表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様、それって愛ではないですか?  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第5章.魔王、分裂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/60

40.魔王が出産……ですか?

 子供が出来たと聞かされて、エマは慌てふためいた。


「ええっ!?誰の子供よ……!」


 そう言いかけて、はたと気づく。


「あれ?確か、魔王は無性生殖で分裂するって……」


 ウィルは頷いた。


「俺の分裂が始まっているということだ。つまり人間風に言えば、俺が妊娠したことになる」


 エマは頭を押さえた。


「えええええ、どどどどどどうしたら」

「落ち着けエマ」

「きっとあの夜に私がウィルを妊娠させてしまったんだわ!」

「……だから落ち着け、エマ」


 魔王に両肩をさすられ、エマは息絶え絶えに呼吸を整えた。


「……待って、えーと、整理しましょう。ウィルはこれからどうなるわけ?」

「完全に分裂を終えるまでには少し時間がかかる。まだぱっとみた様子俺の体に変化はないが──まず、分裂は背中から起こる」

「背中……」


 だからあの時、鞭打刑は中止されたのだ。


 ウィルは続ける。


「そうだ。背中に鼓動が起き、別人格が現れる。そいつは俺から栄養を譲り受けながら、人間の赤子のように徐々に大きくなる。背中に顔が現れ、大きくなると、次は切り離しだ。その切り離しは、実は俺ひとりでは行えなくて」


 エマはハッとする。


「そこで、私の出番なわけね?」

「そう言ってくれると助かる。難しいことではないが、安全に子を受け取ってもらう必要があるのだ。子は俺の背中から脱皮の昆虫のように離脱するから、それをするーっと取って欲しい」

「産婆さんみたいね」

「サンバさん?」

「知らないならいいわ。うーん、だとすると……」


 エマはウィルの背中側に回る。


「……触ってもいい?」

「いいけど」

「どこらへんにいるの?」

「今は右肩の近く、かな」


 エマが手のひらで触れると、どくどくと鼓動が跳ね返って来た。エマは驚いて手を引っ込める。


「本当だ、いた!」

「まだ、割と移動するな」

「この子、移動なんかするの?」

「睡眠中の親の背中に押し潰されたらかなわないからだろう」

「なるほど……」


 エマが困惑していると、ウィルは振り返った。


「だから、その」


 エマは顔を赤くする。ウィルも少し耳を赤くした。


「二人きりの生活っていうのは、あと少ししか出来ないんだ」


 そうだ。じきに赤子との生活が始まる。


「えー!じゃあ私、お母さんになるの?」

「それはよく分からんが、俺は父になる」

「わわわわわ、どうしよう。私、体に何の変化もないし、母親の自覚が湧くかな……?」

「人間の父親だって、体に何の変化がなくても父親の自覚が湧くから大丈夫だろう」

「何よウィル。妙に冷静なのね」

「……冷静になるしかない。これからが大切なんだから」


 ウィルはエマの手を握った。


「俺の子とエマには、何の血のつながりもないけど」

「うん」

「一緒に育ててくれるか?」

「勿論よ、そんなの。聞かれるまでもないわ」


 エマは幸福そうに微笑んでいる。ウィルはほっとした表情を見せると、


「……よかったぁー……」


と呟きしゃがみ込んだ。エマは思わぬ反応に慌てる。


「どうしたのウィル!柄にもない……」

「だって……これで逃げられたら、どうしようって思って」

「あー、確かに。その可能性もあったわね?」

「実は、当初闇欲に任せてエマにいろいろやったのを、身籠ってから後悔した。好きならあんなこと、すべきではなかったって」

「へー。急に頭のネジ閉まったのね」


 エマの嫌味に、ウィルは自嘲気味に笑って見せる。 


「やはり、父親になったからだな」

「だとしたら、とってもいいことだと思うわ」


 エマはウィルを眩しそうに見つめた。


 分裂中のウィル。その笑顔はどことなく神々しい。


 その時。


(……いいなぁ)


 エマは自分の奥深くから湧き上がって来た感想に、はたと我に返った。


(あれ?私……)


 エマは急に溢れ出て来た涙に戸惑う。


(今、すごくウィルのこと、羨ましくなって)


「エマ、どうした?」


 ウィルが心配そうに覗き込んで来る。エマは慌ててかぶりを振った。


「ち、違うの」

「……何で泣いてるんだ?」

「ご、ごめん、ウィル」


 エマは涙を止めようと心砕くが、なぜだか全く止まらない。


 エマの中に、何やらどんどん黒いものが沸き起こって来る。


 これは、まさか。


(私、ウィルに嫉妬しているの?)


 エマはぞっとした。


 そんな彼女を、ウィルは不安げに見つめる。


「……エマ」


 彼は目の前で青くなっている恋人を抱き締めた。


「やっぱり、不安になるよな。でも、二人ならきっと乗り越えられるから──」


 エマはウィルの肩口でぽろぽろと涙を流す。


(違うの……違うの、ウィル)


 やるせない気持ちと、愛しい気持ちがないまぜになってエマを襲う。魔王と共に生きるという己の選択に、迷いはないと断言出来る。それなのに。


(私、あなたとの子供を産んでみたかったな──)


 それだけが心残りで、しょうがない。


 エマは人知れず、深いところで絶望していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あー……(´;ω;`) 私子供好きじゃないけど、わからないでもないよ。 好きじゃないけど、だよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