31.準備が整いましたか?
魔王が目覚めてから、一週間が経過した。
魔王城図書館にて。
ウィルは椅子に腰かけ、腕を胸の前で組んでいる。ミリアムやアンドリューの看病の甲斐あり、彼はほぼ回復した。無論、魔王特有の回復力の高さも手伝ってはいるのだが。
ミリアムが木偶を用意する。触れるとその顔面から光線が出、白い壁面に画像が映し出された。
「竜族が住むという浮遊大陸、記述は二例あるわ」
検索結果が壁面に表示される。
「一番古い記述は、竜が魔王を助けたことがある、という記述ね。これは十代前の魔王。この竜は浮遊大陸に帰ったという記述があるわ。もうひとつの記述は、二代前の魔王の日誌から。女勇者が浮遊大陸から竜を従え、魔王を倒しに来たとあるわ。でもこれは未遂に終わったみたい」
「ふーん、なんで帰った?」
ミリアムは言いにくそうに、こう続けた。
「女勇者の懐妊が判明したため──」
その刹那、ウィルは無表情で座った状態のまま、目の前の円卓を蹴り上げた。円卓は跳ね上がり本棚にぶち辺り半円状に割れ、床にカラカラと転がり落ちた。
ミリアムは首をすくめ、アンドリューは痛々し気に首を横に振る。
「……っざけんなよ……」
焼けつくような苛立ちに、小さく叫ぶ魔王。
館内は静まり返った。
木偶は動じず顔から光線を出し続けている。ミリアムはため息を吐いてから話を続けた。
「……これだけよ、記述は。どこにあるかまでは、図書館に情報はない」
「ウィルよ。水瓶とやらで浮遊大陸は見られないのか?」
ウィルは途端に悲しげな顔になると意気消沈し、椅子の背もたれに埋もれる。
「……見られない。見ようとしても、砂嵐が起こる。水瓶が見られる範囲は、地上だけのようだ」
「そーかぁ」
「もう、直接行く方法を探した方が……」
言いながら、ふと、ウィルが何かに気づく。
「──召喚魔法か」
「ん?」
「あの竜族の召喚魔法についてもう少し詳しく調べたいのだが」
「ああ、あれね。オッケー」
ミリアムは再び検索を行った。
「おっ。竜族も特別な召喚魔法を持っているみたいね?」
「やはりな。予想していた通りだ」
ウィルも立ち上がり、木偶に触れて検索操作を行った。
「竜族がいきなり見知らぬ誰かに召喚されるのを是としているわけはないと思う。つまり、竜族は竜族の側で〝召喚される〟魔法を有しているのではないか?」
「あっ、この日誌の記事ね。ふーん、浮遊大陸を繋げるゲート……まさか、これじゃない?」
「どれだ?」
木偶を操作し、検索を順にスクロールして行くと。
「これよ!竜族は発情期に花嫁を迎える魔法陣を用意する。その時、地上に竜召喚の魔法陣があれば、浮遊大陸の間にゲートが開かれ、往来が可能となる──」
「往来出来るとは朗報だな。またあの魔法陣を発動させれば浮遊大陸への道が開けるってことになる……しかし、ここで問題が」
「何?」
「魔族と勇者がいない」
アンドリューとミリアムは顔を見合わせた。
「そうか……」
「魔族はその辺うろついてるからどうにか用意出来そうだけど、勇者ってエマ以外にまだいるの?」
ウィルは顎を触りながら考える。
「……まだ、いるだろうな」
「へ?」
魔王は不敵に笑う。
「エマで召喚出来たところを見るに、勇者の本流ではなく、傍流でも召喚可能のようだ。エマの血筋なら誰でも該当する。となると、親族に当たるのが一番の近道のようだが……出来るか?二人とも」
「おうよ。でも、城の状況によっちゃあ村の親族には当たれないかもしれないぜ?」
「どんなに遠い親戚でも構わん。連れて来い」
魔王はゆったりと足を組んだ。
「魔族も、外にいる魔族は凶暴化しているから、なるべく町の中にいる魔族を探せ。話の通じる奴を連れて来るんだ。人間に化けている奴の方が何かと油断しているだろうし」
アンドリューが顔をしかめる。
「そんなの、どうやったら分かるっつーんだよ」
魔王は待ってましたとばかりにニヤリと笑うと、ヒョイと胸ポケットからモノクルを出して見せた。
「これのレンズを通して見れば、分かるぞ」
アンドリューは受け取って、恐る恐るモノクルから魔王を覗いた。
魔王からは、禍々しい紫の妖気が立ち上がっているのが見える。
「へーえ」
「分かったか?その妖気が立ち上がっている奴が魔族だ。急ごしらえの判定器だが、役立ててほしい」
「おう。これで久々に魔王城を出られるぜ」
「そうだな……みんなには本当に世話になった。魔王城から出る時はテレポートをして送り出そう。準備が出来たらいつでも言ってくれ」