38.繋がりますか?
二人の間に、子は出来ないかも知れないけれど。
ベッドの中、二人は夜風に冷え切った互いの体を温め合う。
でも結局それは口実で。
体が温まると、次は有性生殖の真似事。
ニセモノの行為のはずなのに──
(……何でこんなに深いところまで温まるんだろう)
全てが終った後、少し重たくなった布団にくるまって、ウィルとエマは向かい合っていた。
「……性欲ないって、言ったじゃない」
エマが掛布団に半分顔を隠し、真っ赤になって抗議すると、
「ちゃんと俺の話を聞いてたか?あるにはあるって言ったはずだぞ」
とウィルは気だるそうに微笑んだ。
「でもそれは、きっとエマに対してだけだと思う」
「……本当?」
「エマの顔が好きだ。エマが苦しむ顔は最高。あんなに苦しそうな顔する女は、なかなかいない」
「……馬鹿」
「闇欲は今、少し弱まっている。その分こちらの欲にシフトしているのかもしれないな」
手を繋ぐ。
「……朝、どうしよう。ウェンディが起こしに来るわ」
「別にいいだろ。その時、一緒に起きれば」
「あのねえ」
「ふん。受精卵見せつけられたこっちの身にもなれよ。事後が判明したぐらい、どうってことないだろ」
「……あのねえ」
エマの、ベッドに流れる金糸の髪を、ウィルは愛おしそうにすくい上げる。
「……でも、ようやく会えた」
エマはどきどきしながら頷く。
「卵が孵ったら、帰ろう」
「ウィル……柄にもなく、ダジャレ?」
「いいだろ、別に。今は凄くいい気分なんだ」
ウィルは上半身を起こすと、再びエマを組み敷く。
「ちょっと……」
「愛してる、エマ」
「……」
「どうした?」
「……。ごめんね、ウィル」
「だから謝るなよ。萎える」
「……ありがとう」
再び幸福な沈黙がおとずれる。エマはくらくらしながら、窓辺がうっすらと明るくなって行くのを感じていた。
朝が来た。
ウェンディはエマの寝室を開け放ち目の前の光景を眺めると、自分を納得させるかのように、ふむ、と口を尖らせた。
「あらあら。おはようございます……エマ様にウィルフリード様」
そこには寝巻きのまま気まずそうにベッドに腰かけるエマと、半裸のまま布団に埋れているウィルがいた。
ウェンディは二人を交互に眺めると、急にこんなことを尋ねた。
「……まず、無粋な質問をお許しください。魔王は有性生殖は出来ないと我々認識していたのですが……そういうこと、実はお出来になるのでしょうか?」
エマは彼女の思わぬ質問に唖然とした。魔王はすぐさま「見る?」と腰紐に手をかける。慌ててエマはそれを止めに入った。
「馬鹿っ!そんなの見せたらダメだってば」
「そう」
「あのね、ウェンディ。魔王は人間に好かれるため、人間と同じ体をしているの。だけど、生殖は出来ないんだって!」
エマが一息に言うと、ウェンディは顔を輝かせた。
「まぁ!それは我々も知らなかったことです!魔王は無性生殖で分裂すると習っていたので、てっきりそういうことは出来ないのかと思っていましたわ」
「あ、うん……」
「これは魔王の生態をもう一度研究しなければなりませんわね。ウィルフリード様、もしよろしければ、協力願えますか?」
「それは構わんが、ウェンディ。他の用があってここに来たのではなかったか?」
ウェンディはハッと我に返って居住まいを正した。
「ああ、そうでした。これは大変申し上げにくいのですが」
「何だ」
「族長への暴行という罪で、ウィルフリード様を刑に処すと決まりましたのでお伝えに上がりました」
エマは青ざめる。ウィルは平静を保っている。
「……何をされるんだ?」
「鞭打です。本来ならば100回なのですが、事情が事情なだけに、20回に減刑と」
そろりとベッドから起き上がるウィルを、咄嗟にエマは引き止めた。
「ウィル……!」
「何。さっさと打たれて帰って来てやるよ」
ウィルはそう言って微笑んだ。
「エマを奪われることに比べたら、鞭打20回くらいどうということはない」
エマは顔を赤くする。ウェンディはマントを魔王に差し出し、彼はそれを巻きつけて部屋を出て行く。
(鞭打、か……)
少し暗くなる心を打ち消すように、エマは立ち上がると薬箱を探す。
(彼が帰って来たら、ちゃんと労ってあげなくちゃ)
しかしそのエマの思いも、すぐに杞憂となる。
テオドールは執務室にて、看守に耳打ちされたその報告に驚いた。看守が退くと、彼は小さくうめく。
「そうか。……だとすると、鞭打は中止だな」
看守の背後から、ウェンディが入って来る。
「テオドール様、お呼びでしょうか」
「ああ、ウェンディ。魔王から身体検査の了承を得たというのは本当か?」
「ええ、快諾いただきました。それが何か?」
族長は声をひそめた。
「鞭打は中止だ。早速だが魔王の背中について、調べてもらいたい」
ウェンディは首を捻った。
「背中……ですか」
「ああ。あと、この調査について、魔王はエマには話さないで欲しいそうだ」
「……はあ?」
ウェンディは釈然としない。族長は落ち着かない様子で言う。
「ある意味、これは竜族にも関係して来ることかもしれん。ウィルフリードとエマを早く魔王城に返し、元の生活に戻して安心させてやろう。その間に我々は、魔族の動きを未然に食い止めねば」
「?」
「メイデンとやらは私が殺したが──もしかしたら、次のメイデンが出て来るかもしれないしな」
「おっしゃっている意味が、よく分かりませんが──」
「ウェンディ。清掃途中の魔法陣はまだあるか?」
「はい」
「それはそのままにしておけ。もしや、これから長いこと使うかもしれん」
「……はい?」
「実は魔王の歴史の中で初めての事例が今、起きようとしている。魔王の危機だ。世界を安定させるためにも、我々を含め、協力者は多い方がいい」
ウェンディは事態が飲み込めず、尚も首をかしげている。