表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

47.竜が生まれますか?

 夕飯の後は、木偶を伴うことなく、二人でゆっくり湯船に浸かって。


 まだ二人、石鹸の香りの漂うまま同じベッドに入った。


(この布団……ウィルの匂いがする)


 何をするでもなく、二人はベッドの中で話し合う。


「白金も手に入ったし、エマの言う通り揃いの指輪を作るか」

「うん」

「どんなのがいい?」

「二つ、欲しいな」

「ほー」

「お出かけ用と、日常用」

「なるほど」

「ずっと剣の稽古をして来たから、指輪を持っていないの。この機会にふたつ作ってもらおうかな。片方は石つきで、もう片方はシンプルで」


 エマが天井に手をかざすと、ウィルがその手を伸ばすように握る。


「合計三つか」

「出来そう?」

「あの白金の重さなら、多分大丈夫」

「そっか。硬貨を溶かして使うのね?」

「ああ」

「ウィルは貰った硬貨をそのまま溶かして、彫金の材料にしてるんだ」

「そうだ。ま、昔の硬貨の方が、混ぜ物の少ない良質な硬貨だったんだがな」

「へー、さすが2000歳。ウィルは他の女の人に指輪をあげたこと、あるの?」


 ウィルはベッドの中でエマを抱きすくめる。


「どうした急に。ないぞ、そんなこと」

「……ふーん」

「疑ってるのか?」

「何とでも言えるな、と思いまして」

「意地が悪いな……俺の性格が感染ったか」


 ウィルはエマの頬にそうっとキスをして、そのまま耳元で囁く。


「……俺を煽れば甘やかしてくれると学んだな?」


 エマはくすくすとくすぐったそうに笑った。ウィルは体を起こすと、覆いかぶさるようにエマにキスをする。エマは嬉しそうに、ウィルの首に腕を回した。


「石は、何がいい?」

「ずっと考えてたんだけど」

「うん」

「ブルートパーズがいい」

「……どうして」

「ウィルの瞳と、同じ色だから」


 魔王はもう一度、勇者にキスをくれる。


「……なら、俺はエメラルドを入れようか」

「うん、それがいいと思う」

「面白いことを考えるな、エマは」

「だってウィルを好きになったら、その石が気になって来て」

「……エマ」


 遠慮がちにかけられる体重。エマはふと、回した腕に鼓動が触ったのを感じた。


「──今、子供は首元にいるの?」

「ああ。這い上がって来てるな」

「私の腕のちょうど下にいるみたい」

「母親の体温を嗅ぎつけたんじゃないか?」


 エマはウィルの背中で蠢く鼓動にそうっと触れた。鼓動はそこでじっとしている。


「名前、何にする?」


 彼女が尋ねると、魔王は無言で何かに祈るように、考え込んだ。


「性別が男であることは確定だ」

「そうね」

「ウィルフリードとエマから取って……」

「……?」

「ウマ」

「馬鹿じゃないの」

「冗談だ。色々考えてる」

「例えば?」

「エルマー、エルヴィン、エミル……その辺りを」

「二人の音を繋げたのね?」

「悪いか?」

「いいと思うわ」


 まるで名を呼ばれたかのように、鼓動はそこでじっとしている。


「……とにかく、今は何とも。顔を見てから決めた方がいいわね」


 きっと多くの夫婦がそうであるように、二人はこれから生まれる小さな命を待ちわびる。


 互いの信頼を図るように、重たい布団の中、ゆっくりと口づけ合う。


 ささやかな幸せ。




 それからニヶ月後。


「おー、凄い凄い」


 エマは昼下がりの破壊された玉座の間で日向ぼっこしながら、小さなブルートパーズを並べた指輪が付いた方の手で、魔王の背中をなぞっていた。


 今朝、彼の肩口に、ひょっこりと赤子の顔が現れたのだ。


 赤子は目を開けず、大人しく呼吸をしている。眠りこけているが、たまに口をぱくぱくと動かす。


「えへへ。かわいー」


 エマはウィルの背中に浮き出た赤子の頬を突っついた。


