54.私を恐れているのですか?
ウィルはそのまま眠ってしまった。彼の背中の肉は絶えず膨れ上がったりしぼんだりして、じゅくじゅくと音を立て、魔王の修復を図っていた。
ウェンディと共に、エマは赤子を洗う。
ごしごしと拭いてから、エマはため息をついた。
「あーあ、せっかく産着作ったのになー。これじゃ取りに行けないわ」
「まあまあ。しばらくは、コレでくるんでおきましょう。こちらで早急に対応致しますから」
しばらくあれこれと作業をしていると、いきなり子竜がふわりと飛び立った。
「え!?何!」
「あらあらウフフ。もう飛べるようになりましたのね」
「竜って、もう飛ぶの?」
「ええ。卵から孵って、一日以内には飛び始めます」
「へー。鳥とは違うのね」
「ええまあ……竜ですから」
ウェンディはにっこりと笑った。
子竜はそのままエマの肩にとまる。子竜は母親であるエマの頬に離れがたそうにすり寄り、それから抱かれている赤子の顔を珍しそうに眺めた。
「あら子竜、赤ちゃんが珍しいの?」
子竜は首をかしげている。ウェンディとエマは笑い合った。
「今までのことを、族長に報告しなければなりませんね」
「テオドールの体調はどう?」
「はい。今は魔力を失い、眠りこけている状態だそうで……」
「あら。どっちの父親も役立たずね」
「誰が役立たずだ」
ウィルが半目を開け、こちらに寝返りをうっていた。
「あらウィル。おはよう」
「……この城の状況はどうなっている?エマ」
「ガーゴイルが害虫のようにのさばっているわ。消しても消してもこうだし、今のところ攻撃もして来ないから、竜族は皆いったん無闇な反撃をやめているみたい」
「……やはり狙いは魔王の子と子竜か?でも、何かおかしいな……」
ウィルはそうっと起き上がった。エマが尋ねる。
「何が?」
「魔王や竜族の殲滅が目的なら、こんな小物たちじゃなく、もっと強い奴が現れて、もっと派手にやっても良さそうなものなのに」
するとウェンディが呟いた。
「……やはり、足止めですわ」
魔王ははっとする。
「なるほど。こちらを足止めしていれば魔王や竜族に勝てるという勝算が、あっちにはあるようだな」
エマは頷いた。
「私達もその可能性を考えていたの。だから逆説的に言えば、今攻め込めば我々に勝機があるってことよ」
「そうか。今、か……」
と、その時。
「エマ!ウィル!」
アンドリューと妖精になったミリアムが執務室に駆け込み、すぐに扉を閉めた。
「おお、久しぶりだな」
「あー!赤ちゃんだ!ウィル……お疲れ様」
「ところでどうした?ミリアム。その格好」
「私、妖精になっちゃったのよ。どう?」
ミリアムは得意げに魔王の目の前で一回転して見せた。
「ふーん、ミリアムが妖精か……」
ウィルは何事か、考え込んでいる。
「これは、心強いな」
「でしょー?何せ、魔力十倍だもんねっ。あ、そうそうウィル。体は大丈夫なの?これからなるべく早く王国に行って、魔族の中心人物をぶちのめさないとなーって話になってたんだけど……」
「こっちでもその話をしていた。ガーゴイルはどうやら我々を足止めしにかかっている。つまり、今攻め込まれては困るという事情があちらにあるようだな」
「やっぱ魔王もそう思う!?どういう事情があるのかしらね?」
ミリアムの質問に、ウィルは何かを言い淀む。
「どうしたの、ウィル?」
エマが尋ねた。
「……そうか、妖精化か。なるほど」
「ん?何?」
「あいつらが恐れているのは魔王でも古代竜でもない」
ウィルがエマをじいっと見つめる。エマに全員の視線が集まった。
「あいつらが恐れているのは、魔王の子供と子竜、そして勇者だ」
突然出て来た話に、周囲は困惑する。
ウィルだけがワケ知り顔で、にやりとほくそ笑んだ。
「知らないのか?魔王も竜族も、幼ければ幼いほど魔力が高い。つまり、生まれたてが一番強いのだ」
一瞬、間をおいて。
「ええええ、そうなの?」
「だから彼らを取り上げようとやって来たんだ。多分、今この城を取り囲んでいる奴らは、足止めをし、あわよくば子竜と魔王を盗んでやろうと考えているんだ。だから、エマ」
「な、何?」
「子竜はお前を母だと理解しているから、お前の言うことを聞いてくれる。敵を殺せと言えばやってくれると思うぞ」
「へっ……!?」
「竜はある程度成長してから生まれて来る。二歳児並みの知能が既にあると言われている」
エマは徐々に、ウィルの言わんとしていることが分かって来た。
「まさか子竜と幼い魔王が、魔族を滅ぼす力を持っているってこと……?」
ウィルはニヤリと笑った。
「その、まさかだ。試してみるか?そこの……ガーゴイルで」