14.大勢で押せば死にますか?
魔王ウィルフリードは魔王城最深部大広間の奥、金銀に彩られた緋色のベルベットの玉座に腰掛けた。
少しけだるそうに肘をつき、彼はその時を待つ。
ギィ。
扉が開かれる。
現れたのは、三人組のパーティ。
筋肉達磨の戦士、赤毛ちびっこの魔法使い、ひょろっとした僧侶。
魔王は不自然な速さでやって来た三人を注意深く眺めるが、玉座を離れる気配を見せないでいる。
一方の三人はそれぞれに武器を構え、じりじりと魔王に詰め寄った。
「……アンドリュー、ミリアム、シグ」
いきなり名を呼ばれ、三人はびくついた。
「……あとひとり、足りないようだが?」
三人は顔を見合わせる。
「なぜ、それを……」
ミリアムが戸惑い、シグがそれを制す。
「魔王の口車に乗っては駄目だ。ああやって、我々の情緒をかき乱そうと企んでいるんだ」
ウィルは退屈そうにあくびをした。三人はそれにも少し動じる。
「ふーん。情緒……ねぇ。そんな言葉、知っててああいうことするんだ。へーえ」
三人は気まずそうに顔を見合わせる。アンドリューが尋ねた。
「魔王……まさか貴様、エマに会ったのか?」
魔王はほくそ笑んだ。
「会ったさ。可哀想に命乞いするもんだから、さんざん慰み者にした上、殺してやったよ。断末魔とはあのことだね……今でも思い出すと興奮しちゃう」
さっと、三人の顔色が変わる。
「魔王め!エマの仇!!」
アンドリューの言葉に、ウィルはこらえ切れず吹き出した。
「笑わせる……俺より魔王の素質あるよ、お前」
そう言うと、魔王ウィルフリードはパチンと指を鳴らす。
その瞬間。
静寂の大広間は一瞬にして、木偶兵士でいっぱいになった。
「え!?」
三人は大量の木偶兵士に囲まれ、方向を見失う。木偶兵士は三人めがけどっと押し寄せると、そのままきゅうきゅうと圧迫した。音もなく現れた大量の木偶に、彼らはなすすべもない。
「や、やめろっ」
「……来ないで!」
何度か攻撃魔法の爆発音がしたが、なぜか木偶が木っ端になるたび、木偶兵士が新たに、大量に追加されて行く。海にダメージを負わせようとするがごとく無意味な行動を嘲笑うように、木偶の波は彼らを力任せに押し込んで行く。
木偶の大群が三人を圧殺するかに見えた、その刹那。
光。
真っ白な光が大広間に溢れた。ウィルは目を閉じ、すぐさま頭の中である恐ろしい可能性に突き当たる。
「っ……この攻撃は……まさか……」
ふわりと凪ぐような風と共に、木偶兵士は木っ端みじんに消え去る。ウィルは玉座からゆっくりと立ち上がった。
広間の中央。
そこには右半身のみ服を突き破り、不均衡に毛むくじゃらの体躯を盛り上げた、僧侶シグの姿があった。
ミリアムが悲鳴を上げ、アンドリューが腰を抜かす。
シグは魔物にむしばまれたようになっている筋肉粒々の右半身を隠そうともせず、にぃっと笑う。
「……魔王ウィルフリード」
シグはゆっくりと歩いて来る。
「ようやくこの時が来た。魔王の独裁を破り、悲願の人間世界を破壊し尽くす日が」
ウィルは目を吊り上げた。
「……なるほど。お前が、父の言っていた、アレだな」
魔王はその名を呼ぶ。
「単一種族主義のメイデン」
「ほう、私のことを知っているとはな」
「二千年前に魔王一族を滅ぼそうとした中心魔族だ。しかしその計画は、魔王の力で食い止められたのだ。……その後、父は力を落としたところで勇者に殺された。お前の寿命は千年程度だったはず。なぜまだ生き続けているのだ?」
シグ──ことメイデンはそれを聞くや、にやりと笑って人間の姿を完全に放棄し、大猿のような体に変貌した。そして再び手のひらに光をたたえ始める。それを見て、アンドリューとミリアムがパニックに陥った。
「木偶の次はお前だ、ウィルフリード」
メイデンの鉤爪の中で禍々しい光が膨らんで行く。
「死ね!」
ウィルが顔色を失った、その時だった。
メイデンの背後に、一瞬にして現れた女がひとり。
「シグ!」
エマが叫び、メイデンが一瞬ひるむ。エマは背後から、メイデンの胴にパっと腕を回す。
「なめんじゃ……ないわよおおおおお!!」
叫び声と共に、ふわりと風が吹いた。
大広間から、エマとメイデンは消え去った。アンドリューとミリアムは呆気に取られている。
「え、エマ……!?」
ミリアムが愕然として叫ぶ。
「ど、どういうことだ?……やはり、生きている……?」
アンドリューは目を白黒させた。
ウィルは力なく玉座に腰掛けてから、苦しげに唸って自らの額を撫でさする。
「……エマ」
魔王はブルートパーズの瞳を閉じた。
「あいつ、あとは俺に任せろって言ったのに……お得意のテレポートで、一体どこ行きやがった?」