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19.これが魔王の日誌ですか?

 魔王は日誌を欠かさない。


 魔王城内の図書館書架がほぼ歴代魔王の日誌で埋まっているのは知っている。


 そして恐らく、その日誌は──


 エマより先に、ミリアムが言う。


「あった!魔王の日記!」

「こっ、こら!」

「じゃーん!」


 ミリアムは魔王の部屋に入るなり机に直行し、引き出しを速攻で開け日誌を取り出して見せたのだった。


 エマは焦る。


「見つけるの早すぎでしょ!」


 大分遅れてアンドリューもふらりと部屋に入って来る。彼もミリアムの背後から日誌を覗き込んだ。


「よし、読んでみようぜ」

「アンドリューまで……!」


 反発しようとするエマに、アンドリューは目を向けた。


「エマが魔王に何言われたか知らねーが、それって全部本当の気持ちなのか?魔王がお前を騙してる可能性だってあるんだぞ!?日記に真実が書いてあるかもしれない」


 エマはハッとする。


「そっか……さすが私を騙し欺き続けて来たアンドリューね。あなたが言うと説得力が桁違いだわ……」

「おめー、随分口が魔王に似て来たな。あ?」


 アンドリューが苦々しい顔で茶化す。一方、ミリアムは黙々と日誌を読んでいる。


「ちょっと、ミリアム!」


 エマはミリアムから日誌を取り上げた。


「だめよ、そんな……」

「あーっ、エマったら、またいい子ちゃん演じて──」

「私が読みます!」


 ミリアムとアンドリューは、ぽかんと勇者を見つめる。


 エマは目を爛々とさせながら、簀巻きにされたあの日の日記を読んだ。




『5月8日


 魔王城の前で簀巻きにされている女を見つけた。泣き顔が極上の絶望に歪み、とにかく美しい女。


 これが例の勇者なのだそうだ。


 初めて人間の女というものに触った。すべすべしているが、意外と重い。


 俺も魔族のはしくれ。闇欲が如何とも抑え難い。


 とりあえず、絶望事典にあることをしらみ潰しに試してみることにした。


 一番やってみたかったことをした。甘美な嫌がらせ。けれどあまり嫌がる様子はない。


 俺の美しさが仇となったか。もっと嫌がれ、泣いてくれ頼む』




(美しい女……)


 そんな風に言われたことは今までなかった。これがウィルの本音だとしたら、ちょっと……いや、かなり嬉しい、とエマは思う。




『5月9日


 気に入りそうな召し物を繕い、食事も豪勢にしてやったが、まだ勇者の敵意が凄い。


 彼女は最悪の想定をしていたようだ。無理もない。信じろと言う方が難しい。見知らぬ男、ましてや魔王をば。


 魔王一族は、そこらへんは人間の男と違うから安心しろ……と言っても無理か。人間と近い姿をしているのだ。似たようなものと捉えられてもおかしくはない。


 そんなことより闇欲が抑えられない。またあの歪んだ顔、絶望の表情が見たい。生身から発せられる絶望は格別だ。あっという間に分裂を起こしてもおかしくない、それほど興奮する。


 さて、見立て通りあいつは勇者ではなかった。だがテレポート出来るところを見るに、勇者の傍流ぼうりゅうだろう。さすがにエマはそれを知って気落ちが激しく、ちょっと可哀想になる。そんなに強くなりたいなら強くしてやるよ。


 強くなって、勝てると思って、勝てなくて絶望する。その顔を楽しみにしている』




(絶望を熱望しすぎでしょ……)


 エマは呆れる。しかしこのページを読んで、人間の男と魔王の体の、何がどう違うのかが急に気になり始めた。闇欲が人間で言うところの、いわゆる性欲に当たるのだろうか?確かに闇欲が満たされたウィルの表情は、形容しがたい甘美な余韻がある。




『5月10日


 困った。闇欲が別の方向に突き抜け始めた。


 エマを手放したくない。今まで俺が知らず知らずため込んで来たマイナス感情を、まるっと補う人間の女に出会ってしまった。


 闇欲に振り回される人生だったが、ここに来てそれが一回帳消しになったようだ。エマを繋ぎ止めるため、今までの人間に関する知識を総動員して、慣れないご機嫌取りを繰り返す。


 でもそれがうまくはまって、エマが心を開いてくれた。


 闇欲に振り回されない、不思議な感覚。味わったことのない快感がある。孤独感も帳消しになる。これはこれでアリだな。エマを、俺なしでは生きて行けない女にしたい。どうしたらいいだろう。


 でも、いいところで事件発生。妙に長生きな魔族の化石が現れた。一体どうしてこいつが生きていた?自分で何とかしたとは到底思えない。裏にきっと、支援者または支配者がいるはずだ。図書館をひっくり返して究明しなければならない。しかしそんな時間が果たしてあるのかどうか。早く倒さないと世界が危ない。いい方法はどこにあるのか』




(ウィル、そんなことまで考えていたのね……)


 ふざけた調子を見せながら、意外と難しいことを考えていたのだ。同時にエマに対する気持ちが分かって、彼女はどきどきと胸を鳴らす。慣れないことを頑張っていたのだ。それに気づくと、またウィルをちょっとだけ好きになってしまう。


 ページを繰る手が止まらない。


 次のページをめくる。




『5月11日


 客人が二人増えた。食料がない。そうだ買い出しに出かけよう。


 やあエマ、ここまで読んでくれた?


 楽しんでくれたかな。


 もし続きが読みたかったら、そこの空欄に感想を書いてくれ。日誌をつける張り合いになる。


 あと、どれだけ面白かったのかを教えてくれ。


 下段に☆評価欄を用意したから、☆に色を付けて欲しいな。評価は5段階あるぞ!


 今後の作品の参考にさせてもらうからな!


 では、これからも素晴らしい魔王城ライフを!!』




 一拍の呼吸を置いて。


「ただいま!」


 日誌を覗き込んでいたエマたちの背後に、聞き慣れた声が飛ぶ。


 そこには満面の笑顔で荷物を抱え、テレポートして来たウィルの姿があった。


「どうだった?俺の作品!一度、私小説を書いてみたかったんだ。なあみんな、☆いくつ?」


 ミリアムとアンドリューが吹き出し、エマはわなわなと怒りに打ち震えている。


「はい、ミリアムは?」

「やられた……★5で」

「アンドリューは?」

「めんどくせーな……いいよ★5で……」

「エマは!?」

「★1に決まってるでしょーがあああああ!!っていうか、これまさか……」


 魔王はにっこりと笑って見せた。


「もちろん、ダミー日誌!エマじゃあるまいし、そんなバレバレの所にしまわないよ、普通」

「!」

「ふふふ。本当に可愛いなーエマは。そんなに俺の気持ちが気になる?」


 そう言うと、魔王は怒りに震えるエマをよそに、その隣のアンドリューに「はい」と荷物を半分手渡した。


「厨房にこれ、運ぶよ。その足で図書館に行くから、みんなついて来い」


 アンドリューとミリアムは顔を見合わせる。


「図書館にはお前たちの大好きな魔王の日誌がたくさんある。資料を徹底して当たろう。作戦会議だ」


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