕は人間だ。エマと成長して来たじゃないか!」

「……成長すると見せかけるために、肉体や記憶が複数用意されていたとしたら……?」


 シグは呆然としてから、打ち消すようにかぶりを振った。


「そんなわけない。……そんな」

「最期までそう思ってるといいわ。利用されていたのは、あなたの方。あなたの言葉を借りれば、あなたも幻影に過ぎない。あなたはこの子竜と魔王の子の合わせ技で死ぬの」


 溢れる光の中。


 シグの作り出した魔族の魂の集合体、魔王のクローンたちが消えて行く。


 ミリアムは小さなエヴァンを抱き、かつて共に過ごした親友の最期をその目に焼きつける。


「さよなら、シグ……」


 妖精化した赤子たちと幼馴染に見守られ、シグは光に飲まれて消えた。




 悲しくないと言ったら、嘘になる。けれど。


 妖精化した子どもたち。


 彼らの前で泣くことなど出来なかった。


 エマは割れた窓から古代竜が再び降りて来るのを見守る。


「あ」


 ウィルが乗っている。


 魔族が放つ独特の瘴気が城から消え、柔らかな風と共に魔王が城へ戻って来た。


 ウィルは古代竜から降りると、少し遠慮気味にゆっくりと歩み出す。


 ミリアムが魔法陣のマントを敷いてユリアンとエヴァンの妖精化を解き、元のサイズに戻した。


 ウィルは彼女から息子を渡される。


 エマは少し緊張の面持ちで二人を待った。


 魔王がその蠱惑的な笑顔で、抱いていた赤子の顔をエマに向ける。


「見て、エマ」


 エマは言われるまま赤子の顔を覗き込んで、思わず目を見開いた。


「……この子、笑ってる」




「しかし、考えたよなぁ」


 アンドリューが感心しながら言う。


「あの子らを妖精化させておけば取り出しも自由自在だし、魔王のエヴァンもあの共鳴魔法に耐えられる。更にある範囲から抜け出せれば、魔王はあれを食らわないで済む……」

「相手が魔王と分かれば、勝ち方は分かる。そこまでのプロセス作りが結構難儀だったわけだが」


 ウィルがそう言ってのけるのを、ミリアムは感心の面持ちで眺めた。


「魔王が魔王の殺し方を知っているなんて、意外」

「だからこそ、だ。自分のことをよく分かっておく必要がある。シグは自分自身を魔王と分かっていなかった。だから負けたのだ」


 エマはすっかり笑うようになったエヴァンを抱きながら、窓の外を眺めた。


 ここは魔王城。


 主の帰還を待ちわびていたかのように木偶たちは命を吹き返し、魔王城の清掃に精を出していた。


 竜族もここに来て、魔王城の壁の補修を行っている。今度から新しい階を作り、そちらに竜召喚の魔法陣を作るのだそうだ。


 賑やかな魔王城。朽ち果てた王都に代わり、今はまるでここが世界の中心のようだ。


 木偶がねぎらうように様々な飲み物を運んで来た。それぞれ好きな飲み物を手に取って、疲れを癒している。


 エマがぼうっと窓の外を眺めていると、ウィルがしぼりたてのオレンジジュースを持ってやって来た。


「お疲れ、勇者様」


 エマは驚いたように顔を上げる。ウィルは椅子を引いてすぐ隣に座った。


「魔王を倒した感想は?」


 エマは少しうつむく。エヴァンはすっかりエマを母と信じ、手を伸ばしている。


「……あんまり」

「……そうか」


 ウィルも、何か思うところがあったらしい。


「俺が魔族の魂の集合体だと知って、どう思った?」


 エマは、その問いに関しては少し笑顔になる。


「そんなことは、何も問題じゃないわ。私は何の集合体であっても、ウィルがウィルである以上、愛したと思うから」

「……エマ」


 少し甘い雰囲気が漂い始め、はいはい解散解散と仲間たちが食堂を出て行く。エマとウィルは気まずそうにそれを見送ってから、二人で窓の外を眺めた。


「けど、ちょっと引っかかっていたの」


 ウィルが、赤子を抱いたエマの丸まった肩を抱く。


「魔王討伐、魔族を減らすって息巻いていた今までの自分のこと」


 ウィルはエマの頭に頬を寄せた。


「そのための勇者は人間と竜族のキメラで、共に過ごした幼馴染は急ごしらえの魔王だった。私、シグが魔王である可能性を、浮遊大陸で木偶を検索して初めて知ったの。子竜と魔王の赤子の共鳴魔法は、魔王を倒すためのものなんだって。それでようやく大昔に感じた違和感が腑に落ちたわ。魔族側も色々と画策していたのね。両親もそれにまんまと乗せられて、私の大事な時間を──」


 エマが少し鼻をすすったのを見て、ウィルはその額に口づける。


「……今更だけど、私って、何だったのかなって」

「……勇者よ」


 ウィルがからかうように、エマに笑いかける。


「勇者を、もう辞めよう」


 エマはぽかんと口を開ける。


「魔王を倒した。だから役目は終了だ」


 エマは口をぎゅっと結んでから、唇を震わせる。


「エマのやって来たことは無駄なんかじゃない。現に、国を救った。自分でも分かってるだろ。なのに過去を振り返って可哀想な自分を演出し、俺に可愛がられたい一心なんだ。そういうところ本当に嫌いだから、これから一生かけて叩き直してやる。幸せでたまらないから殺してくださいと懇願するまで甘やかし、勇者としての尊厳を完膚なきまでに叩き潰す。勇者であることを忘却し、死ぬまで魔王にひれ伏すのだ……分かったな」

「……馬鹿」


 エマは目をこすってから、ねだるようにウィルに寄りかかる。ウィルはエマを覗き込むとねぎらうように、その震える唇に、甘噛みのような柔らかなキスをした。

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