28.実験台にされるのですか?
ウェンディに連れられエマがやって来たのは、地下室だった。
足を踏み入れ、エマはその幻想的な光景に目を輝かせる。
円柱形の水槽が壁際にずらりと並び、ふわふわと光を放っている。エマは顔を近づけてみる。水槽の中には何らかの水溶液がたたえられ、その中には様々な見たことのない動物が浮かんでいた。
最初は興味深く見つめていたエマだったが、段々奇妙な感覚に陥り、恐々と目をそむける。
「ウェンディ?これは……」
「キメラです」
端的な答えに、エマは額を押さえた。
「見せたいものって、これ?」
「それもありますが……お伝えしたいことは、これだけではありません」
「?」
「竜族の医学の進歩は凄まじいものがあります。新しい動物を組み合わせて生み出すという究極の医学にも成功しつつあるのです。私は朝はメイドをしておりますが、昼からはここで研究をしております」
「へー。何の研究?」
「生殖の研究です」
エマはぽかんと口を開けた。
ウェンディはにこっと笑う。
「竜族の女はなぜか進化の過程で子を産めなくなりました。男もです。竜族はその長だけが三千年に一度発情します。そのたびに女勇者の胎を必死で探し、彼女を説得するのです。それで毎度のごとく上手く行かず、絶滅がどうのと騒ぎ合っている──おかしいと思いませんか?」
確かにおかしい。いつ絶滅してもおかしくない奇妙な生態系だ。
「私はそれを変えたいと思っているのです。竜族内で完結可能な、新たな生殖方法を探して。やはり他種族を頼っていると、混乱を招きますので」
エマは少し興奮して頷く。本当に、その通りだ。
「そんなわけで、今あなたがここに来たのは、またとないチャンスだと思ったのです」
しかし少し話の風向きが怪しくなって来た。
「もしよろしければ、エマ様、その──生殖方法を探るための、実験台になってはもらえないでしょうか?」
途端にエマは苦々しい顔になった。
「……そういうことなら、やっぱり死ぬことにするわ」
「ああっ。どうか死なないで下さい」
「……私はあなたたちの、都合のいい道具じゃない」
エマは空腹の苛立ちも手伝って、刺すような視線をウェンディに送る。ウェンディは少し困り顔になったが、すぐに真面目な顔でこう言った。
「死んだら、もうあなたの愛する人には会えませんわ」
エマは思わぬ返答に困惑する。
「その愛する人が、もしエマ様が自死したと知ったら、その悲しみはいかばかりか」
エマはふと、自身の胸元に目を落とす。
漆黒のカメオがある。美しい魔王の横顔。
孤独なウィルが自分を失った時を想像すると──確かに辛い。
「ですから……次こそは、しっかりお食事を摂っていただきたいのです」
「分かったわ。でも私、竜族の子どもなんか産みたくない」
「……そのための研究です。つまりあなたの胎を借りずに竜族を増やす方法さえ見つかれば、エマ様は解放されるでしょう」
「そんなこと、本当に私が生きてる間に出来るようになるの?」
ウェンディは悩まし気に目をつぶる。
「その……だから、何とかやってみますわ。特にテオドール様は猪突猛進なところがありますので、少し褥のことはお待ちいただくよう説得して」
それを聞き、エマは身震いした。
「竜族の長は、やはりそんなことを……!」
「ああああ、待って下さい!これはもう、私が責任を持って説得しますから!」
エマは鼻白んだが、彼女の申し出には素直に心が刺激された。
彼女の研究が進み、エマが体を差し出さずとも竜族を増やすことが出来れば、それに越したことはない。エマだって、好きで死にたいわけではないのだ。体の汚れぬまま、ウィルの元に舞い戻ること。それさえ叶えば、竜族に協力することもやぶさかではない。
「……じゃあ、絶対に叶えてよ?」
「はいっ、努力致します!」
「努力じゃなく、必ずやってよ!?出来なければ、またハンガーストライキに入らせてもらうからね!」
「は、はいっ」
ウィンディは少しだけ嬉しそうな顔をして、しかしすぐに真面目な顔に戻ってこう言った。
「では早速、ちょっと協力してもらいたいことを申し上げます」
「何?」
「卵を下さい。あなたの、体内の」
エマは青くなる。
「……そ、それってどういうこと?」
「ですから、卵子を提供下さい」
「ええええ!どうやって」
「麻酔をし、注射器で取り出します。少し体に負担がありますが、時間的にはすぐに終わります」
大変なことになった。
「他の種族もあそこで見ていただいた通り、あの培養液の中で育てることが出来ます。もしこれが成功すれば、テオドール様はあなたを地上に帰してくれるかも知れませんよ」
なるほど、とエマは呟く。
(いちかばちか、可能性に賭けてみよう)
やれることはやってみよう。本当に駄目なら、死ぬことも視野に入れることにしよう。
エマはそう心に決めた。