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42.私、母親になれますか?

 次の日。


 朝食を終えたエマは魔王城の図書館のラウンジにいた。


 ミリアムがプログラムした木偶を見よう見まねで操作し、白い壁に検索窓を開く。


 分裂について調べると、直近の日誌が出て来た。


 先代の魔王、ウィルの父の日誌だ。


「そうそう、これだわ」


 近くの村から来てもらった女性の話が書いてある。


 以前、偶然見たページ周辺を再び開く。


(前に私、ウィルが分裂に備えて私を魔王城に連れ込んだんじゃないかって、彼に詰め寄ったのよね)


 当たらずとも遠からず、というわけだったのだ。現にエマはそのような流れに乗せられている。


(だけど、好きになっちゃったんだから、もうしょうがないか)


 この日誌の女性シッターも、同じことを考えたりしたのだろうか。


 先代魔王は綴る。


『子供に何が必要なのか分からない。臣下も分裂揃いなので、よく分からないなどと抜かす。どうするんだ、おむつと服しかない。母乳ってどこで買うものなんだ?牛の乳ではだめなのか?』


 ダメでしょ……とエマは頭を抱える。


(でも、この時はまだ、臣下がいたんだ)


 現在の魔王ウィルフリードには臣下がひとりもいない。誰に聞くことも出来ないし、手伝っても貰えないだろう。頼れるのはエマとその知り合いのみ、という状況だ。


『臣下に子の沐浴を頼み、とりあえず分裂を終えたばかりの身ひとつで人間のいる町まで行く。テレポートも体力を消耗するので、とにかく歩く。歩いている途中に、花を摘んでいる女に出会った。名はミレーユ。少し太った女で、2歳ほどの子供を連れていた。これはチャンスとばかりに、母乳の在りかを聞く』


(おお、いいぞウィルの父。頑張れ!)


 もはや日誌というより育児エッセイである。軽くセクハラをかました気がしないでもないが、なかなかに読ませる。エマは夢中でページをった。


『ミレーユはなぜ母乳を男が買うのかと訝しがったが、妻が死んだのだと嘘をつくと、心底同情してくれた。私も夫を亡くしているんです、と来た。またしてもチャンス』


(チャンスだわ、確かに……)


 こんな偶然があるのかと、エマは遠い目になった。


『彼女はまだ母乳が出るのだと言う。瓶詰に分けてもらうことに成功した。ミレーユに、ではさようならと言われてしまったが、お礼に食事でも……と誘ってみた。住まいはどちらですかと聞かれ、魔王城と答えると、一度行ってみたかったと言われる。とんとん拍子に話が進み、彼女はまたこの町で会いましょうと言ってくれた』


(いやいや、ミレーユさんの胆力凄いな!)


 エマの中で彼女は、肝っ玉母さんそのもののフォルムになって行く。


『魔王城にミレーユとその息子を招待する。彼女も息子もよく食べる。思ったより食料が早く底をつきそうだ。しかしこれも可愛い息子のためだ。彼女の息子は2歳にしてはよく喋るし、とても聡明である。このように子供を育てたのだから、きっと我が息子も聡明に育ててくれるに違いない。早速話を切り出してみる。私には生まれたばかりの息子がいること、右も左も分からないこと。母親は他界したこと(ここは嘘をつき続けた)。すると、しばらく住み込んで我が息子に母乳を与えてもいいと言ってくれる。私は幸運な男だ』


 エマは少し目をこする。何だかとってもいいお父さん……もとい、お義父さん。


『息子に名前をつけることにする。ミレーユに町で流行りの名前を問うと、何個か書き出してくれた。たまには魔族の伝統名から離れて、人間風の名前をつけるのもよかろう。名前をウィルフリードとする。人間なくして魔王は存在し得ない。私のように孤独に陥らず、人間世界に溶け込める魔王になって欲しいものだ』


(うっ。だめだ、泣く……)


 エマは目をごしごしとこすり、鼻をずるずるとすすった。


 と。


「……どうした?」


 エマはがたんと椅子ごと飛び上がった。


 振り返ると、そこにはウィルが立っていた。


「ここにいたのか、探したぞ。何で泣いてるんだ?」


 エマは眉を八の字に下げると、ひーっと喉を鳴らす。


「ウィルフリードちゃん……こんなに大きくなって」

「気は確かか?エマ」

「うう……これ、読んでたの」

「ほう。父の日記か」


 ウィルは席に着くと、映し出された文字列を眺める。


「なぜこんなものを読んでいる?」

「……私も、母親になるんだから色々勉強しておこうと思って」

「エマ……お前ってやつは」


 ウィルはくすくすと笑うと、エマの指を愛おしそうにその手で包む。


「予習か。精が出るな」

「だって、何も分からないと困るわ」

「ふむ、母乳か」

「そうそう。私出ないと思うけど大丈夫?」

「今は粉ミルクなんていう便利なものがあるらしいな」

「よく知ってるわねウィル」

「俺だってぼーっとしてるだけじゃないぞ。どうにかしようって、自分なりに考えて情報を集めている」

「ふふふ。粉ミルクを必死に調査してるウィル、かわいい」

「からかうのはやめろよ。本気なんだから、こっちは……」


 ウィルがあからさまにムスッとするのを、エマはからかい混じりに眺めた。


 その憮然とした表情が、以前より明らかに柔らかくなっているのを感じる。


「ねえ、ウィル」


 エマはその神聖な横顔に吸い寄せられるように尋ねた。


「親になるって、身籠るって、どんな気持ち?」


 ウィルは少し目を見開き、エマを見つめる。


「……そうだな」


 彼は記憶を確認するように、遠く前を向いた。


「めちゃくちゃ不安。でもえも言われぬ幸福感があるな」

「へー……」


 エマは目を細めた。


「いいなぁ、ウィル」


 咄嗟に出た言葉に、エマはハッと我に返る。ウィルは目を閉じてくっくと笑う。


「……エマも、身籠りたいのか?」


 エマは真っ赤になった。


「ち、違う!もう、すぐにそうやって……」

「そりゃ、俺だってエマを身籠らせたい。出来るものなら」


 エマは頭が沸騰したようになり、くらくらして黙る。


(何ソレ。刺激が強すぎる……!)


 ウィルはその顔を満足げに眺めると、再び二人の繋がる手に視線を落とした。


「……そうだ、エマ」

「!何?」

「一度、二人で町に出てみないか?」

「へっ。どうして?」

「子供のためにも計画を立てて、色々と買い揃えなければならない。そうだろう?」


 エマはハッとする。


(それって、初デート?)


 初めてのデートでいきなりベビー用品の調達をすることになるとは。


(それって、おかしくない……?)


 魔王に恋をすると、本当に予想だにしないことが次々起こる。

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