13.幼馴染に魔族が紛れているのですか?
「人間じゃ、ない……!?」
声を上げたエマと水面に映る三人組を見比べながら、ウィルは頷く。
「こいつらがいる場所は魔王と同等程度の高い魔力を有した魔族でないと入れない、魔王城中心部だ。更に魔族専用通路を滞りなく通った上、俺の預り知らぬ近道を繰り返し、異常な速さでこちらに向かって来ている……まずいことになった」
エマは青くなった。では、同じ村で暮らした彼らは一体何だったのだろう。
「ま、まさか、三人とも」
「さてね。ひとりでも魔族がいれば、一緒に入って来られる場所だから」
「魔王城中心部には、何があるの?」
「それは……」
その声と同時に、魔王城がどすんと大きく揺れた。エマは思わずウィルに抱きつく。同時に、水瓶の映像は震えて消え去った。ウィルはエマの肩を抱くと、舌打ちをする。
「くそっ。魔法障壁が消え去った。こいつらが我々のいる最深部に来るのも時間の問題だ」
「魔法障壁?」
「部外者の魔法を防ぐシステムだ。その制御端末が中心部にあるが、どうやら破壊されたらしい。お前の幼馴染たちは魔王城の構造にずいぶん詳しいな。一体どういうことなのか説明してもらおうか、勇者よ」
エマは彼の見せた苦々しい笑顔に、胸を痛める。あの三人の内どれが魔族で、どうして勇者の自分に近づき、魔王城へ入ったのか……
「……ウィル。その魔族の目的は何なのかしら?」
ウィルは、今まで余り見せたことのない苦虫を噛み潰したような顔になる。
「二千年以上前──先代の魔王は魔族の謎の狂暴化によって、この城から魔族を排除した。木偶を作り、それを配下として、どうにか魔王の体裁を保って来た。生身の臣下を失い、ある意味で魔王は弱体化していたのだ。しかし今このタイミングで魔族が動き出すとは、どういうことなのか……理由はよく分からないが、魔王を排除しようとする動きがある期間、継続してあったことは確かだ」
「……」
「少し困ったことになった。なあ、エマ」
魔王はエマを見下ろした。
「……お前、魔王城を出ろ」
突然の宣告に、エマは顔色を失った。
「え……?急にそんな」
「魔法障壁がなくなった今、お前はテレポートが出来る。だから、早くここから逃げるんだ。魔族同士の衝突は、お前たちの想像を遥かに超えている……エマが衝突に巻き込まれでもして、死んだりしたら困るからな」
勇者……もとい、盗賊のエマはうなだれた。
「私……」
エマは胸元の黒いカメオを握る。
「ウィルと一緒に、その魔族と戦う」
静寂。
水瓶の水面が輝いて、二人の顔を照らす。
ウィルは、ブルートパーズの瞳を見開いている。
エマはエメラルドの瞳をそっと伏せた。
「エマ……」
「もう、戦力外通告はごめんだわ。その……一時休戦協定を結びましょう。今は緊急事態。誰が魔族で、かつ何を目的にそうしているのか、一度、突き止めなければならないと思うの。お互いの種族を助けるために」
ウィルがエマを、覚悟の決まった表情で見下ろす。
「……エマ、ありがとう」
ウィルの顔が近づいて来て、エマは少し、息を止めた。
唇と唇が触れ合う。エマは顔を赤くしてうなだれた。
「ばっ、馬鹿じゃないの……こんな時に」
「こんな時だから、しておこうと思って」
「馬鹿……」
「さて、どうしたものか……」
ウィルとエマは急いで暗室を出た。二人、魔王城最深部へと急ぐ。
「足止めは出来ないの?木偶を配置するとか」
「それが、かなり強い門番の木偶が一撃で倒されていたからなぁ」
「そっか……」
肩を落としたエマを、魔王は鼓舞した。
「エマ、お前がそばにいれば百人力だ」
エマは顔を上げた。
魔王の背中が、そこにある。ウィルは前を向いたまま語った。
「ずっと、この水瓶でお前を見ていたから分かる。お前は確かに勇者ではないかもしれない。けれどいつだって前向きで、魔王城に辿り着くまでにも、様々な問題を解決して来ているんだ。今は俺がついているし、やれるところまでやろう。二人力を合わせれば、どんな困難も突破出来る気がする」
エマは茹で上がったように顔を火照らせる。
「何よ急に真面目くさって!闇欲はどこへ行ったのよ!!」
「闇欲はエマが来てからの二日間でだいぶ発散したから、しばらくいいと言っているだろう。今はいわゆる賢者モードだ。溜まったら、その時はまた頼む」
「ちょっ……溜まったらとか言わないでよ!」
「しょうがない。魔族の生理現象だからな」
「だからやめてってば、生々しい!」
エマが青筋立てて怒るのを、ウィルはちらと振り返って笑う。エマはそれに気付いて歯噛みし、居住まいを正した。
「我々には時間がない。エマ、お前に少し頼みたいことがある」
「何?」
「寝首を掻くのは得意か、盗賊」
エマは嫌な予感に顔を歪めた。ウィルはどこか暗黒めいた薄笑いを浮かべている。