49.世界を救いますか?
いや、しかし。
冷静に考えれば、既に王国は滅びていたようなものだ。
あの時点で、王は魔族だったのだから。乗っ取られていたものが、なりふり構わなくなっただけのことだ。
エマはひしゃげそうになる心を立て直した。
テオドールの卵。
ウィルの赤子。
これらを守るためには。
「……私しか、いないわ」
エマはまっすぐ前を向いた。その場にいた全員の視線が彼女に注がれる。
「エマ……?」
「そこが拠点になっていたのね?そこを潰すか封印すれば、みんな安心して子供を育てられる」
すかさずウィルが反論した。
「何を言うかと思えば……。エマ、下手に動くな。浮遊大陸にいる限りは安全なのだからな」
「けど、いつあいつらがこっちに来る方法を見つけ出すか、分かったもんじゃないのよ?」
「しばらくは大丈夫だろ、多分」
「そんなこと言っている間に、敵が──」
その時だった。
兵士の走る音がこちらにやって来たのだ。
「──テオドール様!」
ドアが無遠慮に開け放たれ、兵士が駆け込んで来た。
「大変です!ガーゴイルの群れが……」
テオドールは立ち上がった。
「何!?ガーゴイルだと?あれはとうの昔に絶滅したではないか」
「いえ、しかしガーゴイルとしか形容し得ない魔族が」
「くそっ……やはりこのタイミングを狙って来たか」
テオドールは籠の中の卵に目を落とす。
「……ウェンディ」
彼女は苦しげに目を閉じた。
「……はい」
「行ってくる。この子を頼む」
「……承知しました」
ウェンディは族長から籠をうやうやしく受け取った。
ウィルは何か考えていたが、ふと何事かを詠唱する。
執務室の中に、魔力のバリヤーが現れた。エマとウェンディは目を見張る。
「この子は俺が守る」
ウィルがそうぽつりと告げ、テオドールは頷いた。
「頼んだぞ」
族長は兵士を伴い、廊下へと消えて行く。
エマとウェンディは窓の外を見た。
おびただしい数のガーゴイルが禍々しい嘴を開け、無数の光を放っている。
美しい浮遊大陸に、所々火が立ち上っている。ウェンディは怯え、エマはその背中を鼓舞するようにさすった。
窓の外でテオドールが大きく手を広げ、古代竜に変身する。それから、溢れる光を群れに放った。
一瞬で勝負はついたが、再びガーゴイルの群れが下界からやって来る。
「……きりがないわ」
エマが呟く。
「やはり、下界を何とかせねば被害は収まらない、か」
ウィルが声を落とす。
「……うっ。テオドール様……お子を守る姿、立派にございます」
ウェンディが感極まって泣いている。それを見て、エマの心は決まった。
「……ウェンディ。ついて来てくれる?」
ウェンディが弾けるように顔を上げ、ウィルが齧りつくようにエマの両肩を押さえた。
「何を馬鹿なことを……!」
「馬鹿じゃないわ。私は勇者よ。ウィル、ずっと水瓶で私の姿、見てたんでしょう?」
魔王はハッとするが、尚も首を横に振る。
「私はどんな問題にだって立ち向かって来たわ。そしてそれを全部解決して来た。私なりに」
ウィルはむず痒そうに顔をしかめ、額を押さえる。
「竜族も助けた。魔王だって、屈服させたわ。世界だって救える。そうでしょう?」
ウェンディが、はらはらしながら両者を交互に見ている。
魔王は目を閉じた。
「……俺は」
エマは頷く。魔王はブルートパーズの双眸を見開いた。
「お前を信じている、エマ」
エマは幸福そうに笑う。魔王は更に極まって泣きじゃくるウェンディから籠を受け取ると、大事そうにそれを抱え直した。
「俺はここで、俺の子供とこの卵を守る」
エマとウェンディは頷いた。
「再びここで会おう、勇者よ」
ウィルの指先が、エマの頬に触れる。エマはその指をそっと包むように撫でた。
魔王の指には、エメラルドの指輪が光っている。
「……ありがとう、ウィル」
「必ず戻れよ。エマ、お前はこの卵とこの赤子、両方の母親なのだからな」
「うん。私、頑張る」
「みんなお前を頼りにしている。世界を救って来い、勇者」
二人は健闘をたたえ合うように軽くキスをした。ウェンディは目をごしごしとこすっている。
「行きましょう、ウェンディ」
「はい!私──必ずやエマ様をお守り致します!」
エマはウェンディを伴い、部屋を出た。
魔王は卵の入った籠を抱え、戦地へ向かう二人に笑顔で手を振っていた。