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30.あなたはどうしているのですか?

 次の日の朝。


 ウェンディに連れられ、エマとテオドールは地下室にいた。


 鈍く光る水槽の数々。


 研究者がうろつく地下室の片隅で、三人は向かい合う。


「……実は……我々研究者で、テオドール様に極秘で進めている研究があったのですが」


 目を丸くするテオドールの前に、ウェンディは資料を差し出す。


「研究の結果により、なぜ竜族が勇者の胎を借りねば繁殖出来なくなったのかが最近判明いたしました。歴代勇者の細胞を調べてみたのです。すると、勇者とは古代、竜と人間の間に出来た種族であると判明いたしました。つまり、エマ様の血のどこかに、竜の血が入っているということなのです」


 驚きの前置きである。


「結論から言います。実は、勇者は人間と竜とのキメラなのです」


 エマは目を丸くした。


「私たちは時を遡り、資料を当たり、かつて竜族が謎の病に侵され生殖能力を失い絶滅する時、当時の高度な科学で人間と竜を合成し、その胎を利用して難を逃れたという衝撃の事実を突き止めました。それからもそのキメラの胎を利用していたようなのですが、何かの手違いでキメラは地上に降りてしまったのです。そのキメラが下の世界を救ったことにより、それは勇者と呼ばれることになった──というのが真相のようです」


 エマは己の記憶を遡ってみた。確か子供の頃に、そのような国生み神話を聞いた覚えがある。勇者の祖は、女であったと。


「つまり、竜族は本来なら既に滅んでいる一族なのか?」


 テオドールの言葉に、ウェンディは深く頷く。


「結局今の我々は、過去のテクノロジーにすがって延命していただけだったのです。ですからテオドール様──そろそろ人間との婚姻は諦めて、別の方向をお探しになった方がいいのではないかと」

「……どういうことだ?」

「つまり、女勇者の胎を借りずとも、生殖の出来る方法を探すのです」

「何を言う。竜族の女が役に立たないからこそ、頼らざるをえないのが現状だろうが」


 役に立たないと言われたウェンディはあからさまに顔をしかめた。


「……だからこそ、役に立とうと言うのですわ。竜族の女が身篭らないから悪いと、竜族の女なら誰しも一度は言われたことがあるものです。そのような戯言に打ち勝つためにも、私はこれを成功させたい」

「……どうやって?」

「はい。この水槽内で、一度エマ様の卵をいただいて受精させ、育ててみようと思うのです。これが上手く行くことが分かればエマ様の細胞から核を抜き、今後は花嫁を探さず、クローン技術でどうにか竜族の命を繋ごうかと」


 テオドールはあんぐりと口を開けた。


「本気か?」

「はい」

「エマが何と言うか」

「了承は得ています」

「……そうなのか、エマ」


 エマは頷いた。


「あなたに何かされるくらいなら、ここで一生を過ごすくらいなら、死ぬくらいなら……致し方ありません」


 テオドールは弱り切っている。


「……まさかそこまで思い詰めているとは」

「いい機会です、テオドール様。我々だってもう後がない。三千年前とは、世界は違います。地上の女が虐げられていたのは昔の話。今よりちょっとでも贅沢出来るからと、異種族と婚姻するような女性など、現在では稀です」

「……確かにな」


 二人の会話を聞き、エマは考えた。


 自分の体に竜の血が流れていると聞けば、エマだって協力する理由がなくはない。先祖である竜族全体を助けられるのなら、ドナーくらいならなってもいいような気がしていた。


 何にせよ、再びウィルの元へ舞い戻れるなら、今のエマは何だって出来る。


 銀糸の髪。


 ブルートパーズの瞳。


 勇者に片方へし折られた洞角。


 繊細な指先。


 離れてみて分かる。


(私、こんなにウィルのこと好きだったんだ)


 気がつけば、エマはウィルの体温を思い出していた。見つめられ、抱き締められた日々。


(……ウィル、今頃どうしてるかな)




 その頃──


 ウィルは意識を失ったまま、一週間ほどベッドで寝ていた。あの後、アンドリューとミリアムでウィルを運び、互いに交代でウィルの様子を見守ることにしていたのだった。


 ミリアムは図書館で数々の資料に当たり、スキャンした腹部を診察し、慣れない回復魔法をウィルに施していた。どうもウィルはあの衝撃で肋骨を折っていたらしい。内臓の損傷が激しければ、容体がいつ悪化してもおかしくなかった。


 だが幸いにも、魔王の容体は落ち着きつつある。


 ウィルの腹に手をあてがうミリアムに、アンドリューは声をかけた。


「……どうだ?今日のウィルの様子は」

「うん。魔王だし、凄い回復力ね。骨折自体は一週間で治ったみたい。この調子で魔法をかけ続けていればもう少しで目を覚ましそうなんだけど」

「……エマが声をかければ一発で起きて来そうなんだがなぁ」


 その名前を聞いたからだろうか。


 すうっと、導かれるようにウィルは目を覚ました。


「……おおっ」

「……やった!ウィル!」


 二人の歓声に迎えられ、ウィルはその銀の睫毛を瞬かせる。


 ウィルは慌てて起き上がろうとしてから、苦しげにうめいた。


「いっ……」

「あーダメダメ!まだ寝てないと」


 アンドリューが魔王の背中を支え、ゆっくりとベッドに横たえる。


「……エマは?」


 ウィルが、まるで母でも乞うように問う。


 問いかけられた二人は顔を見合わせ、複雑な表情になった。


「……エマはまだ帰って来ねぇ」

「竜にさらわれてしまったの。私も色々図書館で調べてみたんだけど、竜の巣っていうのはこの地上にはないらしくて、どこにあるのか見当もつかなくて」


 それを聞くや、ウィルはぎりぎりと歯を食いしばる。


「竜族め……!必ず根絶やしにしてくれる!」


 あの美しい顔はどこへやら、ウィルは青ざめた顔を憎々しげに歪め、怒りに震えている。ミリアムは見兼ねて取りなした。


「だめよ、そんなこと言ったら……あの最低魔族メイデンの二の舞じゃない」


 ウィルはぎろりとミリアムを見開いた目で睨みつける。彼女は負けじと続けた。


「メイデンと同じ土俵に引きずり下ろされたらだめよウィル。根絶やしするより先に、エマを救う方法を探しましょう。でもまずは──その体を治さなくちゃね」


 ウィルはうめきながら前を向く。体の痛みと心の痛みが絶えず彼を蝕む。


「エマ……」


 魔王は宙に視線を上げると、再び勇者の名を呼んだ。


「必ず、助け出して見せる」

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