58.あなたも、でしたか?
もうひとりのウィルは、そうっと目を見開いた。
ブルートパーズの双眸。
「シグ!あなた、一体何を企んで……!」
エマの言葉は、シグには響かない。
「何?もっと見たい?もっとあるよ」
シグは次々と、禍々しい闇を作り出す。
王や、エマの両親や、モンスター、竜族。
目の前に並べられた人々を見て、全員が息を呑む。
「これは古の魔法。魔王を作り出した、魔族秘伝の禁忌魔法。魔族の魂を練って作られた想念。それが、魔王なのだ!」
全員が戸惑っているのを見ながら、シグは続けた。
「この世界に、人間以外いらないんだよ、本当は」
ウィルが癪に障ったように眉間にしわを寄せる。
「僕たちはそう思って魔王を討伐しに行った。そうだろ?」
「だ、だけど……」
「図星じゃないか、エマ。それに魔族が増えて困ってたのは、人間も魔王も一緒。だから数減らしをすべきだと、我々は思っていた──」
どきりとエマの胸が痛む。
「そのために、僕は魔族を使った」
シグが真剣な表情になって呟く。
「魔族を使って竜をおびき寄せ、竜の居場所を把握した。エマを使って魔王の場所を把握した。魔族を利用して、魔族を殺して行く。魔族の魂を集め、蘇生させ、それをまた殺す。魔王の誕生を阻止する。そうすれば、世界は人間だけのものになる──」
そう言うなり、シグはウィルに指をさした。
「そういうわけで、お前はこの世から消えてもらう」
その瞬間、ウィルが叫ぶ。
「ミリアム!マントだ!」
ミリアムがマントを広げ、エマが封印石と解放石を投げ入れ、ウィルが詠唱する。
妖精化したユリアンが現れ、全てを見ていたかのように、口を開く。
閃光──
シグの形作った影の人間たちは、突然の出来事に立ち止まる。シグは顔を上げた。
「ぐっ……何だ?」
ウィルはふうと息をつく。
「そうか……やはり閃光は、効かぬのか」
シグはエマに鋭い視線を向けた。
「メイデンから聞いたよ。エマは魔王のものになったんだってね?」
エマは冷や汗をかきながら視線を上げる。
「勇者は半分竜だからね。人ならざるものに惹かれるのも道理だろう。けどね……」
シグはにやりと笑う。
「そこの魔王自体が、この術で作られたものという事実を知って、どうだった?」
エマは固まる。
ウィルは少し唇を噛んだ。
「魔王は魔族が作り上げたものなのだ。魔族がまとまるため、必要にかられて作り出した魔族の魂の集合体だ。エマ。君はそんな醜悪なものを愛するって言うのかい?」
エマは、こわごわウィルに視線を向ける。
魔王はじっとエマを見つめ返した。
「僕は、魔王を滅する方法も知っている」
エマは慄然とする。
「子竜の閃光と、赤子の泣きを同時に起こす。すると全ての力が結集し、魔王は灰に──」
その瞬間。
アンドリューが走り、ウィルを抱え、竜化したウェンディに飛び乗る。
そしてウィルから赤子を抜き取り、ミリアムに投げ渡す。ミリアムはエヴァンをマントにくるむと、何事か詠唱する。
エマとアンドリューはシグに飛び掛かっていた。
エマが先んじて跳躍し、シグを床に押し倒す。
シグはエマを押し返そうともがいた。
「エマ、考え直せ……あいつは魔族が作り出した幻影なんだぞ!」
エマはシグの肩に体重をかける。
「エマは、騙され……」
「ミリアム!今よ!!」
ミリアムは妖精化した小さなエヴァンを取り出すとさかさまにし、ぶんぶんと無遠慮に振り立てる。
「ふわあああああああん」
エヴァンが金粉を撒き散らしながら、声を上げる。
ピイイイイイイイイイイ
その時。
ユリアンが閃光を吐いた。高音と閃光が同時に起きた。
シグは目を見開く。
「ば、馬鹿な……!」
エマは組み敷いたシグを、どこか慈愛に満ちた目で見つめた。
「……私、分かっちゃったの」
シグは観念したように、目をうつろにする。
「あなたは魔族を利用したんじゃない。魔族に利用されていたの」
光の中、音が溢れる。
「だってシグ。あなたも魔王なんですもの」