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23.魔王の体はどうなっているのですか?

 少し疲れた表情のウィルを見て、エマは妙にそわそわする。


 あんな顔をしたのを、初めて見たのだ。メイデンを倒すための計画を練らなければならない、そんな大事な時だからこそ、魔王の疲労具合が気になっていた。


 昼食後に少しの休憩を挟んで、再び図書館に向かうことになっている。


 その少しの隙間時間に、エマはそうっと魔王の部屋に滑り込んだ。


 ウィルは耐えかねたように、ベッドの上で寝転がっている。


「……ウィル?」


 彼女の声に、ウィルは半身を起こした。


「……エマ」

「そ、その」


 特に用はない。


 ただ心配だっただけ。


 そう言いたかったが、何となくこそばゆくて言い出せない。


「何か用か?」


 余りにも気だるそうに言われたので、長居も可哀想に思えて来る。


──寝かせてあげた方がいいかもな。


「……ううん、何でもない」


 そう言ってそそくさと立ち去ろうとすると、


「……こっちに来てよ」


 魔王が寝転がりながら笑いかけて来る。エマは許可された犬のように小走りに駆け寄ると、ベッドにそうっと腰掛けた。


「ウィル、疲れてる?」

「ああ、すっごく。ずっと一人暮らしみたいなもんだったから、急に人が増えて、関係性が増えて──みんなエマほど単純じゃないようだから、気を遣うよ」


 煽られたが、エマの心は無風だった。


 そうなのだ。彼らはとても扱いづらい。それは、エマも魔王討伐の旅の最中、長らく実感していたことだった。


「……分かるわ。私も彼らと旅をするの、大変だったから」


 魔王はそれを聞くとふっと力が抜けたように笑う。エマも目配せして、二人、笑い合う。


「まず騎士学校で好成績だったから、プライドが山より高いの。プライドを崩されるようなことがあると、仕返しをして来るわ。そうならないように、いつも気を使ってた。あんまり下手に出ると簀巻きにされちゃうし……でもウィルは力も魔法も彼らより強いから、ある程度のお願いは聞き入れてくれそうね」


 魔王はふんと鼻を鳴らす。


「あいつら要は、人をなめてるんだよ。プライドなら俺の方が高い。けど何かされて仕返しだの、みみっちいことは考えないぞ。エマはやり返して来ないから、やる。俺には倍返しされるから、やらない。それだけのことだろ……本当に、しょうもない」


 そう言うと、魔王はエマを背後から抱き締めた。


「でも、やらなければならないんだ。みんなで力を合わせてメイデンを止めなければ、我々に未来はない」


 エマはそっと、胴に回った彼の腕に触れる。ウィルはエマの頭に頬を寄せた。


「……エマは、癒し」


 魔王がぽつりと呟いた言葉に、エマも少し救われる。


「そう?闇欲発散の道具でしょ?」

「また、そういうことを言う……まあそれもあるけど」

「あるの……?」

「エマといると、凝り固まっていた何かが溶けて行く」

「何かって、何?」

「憂鬱とか孤独とか、そういったものだ」

「魔王も人間とそこは同じなのね……ずっとひとりで暮らして、どうだった?」

「だから、孤独で憂鬱だ。気楽ではあるが」

「……そう」

「それに、魔王は何やらずっと誤解されているんだ。世界を壊そうなどと考えたことはない。強大な魔力と魅力をそなえる、突出した魔族に過ぎない。だのに、みんな好き勝手想像しやがって」


 エマはちょっと笑う。


「何となく分かるわ、その気持ち。私も色々言われたっけ……」


 魔王の、エマを抱く腕に力が入る。エマは背中にウィルの体つきを感じながら、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。


「その……魔王の偽日誌、あったじゃない」

「ああ」

「あそこに書いていた〝魔王一族は人間の男と違う〟っていうのは、どういうことなの?」

「……見たい?」


 そう問うや否や魔王が背後でがちゃがちゃとベルトのバックルをいじり始める。エマは慌ててベッドから飛びのいた。


「ちょっと!何やってんの!!」

「百聞は一見にしかずだろ」

「やめてってば!」

「……まったく。可愛いなエマは」


 魔王は笑ってベルトから両手を離す。


「分かってるよ、気になってるんだろ。体は人間の男と全く一緒だよ」


 エマは真っ赤な顔で、ほっと額の汗をぬぐう。


「魔王の体は人間に気に入られるように出来てるから、機能は使える。性欲も人間に気に入られるように、一応あるようだ。けれど闇欲には敵わないから滅多にその欲は刺激されない。俺の場合、エマには微かに刺激されることもあるけど……あとこれは初めに断っておくが、魔王と人間の間では子を成せない。別種だからだろう。まあ端的に言うと、ヤれるけどデキない、ということだな」


 エマは説明の密度の高さに、少しくらくらする。


「そ、そーなんだ」

「もっと早く説明しておいた方が良かった?……エマが俺を好きになる前に」


 魔王がそう言って、熱っぽい眼差しを向けて来る。エマは顔を真っ赤にした。


「ううん、……大丈夫」

「引き返すなら今かもしれないぞ」

「……きっともう、引き返せないから」

「あ。やっぱり?」


 ウィルはこらえきれないと言ったようにはにかむと、ベッドから立ち上がった。


「……で?聞きたかったことは、これだけ?」


 エマは少しうつむいた。


「その……」

「うん」

「ウィルがちょっと疲れてるようだったから、様子を見に来ただけ」


 魔王はそれを聞くと幸せそうに笑い、


「せっかくだから、試す?」


と尋ねた。エマは口を開ける。


「へ!?何を?」

「……百聞は一見にしかず」

「ちょっ……試しません!何を言い出すのよ、もう……来るんじゃなかった!」

「あはは。ところで……」


 魔王は改まった。


「ミリアムとアンドリューの好物は何だ?」


 エマははっとする。


「え?ミリアムはメロンで……アンドリューは牛肉だけど?」

「そうか、ありがとう」

「……何をする気?」

「色々と手詰まりだし、いっそ胃袋から支配してやろうかと思って」


 魔王は不敵に笑う。エマはぽかんと魔王を見上げた。




 その日の夕飯は、前菜にフォアグラのミニムースとラディッシュの酢漬け。メインはローストビーフにポテトのマッシュを付け合わせ、とどめのデザートにはメロンとベリー類を盛大に盛りつけたカスタードタルトが運ばれて来た。


「わー!美味しそう!」


 ミリアムが目を輝かせる。


「久しぶりのご馳走だなぁ」


 アンドリューが朗らかに笑う。エマは彼らの変わり身の早さに、目を丸くする。


「ローストビーフはまだあるぞ。いくらでもおかわりがある」

「まじで!?」

「これを食べたら就寝までまた図書館で調査に付き合ってくれるか?」

「お安いご用よ!」

「よっしゃ、やる気出て来た!」


 物事は、思ったより単純らしい。


「……何だぁ。こんなことで機嫌が直る二人だったのね」


 エマは今までの自らの苦労を偲び、ため息をつく。それからそうっとウィルを盗み見た。


 彼は軽く笑いながらも、その目はミリアムとアンドリューをしっかりと観察している。


 エマはそっと自らの胸を押さえた。


(ウィル。何だかんだ言って、世界のために、私のために……頑張ってくれてるんだ)


「……きっともう、引き返せない」

「ん?何か言ったか、エマ」

「……いーえ」


 エマは微かに笑い、その笑顔を隠すように両頬を手で覆った。

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