17.愛してるって、言いました?
エマが寝室に入ると、ウィルはカウチに寝そべり、からかうようにこちらに手を振っていた。
「こっちこっち」
ウィルが起き上がり、隣にスペースを作る。エマは扉を閉めると、少し厳かな顔つきで開けられたスペースに座った。
「頬を見せてごらん」
エマが黙って傷がある方の頬を向けると、ウィルは何かを詠唱しながら彼女の頬に触れた。
魔王が傷をなぞると、一瞬にして頬はいつもの白い皮膚を取り戻す。
「……あの時、エマがメイデンをテレポートさせなければ、俺も危なかった」
そう呟くと、ウィルはエマの頬に自らの頬を寄せた。
「ありがとう、エマ」
エマは、感じ入るようにじっとしている。
「ウィル」
あのことを聞こう、とエマは決心した。
「さっき……愛してるって、言ったよね」
ウィルは、ぱっと頬を離す。エマは魔王を見上げた。
魔王は、驚きと確信の入り混じった瞳をエマに向けている。
「あれって、ウィルの本当の気持ちなの……?」
ウィルは穴のあくほどエマの顔を見つめる。エマも負けじと彼を見上げた。
「どうした、急に」
「答えて」
エマは詰問するように、頬を固くしている。
ウィルはすうっと視線の彩度を落とす。
「答える前に、ひとつだけ」
エマは思わぬ言葉に身をこごめた。
「その言葉を言った瞬間、死へのカウントダウンが始まる」
エマは目を見開く。
「魔王は細胞分裂出来ず朽ちて行く。あっという間に老いてしまう。それでも、答えた方がいいだろうか」
エマは黙って考え込んでから、はっと青ざめた。
「えっ?じゃあ、さっきの言葉でウィルは」
「……そうだ。朽ちる方を選択した」
エマは喜びと絶望に、どきどきと胸を鳴らす。
「そんな言葉を、あんなに軽く口に……!?」
「馬鹿だなエマは。そういうことは、自然と口から出てしまうものだ。そうだろう?」
魔王は寂し気に笑って見せる。エマは青くなった。
「馬鹿はそっちよ、ウィルの馬鹿!」
「何で?エマを愛してるって言っただけだぞ」
「その言葉を言った瞬間年を取るなんて、聞いてない……!」
「魔王にとっては、愛の言葉は呪いの詠唱呪文なのだ」
まさか。
魔族メイデンの、予言の通りになってしまった。
「そういうわけで、俺はエマに負けた。魔王が勇者に敗北した瞬間だ」
そう言うと、ウィルは彼女を正面から抱きすくめた。
「愛してる、エマ」
エマはウィルの肩口で呆然としてから、ぼろぼろと泣く。
「何で、そんなこと言ったの……」
「いつかは言わなければならない」
「うう……ごめんなさいウィル。私がしっかりしてないから、ウィルの寿命が」
「もういいんだ。2000年は生きたし……あと、持って一年」
「ウィル……」
「この言葉を吐いてエマのそばにいられるなら、いい選択だと思う。別に、俺にそこまでの悲壮感はない」
エマの涙をそうっと拭いて、ウィルはその湿った頬にキスをする。
「……エマ」
「何?」
「エマも俺のこと」
「うん」
「……ほら」
「愛してる」
「よく言った。いい子だ」
ウィルはエマにからみつくような長いキスをして、そうっと夢見心地に唇を離す。
「よかった。これでようやく安心した」
エマの潤んだ瞳に、魔王は微笑みかける。
「愛情は得たし、あとは闇欲をむさぼるのみだな」
エマは怪訝に眉を寄せる。
「……はい?」
「全く、可愛いなエマは。ぜーんぶ嘘に決まってるじゃないか!人間を愛そうが何しようが、闇欲さえ満たせば魔王は分裂するのだ。寿命も別に減らんぞ。そう、俺は愛情も闇欲も全部満たして見せる!エマ、お前も協力してくれるよな!」
「たわけえええええ」
エマのローキックを、魔王は華麗にかわす。
「何でよ!メイデンも魔王が人を愛せば分裂出来なくなるって……!」
「それも一理ある。人間可愛さに闇欲を抑え込んだ場合、寿命は縮むだろう。だが俺はそんなことはしない。どっちも欲しい。エマの絶望も愛情も、どっちも欲しい」
「子どもか!」
「どうも2000歳です」
「……!」
「ああ、またいい顔するなぁエマは。お前の絶望の顔で、俺の細胞が活性化しているのが分かるぐらいだ」
「もう、人を馬鹿にして……!私がどれだけ心配したと思って……!」
エマが苛立ち紛れに振り上げた拳を、魔王はぱっと掴んだ。
その腕を体ごと引き寄せて、彼はエマの金糸の髪に顔をうずめる。
「……もう少し、こうしててもいいか?」
エマはウィルに乗りかかられたまま、くらくらと感情の波に翻弄される。
「だから、何度だって言える。愛してる、エマ」
エマは爪の先から頭の先まで、何度も魔王の口づけを受ける。真っ赤になった彼女の爪の先は満ち足りたように、だらんとカウチの上に投げ出された。