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45.これが魔王の日常ですか?

 サフィアノ村に到着した。


 ここはのどかな農村で、村人も村人という名に恥じぬ、堅実で平和な生活をしている。あらゆる食料品や生活用品はたいがい揃う。他の街道の中継地点にもなっているので、輸入品も多少あるようだ。


「ウィルは何を買うつもりなの?」


 魔王はメモを広げた。


「えーと。哺乳瓶とミルク。あとガーゼ。針と糸……」

「こんなことも書いてるの?」

「悪いか?エマを監禁するため、なるべくまとめ買いをして外出を控えたいんだが」


 エマがきょとんとしていると、


「エマ。裁縫は得意か?」


とウィルが尋ねる。エマは頷いた。


「出来るけど、どうして?」

「子供の産着を作って欲しい」


 エマは顔を赤くする。


「わ、私が?」

「面倒なら木偶に作ってもらってもいいんだけど」


 エマはまだ見ぬ赤ん坊に、ふわふわと自らの作った産着を着せる妄想をした。


(あ、いいかも)


 と。体の奥からじわじわと言い知れぬ熱が湧き上がって来た。


 その様子を眺め、ウィルが微笑む。エマが自らの熱くなった頬を冷まそうとさすっていると、


「あれー?魔王様」


 いかにも農家のおじさんといった小太りの親父が、そう声をかけて来た。


「今日はおなごをお連れで?」


 エマは彼が一般市民に魔王様と呼ばれていることに驚きを隠せない。魔王はエマの肩を抱くと、答えた。


「ああ。紹介する。我が妻、エマだ」


 妻。


 エマは目を見開き、更に赤くなる。親父は対照的な顔色の二人を交互に眺めると「へー」と言った。


「じゃあこのおなご、魔族かい?」

「いいや、人間だ」

「おなごが必要になったということは、魔王様はもう分裂したのか?」

「まだ、かな」

「でも2000歳ともなればそろそろだろ?」

「ああ、もうじきだな。けれど、それとこれとは別だ。彼女はそのためにめとったわけではない」

「へー。じゃあ気をつけてやらなきゃねえ。魔族がまた襲って来るだろうから」


 エマは呆ける。


 この村人、なぜここまで魔王だの魔族だのの生態に詳しいのだ?


