18.おしおきが必要ですか?
エマは昨晩魔王の愛をまともに食らったため、翌日の朝食後は腑抜けたように自室のベッドでぼんやりと過ごしている。
からかい混じりでも、やはり異性の体温と甘い視線にずっとさらされていれば、あきれるほど夢うつつになる。ましてやそれが、初めての経験であれば。
(どうしよう)
エマは自身の体を抱き締める。
(こんなはずじゃなかったのにな)
魔王城手前で簀巻きにされている時、まさか魔王に恋をするとは思いもしていなかった。
(私がおかしいのかしら。勇者が魔王に恋をするなんて)
その時。
寝室の扉を叩く音がして、そうっとウィルが顔を出した。エマは驚いてベッドから起き上がる。
ウィルは見慣れぬ腕輪を見せびらかすと、満面の笑顔でこう言った。
「これ、アンドリューとミリアムにつける予定の電撃おしおきバングルなんだけど」
エマの顔は一瞬にして能面のようになる。
「エマ、おしおきスイッチ押したい?ねえ、きっと押すよね?」
(──うん、絶対におかしい)
エマは自身の恋心に水を差した。頑張って差してみたものの、やはり彼を無視は出来ない。
「何そのおしおきバングルって……」
「二人にこれをつけて貰うんだ。で、また悪さしそうになったらエマがスイッチを押して電撃を食らわす。これを繰り返すとあいつらは君の従順なペットに……」
「やめてよ……悪趣味ね」
「……というのは冗談で」
ウィルは扉を閉めると、改まった。
「実は今から、ちょっと買い出しに行かねばならないんだ」
エマは頭に疑問符を浮かべる。
「買い出し?魔王が?」
「うん」
「え。どこへ?」
「魔王城に一番近い村まで」
エマは自らの旅路を思い出した。
「まさか、サフィアノ村?」
「そう、そこそこ」
「あんなところまでウィルが買い出ししてるの!?」
「ああ。さすがに木偶をよこしたら村が混乱するだろうから、俺が行っているんだ」
「……魔王が買い物している方が、よっぽど混乱を招きそうだけど」
「どちらにせよ、急に二人も食い扶持が増えたから食料がない。蛇もカエルも食いつくしたし」
「え……!?」
「何でもない。まあ、そういうわけでコレだよ」
魔王は再びバングルを取り出した。
「水瓶で見る限り、メイデンはまだまだ洞窟から出られないらしい。買い出しするなら今なんだ。それで俺が外出している間、あいつらがまたエマに悪さしないようにこれをつけておこうと思って。エマには護身用にこのスイッチを持たせよう。押せば立っていられないほどの電撃魔法が発動するから、俺も安心してエマを置いて出かけられる」
「……でも、こんなの、二人がつけてくれるはずが」
「あ、そこはエマが心配しなくても大丈夫。俺が二人につけておくから」
「……そ、そう?」
「そういうわけだ。いい子で待ってるんだぞ、エマ」
そう言ってウィルはスイッチをエマに握らせると、その頬に軽く接吻して出て行った。
エマはスイッチに視線を落とす。
「……でも、魔王はどうやってあの二人に腕輪をつけるのかしら」
と、次の瞬間。
バタン!
「何をする!」
「ギャー!」
無遠慮な扉の開放音と共に、叫び声が隣の部屋からこだました。
「そっか……力ずくなのね」
しばらくすると、少し着衣の乱れたアンドリューとミリアムがエマの部屋にやって来た。
腕にはそれぞれ例のバングルがきっちりとはめられている。
「もう、何これ!腕にまとわりついて離れないんどけど!」
「何の真似だよ一体……エマ、何か知らねえか?」
エマは曖昧に笑う。
「あー。エマ、何か知ってるのね?」
さすが幼馴染み。察しが早い。
「これ何なんだ?教えろよ」
アンドリューがそう尋ねるので
「電撃おしおきバングルです」
とエマは正直に答える。二人の顔がさっと青くなった。
「んなっ。何だと!」
「二人が悪さしないように、ですって」
エマが目をすがめてそう教えると、アンドリューががくりと床に膝をついた。
「……くそっ。あいつ……」
「案外、殺されないだけマシかもしれないわよ?アンドリュー」
ミリアムの方はそう言うと、その緋色の瞳でエマにじっとりとした視線を送る。
「魔王様は勇者様を大層愛しておいでですから、ね」
エマの火照った心は冷や水を浴びせかけられた。と同時に、エマは思う。
この二人は子供の頃から、嫉妬の塊であった。
だからこそ騎士学校で好成績だったし、あの時エマを陥れようとしたのだ。
エマは意外にも、彼らを憎むよりも先に、そんな彼らの嫉妬心を素直に羨ましいと思った。人に嫉妬出来るほどの精神力、自尊心。エマにはないものだ。
それがあれば、もっと強くなれたのだろうか。
「ところで魔王はどうした?」
「……ウィルなら買い出しに出かけたわ」
「えー!うそ。それ、早く言ってよエマ!」
やにわにミリアムの瞳が輝いた。エマはきょとんとする。
「へ?」
「魔王がいないってことは……特に監視なく、魔王城を自由に動けるってことよね!?」
「ああ、そうね」
「ねえエマ……私も、魔王の部屋に行ってみたいな~」
エマは悩ましげに額を押さえる。
「……あのねぇ」
「一回ぐらい、いいじゃない!」
「何が目的なの?」
エマの問いかけに、ミリアムは口を尖らせた。
「何って……プライベートを覗きたいって思うのは、ファンなら当然でしょ!?」
「おめー、すっかり魔王の虜だな……」
アンドリューも呆れている。
実のところ、エマも少し気になっていることがあった。
魔王の日誌。
図書館で見た、アレだ。歴代魔王は皆、日誌をつけていたというが……
(きっとウィルも──)
「おやあ?」
ミリアムが楽し気にエマの顔を覗き込んで来る。
「エマったら……入りたそうな顔し・て・るっ」
エマはじろりと背の低いミリアムに視線を落とした。腐っても幼馴染み。完全に感情を読まれている。エマは片目をつぶった。
「……一回だけよ?」
ミリアムが飛び跳ねて喜ぶのを、アンドリューはどこか苦々しい顔で眺める。
三人は連れ立って、いそいそとすぐそこにある魔王の部屋へと入って行った。