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41.マタニティーブルーですか?

「悪かった。……まだ色々と混乱しているだろうに」


 玉座の間で泣いているエマをなだめ、どうにか涙を止めようとウィルが腐心していると、


「ウィル!エマ!」


 玉座の間の扉がどかんと開き、ミリアムとアンドリューが駆け込んで来た。


「竜が飛んでいくのが見えたから、慌ててこっちに来たのよ。二人とも無事に帰って来れたんだ?お帰りなさい!」


 エマは泣き腫らした顔を赤くし慌ててウィルから離れようとしたが、彼はむしろからかうように余計に強い力でエマを抱き締めるのだった。アンドリューは呆れたように半笑いになる。


「相変わらずじゃねーか。ま、二人とも無事に帰って来たし、今日のディナーは食料を片っ端から使って豪勢にやろうぜ」


 アンドリューはそう言ってから、エマをまじまじと眺めた。


「……ん?どうしたエマ。元気ねーな」


 やはり、腐っても幼馴染み。すぐに彼女の異変に気付くらしい。


「やーね、アンドリューは食い気ばっかりで。きっと二人ともあの竜と戦って疲れてるのよ。宴は後回しにして、二人には今日はゆっくり休んでもらいましょ。同じ部屋の同じベッドでいいでしょ?二人とも」


 エマは顔を真っ赤にした。


「もう、またそうやってからかって……」

「色々聞きたい話は尽きないけど、まずは休んで。だって何だか二人とも、前よりやつれてるんだもの」


 エマは苦笑いした。同時に、言い知れない不安が襲って来る。


「……エマ、行こう?」


 ウィルがそうっとこちらを覗き込みながら尋ねて来る。


「あ、あの」


 エマは彼の目を見ずに言う。


「今日はひとりになりたいから、いつもの寝室で寝たいな」


 魔王はしばし無言になってから、


「そうか……そうだな」


と呟いた。


「じゃあミリアム。今日は皆それぞれ別の部屋で食事することにしよう」

「そうね、それがいいわ。二人ともお疲れだしね」

「ちぇーっ、何だよ。宴会する気マンマンだったのによぉ」

「あーあ、これだから脳筋は困るのよ。デリカシーって食べられないの知ってるぅ?」

「知ってるわ!うっせーな……」


 二人のいつもの会話に、エマはくすくすと笑う。


 こういう時、古い知り合いはいいものだ。いつもの感覚に戻してくれる。




 アンドリューやミリアムと分かれた寝室への道すがら、ふとウィルが問う。


「やっぱり、急だよな」


 エマはおっかなびっくり顔を上げる。


「本当は、もっと前に言うべきだったんだ。体の異変には前から気づいていたから」


 エマは前を向き、彼の言葉を反芻する。


「……え、そうなの?」

「ああ。だけど伝えるのが怖くて、まだ早い、まだ早い、と、打ち明けるのを引き伸ばしていたんだ」


 エマはどきどきと胸を鳴らす。


 ウィルも、言うべき時を考えに考えて、やっと今打ち明けてくれたのだ。


 二人、互いの部屋の中間地点で向き合う。


「不安にさせてすまない」

「いいよ、そんな。もう謝らないで、ウィル」


 エマは泣き笑いで魔王を見上げる。


 そうだ、これは喜ばしいこと、おめでたいことなのだ。


 まずは喜んであげなければ、彼が可哀想だ。


「私、嬉しいよ。ウィルにそっくりな子だといいわね!」


 それを聞くや、魔王はとても幸せそうにはにかんだ。


「ありがとうエマ」

「もー、やめてよ。またいつものように私をからかってくれないと。もしかして、これもウィルの巧妙なドッキリだったりして、ね?」


 魔王の笑顔が何かを察し、少し遠慮気味になる。エマはその反応に内心慌てた。


「あっ、ゴメン!うそうそ……」

「……エマ、だいぶ疲れてるな」

「つ、疲れてないよ」

「嘘をつくな。さっきからテンションが妙だからしっかり休め。夜になったら、またあの極厚サンドイッチ持って行ってやるから」

「……うん、楽しみにしてる」


 互いを労わるように、二人は別れのキスをする。


 ウィルは去り、扉は閉められた。


 エマも自らの部屋に入り、ぼすんとベッドに身を投げ出した。


(あーあ、何だか落ち着かないな)


 竜族との卵のことがひと段落ついたのに、再び自分の産まない赤子の存在がエマを悩ませている。


(赤ちゃんの世話なんか、したことないよ)


 以前、ネスという親戚の子供を預かったことがあった。あれはネスが一歳の時だった。歩き出して様々なところに体をぶつけ、とにかく泣いて暴れて大変だった記憶がある。


(赤ちゃんって、あの子より小さいんだ……不安だな)


 あれより大変であることは容易に想像がつく。ふとエマは気づいた。


(ん?もしかして)


 エマは布団に顔を埋め、呆然と呟く。


「まさか私……産んでもないのにマタニティーブルー!?」


 エマは産む当事者でもないのに、勝手にブルーになっているのだ。


(いけない、いけない)


 エマは心を立て直そうと考えた。


(そうだわ。対処法がないから不安になるのよ。過去の事例を紐解けば、きっと不安も払拭出来るはず)


 そういえば、先代の魔王の日誌で、乳母を呼んだような記述を見かけた。


(あれを読めば、ちょっとは先の参考になるんじゃないの?)


 喜びに不安に嫉妬。


 色々な感情が湧くが、母になる以上、まずは産まれて来る彼の子供のことを最優先にしなければ。


 エマは気持ちを新たにベッドから起き上がると、小声で「よし」と呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかエマさんの方がマタニティーブルー! パートナーの変化とか将来への不安、女性は妊娠しなくても感じとりやすいのかもしれませんね。
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