「おっと、無駄話してる場合じゃなかった。魔王様、またアレは持って来たかい?」

「ああ、もう入り用か?」

「最近はかなりの高値で売れるからよ」


 魔王はポケットをがさごそとまさぐる。


 取り出したのは、金細工に銀細工。そしてどこかで見た──黒いミニカメオ。


「ああ、ソレソレ。いくら?」

「金細工は金貨一枚、銀細工は銀貨一枚、カメオなら銀貨二枚でいい」

「じゃあ今日は銀細工を四つ貰おうかな」

「どれにする?」

「指輪四つ」

「どうも」


 そういうわけで、魔王と農民は指輪を売買した。


 エマは目を丸くして、その光景に見入っている。


 農民は手を振ると、ほくほく顔で帰って行く。


 その背中を見送って、二人は商店街に向かって歩き出した。


「……ウィル」

「何だ?」

「あなた、そんなもの売って生計を立ててたの?」

「バレた?」

「知らなかったから驚いたわ。そうよね。魔王とはいえ、生業がないと生きて行かれないわよね」


 ウィルは得意げに微笑むと、エマにぽんと銀の指輪を渡した。


 エマは歩きながら、それを手のひらに乗せて眺める。


 レースを思わせる繊細な透かし彫り。少しでも力を入れて握れば、潰れてしまいそうな薄さの指輪だ。


「……きれい」

「木偶にプログラムし、その通りに彫らせている」

「これ、デザインはウィルが?」

「ああ」


 エマはどきどきと指輪を眺める。


「素敵ね」

「エマには、もっといいのをあげる」


 エマは心を読まれたように顔を上げる。


「金か、白金か……それも今日、この村で買うつもりだ」


 エマは花籠を抱え直すと、くすぐったそうにウィルの肩にしなだれかかった。連れ立って歩く、幸福な日常の昼下がり。二人は少し空腹を覚え始めていた。


 小さな商店街の一角に、生地屋がある。そこで真っ白なガーゼを購入し、針と糸もそこで揃える。


 次に雑貨屋で哺乳瓶を買う。その店の主人から、薬局に粉ミルクがあると教わる。


 薬局への道すがら、とある宿屋の前に来た。


「……あ、ここ」


 エマが声を上げる。


「どうした?」

「ここのお昼ご飯が美味しいのよ。ご主人の気まぐれでメニューが毎日変わるの」

「ふーん。泊まったのか?」

「うん。魔王討伐の際に」


 ウィルとエマは肩をすくめて笑い合った。


「……ちょっと寄ってみるか。昼だし」

「今日は何かな~」


 そうっと宿屋に入ると、既に良い香りが漂って来た。


「ああ……バターを焦がす匂いだわ。あと、ガーリックの香り」

「ほー。既にもう人がいるな」


 二人が入店すると、


「あっ。魔王様」


 店主が声をかけて来た。そして、更に。


「あっ。勇者様」


 すぐにこっちに気づかれた。エマは冷や汗をかく。


「なぜ二人がここにお揃いで?」


 魔王が泰然と問い返す。


「見て分からないか?」

「はあ」

「勇者が魔王に屈服したのだ」

「おいコラ」


 エマが魔王の頬をぐいとつねる。


「……詳ひいはなひはあとだ。食事をひたい」

「はあ……」

「おじさん!今日のメニューは何?」


 宿屋の主人は勇者にそう問われると、にやりと笑う。


「勇者様、あんた今日はラッキーだぜ。当店一番人気のアレだ」

「えーっ、本当に?」

「お、分かってるね。では早速用意するからそこ座れ。お二人さん」


 二人が席に着くと、すぐに食事が運ばれて来た。


 ガーリックライスである。刻んだ牛肉とパセリの香ばしい香りが焼き飯の匂いと共に立ち上る。丸い山型になったそれには、目玉焼きがぽんと乗せてあった。


「あー。これこれ!」

「……エマ、こういうのが好きなのか?」

「うん。コースよりも、こう……ガーッて食べられるのが好き!」

「……へー、初耳」

「いただきまーす!」


 エマは少年のようなスプーンさばきでガツガツとそれを食べ始めた。


 ウィルはそれを、物珍しそうにじーっと眺めている。


「……どうしたの?ウィルも食べなよ」

「ああ、そうだな」


 ウィルはエマをまじまじと眺める。


「……どうしたのってば」

「いや、何だか……いい顔してるなと思って」

「だってこれ、大好物だもん」

「じゃあ今度、作ってやろうか」

「えー!本当!?」

「いいよ。ずーっと作ってやる」


 そんな二人の様子を、宿屋の主人は物珍しそうに眺めていた。




 帰りに料金を払う際、ふと主人は言った。


「白金の用意、あるよ」


 ふわ、と魔王が顔を上げる。


「……何だ急に?」

「ルーダニア国の通貨で最近支払いがあったんだ。あそこの通貨、白金で出来てるだろ」

「本当か?珍しいな」

「今日麓に降りて来たってことは、彫金の用意があるわけだろう」

「その通りだ」

「交換と行こうや。金の指輪三つと交換でどうだ?」

「それだけでいいのか?悪いからあとひとつ、銀の指輪をくれてやるよ」

「お、じゃあそれで交渉成立だ」


 エマの目の前で、貴金属が眩しく等価交換される。


 金の指輪も、色石が均等に散りばめられた美しい細工ものだった。


 エマは白金で出来た通貨を手に乗せて眺めた。


「……初めて見たわ」

「ありがとう、親父。だけどなぜ白金の話を持ち掛けたんだ?」

「ん?今、王国では白金の指輪を結婚時に贈るのが流行ってるらしいんだ」

「ほー」

「だから、勇者様にも、どうかなーと」


 エマはパっと顔を輝かせる。


「ありがとう、ご主人!」

「いえいえ。まあ、アレですよ。魔王様をよろしく、勇者様」


 エマは首を傾げた。


「……どういう意味?」

「いや、魔王を倒すって聞いて、ちょっと心配してたんだよ。魔王様が死んだりしたら、この村も寂しくなるなぁって」

「あー……」


 エマはかつての自分を思い出した。


 自分の意思の介在しない冒険の日々。大義なき魔王城への奇襲。きっとあの時のメンバーは、村人達にも遠巻きにされていたに違いない。


「大丈夫。私、もう魔王を倒さないで……手懐けることにしたから」


 それを聞き、ウィルが隣でふふっと笑う。




 というわけで腹いっぱいになった二人は粉ミルクを求め、薬局へ向かって歩き出した。

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