「あんまりいじるなよ……」

「あら、この子起きないのね」

「胎児だから、日々の大半は寝ている」

「へー。体は出てこないのかしら?」

「酸素を得るために顔だけを出しているのだ。あともう少しで、俺の背中を破って出て来る」

「や……破る!?」


 物騒な話に、エマはひきつった。


「あれだ……蝉の脱皮を想像してくれ」

「あ、ああ……」


 想像出来るような、出来ないような。


「時間が限られるな。エマ、大体のものは準備出来たか?」

「ええ。いつ産まれても大丈夫」

「となると、あとは……」


 その時だった。


 久方ぶりに、玉座の間の魔法陣が光った。エマは立ち上がり、ウィルははだけていた麻のシャツをかき合わせて後ずさる。


 風が吹き、緑の竜が現れる。


 竜が変身を解き、エマの前に進み出た。


 ウェンディだ。


「お久しぶりです、エマ様」

「あ!ウェンディ。どうしたの、急に?」

「お二人とも、お揃いでしたのね。うふふ、相変わらず仲のよろしいこと」

「何の用だ?」

「はい、一応、お伝えしたいことがあって参りました」

「なあに?」


 ウェンディは勿体ぶるように微笑むと、


「卵が無事成長しまして……そろそろ産まれそうですの」


と続ける。エマはぽかんと口を開けた。


「え?じゃあ……」

「はい。温め続ければ、卵は孵ります」

「!本当に!?」


 エマは卵の方をすっかり忘れて暮らしていたので、今更ながら事の重大さにくらくらした。


 魔王城こっちではウィルが子を産む。


 浮遊大陸あっちでは卵から竜が産まれる。


 二つの種族から、同時期に二つの命が誕生するのだ。


「なかなかに凄いタイミングね……」

「はい。しかしながら、それが問題なのです」


 エマは眉をひそめた。


「問題?」

「……詳しくは、テオドール様からお伝えすることになるかと」


 魔王が自らの膝を苛々とさすりながら急かす。


「何だ?勿体ぶらずにここで言え」

「はい。つまりですね、同時期に別種族の出産が重なると、お互い危険なのではないか、と。以前、メイデンが漏らしていましたね?三者が動けなくなる時、魔族にチャンスが訪れると」


 エマとウィルは顔を見合わせる。


 確かに、赤子がいる状態で攻めて来られてはこちらも動きにくい。最悪、子を奪われたり人質に取られる事態も想定された。


「確かにそうね」

「はい。そういうわけで、我々は対策を練らねばなりません。お互いの種族を守るために」


 エマとウィルは頷く。ウェンディはにっこりと微笑んだ。


「ですから今一度、動ける内に浮遊大陸に渡って話し合いませんか?何なら、こちらで暮らしていただいても構いません。魔法陣からなら、すぐにご案内出来ますわ」

「……今のうちに行っておくか?」


 ウィルに尋ねられ、エマは頷いた。


「そうね。浮遊大陸の方が安全そうだし」

「話が早くて助かりました。では……」


 ウェンディが竜に変身し、エマとウィルは頷き合ってその背に乗る。


 竜は崩れた壁から、大空へ向かって飛び立った。




 それから、ほどなくして。


「エマ……ウィル……」


 所々に怪我を負い、装備もボロボロになったアンドリューが、飛び立つ竜を見上げ、魔王城の入り口に立っていた。


「……良かった」


 アンドリューはそのまま前のめりに倒れる。


「くそっ……魔族め……」


 その胸から、ミリアムの胸にいつも輝いていた勲章がからんと落ちる。


 彼はそのまま失神した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおお……また、何かが起こる……! 幸せでばかりいられませんねぇ……。 背中に赤ちゃん生えてるのがシュールで面白いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