22.竜を召喚するのですか?
「何よイチャついて!真面目にやってるこっちが馬鹿みたいじゃない!」
図書館内のラウンジにて。
プリプリと怒るミリアムを前にエマは肩をすくめていたが、魔王は椅子に座り悠々と足を組んでぽつりと呟く。
「嫌ならやらなくていい。その代わり、魔族側に寝返らぬようにお前を殺すかもしれんが」
ミリアムはぽかんとしてから、悔しそうに口をつぐむ。エマは改めて、彼が魔王であったことを思い出していた。
「ふ、ふんだ。そんなこと言える?こっちはもう、メイデンのやりたかったこと、分かっちゃったんだけど?」
ミリアムはそう言うや、隣の木偶になにやら呪文を詠唱する。魔王は目を見開いた。
「ミリアム、その呪文は……!」
「えっへっへ。こっちでこの木偶のプログラムをちょっといじらせて貰ったわ。さっきの時間で書架を隅まで回って、全冊のスキャンを終えたの。木偶に今から検索して貰おうと思うんだけど、心の準備はいい?」
魔王の目の色が変わるのを横目に見ながら、ミリアムは得意げに空間に画像を浮かび上がらせる。
映し出されたのは、古の文字列。それもあっという間に現代語に訳される。
「これこれ。今から五代前の魔王の日誌。そこに書いてあるのは、召喚魔法のことだわ」
「……召喚魔法?」
ウィルは眉をひそめる。
「読むわよ?──魔王、勇者、魔族の三者で陣を組み、古代竜を呼び出す。竜を操れるのは、勇者装備を纏った者だけである。竜は勇者に忠誠を尽くし、竜族もこれに従う」
ミリアムはそう言って、魔王と勇者を見比べた。
「三者がそろうと、竜を呼び出せるのよ。古代の召喚魔法のようだわ。そこでキーになるのが勇者装備ね」
魔王は姿勢を正した。
「なるほど、これで辻褄が合ったな。つまりメイデンは魔王、勇者、魔族三者を集め、古代竜を召喚したかったんだ。アンドリューとミリアムにエマの勇者装備を奪わせ、最深部にて二人を殺して装備を奪う。それを纏えば古代竜はメイデンの言うことを聞くだろうから」
「つまり魔法障壁を破壊したところでエマを呼び寄せれば、竜が召喚出来るってことね──」
「メイデンのやりたかったことがこれで分かった。竜を味方につければ、魔王と人間を滅ぼせると踏んだのだ」
ミリアムは再び検索を開始する。
「竜には竜族という仲間がいるみたいね」
「竜族……今の世界ではもう見られない部族だ」
「そうなの?」
「竜族は滅んだ。その詳細についても検索出来るか、ミリアム」
「ハーイ、ちょっと待っててね」
再び画面が切り替わる。
「竜族はかつて魔族の一部族であった。しかし勇者に肩入れしたことから、魔族によって滅ぼされた」
「自らが滅ぼしたものを魔法で復活させ、また利用しようと目論んでいるのだ……呆れてものも言えん」
エマはそれぞれの部族のことを考えながら呟く。
「メイデンは世界を魔族だけにして、どうしようって言うのかしら」
「それについても検索出来るか?」
「はいよ」
ミリアムは検索をかける。
「ウィルのお父様の日誌に書いてあるわ──メイデンは魔族のみの世界を欲す。魔王と人間の争いを止めるため……ん?」
ミリアムとエマは顔を見合わせた。ウィルはつまらなさそうに頬杖をついている。
「……へ!?そんな理由だったの?」
「ふん。さも高級な理由を吐いたところで、やっていることが最低なのは変わらない」
魔王は苦々しく吐き捨てる。
「理想主義者は始末に負えん。多様性があってこその世界だと思うがな、俺は」
エマはそうっとウィルの顔を覗き見る。ウィルは本気で怒っているように見えた。
「……ともあれ、助かったぞミリアム。これを踏まえて対メイデンの作戦を練ろう。礼といっては何だが、これからの戦いに備え、何か欲しいものはあるか?」
それを聞くや、ミリアムの顔が輝いた。エマは少し嫌な予感がする。
「欲しいもの、ある!」
「何だ」
「私にもキスしてよウィル!」
エマは唖然とした。これにはさすがの魔王も面食らう。
「それは……」
「この際、ほっぺでもいいから!」
「……無理無理」
「じゃ、お姫様抱っこで妥協する!」
「……妥協???」
「えー、それもダメぇ!?こんなに頑張ったのに?ふん、じゃあもういいもん。協力してあげないもんね!」
ミリアムの我儘に魔王は少し赤くなり、今までにない困惑の表情を見せている。エマは彼の初めて見る表情に驚きながら、徐々に頭に血が上って来た。
「ミリアム、今は非常時なんだから、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「ふん。エマだっていちゃついてるじゃん、こんな非常時に!」
エマはぐうの音も出ない。
魔王はミリアムに複雑な視線を送り、はっきりとこう言った。
「悪いが、魔王にだって人と同じような心がある。そういうことを誰にでも出来るわけではないし、闇欲を向ける人間だってきちんと選びたい。申し訳ないが、ミリアムの要求に応えることは出来ない」
ミリアムは至って真面目な回答に呆然としている。エマはむしろ赤くなった。
「そ、そんなぁ……」
ミリアムはがっくりと肩を落とした。
「むぅ……いいもん。何もいらないもん。でも」
そして彼女は少しうらめしそうに魔王を見やる。
「変な話、ちょっと安心した。美しさにもの言わせて……っていう、見境いないタイプじゃなかったのね」
「……そういう風に見えたか?」
「そうね」
「心外だな。魔王だからか?」
「それはある。魔王だから、きっと人間とは違ってこうなんだろう……っていう先入観は、確かにあるよね」
「ふーん」
ウィルは銀糸の髪を、苛立たしげに片手で掻きむしる。
「俺は人間のことをよく知っているが、人間は魔王のことをよく知らないのだな」
そう言うと、彼はエマに生暖かい視線を投げかける。
「……やはり、もっと知ってもらう必要があるな」
「あのねぇ……」
エマは呆れている。
「何よ!またいちゃついてえええ!」
ミリアムが地団駄を踏んでいると、アンドリューが帰って来た。
「何だ?随分みんな打ち解けてるじゃねーか」
「ち、ちがうもん。私……」
ミリアムは声を震わせると、書架のどこかへ走り去ってしまった。
「あれー?ミリアム?」
アンドリューが頭に疑問符を浮かべている。魔王は書架を眺めながら、ぽつりと呟く。
「……上手く、行かないな」
エマは弾けるようにウィルを仰ぎ見た。ウィルは少し落ち込んでいるように見える。意外な表情に、エマはどきりとした。